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2013年3月4日月曜日

書評 『鉄砲を手放さなかった百姓たち-刀狩りから幕末まで-』(武井弘一、朝日選書、2010)-江戸時代の農民は獣駆除のため武士よりも鉄砲を多く所有していた!


江戸時代の農民は、なんと武士よりも鉄砲を多く所有していた!

この予想外の事実を資料に基づいて明らかにしたのが『鉄砲を手放さなかった百姓たち-刀狩りから幕末まで-』(武井弘一、朝日選書、2010)である。驚きの事実に最後まで読ませてしまう内容の本である。

耕作放棄地が増えて鳥獣による作物被害が拡大しているのが現在の日本農業の現実だが、そのことを知っていると、江戸時代の農村風景がきわめて高いリアリティをもって浮かび上がってくるのを感じることができる。

シカ、イノシシ、サル・・・。これらは現代日本でもふたたび増えている獣類である。オオカミはすでに日本では滅びてしまったが、農地開発によって山間部に住む獣が里にまで下りてくるようになると、耕作地は鳥獣との絶え間ない戦いとなる。そしてそのために、江戸時代の農民にとって鉄砲は不可欠の「農具」の一つであったのだ。

この点については、『刀狩り-武器を封印した民衆-』(藤木久志、岩波新書、2005)とあわせて読むとよい。農民たちは鉄砲を「武器」としては封印し、獣の被害を防ぐための「農具」としてみなしていたのである。百姓一揆には鉄砲は使用していないのである。

もちろんここでいう「百姓」とは語の本来の意味における「百姓」(ひゃくせい)であり、農民以外のもろもろの職業従事者を含んだ総称であることは言うまでもない。中世史家の網野善彦がなんども強調してきたことである。もちろん「百姓」というカテゴリーに含まれる猟師もまた鉄砲をつかっていた

徳川綱吉の「生類憐みの令」についても、じつはそういう名称の法令はなかったようだ。人命のあまりにも軽かった時代の民衆教化策として、いわゆる「生類憐みの令」が出されたのである。対象は犬だけではなかったのだ。歴史の教科書の「常識」がいかに史実とはかけ離れたステレオタイプなものであるかが本書を読むとわかる。

そてその綱吉の時代には、銃の登録制が始まった。「銃規制」である。鳥獣被害に苦しむ農民たちは銃の管理をめぐって幕府や役人とのせめぎ合いを展開している。農地を荒らす鳥獣の問題は、それだけ農民にとって切実な問題であったのだ。またこのせめぎ合いをつうじて、農村による村の自治についての姿も浮かび上がってくる。

ただし、将軍にとって重要な鷹狩の関係から、鷹の餌である小鳥の捕獲は禁止されたようだ。したがって、田畑を荒らす獣のみが農民にとって駆除できる対象であったことは強調しておいたほうがよさそうだ。

ちなみに、猟師だけでなく農民もまた獲物は食べていたようだ。明治になるまで肉食はなかったというのも、どうやらあやしくなってくる。もちろん、獲物がとれない限り肉をクチにすることはなかったであろうが。

江戸時代後期になってくると、商品経済の進展によって土地を失う農民がアウトローとなっていく状況についても触れている。いわゆる「無宿」の発生だが、こうしたアウトローたちの発生が治安悪化の原因となったのは、銃の管理において文書管理制度が形骸化していったために、鉄砲が市中に流通するようになっていたことにあるようだ。

いずれにせよ、徳川時代の200年以上にわたって農民は鉄砲を持ち続けたのであり、いわば銃規制は登録制による銃管理として、明治時代から大東亜戦争における敗戦まで続いていたということだ。それ以降も、銃規制は登録制というこいとで現在にいたっている。

もうそろそろ「刀狩り神話」は捨てたほうがいいようだ。刀狩りは行われたが、鉄砲狩りは行われなかった(!)というのが日本の歴史なのであった。

ビジネスパーソンのわたしとしては、銃器(・・この時代は火縄銃)の生産と流通、弾丸と火薬(・・これは花火とも関係がある)の生産と流通について、数量的な把握も含めて知りたいと思うのだが、本書は人間と獣との関係に重点がおかれていて、銃器と弾丸への関心が薄いのがやや残念だ。この分野は、技術史や経済史を含めても、まだまだ研究蓄積が少ないようである。

また、幕末に小銃が大量に輸入されるようになってからについてや、鉄砲伝来以前の農民は、鳥獣による作物被害にどう対応していたのかについての言及がないのがやや物足りない。

とはいえ、先行研究や原史料に基づいて、通説がくつがえされていくのを読むの読書の醍醐味というべきだろう。常識を疑い、あらたな視点で日本史を見るためには、ぜひ読むことをすすめたい一冊である。







目 次

はじめに-鉄砲を手にした百姓
第1章 鉄砲改めの始まり-家綱政権(1651~1680)
第2章 生類憐みのかげに-綱吉政権(1680~1709)
第3章 復活した鷹場とともに-享保の改革(1716~1745)
第4章 暗躍するアウトロー-大御所時代(1837~1841)
第5章 上知令とあわせて-天保の改革(1841~1843)
終章 鉄砲を選んだ百姓
おわりに-“武器”から“農具”へ
あとがき

著者プロフィール

武井弘一(たけい・こういち)
1971年熊本県生まれ。東京学芸大学大学院修士課程修了。千葉敬愛高等学校教諭・東京学芸大学附属高等学校大泉校舎教諭を経て、琉球大学法文学部准教授。専門は日本近世史。NHK高校講座日本史を担当(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。


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花札の「いのしかちょう」-なるほど日本の山野には古来よりイノシシとシカが多いわけだ

(2015年7月26日 情報追加)




(2012年7月3日発売の拙著です)





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