弥勒菩薩といえば、日本では広隆寺の半跏思惟像で有名だ。朝鮮の仏師による作品とされている。
弥勒菩薩は、大乗仏教において56億7千万年後(!)に出現する「未来仏」と位置づけられている。
「救世主」としての性格をもたされた弥勒菩薩は、チベット各地でさかんに大仏サイズの仏像として建造されている。北京のチベット仏教寺院である雍和宮(ようわきゅう)には、写真に収めるのがきわめて困難なほど巨大な木彫りの弥勒菩薩像が鎮座している。
さらに東方の中国では、救世主待望から社会変革をもたらす宗教として民衆信仰化し、「白蓮教徒の乱」など王朝交替の原因をつくってきた。
日本では「ミロク信仰」という形で、「ミロクの世」を待望する日本型ユートピア思想として一般民衆のあいだに浸透してきた。「ミロク船」の民間信仰は沖縄だけでなく、『利根川図志』にも記載があるように黒潮文化圏の房総半島にもある。
■弥勒菩薩はイラン起源?
そんな弥勒菩薩だが、古代ヨーロッパに拡がった「ミトラス教」とは、見えない糸でつながっている存在だという説がある。
ミトラ神はペルシア生まれの太陽神、西は地中海東岸に拡がってミトラス教を生み出し、東はインドに拡がって弥勒菩薩を生み出したという説だ。
もちろん、確たる証拠があるわけではなく、弥勒菩薩=ミトラ神でもない。だが、両者に「救世主」という側面での共通性があることは否定できない。
そんなワクワクするような面白いテーマに、知的好奇心のかたまりのような自分に関心がないわけがないのだが、喫緊のテーマではないのでアタマの片隅においたまま、長いあいだほったらかしにしていた。
先日、森羅万象について語り合う同好の士の松下氏のFBに、『異教のローマ ― ミトラス教とその時代』(井上文則、講談社選書メチエ、2025)を読んだという投稿があり、いくつかやりとりのあとリアルでの対面による「読書談義」で語り合おうという話に発展、その直前に駆け込みで同書を読了。
そして、「読書談義」のあと、積ん読のままだった(というより段ボール箱のなかで10年以上眠っていた)、『弥勒の来た道』(立川武蔵、NHKブックス、2015)を引っ張りだしてきて読了した。
その結果わかったのは、もちろんミトラス教と弥勒菩薩がイコールではないことは言うまでもないが、古代ヨーロッパでのミトラス教が男性に限定されていたものの「個人単位での救世主としての性格」を有しており、ローマ帝国におけるキリスト教普及の地ならしをしたこと、一方の「未来仏」としての弥勒菩薩が、キリストのような「救世主」的性格をもっていること、である。
仏教学とインド哲学の権威である立川武蔵氏は、『弥勒の来た道』で、弥勒菩薩はミトラ教やキリスト教など西方の宗教の影響を受けているのではないかと、仮説的であるが述べている。
自覚があるにせよないにせよ、その多くが仏教徒である東アジアの住人である日本人にとっては、弥勒菩薩の意味合いが大きいことは言うまでもない。そんな弥勒菩薩が、西方のミトラス教との関係がまったくないわけではない。そんなことを考えるのはじつに興味深いことではないか!
もちろん、このテーマは自分の専門とは直接関係ないので、今後も深入りすることはないだろう。とはいえ、ペルシア(=イラン)を起点として東西に拡がった事物は果樹のザクロだけでなく、ミトラ神もまたそうだったことを知ることは、ユーラシア大陸の東西文化交流を考えるうでじつに意義深いことである。
内的動機にもとづく書籍の購入は、ややもすれば「積ん読」に陥りがちだが、外的動機というキッカケさえあれば、「積ん読」にも効用があることがわかる。 10年、20年くらい、けっして長いとは言うまい。
本というものは、買ってすぐに読まなくてもいい。もちろん kindle版 など電子書籍も同様。書籍購入にカネを惜しむ勿れ!
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