1980年代を代表する「アイドル」、松田聖子と中森明菜の二人を対比して論じた、いわゆる「対比列伝」であるが、重点は「革命」の先行者である松田聖子に置かれている。
松田聖子は時代を変えることになる道を切り開いた先駆者でもあり、「革命」を後戻りできない道にしたのが中森明菜である。現時点においてもこの二人はほぼ「国民歌手」的な存在として安定したポジションを保っていることは、昨年(2014年)の紅白歌合戦の人選をみてもうなづかれることだ。
●松田聖子 1962年3月10日生まれ
●中森明菜 1965年7月13日生まれ
二人は、ほぼ同世代である。だが10代の3年間の差はじつはきわめて大きい。そして出身も、性格も、志向するところも大きく異なる。だが、1980年代の消費時代のアイドルであったことは共通している。
「1980年代の革命」という副題だが、より正確に表現すれば「1980年代「前半」の革命」となるだろう。それ以前とそれ以後の変化は、まさに革命的であったことを詳細に記述したのが本書の内容である。
では「革命」とはいったい何だったのか? 著者自身のコトバを借りれば以下のようになる。
いまもこの国にはアイドルがたくさんいるが、それは松田聖子が「アイドル」という存在をたったひとりの力で変革させたからである。そしてその松田聖子個人の叛乱を革命体制にまで発展させたのが中森明菜だった。二人の存在--圧倒的なレコードセールス、作品としての質の高さ--によって、サブカルチャーだったアイドルは、いまや日本芸能界のメインカルチャーとなった。
だが、アイドルがメインカルチャーとなった時点で、松田聖子と中森明菜の歴史的使命は終わっていた・・(後略)・・ (「あとがき」より)
1962年生まれのわたしは、松田聖子は同じ年の生まれだ。同時代人というよりも、完全に同世代の人間だ。
ただし、彼女は3月の早生まれなので学年は一つ上である。そう、彼女が高校卒業してデビューしたとき、わたしは高校三年生だった。翌年に大学に入学したので、つまるところ松田聖子のデビューから全盛期までは、わたしの大学時代とピッタリ重なるのである。1985年に大学を卒業して社会人になってからは、松田聖子をあまり聴かなくなったのも、偶然ではないかもしれない。
「革命」は自覚的に行うものだが、その担い手における「意識」の違いが存在する。「革命」を支えたプレイヤーそれぞれについても同様だ。苦労してデビューした「アイドル」だけでなく、冷徹な計算が支配する芸能界、作詞家・作曲家たち、そしてアイドルを支えるファン。
たしかに、松田聖子以前と以後ではまったく違う世界になったことは、時間がたてばたつほど明らかである。わたし自身、自分より上の世代との感覚の大きな違いを感じるのである。1980年代は、まさに「歌謡曲の革命」のさなかにあった。
記号とたわむれるようなコトバが浮遊する松田聖子的世界にどっぷりとつかっていた多くの男子たち、そして女子もまた。あの時代は同時にオタクの時代の始まりでもあり、この同じ世代からオウム事件の関係者が出てきたことは偶然ではない。
本書は世代論ではないが、同時代を生きた同世代の人間には、懐かしさというようも、その時代をともに生きたという実感を再体験させてくれるものであった。読みながらアタマのなかでは松田聖子と中森明菜の当時のヒットソングが鳴り響いていたことはいうまでもない。その時代のこまごまとした出来事は忘れても、歌は忘れない。歌と音楽は世代と密接な関係にある。そしていまは亡き親友のことも。
1960年生まれの著者は「あとがき」でこう書いている。
後に「空っぽ」とか「カスだ」とか「見かけだけ」とか、さんざんに批判される1980年代は、私にとっては「見かけだけ立派で、中身は空洞だったかもしれないけど、その空虚さゆえに輝いていた素晴らしい時代」である。その象徴が、松田聖子と中森明菜であった。同感である。1980年代前半とは、そういう時代だったのだ。
PS なお本日(3月10日)は、無意識の「革命家」・松田聖子の誕生日である。
目 次
はじめに
プロローグ
第1章 夜明け前-1972年~79年
福岡県久留米市と東京都清瀬市の少女
《スター誕生!》のはじまり-1972年
沈んだ眼のアイドル
模索するアイドル
流行歌の条件
女性ファンの獲得
アイドルになりたい女の子と、普通の女の子になりたいアイドル
<ザ・ベストテン>による変革-1978年
時代が求めたもの
蒲池法子、上京
暗雲と僥倖
明菜の最初の挑戦1
第2章 遅れてきたアイドル-1980年
百恵と聖子の出会い
ポスト百恵を探せ
アイドル歌謡曲、革命の序章
全てを松田聖子に!
聖子、デビュー
聖子の思想と戦略
消えてゆく少女
アイドルを演じるアイドル、頂点へ
「幸せになります」
明菜の二度目の挑戦
幻の三人娘
失速する者、花開く者
第3章 忍び寄る真のライバル-1981年 二年目のジンクス
二人の高校一年生
《夏の扉》を開けて
明菜、三度目の挑戦
《白いパラソル》の記号論
はっぴいえんど
「自虐的な歌謡曲」との闘い
明菜、合格
真のライバル
第4章 阻まれた独走-1982年
八二年組
ユーミン登場
《赤いスイートピー》-不可解な名曲
明菜、デビュー
松田聖子の無意識、中森明菜の自意識
《小麦色のマーメイド》論争
形勢逆転
第5章 激突-1983年
歌と80年代と政治意識
変化するヒットチャートの意味
明菜、独走
「無意味」を目指す人々
解放区としての松田聖子
聖子の世界観、明菜の世界観
《SWEET MEMORIES》という誤算
静かなる革命-1983年
第6章 前衛と孤独-1984年
過熱報道
薄幸のベール
ピュア、ピュア、リップス
早すぎた成熟
永遠の少女へ
《十戒(1984)》
《ピンクのモーツァルト》
虚構を演じ続けるアイドル
モノローグで語り続けるアイドル
二人の思い
第7章 華燭と大賞-1985年
二組のカップル
進むべき道
婚約発表
日本芸能史上最も華やかな日
中森明菜の冒険
新たなる脅威
終わらない、ひとり旅
松田聖子の中間決算
松本隆と松田聖子の革命
中森明菜の栄冠
第8章 緩やかな下降線-1986~88年
静かなる復帰と二連覇-1986年
ボスの死と実験-1987年
いくつかの齟齬-1988年
終章-1989年
あとがき
参考文献
著者プロフィール
中川右介(なかがわ・ゆうすけ)
1960年東京都生まれ。評論家。早稲田大学第二文学部卒業。「クラシックジャーナル」編集長、出版社アルファベータ代表取締役編集長として、これまで音楽書、美術書、写真集、文芸書などの多数の本を編集・出版。対比列伝の形式で音楽家などの史伝を執筆(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。
<ブログ内関連記事>
小倉千加子の 『松田聖子論』 の文庫版に「増補版」がでた-松田聖子が30年以上走り続けることのできる秘密はどこにあるのか?
・・「松田聖子のデビューは、わたしが高校三年生だった1980年。つまり、大学時代を過ごした190年代前半はアイドルとしての松田聖子の全盛期だったわけで、熱烈なファンであった友人の影響もあって、彼女のデビュー以来30年以上のあいだ同世代としては気になってきた存在なわけなのです。この本は、松田聖子登場以前、熱狂的ファンをもっていた山口百恵(・・現在は三浦百恵)との比較で、1980年に登場した松田聖子の意味をあきらかにした先駆的な名著だといっていいでしょう」
ディズニーの新作アニメ映画 『アナと雪の女王』(2013)の「日本語吹き替え版」は「製品ローカリゼーション」の鑑(かがみ)!
・・日本語吹き替え版でアナの声を担当して歌っている神田沙也加は松田聖子の娘! ほんと声がアイドル時代の松田聖子にそっくり!! 歌のうまさは母親ゆずり
書評 『叙情と闘争-辻井喬*堤清二回顧録-』(辻井 喬、中央公論新社、2009)-経営者と詩人のあいだにある"職業と感性の同一性障害とでも指摘すべきズレ"
・・「赤い資本家」の堤清二もまた、1980年代の「空気」をつくりだして体現していた
一橋大学合気道部創部50周年記念式典が開催(如水会館 2013年2月2日)-まさに 「創業は易し 守成は難し」の50年
・・「振り返ってみるに、入部したのは1981年(昭和56年)、すなわち「昭和時代」末期でありました。いわゆる「バブル時代」がはじまったのは、大学を卒業した1985年(昭和60年)からでありましたが、「バブル前夜」の当時のキャンパスといえば「西の京大 東の一橋」といわれていたものです。 ちょうどその頃に開園した東京ディズニーランドのようなレジャーランドであったと言われてました。現在からみると隔世の感がなきにしもあらずです。」
書評 『オウム真理教の精神史-ロマン主義・全体主義・原理主義-』(大田俊寛、春秋社、2011)-「近代の闇」は20世紀末の日本でオウム真理教というカルト集団に流れ込んだ
・・時代の「空虚さ」を埋めようとした若者は多数いたが、そのなかのごく一部は修行を重視する精神世界へ、さらにごく一部はオウム真理教などに向かった
書評 『今を生き抜くための70年代オカルト』(前田亮一、光文社新書、2016)-おお、懐かしい「70年代オカルト」
・・1962年3月10日生まれの松田聖子と「70年代オカルト」の世代は完全に重なるのである
(2016年3月24日 情報追加)
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