2011年3月11日の「3-11」からすでに5年近い。あの日は、まさに国難ともいうべき未曾有の大災害の始まりであった。そして自衛隊にとっては「史上最大の作戦」の始まりでもあった。まさに「有事」であったのだ。
科学者で随筆家であった寺田寅彦は、「国防という観点からみたら、天災が外敵以上に対応が難しいのは、「最後通牒」もなしに、いきなり襲いかかってくるからだ」という意味の発言を行っている。これほど的確な表現はほかにあろうか。
たしかに徴候はあった。前兆はあった。何度も規模の大きな地震がつづいていた。だが誰がマグニチュード9レベルの巨大地震が発生し、それが津波の大被害をもたらし、さらには原発事故につながろうとは思っただろうか・・・。それは百年どころか千年に一度の巨大地震であったのだ。
『兵士は起つ-自衛隊史上最大の作戦-』(杉山隆男、新潮文庫、2015)は、「3-11」という未曾有の「有事」に巻き込まれた自衛隊員の肉声によって構成されたノンフィクションである。
登場するのはいずれも無名の「兵士」たちだ。そのほとんどが第一線の現場で勤務する「下士官と兵」たちである。
第一部では、緊急事態の発生で駐屯地に向かう途中、いきなり襲ってきた津波に飲み込まれながらも自力で泳ぎきり、しかも人命救助に献身的に全力を尽くす隊員たちが登場する。72時間のトリアージが生存可能性の壁となるからだ。
第二部では、自分の家族の安否もままならぬ状態のまま、遺体収集にあたる隊員たち。いまだかって体験したことのない過酷な環境で抱く精神的にきわめてつらい思いが語られる。
第三部では、非常事態に陥った福島第一原発で、世界でも例のない作戦に従事することになった隊員たちが登場する。
本書に登場する自衛隊員たちに共通するのは使命感と覚悟である。自分や家族よりも国民の命を守るという使命感。その使命感を胸にした自衛官としての覚悟。表舞台で脚光を浴びるためではなく、あくまでも縁の下の力持ちとして、目立たぬ存在であることを望むという姿勢。迷走をつづけた当時の政府とは異なり、上意下達の組織である自衛隊は、課せられたミッションを遂行するプロ集団である。
「有事」とはめったにないからこそ「有事」なのである。「有事」に、そのもてるチカラを100%発揮するためにこそ、「平時」における訓練がある。
作家の三島由紀夫は、「その全身をかけに賭けた瞬間のために、機が熟し、行動と意思が最高度まで煮詰められなければならない。そこまでいくと行動とは、ほとんど忍耐の別語である」と言っている。自衛隊員についても、そのままあてはまるものだろう。
無名の自衛隊員たちの献身的な姿を淡々と記述した本書だが、三島由紀夫亡きのちにノーベル賞を受賞した日本人作家への怒りが、なんと二回も表明される。防衛大学校と自衛隊し侮辱した作家のことである。名指しはされていないが、読めば誰のことかわかるはずだ。
有名作家のような公式の場における発言力をもたない無名の自衛隊員たち。かれらの肉声を拾い上げて構成した本書は、ノンフィクションという形をとった文学作品といってもいいのではないだろうか。そんな感想を読みながら抱いた。
大多数の国民が抱くのは、自衛隊員たちへの「感謝」であろう。本書の読者もまた、そうであるに違いない。
目 次
第1部 千年に一度の日
水の壁
別命なくば
救出
最後の奉公
白いリボン
長く重たい一日
第2部 七十二時間
戦場
「ご遺体」
落涙
母である自衛官
第3部 原発対処部隊
正しくこわがった男たち
偵察用防護衣
海水投下
四千八百リットル
エピローグ 日記
著者プロフィール
杉山隆男(すぎやま・たかお)
1952(昭和27)年、東京生れ。一橋大学社会学部卒業後、読売新聞記者を経て執筆活動に入る。1986年に新聞社の舞台裏を克明に描いた『メディアの興亡』で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。『兵士を見よ』『兵士に聞け』『兵士を追え』『兵士に告ぐ』の「兵士シリーズ」で自衛隊を追い続けている(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものに加筆)
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「天災は忘れた頃にやってくる」で有名な寺田寅彦が書いた随筆 「天災と国防」(1934年)を読んでみる
・・科学者で随筆家であった寺田寅彦は、「国防という観点からみたら、天災が外敵以上に対応が難しいのは、「最後通牒」もなしに、いきなり襲いかかってくるからだ」という意味の発言を行っている
「行動とは忍耐である」(三島由紀夫)・・・社会人3年目に響いたコトバ
・・「その全身をかけに賭けた瞬間のために、機が熟し、行動と意思が最高度まで煮詰められなければならない。そこまでいくと行動とは、ほとんど忍耐の別語である」(三島由紀夫)
■自衛隊
陸上自衛隊「習志野駐屯地夏祭り」2009に足を運んでみた
海上自衛隊・下総航空基地開設51周年記念行事にいってきた(2010年10月3日)
鎮魂!「日航機墜落事故」から26年 (2011年8月12日)-関連本三冊であらためて振り返る ・・この墜落事故でも自衛隊員たちが遺体収集作業に従事した
■「現場」の重要性
書評 『私たち「ユニクロ154番店」で働いていました。』(大宮冬洋、ぱる出版、2013)-小売業は店舗にすべてが集約されているからこそ・・・
アルバイトをちょっと長めの「インターンシップ期間」と捉えてみよう
(2015年11月13日 情報追加)
(2012年7月3日発売の拙著です)
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