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2012年5月27日日曜日

市川文学散歩 ①-葛飾八幡宮と千本いちょう、そして晩年の永井荷風

せっかく千葉県、しかも北西部に住んでいるのだから、住んでいるあいだにいろいろ歩いておきたい場所がある。

先日、城下町・佐倉を一日かけて歩いてみたが、自分が住んでいる場所だけでなく、意外と近隣の町も知らないものだ。

市川もまたその一つだ。高校は船橋に通っておりながら、また現在も船橋に住んでいながら、近隣の市川はほとんど歩いたことがない。どうも通勤先の東京の中間にある場所は、それが乗換駅でもないかぎり途中下車すらしないものである。高校時代は、市川から通ってきている友人も多かったにもかかわらず。

というわけで、梅雨に入る前の気候のいいいま、市川文学散歩を敢行することとした。ぼやぼやしているとすぐ梅雨となり夏になる。いまいかなければ秋までおあずけとなってしまうからだ。

まずは、JR本八幡駅あるいは京成八幡駅で下車しよう。ここを起点に、本八幡、真間と国府台(こうのだい)を歩くことにしよう。戦後日本と万葉時代をともに味わう文学散歩である。


千葉県の「文学散歩」のお供に

千葉県の「文学散歩」のお供に欠かせないのが、『ふさの国 文学めぐり(再改訂版)』(千葉県高等学校教育研究会国語部会=編、富士出版印刷、2010 初版 1967)。定価900円と手頃だが、千葉県内の書店なら「ふるさと本コーナーに置いている店がある。千葉県以外ではさてどうだろうか?

高校の国語の副読本として編集されたもののようだが、高校時代この本を見た記憶はない。一般人が読んでもなんら問題はない。もし可能ならぜひ一冊は入手してほしい。



富士出版印刷株式会社のサイトには、以下の解説文がある。

「文学の地をめぐる」という散策や小旅行が人気を呼んでいます。
伊藤左千夫、芥川龍之介、太宰治、夏目漱石など、多くの文人が愛したこの千葉県。千葉県内には、彼らにゆかりのある句碑、歌碑、詩碑がたくさんありました。
文学を通して、「ふるさと千葉」の故きを温ね、新しきを知る。仕事から解放された時、夫婦で、家族で「ふさの国 小旅行」に出掛けませんか。
再改訂版 2010年 初版 1967年

アマゾンなどのネット書店での取り扱いがないのは、ISBN(国際標準図書番号)を取得していないためだ。市場での流通性のある内容だと思うのだが、残念なことだ。


まずは本八幡から-葛飾八幡宮と千本いちょう

文学散歩の起点は京成八幡駅が便利であるが、JR本八幡駅で下車してもよい。歩いて5分程度の距離なので、どちらで降りても大差はない。

まず目指すのは葛飾八幡宮。下総の国の総鎮守。創建は平安時代(9世紀)、由緒ある神社である。本八幡という地名は、八幡宮からきたものであろう。



参道が、京成線で分断されているのが残念だが、明治神宮もそうなので、近代化日本では致し方あるまい、しかし、京成線はひんぱんに電車が行き来しているので、高架線に改造してもらったほうがいいのだが・・。



その葛飾八幡宮の境内にあるのが、千本公孫樹(せんぼん・いちょう)。国指定の天然記念物である。神社が創建された時代からあるのなら、樹齢1,200年ということになる神木だ。



落雷によって裂けた幹を、根元から無数の枝が出て支えていることから千本いちょうと呼ばれているらしい。まるで、熱帯植物のタコの木のようだ。



いちょうは日本原産の植物で英語では Gingko(ギンコ)という。ブログには、銀杏と書いて「イチョウ」と読むか、「ギンナン」と読むか-強烈な匂いで知る日本の秋の風物詩 という記事を書いておいたので参照いただけると幸いである。

巨樹というのは、見ているだけで神気を感じるが、この千本いちょうは、なんだか水木しげるのマンガにでてきそうな感じがある。水木しげるなら、巨樹は妖怪になるというところだろうが、むしろ神になるといったほうがふさわしい。

直立する樹木は、神が降りてくる依り代(よりしろ)でるが、このように古木で巨樹ともなると、神そのものになるということだ。

葛飾八幡宮には、八幡不知の森という、別名「やぶしらず」がある。古くから、「禁足地」として足を踏み入れてはいけないタブーの場所とされてきた森のようだ。現在はみるところ竹林になてしまっているが、かつては鬱蒼とした森であったらしい。神隠し伝説とも関係があるとのことだ。


駅前の古本屋にひさびさに立ち寄る。この山本書店は京成八幡駅のすぐそばなので、乗り換えで利用するときは、いつも立ち寄っていた古本屋である。ここは、掘り出しものがあるのでなかなか得難い本屋である。



写真に写っている市進予備校は、むかし市川進学塾といっていた頃、中学校時代に通っていたことがある。京成八幡駅はそれ以来の利用なのだが、まったく関心がなかったためであろう、周辺を歩いたことはまったくなかったのであった。


本八幡といえば永井荷風の終の棲家(ついのすみか)

文学散歩の始まりは、なんといっても永井荷風(1879~1959年)であろう。高校時代から文庫本で荷風の主要作品を読みはじめていたわたしには、ぜひとも歩いてみたい場所であった。

永井荷風は、空襲で自慢のお屋敷である偏奇館を追い出されてからは流浪の日々が続いたが、最終的に京成八幡駅近くの菅野(すがの)に落ち着くことになった。終の棲家(ついのすみか)である。

ここから京成線で浅草まで毎日通うというのが、晩年の荷風散人の「日乗」であった。浅草で踊り子たちと一緒にニコニコしている、スーツ姿の歯抜けの老人の写真は有名である。

永井荷風の「葛飾土産」(昭和22年=1947年)には、以下のように書かれている。ネット上にアップされている「青空文庫」から、いくつか引用しておこう。

わたくしは近年市街と化した多摩川沿岸、また荒川沿岸の光景から推察して、江戸川東岸の郊外も、大方樹木は乱伐せられ、草は踏みにじられ、田も畠も兵器の製造場になったもとばかり思込んでいたのであるが、来て見ると、まだそれほどには荒らされてない処が残っていた。心して尋ね歩めばむかしのままなる日本固有の風景に接して、伝統的なる感興を催すことが出来ないでもない。

市川の町を歩いている時、わたくしは折々四、五十年前、電車も自動車も走っていなかったころの東京の町を思出すことがある。

東京の郊外が田園の風趣を失い、市中に劣らぬ繁華熱閙(ねっとう)の巷となったのは重(おも)に大正十二年震災あってより後である。

これらの文章が書かれてからすでに65年、変わったもも変わらぬものもある。

それはさておき、まずは昼飯だ。京成八幡駅前の大黒屋で「荷風セット」を食べるのも目的のひとつだ。

大黒屋は、寿司・天麩羅・うなぎという、古典的な割烹料理店。店内はレトロな雰囲気に満ちているのがうれしい。



「荷風セット」は、永井荷風が毎日12時に一人で食べていたというカツ丼と日本酒と御新香をセットにしたもの酒は菊正宗、男の酒。これは荷風の時代からずっとそうらしい。昼から日本酒でお燗というのもなんだが、まあ土曜日だし、いいとしよう。しかし、カツ丼と日本酒というのは、不思議な組み合わせだ。


「荷風セット」の由来については、大黒屋のウェブサイトで、文豪「永井荷風先生」と大黒屋の「カツ丼」を参照いただきたい。晩年の荷風は、その日記である 『断腸亭日乗』に「正午大黒屋」とのみ記しているようだ。


大黒屋のカツ丼はけっこうボリュームがあって、これをペロリとたいあげたということは、晩年とはいえ荷風はそうとうな健啖家であったということだろう。黙々とカツ丼食べてパワー注入してから、いざ浅草へと「出勤」していたわけだ。


白幡天神社は雰囲気のいい古社

食べ終えたら、「荷風の散歩道 尚美会ロード」を散策する。もちろん、荷風晩年の風情はいまやほとんど失われているが、しばらく歩いて行くと白幡天神社に行き着く。



白幡天神社は、12世紀までさかのぼることのできる古社のようだ。神さびていながら掃除が行き届いており、土地に根ざした産土神として大切にされてきたことがうかがわれる。なかなか落ち着いたいい感じの神社である。ここを訪れることがえきたのはよかった。

境内には荷風の碑がある。かなりあたらしいものと見受けられる。



このほか、この近くに住んでいた幸田露伴の碑もある。


本八幡はこの30年近くなんども乗り降りしているが、その周辺はいまのいままで歩いたことがなかった。ようやく本八幡周辺を歩いてみて、おおよそのことをつかむことができたのは幸いである。

このあと、京成電車で京成八幡から市川真間まで移動。二駅の距離だから歩けないことはないが、この日のウォーキングは長距離になることが予想されていたのでよしとしよう。


市川文学散歩 ②-真間手児奈(ままのてこな)ゆかりのを歩きく につづく










<ブログ内関連記事>

市川文学散歩 ①-葛飾八幡宮と千本いちょう、そして晩年の永井荷風

市川文学散歩 ②-真間手児奈(ままのてこな)ゆかりのを歩く

市川文学散歩 ③-国府台(こうのだい)城跡から江戸川の対岸を見る



永井荷風関連

永井荷風の 『断腸亭日乗』 で関東大震災についての記述を読む

「プリンシプルは何と訳してよいか知らない。原則とでもいうのか」-白洲次郎の「プリンシプル」について

書評 『折口信夫―-いきどほる心- (再発見 日本の哲学)』(木村純二、講談社、2008)


イチョウ関連

銀杏と書いて「イチョウ」と読むか、「ギンナン」と読むか-強烈な匂いで知る日本の秋の風物詩

千葉寺(ちばでら)をはじめて訪問(2016年3月2日)-境内の巨大な「大銀杏」は千葉県指定の天然記念物!

(2014年5月10日、2016年3月6日 情報追加)







(2012年7月3日発売の拙著です)








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