『朝鮮半島201Z年』(鈴置高史、日本経済新聞出版社、2010)は、日本経済新聞の現役ベテラン経済記者が執筆したファクトベースの思考実験フィクション、近未来シミュレーション小説である。
朝鮮半島問題とはつまるところ中国問題なのである! これがこの本のテーマであり結論だ。
出版当時に本書の存在を見落としていたのは、『朝鮮半島201Z年』とあまりにもシンプルすぎるタイトルのインプリケーションに気がつかなかったためだ。その意味では、わたしもまたウカツであったと認めざるをえない。日経ビジネスオンラインに執筆している著者の論説を読んで、その炯眼ぶりに感嘆しているなか本書の存在を知った。
朝鮮半島問題とはつまるところ中国問題なのである!
半島国家である朝鮮(北朝鮮と韓国)は、つねに隣接する大陸国家・中国の動向に翻弄されてきた歴史をもつ。これは海洋国家で島国の日本とは大きく異なる地政学的宿命である。
直近でいえば1950年の朝鮮戦争、その前は1894年の日清戦争、16世紀後半の秀吉の朝鮮出兵、さらに遠くは4世紀から7世紀にかけての新羅・百済・高句麗の三国時代、これらはみな朝鮮半島が舞台であっても中国と日本、中国と米国とのあいだでの勢力争いの舞台なのであった。
朝鮮半島の視点からみえれば、中国の支配を受けた時期とそうでない時期の繰り返しなのである。これこそが、まこともって半島国家の宿命である。巨大化する中国を前にしたら、北朝鮮も韓国も将棋の駒にしかすぎないのである。
(富山県が環日本海の観点から作成した「逆さ地図」 中国から見る視点)
それにつけても思うのは、大陸とは陸続きの朝鮮半島とは違って、日本が大陸とは国境を接しない島国であったことは地政学上いかに幸せなことであったかということだ。
中国という大陸国家に対して、日本は地政学的にみれば米国と同じく海洋国家である。米国と同盟国の日本であるが、経済的には中国に大きく依存している状態が「経済と安全保障のねじれ」という矛盾に多くの日本人が、いやというほど気がつかされたのが2012年夏の尖閣暴動である。
2010年の尖閣問題で覚醒したかに見えた日本人であったが、熱しやすく冷めやすい日本人のこと、2012年8月にふたたび尖閣問題が繰り返されるまでは記憶から消えてしまった人も少なくないようだ。
しかし、2年という短期間をはさんで繰り返された事態に、さすがに危機感をつよめて人が多いことは間違いない。それほど中国での「反日暴動」のインパクトは大きかったのだ。
客観情勢をみれば、中国は今後経済成長率が鈍化したとしても、現在よりさらに巨大化していくことは誰にでもわかることだ。しかしその一方、米国のパワーが弱体化傾向にあることも否定できない事実である。
しかし、日本は「中国の属国」となって生きることを良しとするのか? 真剣に考えるときが来ているのである。
日本は、日本人は、自分で自分を守るための覚悟を決めなくてはならないのだ。ではそのために日本と日本人はどう動くべきなのか、日本人自身が真剣に考えなくてはならない。冷静に、そして戦略的に。
本書は、2年前の2010年11月に出版されたものだ。尖閣問題が発生したまさにその年である。
2年間という月日は朝鮮半島においては長いようで短い。金正日(キム・ジョンギル)が生きていることを前提した内容だが、すでに昨年末にはその死去にともない次男の金正恩(キム・ジョンウン)に権力承継が行われている。
短い期間における情勢変化は近未来シミュレーション小説にとっては避けられない宿命だが、そのことが本書の価値を減ずるものではない。
政治経済金融の観点からみた朝鮮半島。その命運は、台湾とともに日本の安全保障に直結している。それは反対側からみれば中国にとっても死活的問題であり、日中双方にとって抜き差しならない、まさに「いまそこにある危機」なのである。
「ファクトベースの思考実験フィクション」である本書は、2012年現在ではそのとおりに進行しているわけではない。だが、そのような可能性を十分に考えておくべきという点においては、重要な思考実験である。
朝鮮半島問題とはつまるところ中国問題なのである!
この厳然たる事実を再確認するためにぜひ一読を薦めたい。
PS 激変する朝鮮半島と周辺情勢
本日(2012年12月17日)は、北朝鮮の金正日(キム・ジョンギル)が突然死してから1年。北朝鮮情勢の変化は激しく、中国だけでなく、日本も、そして2日後には韓国もまた政権交代が続くことになる。国際情勢はつねに変化の相のもとにある(2012年12月17日)。
目 次
プロローグ 2005年、人民日報消滅事件
Ⅰ 201W年
Ⅱ 201X年
Ⅲ 201Y年
Ⅳ 201Z年
朝鮮半島が中国圏に戻る日-あとがきに代えて
著者プロフィール
鈴置高史(すずおき・たかぶみ)
1954年、愛知県生まれ。早稲田大学政経学部卒業。1977年、日本経済新聞社に入社、産業部に配属。大阪経済部、東大阪分室を経てソウル特派員(1987~1992年)、香港特派員(1999~2003年と2006~2008年)。1995~1996年にハーバード大学日米関係プログラム研究員、2006年に東西センター(ハワイ)ジェファーソン・フェロー。「工場現場を歩き中国経済のぼっ興を描いた」として2002年度「ボーン・上田記念国際記者賞」を受賞。現在、日本経済新聞社編集局編集委員(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。
【渡辺利夫・拓殖大学学長の推薦文】
アジアは中華圏の中に着々と飲み込まれていかざるを得ないのか――。骨太のロジックで構成されたこの本からそれが「現実」のものとして浮かび上がる。本書のような想像力を持たずして、この怪異なるアジアとは付き合うことさえ難しい。(amazon より転載)
【本書のあらすじ】
★201X年★
仁川国際空港のそばで南北海軍が交戦、同空港は全面閉鎖に追い込まれる。
韓国株が急落、ホットマネーが逃げ出して韓国は通貨危機に襲われる。
ただ、1997年の危機の苦い記憶から韓国はIMF(国際通貨基金)に助けを求めない。
米国は自身の危機に対応に手いっぱいでドルを貸すなど韓国救済に動かない。
日本も、反韓感情と迷走する政権の判断停止によって韓国の救済要請に応じない。
結局、中国が韓国の上場会社の株式の3分の1を引き受ける形で救済。
ほとんどの大広告主の筆頭株主が中国となった韓国メディアは、親中的な報道に転じていく。
米軍基地の街「振武市」には、基地追放を掲げる反米市長が誕生する。
地方参政権の急拡大を背景に、在韓中国人が住居を振武市に一斉に移し投票したためだ。反米市長は当選するやいなや全国から“反戦市民”を呼び集め、基地封鎖運動を開始する。
★201Y年★
北朝鮮が核兵器を完成する。
米国は核の傘を韓国に保障するが、韓国はそれを信用せず対北援助を再開するなど融和政策に転じる。
訪中した金正日が急病で平壌に戻れなくなる中、何者かが北の核奪取に動く。
日米は日本海にイージス艦を展開、北の核ミサイル発射を防ごうとするが、
「核を南北で共同保有した」と考えた韓国はこれを妨害する。
★201Z年★
韓国は米国との同盟を打ち切り中立化。
北朝鮮は中国の支配の下、改革開放政策を採用。南北ともに朝鮮半島は、昔のように中国圏に戻っていく……
(amazon より転載)
<関連サイト>
早読み 深読み 朝鮮半島(鈴置高史 日経ビジネスオンラインの連載)
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・・「経済と安全保障のねじれ」が存在する東アジア情勢についての基本的分析
書評 『日本文明圏の覚醒』(古田博司、筑摩書房、2010)-「日本文明」は「中華文明」とは根本的に異なる文明である
書評 『醜いが、目をそらすな、隣国・韓国!』(古田博司、WAC、2014)-フツーの日本人が感じている「実感」を韓国研究40年の著者が明快に裏付ける
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(2014年4月8日 情報追加)
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