(公演チラシ)
「ロマフェスタ ジプシー5ヶ国」にいってきた(2015年3月11日)。ことしの2月から約1ヶ月かけて日本国内を「キャラバン」してきた公演である。わたしが行ったのは、最終日の前日で、千葉市の京葉銀行の音楽ホールのものであった。
このコンサートの存在を知ったのは、インド関連グッズの通販の老舗ティラキタのメルマガだ。なぜロマ(=ジプシー)の公演でインド関連なのかということになろうが、じつはロマ(=ジプシー)の出自がインドでああることと大いにかかわっている。
ロマ(=ジプシー)は、インド北西部のラージャスターン地方を発祥の地とするらしい。ジプシー(gypsy)はエジプト人(Egyptian)からきたなどという説明がはるか昔はされていたようだが、エジプトではなくインドなのである。インドから陸路でヨーロッパまで移動した。ユーラシア大陸レベルの移動なのだ。
(インド北西部のラージャスターン地方はピンクで囲まれた右下の地域)
「ロマフェスト」はすでに何回か日本国内でも行われてきたそうだが、これまでその存在すら知らなかった。今回(2015年)は、ロマ(=ジプシー)発祥の地であるインド・ラージャスターン地方と、トルコ、バルカン半島のマケドニア、ハンガリーとルーマニア合計40人ものロマ(=ジプシー)たちを招待したそうだ。
わたしが万難を排して今回いくことにしたのは、ラージャスターン地方からやってきた楽団 ドアード・ジプシーズ・フロム・ラジャスタン(DHOAD Gypsies from Rajasthan)が今回初来日で参加しているからだ。
テキラキタのブログ記事「本物のジプシーが見られる ロマフェスト2015 大興奮レポート!!」によれば、「彼らはラジャスタン地方の文化大使を自認していて、世界80ヶ国を廻り、1000回ものコンサートを行っているプロ中のプロ。インドでもなかなか見られないのに、まさか日本でこれが見られるんて!」、ということだ。
中東欧でロマ(=ジプシー)のパフォーマンスをみることはあっても、インドのロマの公演を見るのは今回がまったくの初めてだ。シューマンの『流浪の民』やサラサーテの『ツィゴイネルワイゼン』、ロシア民謡の『黒い瞳』など、日本人にも比較的なじみの深い中東欧を中心としたロマ(=ジプシー)の音楽もさることながら、インド・ラジャースターン地方のロマのパフォーマンスはじつに新鮮で、しかも迫力あるものだった。
完全にエンターテイメントでありながら、すぐれて「教育的」なライブパフォーマンスであったのは、インドからトルコをとおってバルカン半島に至るロマ(=ジプシー)の旅の前半をカバーしたことになっているからだ。イスラーム化されたムガール帝国のインド、そしてオスマントルコ帝国、そしてハプスブルク帝国という、帝国の時代の痕跡がロマ(=ジプシー)をつうじて甦るのである。
(公演のチラシ裏)
インドのロマとバルカン半島のロマの共通点と相異点を、楽しみながらじっくりと味合うことができる機会となっていたのである。
「プログラム」は公演後に紛失(・・残念!)してしまったが、記憶を再現すると以下のようなものであった。順番どおりでなく、内容を整理してある。
■ジプシー "国歌"(=共通歌): ジェレム・ジェレム(ロマ語)
■バルカン半島と中東欧
全身をつかってのボディー・パーカッション(ルーマニア、ハンガリー)
ベリーダンス(トルコ)
■ドアード・ジプシーズ・フロム・ラジャスタン
インドの楽器と朗唱
スーフィーの旋回するダンス
壺をアタマの上にのせて踊る旋回ダンス
蛇の旋回ダンス
■フィナーレ・・インドから中東のジプシーが全員で!
インドのラジャースターン地方から西に移動したロマ(=ジプシー)は、移住先で文化的にも宗教的にもローカライズしてゆき、西洋においては西洋音楽で使用されるフィドル(=バイオリン)などの楽器を導入していったのであろう。扱う楽器は異なっても、基盤は同じということを確認できる素晴らしいフィナーレであった。
(写真撮影可となったフィナーレで全員集合! 筆者撮影)
予定より15分も延長しての終了。まさにライブ・パフォーマンス。即興性を身上とするロマ(=ジプシー)ならではの熱い真剣勝負の公演であった。見ているほうのわたしは、花粉症に悩まされながら熱くなっていたが・・・。
■(参考) ロマーニ(=ロマ、ジプシー)について
文字を持たない口承の世界に生きてきたロマ(=ジプシー)だけに、その出自やヨーロッパへの移住については、詳しいことはわからない。wikipedia英語版の記述が、最大公約数的な見解だろう。
The Romani (also spelled Romany), or Roma, are an ethnicity of Indian origin, living mostly in Europe and the Americas. Romani are widely known among English-speaking people by the exonym "Gypsies" (or Gipsies).
Romani are dispersed, with their concentrated populations in Europe—especially Central and Eastern Europe and Anatolia, Spain and Southern France. They originated in India and arrived in Mid-West Asia, then Europe, around 1,000 years ago, either separating from the Dom people or, at least, having a similar history; the ancestors of both the Romani and the Dom left North India sometime between the sixth and eleventh century.
(私訳) ロマーニ(=ロマ)は、インド起源の民族で、主にヨーロッパやアメリカ大陸に居住している。ロマは英語圏ではジプシーとして広く知られている。ロマは分散しているがヨーロッパに集中し、とくに中東欧、アナトリア半島(=トルコ)、スペイン、南フランスに多い。インド起源で、西南アジアに到着し、その後約千年前にヨーロッパに移住した。共通の歴史をもつドムとは祖先を同じくするが、ロマもドムもともに6世紀から11世紀にかけて北インドを離れた。
wikipedia英語版にはロマの旗が紹介されている(下図)。ハブ・アンド・スポークの車輪をかたどったものである。
(ロマの旗 wikipediaより)
移動に使用していた幌馬車の車輪をかたどったものだろうが、奇しくもインドの国旗を連想させるものがある。インド国旗の中央に描かれた車輪は、いわゆるアショーカ王の法輪である。
もしかすると、ロマ(=ジプシー)のインド起源と関係あるのかな(?)と思うが、単なる偶然かもしれない。円形の車輪はインドではチャクラという。
おなじくwikipedia英語版には、ロマ(=ジプシー)の居住地域がマッピングされたものがあるので、参考のために掲載しておく。バルカン半島とトルコに集中しているが、これはかつてのオスマントルコ帝国の版図である。
(現代ヨーロッパにおけるロマの居住分布 wikipediaより)
ヨーロッパにおける異人種ロマ(=ジプシー)の存在は、現代でもなかなか共存が難しいものがあるようで、日本人がロマンティックに考えるものとはだいぶ異なるものがある。
ホロコーストの犠牲者というとユダヤ人という答えが返ってくるだろうが、虐殺されたのはユダヤ人だけではなく、ロマもまた多くが犠牲になっているのである。この点については、『「ジプシー収容所」の記憶-ロマ民族とホロコースト-』(金子マーティン編、岩波書店、1998)を参照。メディアと金融に強いユダヤ人とは異なり、ロマの発言力が小さいことも、この事実が知られていない原因となっているようだ。
なおヨーロッパ中世におけるロマ(=ジプシー)については、『中世を旅する人びと』(阿部謹也、ちくま学芸文庫、2008 単行本初版 1980)の「5 ジプシーと放浪者の世界」を参照されたい。中世以降にヨーロッパに現れたロマ(=ジプシー)の現代に至るまでのヨーロッパ人の蔑視と、それにもかかわらず生き抜いてきた姿を知ることができる。
<関連サイト>
ロマフェスト ジプシーフェスティバルコンサート 2015年 (公式サイト)
ドアード・ジプシーズ・フロム・ラジャスタン(DHOAD Gypsies from Rajasthan) (公式サイト 英語・フランス語)
DHOAD Gypsies from Rajasthan - Official Teaser 2014 (YouTube)
・・オフィシャル・ビデオ
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