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2011年8月15日月曜日

「敗戦記念日」のきょう永野護による 『敗戦真相記』(1945年9月)を読み返し「第三の敗戦」について考える


 本日は「日本のいちばん長い日」から66年目にあたる。

 "The Longest Day" といえば、D-Day すなわち「ノルマンディ上陸作戦」のことだが、"Japan'​s Longest Day" (=日本のいちばん長い日)といえば、それは1945年8月15​日のことであった。66年前のきょうのことだ。

 「日本のいちばん長い日」は、「玉音放送」を放送させないため、​録音されたレコード盤を奪取しようとしたクーデター未遂事件を扱​ったもの。

 「第三の敗戦」ともいわれる現在の日本である。本日(8月15日)は、鎮魂と反省、そして新生​のための一日としたいものだ。奇しくもお盆と重なった「敗戦記念日」は、日本人に戦争の記憶を忘れさせないために、絶妙に設定されたものだといえるかもしれない。

 日本と日本人があるかぎり、未来​永劫にわたって語り継ぎ、繰り返し振り返ることが必要である。語り継がれていくことによって、たんなる記録ではなく、民族の記憶となる。 

 『敗戦真相記』(永野護)は、敗戦の翌月の昭和20年(1945年)9月に、著者がその出身地の広島で行ったの講演速記を基礎にまとめられたものである。敗戦直後にこれだけの深い考察がなされていたということは、一読すれば誰もが納得するに違いない。第一級の書というべきである。

 『敗戦真相記』がバジリコから復刻されたのは、いまから9年前、「第二の敗戦」といわれた平成14年(2002年)、すでに品切れとなってしまっている本書ではあるが、「第三の敗戦」に、あらためて読む必要を感じるのだ。
 
 何といっても、大いに関心がよせられるのは、日本が敗戦した理由だろう。永野護は講演のなかで、こう言っている。

種が腐っていたのですから、良い樹が育つわけがない。換言すれば初めから敗けるべき戦争に敗けたのでありまして、そういう呪われた宿命をもった戦争であったということを、我々は十分に知るべきであります。(P.30)

 では、永野護があげている敗因を列挙しておこう。

 要するに第一の敗因は、日本の戦争目的が東亜の諸民族を納得させて、随いて来させしめるような公明正大な目標を欠いておったところにあります。・・(中略)・・

 次に、第二の敗因として日本の軍部が自己の力を計らず、敵の力を研究せず、ただ自己の精神力を過大評価して、これに慢心したことを挙げなければならない。・・(中略)・・

 第三の敗因は、軍の指導者が国民の良識や感覚を無視して、一人よがりで自分のいいと信じたことに国民を連れていこうとした点にあります。・・(中略)・・(P.30~46 太字ゴチックは原文のまま)


 とくにわたしが印象を受けたのは、戦争における情報の軽視にかんする指摘だ。日本国内に張り巡らされた諜報網によって米国による戦略爆撃がきわめて効果的にピンポイントで行われたことにかんする記述を読むと、米英側はそこまでやっていたのかという驚きと同時に、返す刀で日本はどうだったのかというと暗澹(あんたん)とした気持ちにさせられるのだ。

 日本の軍部における「情報の軽視」は、大本営陸軍部の情報参謀であった堀栄三氏が書いた『大本営参謀の情報戦記-情報なき国家の悲劇-』にも詳しいが、それにしても66年たったいまでも、あまり変化がないような気がするのである。この点については、『大本営参謀の情報戦記-情報なき国家の悲劇-』(堀 栄三、文藝春秋社、1989 文春文庫版 1996)で原爆投下「情報」について確認してみる で触れておいた。

 ほんとうは全文を読んでほしいのだが、せめて「目次」だけでも目を通してほしいと思う。詳細な目次を読めば、永野護が言いたかったことの大要は理解できることだろう。異論反論や事実誤認がまったくないとは言わないが、ほぼ100%納得のいく内容であることが実感される。

 そして、けっして昭和20年(1945年)の「失敗」として学ばれていないことも。

目 次

まえがき

戦争はどのようにして起こったのか 
 日本は完全に敗けた
 元凶は日本本位の自給自足主義
 戦争は誤解の産物
 日本の誤算、ドイツの誤算、米国の誤算
 純粋培養教育が生んだ独善
 世論の無視
 危機の時代なのに人物がいない
 器用な官僚ばかりが・・・

どのようにして戦いに放れたのか
 呪われた宿命を持った戦争
 解放したはずのアジアで嫌われる理由
 納得できる大義名分がない
 己も敵も知らない軍部
 国内の情報も英米に簡抜け
 日本に「総力戦」の実態はなかった
 法律と権力で強制しても国民は動かない

「科学無き者の最後」
 レーダーと原爆と
 横浜・厚木間の油送パイプを二十七時間で敷設した米軍
 日本にはマネジメントがなかった
 経営力の差は科学兵器の遅れ以上
 適材適所おかまいなしの徴兵
 忙しそうで何もしていない官僚
 政治の非科学性も

日本における陸軍国と海軍国
 一度でも陸海軍が協力していれば
 日本は陸軍国と海軍国の連合国
 サイパン、沖縄での作戦不一致
 駆逐艦も持った陸軍
 工場でも資材調達でも縄張り争い
 陸軍が右ネジならば、海軍は左ネジ
 日本人の無気力が軍部独裁を許した

ポツダム宣言の政治性を読む
 日本の生死のカギはポツダム宣言の中にある
 ドイツに対する過酷さとは雲泥の差
 戦争犯罪をめぐる米ソの認識落差
 日本の政府・国民と軍部は別
 無条件降伏ではなく、条件付き和平勧告
 日本のために暖かい雰囲気さえ

米英中ソ、四カ国の行方を見る
 ポツダム宣言署名四カ国の対日戦略は?
 米ソ対立に乗じようとすれば、破滅したドイツの二の舞
 帝国主義的な考えで日本再建を考る者は戦争の教訓を忘れている
 宣言を守れば、暖かい米英中
 ソ連の親友になるためには力が

日本の将来はどうなるか 
 軍閥は解体したが、官僚は残った
 責任回避術こそ唯一の優れた才能
 官僚の特権打破へ官民交流、責任徹底、公選制を
 小手先の器用な人間をつくるより、信用できる人間を育てる教育を
 日本人は如何なる苦難をも突破できる

『敗戦真相記』を読むための人物・用語解説(編集部)
解説『敗戦真相記』を読む(田勢康弘)


 最終章の「日本の将来はどうなるか」の文言がまた、絶望と勇気の両方を味合わせてくれる。

 敗けるべくして敗けた先の大戦における「第一の敗戦」、負けているという事実に気がつかずにすでに負けていた「第二の敗戦」、そして外敵との戦いではなく、自壊し自滅したことにはじめて気が付かされた「第三の敗戦」

 「いったん敗け癖がつくと、いつまでも敗け続ける」とはスポーツなど勝負の世界ではよく言われることだが、今度こそ過去の負の遺産を一掃し、独善に陥ることなく再起しないと、半永久的に負け続けることにもなりかねない。

 過去の失敗には謙虚な姿勢で臨み、あくまでも自分自身こととして反省、三省することが、日本再生いや日本新生のために絶対に必要なのだと、あらためて感じるのである。






著者プロフィール

永野 護(ながの・まもる)

実業家、政治家。1890年生まれ、広島県出身。東京帝国大学法科大学を卒業、渋沢栄一の秘書となる。東洋製油取締役、山叶証券専務、丸宏証券会長、東京米穀取引所常務理事などを歴任。戦中、戦後と衆議院議員2期。1956年に広島地方区から参議院議員に当選。1958年、第2次岸信介内閣の運輸大臣。実弟に永野重雄(元・日本商工会議所会頭、元・新日本製鉄会長)、永野俊雄(元・五洋建設会長)、伍堂輝雄(元・日本航空会長)、永野鎮雄(元・参議院議員)、永野治(元・石川島播磨重工業副社長)がおり、そろって政財界で活躍、「永野兄弟」として知られた。1970年に死去(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。



<関連サイト>

永野護の敗戦真相記(戦争の回顧13)
・・「戦争はどのようにして起こったか」(P.6~29)がそのまま引用されている


<ブログ内関連記事>

「日本のいちばん長い日」(1945年8月15日)に思ったこと(2009年8月15日)
・・天皇陛下の「玉音放送」について詳細に触れてある

『大本営参謀の情報戦記-情報なき国家の悲劇-』(堀 栄三、文藝春秋社、1989 文春文庫版 1996)で原爆投下「情報」について確認してみる
・・「情報軽視」は陸軍にかぎらず、日本型組織につきまとう宿痾(しゅくあ)。

書評 『ワシントン・ハイツ-GHQが東京に刻んだ戦後-』(秋尾沙戸子、新潮文庫、2011 単行本初版 2009)-「占領下日本」(=オキュパイド・ジャパン)の東京に「戦後日本」の原点をさぐる

映画 『終戦のエンペラー』(2012年、アメリカ)をみてきた-日米合作ではないアメリカの「オリエンタリズム映画」であるのがじつに残念

書評 『占領史追跡-ニューズウィーク東京支局長パケナム記者の諜報日記-』 (青木冨貴子、新潮文庫、2013 単行本初版 2011)-「占領下日本」で昭和天皇とワシントンの秘密交渉の結節点にいた日本通の英国人の数奇な人生と「影のシナリオ」

書評 『731-石井四郎と細菌戦部隊の闇を暴く-』(青木冨貴子、新潮文庫、2008 単行本初版 2005)-米ソ両大国も絡まった "知られざる激しい情報戦" を解読するノンフィクション

(2014年8月11日 情報追加)





(2012年7月3日発売の拙著です)







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