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2012年6月20日水曜日

書評『砂糖の世界史』(川北稔、岩波ジュニア新書、1996)ー 紅茶と砂糖が出会ったとき、「近代世界システム」が形成された!



紅茶と砂糖という奢侈品が出会ったとき、「近代世界システム」が形成された!

現代人であるわれわれは、砂糖を消費しないで過ごすことは、おそらく一日たりともないはずだ。たとえ、直接コーヒーや紅茶に砂糖を入れて飲まない人であっても、さまざまな加工食品には原材料として砂糖が使用されているからだ。

しかし、砂糖が現在のように、世界中どこでも使用される「世界商品」となったのは、そんなに古い話ではない

砂糖もまた、さまざまな商品と同様、先進地帯であったイスラーム世界から、十字軍とともに後進地帯であるヨーロッパにもたらされたものだ。だが、砂糖が本格的に普及したのは、英国がカリブ海の西インド諸島に確保した植民地で、奴隷労働を酷使してプランテーションでサトウキビを栽培するようになった、17世紀後半から18世紀にかけてからのことなのだ。

中国から輸入された奢侈品のお茶と、おなじく奢侈品の砂糖が、出会ったことによって、英国が世界の砂糖生産において中心となったのである。需要が供給をつくりだしたわけである。

そして、 砂糖を入れた紅茶は、英国社会では上流社会から下層階級にまで拡がり、家庭生活に定着していくことになる。大陸のフランスでは、英国ほど紅茶は普及しておらず、現在でも基本はワインとカフェで飲むコーヒーである。この違いに注目しておこう。

消費地の英国、奢侈品であるお茶を供給する中国、労働力を供給するアフリカ、そして生産地である西インド諸島。これらをひとつのシステムにまとめあげたのが英国であり、その結果、英国は世界貿易の中心となる。そして、これこそがいわゆる「近代世界システム」というものなのだ。

カリブ海の「砂糖革命」から「近代世界システム」が始まったのである。砂糖のように、ごくごく身近な「世界商品」から近現代史を読みとることができるのだ! これぞ歴史を深掘りする楽しみであろう。

ただし、砂糖をめぐる歴史の舞台は、日本人には一般になじみのないカリブ地域である。英国を中心にもってくると、大西洋をはさんだカリブ世界とアフリカが等距離で視野に入ってくる。その意味で、この本は「視点の取り方」と「ものの見方」について教えてくれる本でもある。

そして、この視点に気がつくことによって、なぜ英国が世界貿易の中心となり、「近代世界システム」として世界が一つになったのかが理解できるようになる。そのカギの一つが砂糖という「世界商品」だったのだ。

カリブ海の砂糖プランテーションで収穫されたサトウキビは、英国に持ち込まれて精製され砂糖となる。英国の「産業革命」は、カリブ海の砂糖プランテーションと同時代に、並行的に進展した同じ一つの現象であることも知ることになる。

「世界システム論」と「歴史人類学」で、近代史を考えるとこのように見えてくるのである。歴史的思考とはこういうものだというひとつの見本である。

ジュニア新書から出版された本だが、地球レベルで歴史を考えるための、またとない手引きとなる一冊である。読めば間違いなく、視野が広がるのが実感できるはずだ。


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目 次
プロローグ 砂糖のふしぎ
第1章 ヨーロッパの砂糖はどこからきたのか
第2章 カリブ海と砂糖
第3章 砂糖と茶の遭遇
第4章 コーヒー・ハウスが育んだ近代文化
第5章 茶・コーヒー・チョコレート
第6章 「砂糖のあるところに、奴隷あり」
第7章 イギリス風の朝食と「お茶の休み」-労働者のお茶-
第8章 奴隷と砂糖をめぐる政治
第9章 砂糖きびの旅の終わり-ビートの挑戦-
エピローグ モノをつうじてみる世界史-世界史をどう学ぶべきか-
あとがき


著者プロフィール    
川北 稔(かわきた・みのる)
1940年生。京都大学文学部史学科卒業。大阪大学名誉教授。京都産業大学文化学部教授。イギリス近代史(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。



<書評への付記>

「アメリカ独立以前」の「第一次大英帝国」においては、西インド諸島(West Indies)が、アメリカ独立後、つまり英国からみればアメリカ喪失後の「第二次大英帝国」においては、東インド(East India)が英国にとって最重要な意味をもってくる。

砂糖は、カリブ海植民地において生産することに成功したものの、奢侈品であるお茶は依然として中国からの輸入に頼らざるをえなかった。輸入するお茶の支払い代金が、貿易不均衡を生む。この貿易不均衡を解消するために英国が目をつけたのが、インドのアヘンだった。

そして、「英国=インド=中国」をむすぶ、あらたな「三角貿易」が成立するのだが、これについては本書では触れられていない。

とはいえ、アジアと密接な関係をもるわれわれ日本人は、その後の『砂糖の世界史』についても知っておかねばならない英国は、19世紀後半の「アヘン戦争」によって、中国をも植民地化していくことになる。その背後には紅茶と結びついた砂糖があったのだ。



日本における砂糖生産については、『明治維新のカギは奄美の砂糖にあり-薩摩藩 隠された金脈-(大江修造、アスキー新書、2010)という本がある。

奄美は薩摩藩が実質的に植民地扱いして甘藷栽培のモノカルチャーを行わせており、砂糖からあがる収益が財政の下支えをしていた。これが西南雄藩の財政的原動力であり、薩英戦争において英国と互角の戦いを行うことを可能とさせたのである。

全体として統一した主張が練り上げられていないので、何を主張したいのかが見えてこない本だが、部分的な事実関係の記述には納得させられるものもあるので参考になる。ほかにあまり類書がないので、参考として掲載しておく。



<ブログ内関連記事>

書評 『大英帝国衰亡史』(中西輝政、PHP文庫、2004 初版単行本 1997)

書評 『イギリス近代史講義』(川北 稔、講談社現代新書、2010)-「世界システム論」と「生活史」を融合した、日本人のための大英帝国「興亡史」

書評 『民衆の大英帝国-近世イギリス社会とアメリカ移民-』(川北 稔、岩波現代文庫、2008 単行本初版 1990)-大英帝国はなぜ英国にとって必要だったのか?

「東インド会社とアジアの海賊」(東洋文庫ミュージアム)を見てきた-「東インド会社」と「海賊」は近代経済史のキーワードだ

『移住・移民の世界地図』(ラッセル・キング、竹沢尚一郎・稲葉奈々子・高畑幸共訳、丸善出版,2011)で、グローバルな「人口移動」を空間的に把握する

(2014年1月26日、7月29日 情報追加)


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