(日本初公開の「バッカス」(1597年から1598年頃 国立西洋美術館前にて)
「カラヴァッジョ展」(国立西洋美術館)に開催初日の2016年3月1日にいってきた。これぞまさにバロック(!)という美術展である。
ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ(1571~1610)は、初期近代のイタリアを激しく生きた天才画家。光を効果的に使用したきわめて現代的な肖像画、徹底的な写実に徹した静物画、そしてその組み合わせがバロック絵画への道を開いた。いずれも現代的ともいうべき作風で、カラヴァッジョ以前と以後とではまったく異なる世界となったのである。
(「果物籠をもつ少年」1593~1594年)
しかも展示品のなかには「日本初公開」というウリの作品だけでなく、「世界初公開」という隠し玉もあるのだ!
「バッカス」(冒頭の写真)は日本初公開! ローマ神話に登場する酒の神バッカスを描いた作品だ。ギリシア神話ではディオニュソスである。テーマじたいはルネサンス的であるが、もはやルネサンス絵画ではない。ルネサンスを超えたという意味はそこにもある。自己陶酔的で両性具有的な妖しさを漂わせた作品で、自らをモデルにして描いたものという。
2014年に発見されてカラヴァッジョ作品と鑑定された「法悦のマグダラのマリア」がなんと世界初公開である! 個人所蔵品であるので美術館で展示されたことはないが、世界初公開がイタリアではなくこの日本であったことは、じつに喜ぶべき贈り物ではないか! バロック時代の彫刻家ベルリーニの有名な聖女像をほうふつとさせるものがあるこの作品は、まさに今回の美術展の隠し玉である。
(カラヴァッジョが死ぬまで手元に置いた「法悦のマグダラのマリア」 1606年頃)
光と影、聖と俗、天才と狂気。あらゆる二項対立的要素を一心に兼ね備えた人物がカラヴァッジョである。すぐにカッとなりやすい血の気の多い気性の激しさから殺人を犯し、教会に描きながらカネを稼いでイタリア南部のシチリアやマルタ島にまで逃亡、最後は逃亡先の名も知れない小さな港町で熱病のために38歳で死ぬという、あまりにもドラマチックな人生。
ドストエフスキーに、「マドンナの理想を抱きながら、ソドムの深遠に惑溺する」というフレーズがあるが、カラヴァッジョもまたそのとおりの人物であったのか。あまりにも振幅が激しすぎるのである。それもまた時代の「移行期」であった初期近代のバロック的であり、近代後の「移行期」の混乱状態に生きる現代人にもつうじるものがあるのだ。
(ジプシー女性を描いた当時の風俗画 「女占い師」 1597年頃)
カラヴァッジョが生きた時代のローマは、「対抗宗教改革」の中心地であった。ルターによって引き起こされた「宗教改革」に対し、カトリック側ではそれに対抗する形で、大規模な内部改革が行われていた。
文字が読めない一般民衆にも図像によって教えを説き、視覚をつうじてダイレクトに訴えかける手法で布教活動を強化していたわけだが、美術とのからみでいえば、カラヴァッジョのリアリズムに徹した宗教画は聖書の物語を、いま現在に生きる人間の姿として描いたわけであり、まさにカトリック側が推進する流れに完全にフィットしたわけである。だから、高位聖職者や貴族たちから注文が殺到したのだという。
(リアルな宗教画である「エマオの晩餐」 1606年頃)
カラヴァッジョの作品は、大胆な構図に精密なディテールを描きこんでおり、ルーベンスやレンブラントなどの大画家にも多大な影響を与えている。まさにカラヴァッジョが西洋美術史の流れを変えたのである。
Ⅰ 風俗画:占い、酒場、音楽
Ⅱ 風俗画:五感
Ⅲ 静物
Ⅳ 肖像
Ⅴ 光
Ⅵ 斬首
Ⅶ 聖母と聖人の新たな図像
図録も販売されているが、ミュージアムショップに陳列されていた『カラヴァッジョ巡礼(とんぼの本)』(宮下規久朗、新潮社、2010)を購入した。少年時代にカラヴァッジョの魅力に取り付かれて美術史家となったという著者によるビジュアルな案内書である。
カラヴァッジョの作品の多くは、教会に描かれたものが多いので現地を踏むしかない。はたして次回イタリアに行けるのがいつになるかわからないが、「カラヴァッジョ巡礼」という楽しみはあとに取っておくこととしよう。カラヴァッジョが生きた時代は、日本から「4人の少年」(=クアトロ・ラガッツィ)がローマのバチカンに派遣されている。「天正遣欧使節」(1582~1590)である。そう考えると、カラヴァッジョへの関心もより高まるのではないだろうか。
カラヴァッジョは、描かれた作品も、ドラマチックなその人生も、まさにバロック!としかいいいようがない。バロック好きなら絶対にいくべき美術展だ。やはりホンモノはすばらしい。足を運んで自分の目で見るべきなのだ。
<関連サイト>
『カラヴァッジョ展』(国立西洋美術館) 公式サイト
絶対にカラヴァッジョを見に行った方がいい理由 西洋美術史上、最大の改革を行った天才 (宮下 規久朗、JBPress、2016年3月3日)
・・「カラヴァッジョは西洋美術史上、最大の改革を行った天才である。 ルーベンス、ベラスケス、レンブラント、フェルメールといったバロックの巨匠たちは、彼がいなければ生まれなかったと言われている。美術の宝庫イタリアでも別格扱いされ、もっとも人気のある画家として、かつての10万リラ札の顔にもなっていた。 ・・(中略)・・ カラヴァッジョの作品は見る者の心をわしづかみにする。その絵を前にした者は誰でも、その力強く劇的な画面に言葉を失い、立ちすくむだろう。 息をのむ見事な写実描写から劇的で静謐な宗教画まで、カラヴァッジョの芸術は現代ますます評価を高めており、400年を隔てた日本人の心をも打つにちがいない。」
カラヴァッジョの「法悦のマグダラのマリア」 国立西洋美術館で世界初公開 (クリスチャン・トゥデイ、2016年3月2日)
・・「気性が激しく、諍(いさか)いが絶えない波乱に満ちた人生を送ったカラヴァッジョだが、本作品は殺人を犯してローマから逃げ、近郊の町で身を隠していた夏に描かれたものだ。それから4年後に熱病で不慮の死を遂げたとき、彼の荷物には「1枚のマグダラのマリアの絵」が含まれていたと伝えられており、本作品がそれであると考えられている。」
NHK日曜美術館 「幻の光 救いの闇 カラヴァッジョ 世界初公開の傑作」(2016年4月17日放送)
(2016年4月17日 情報追加)
<ブログ内関連記事>
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エル・グレコ展(東京都美術館)にいってきた(2013年2月26日)-これほどの規模の回顧展は日本ではしばらく開催されることはないだろう
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in vino veritas (酒に真理あり)-酒にまつわるブログ記事 <総集編>
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・・初期近代は時代の「移行期」。いとも簡単に人が殺される時代であった
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・・カラヴァッジョが生きていた時代、日本から「4人の少年」(クアトロ・ラガッツィ)がローマに派遣された。「天正遣欧使節」(1582~1590)である
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・・「天正遣欧使節」(1582~1590)を送り出したのがイタリア出身のイエズス会士アレッサンドロ・ヴァリリャーノであった
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