■「3-11」の大震災であたらめて実感した、東京の地質学的な成り立ちと縄文的なもの■
今回の大震災は、当初NHKが「東北関東大震災」と命名したように、東北の太平洋岸だけでなく関東でも規模が大きく、東京湾岸の埋め立て地を中心にひどい液状化をもたらした。
そして明らかになったことは、「液状化」現象が発生したのは、第二次大戦後の高度成長期の埋め立て地であり、江戸時代までの埋め立て地では液状化現象は発生していないという事実なのだ。
2005年に出版された本書『アースダイバー』は、現在の地形図に、縄文時代の地形図を重ねあわせると何が見えてくるのかと切り口から、東京の古層を探検する知の考古学であり、知的刺激に満ちたすぐれた知的読み物として東京散歩の「オルタナティブなガイドブック」として受け入れられた。
この本に収録された地図は、著者が友人にたのんで作成してもらったそうだ。本文は読まなくてもこの地図をじっと眺めているだけでも、イマジネーションがかき立てられる。
この地形図は、地質学でいう洪積層(こうせきそう)と沖積層(ちゅうせきそう)で色の塗り分けがされている。洪積層とは、硬い土でできている地層のこと。沖積層とは、砂地の多い地層のこと。
洪積層が地表に露出している場所は縄文時代も陸地だったところである。縄文時代の東京はリアス式海岸のようだ。地球温暖化の時代は水位が上がっていたからだ。沖積層はもともと入り組んだ湾口や河川だったところに、上流から運ばれた土砂が堆積してできた土地だ。
徳川幕府が江戸に開かれて以来、そのまわりにはさらに埋め立てによって土地が拡張されたのである。沖積層の土地に展開したのが「東京下町」とその文化である。
縄文時代から存在する洪積層には、現在でも神社仏閣などの宗教施設や、知の中心である大学などが立地していることを知るとじつに興味深い。また、東京には散歩の楽しみである急坂がなぜ多いのか、遠く縄文時代を思いうかべるとその理由もおのずから明らかになる。東京には、縄文時代に形成されたフィヨルドのような複雑な入江が、坂となってそのまま痕跡として残っているわけなのだ。
中沢新一は、きわめて広い射程のもとに東京全体について「アースダイバー」を実践し、東京に露出した「縄文時代の神話的思考」をよみがえらせることに成功している。あいかわらずペダンティックな面が鼻につかなくもないが、さすが「週刊現代」に連載されたものだけに素直な文体になっていて読みやすい。
科学的な根拠についてはやや問題があるにしても、たまにはこれくらい大胆にイマジネーションを働かせてみるのも面白い。すべてが縄文時代の地層でもって説明できるわけがないのは当たり前なのだから、あまり神経質になるのも考え物だ。民俗学的想像力を楽しみたいものである。
縄文の大地の息吹をもとめて、この本をガイドにして、あらためて東京を歩いてみたい。
(*上掲の地形図は、『アースダイバー』の付録してついているものの一部)
<初出情報>
■bk1書評「「3-11」の大震災であたらめて実感した、東京の地質学的な成り立ちと縄文的なもの」投稿掲載(2011年7月23日)
■amazon書評「「3-11」の大震災であたらめて実感した、東京の地質学的な成り立ちと縄文的なもの」投稿掲載(2011年7月23日)
*再録にあたっては、一部加筆した。
目 次
プロローグ 裏庭の遺跡へ
第1章 ウォーミングアップ-東京鳥瞰
第2章 湿った土地と乾いた土地-新宿~四谷
第3章 死と森-渋谷~明治神宮
第4章 タナトスの塔 異文/東京タワー-東京タワー
第5章 湯と水-麻布~赤坂
第6章 間奏曲-坂と崖下
第7章 大学・ファッション・墓地-三田、早稲田、青山
第8章 職人の浮島-銀座~新橋
第9章 モダニズムから超モダニズムへ-浅草~上野~秋葉原
第10章 東京低地の神話学-下町
第11章 森番の天皇-皇居
エピローグ 見えない東京
参考文献
スポットリスト
著者プロフィール
中沢新一(なかざわ・しんいち)
1950年生まれ。思想家・人類学者。著書に、『カイエ・ソバージュ全5巻』(講談社選書メチエ、『対称性人類学』で小林秀雄賞)、『精霊の王』(講談社)、『緑の資本論』『僕の叔父さん網野善彦』(集英社)、『チベットのモーツァルト』(講談社学術文庫、サントリー学芸賞)『森のバロック』(せりか書房、読売文学賞)、『哲学の東北』(青土社、斎藤緑雨賞)、『フィロソフィア・ヤポニカ』(集英社、伊藤整文学賞)など多数(本書裏表紙の記載)。
<書評への付記>
本日(9月1日)は「防災の日」である。1923年(大正12年)9月1日11時58分32秒に発生した「関東大震災」から88年にあたる。
関東大震災については、このブログではわたしは、永井荷風の 『断腸亭日乗』 で関東大震災についての記述を読む と題して、「3-11」後に永井荷風の日記にからめて書いたが、地震とナマズのかかわりについても取り上げて書いている。
中沢新一は、地震とナマズにかかわる民族的想像力についての名著 『鯰絵-民俗的想像力の世界-』(コルネリウス・アウエハント、宮田登=解説、, 小松和彦/中沢新一/飯島良晴/古家信平=共訳、せりか書房、1979)の翻訳者の一人でもある。
著者は『アースダイバー』のプロローグで、チュニジア滞在中に旅行者と交わした会話と「9-11」について触れている。チュニジアでは民主化革命が勃発している。その後、「9-11」の首謀者のオサマ・ビン・ラディンが米海軍特殊部隊によってパキスタンで殺害されている。
また、奇しくも「3-11」で5000年前の「縄文時代」がふたたび浮上することになるとは、考えもしなかっただろう。
そういう意味では、奇妙なまでにアクチュアルな内容の本である。少なくとも、いまこの時点で読んでもまったく違和感を感じない
ただ、「3-11」でも倒壊することもなかったスカイツリーができて以後の下町について、また M ではじまる森ビルの六本木ヒルズのその後を書いてもらいたいとも思う。続編という形で。
洪積層のうえに形成された文化、洪積層のはざまの沖積層に形成された文化、沖積層の広い土地に形成させた文化の違い。これは地震という自然災害の対する考え方の違いに基づくものでもある。縄文時代以降に形成された沖積層が拡がる広い土地に展開する「東京下町」が、縄文時代の洪積層の大地に形成されたものとは異なる文化が形成されていることは、その意味では当然といっていいという説明にも納得する。
いまあらためて本書を読み直すことで、ほんらいあるべき土地開発について考え直すキッカケにするのもいいのではないかと思うのである。
縄文時代に人間が住んでいたところは洪積層であり、現在でも比較的安全であることは言うまでもないだろう。著者はあるインタビューで「東京の文化防衛論」を書きたかったと語っているが、「文化防衛論」はじつは「防災論」としても機能するのである。
渋谷については、宮本常一の民俗学の関心の深い佐野眞一が『東電OL殺人事件』(新潮社、2000 文庫版 2003)で、神泉の風俗街について描いており、土地のもつチカラから解読しようとする姿勢には中沢新一と共通するものがある。『東電OL事件』を読んだあと、現場を見に行ったが、なんとなくわかるような気もした。
中沢新一が折口信夫や南方熊楠の民俗学を読み込んできた人であれば、佐野眞一は宮本常一や澁澤敬三の民俗学を読み込んできた人である。民俗学的想像力については、けっして軽視すべきではない。
<関連サイト>
アースダイバーマップ bis
・・「アースダイバー」のコンセプトを Google Earth で再表現したもの
中沢新一氏(宗教学者)×釈徹宗氏(僧侶)×平松邦夫氏(大阪市長)「アースダイバーで読み解く東京・大阪」 第1回-なぜ大阪の街が今のような姿になったのか
中沢新一氏(宗教学者)×釈徹宗氏(僧侶)×平松邦夫氏(大阪市長)「アースダイバーで読み解く東京・大阪」 第2回-イノベーションとやさしさを生み出す大阪のコミュニケーション
中沢新一氏(宗教学者)×釈徹宗氏(僧侶)×平松邦夫氏(大阪市長)「アースダイバーで読み解く東京・大阪」 第3回-アースダイビングで明らかになるコミュニケーションの根源
・・大阪など、その他の湾岸都市について書かれると、有用な読み物となるだろう。大阪は、奈良や京都のような、中華文明の文明原理によって作られた内陸都市ではないからだ。
縄文海進に関する誤解 (wikipedia)
2005年に出版され話題となった中沢新一「アースダイバー」は,東京における縄文海進による水没範囲を実際よりも過大に示しているが,この本をフィクションと考えない人も多く,誤解を生む原因になっている
東京地形ブームと縄文海進(Togetter)
「アースダイバー」をどう受け止めるか(Togetter)
中沢新一「レーニン礼賛」の驚くべき虚構(岩上安身 『諸君』1997年1月号より)
<ブログ内関連記事>
書評 『緑の資本論』(中沢新一、ちくま学芸文庫、2009)
・・とくにキリスト教と比較してみるイスラームの経済思想
書評 『折口信夫 霊性の思索者』(林浩平、平凡社新書、2009)
・・中沢新一の折口信夫論である『古代から来た未来人』(ちくまプリマーブックス、2008)をあげておいた。大阪出身の折口信夫は「アースダイバー大阪」の導きともなっていることだろう
”粘菌” 生活-南方熊楠について読む-
・・中沢新一の南方熊楠論『森のバロック』を読む
「地震とナマズ」-ナマズあれこれ
「宗教と経済の関係」についての入門書でもある 『金融恐慌とユダヤ・キリスト教』(島田裕巳、文春新書、2009) を読む
・・宗教学者中沢新一には批判も多い。わたしも宗教学者・島田裕巳による批判はある程度までもっともなことだと考えている。にもかかわらず、中沢新一の語るコトバはきわめて魅力的だ。本人がどこまで自覚的なのかわからないが、ある種の人びとにとっては「ハーメルンの笛吹き」のような存在であるのだろう。これはほめコトバであり、同時に警告のコトバでもある。危険な魅力というべきか!?
書評 『日本人は爆発しなければならない-復刻増補 日本列島文化論-』(対話 岡本太郎・泉 靖一、ミュゼ、2000)
・・縄文といえば岡本太郎。人類学者・泉靖一との熱い対談
「生誕100年 岡本太郎展」 最終日(2011年5月8日)に駆け込みでいってきた
「生誕100年 人間・岡本太郎 展・前期」(川崎市岡本太郎美術館) にいってきた
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