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2020年1月5日日曜日

「永井荷風と谷崎潤一郎展 ― あやしくって楽しい」(市川市文学ミュージアム企画展)に行ってきた(2020年1月5日)― 市川ゆかりの永井荷風に谷崎潤一郎をからませた好企画



昨年2019年は、永井荷風の生誕140年でかつ没後60年にあたる年だったのだそうだ。つい最近になるまで知らなかったのだが、高校時代以来わたしの好みの作家が永井荷風であるのに、うかつなことであった。

1945年3月10日の東京大空襲で「偏奇館」を焼け出された永井荷風が、各地を転々としたのち、晩年の13年間を過ごしたのが市川市である。

というわけで、市川市文学ミュージアムで荷風がらみのイベントが開催されるわけだ。市川市文学ミュージアムを訪れたのは、今回がはじめのことである。

◆「永井荷風と谷崎潤一郎展 あやしくって楽しい」(2019年度市川市文学ミュージアム企画展)
荷風生誕140年 没後60年を記念して 永井荷風と谷崎潤一郎展 あやしくって楽しい 永井荷風と谷崎潤一郎。
『あめりか物語』『刺青』『墨東綺譚』『痴人の愛』『断腸亭日乗』『細雪』…。 文学史上に燦然と輝く作品を残してきた稀代のヒットメーカーの二人は、明治・大正・昭和と激動の時代を生き抜いた仲間でもありました。
荷風の激賞により華々しいデビューを飾った谷崎。戦時中も書き続けられた『断腸亭日乗』と『細雪』。谷崎が疎開先で荷風を饗応したスキ焼き。 書いて、書いて、書き続けてきた、二人の交流を、書簡をはじめとした多彩な資料とともにご紹介します。「あやしくって楽しい」荷風と谷崎の世界をお楽しみください。

 


(展示会場前のパネルは写真撮影可 筆者撮影)

「永井荷風と谷崎潤一郎展-あやしくって楽しい」というタイトルにあるように、永井荷風とセットになっているのが谷崎潤一郎というのもいい。

永井荷風と谷崎潤一郎は7歳違いで、文学上の先輩・後輩の関係にあたる。山の手で生まれ育った荷風と下町で生まれ育った潤一郎、独身で死んだ荷風と家族に看取られて死んだ潤一郎。生き方はだいぶ違うのだが、ともに耽美派の作家である。もちろん、谷崎潤一郎も高校時代以来、わたしの好みの作家だ。

構成は、5つに分かれている。「第1章 東京に生まれて」、「第2章 ふたりの青春」、「第3章 東京メルティングポット」、「第4章 書く 戦争・「断腸邸日乗」「細雪」」、「第5章 暮らしのなかで」。各章ごとに、永井荷風と谷崎潤一郎を対比させ、からませる。


(同上)


展示スペースはそれほど広くないが、永井荷風と谷崎潤一郎を交流関係を軸にして、書簡や原稿を一緒に展示している。展示品は、各地のミュージアムから集めてくるわけなので、なかなか骨の折れることだろう。それだけの価値はあるものとなっている。図録(1,000円)もなかなかいい。購入する価値がある。図録のカバー絵のあじさいは永井荷風、牡丹は谷崎潤一郎の象徴である。


(左が今回の図録 右は前回の図録 筆者撮影)


2017年にも荷風展があったらしく、川本三郎氏が監修の「荷風の見つめた女性たち」の図録も購入。地方のミュージアムとしては、なかなか良い仕事していると思う。図録はこちらから購入可能だ。

あらためて、自分の文学的好みが、森鴎外 ⇒ 永井荷風 ⇒ 谷崎潤一郎 の系譜であり、今回のテーマではないが、これに加えて佐藤春夫 ⇒ 檀一雄 の系譜だと確認した次第。


(企画展のポスターの裏表)




<ブログ内関連記事>

■永井荷風

市川文学散歩 ①-葛飾八幡宮と千本いちょう、そして晩年の永井荷風
・・残念ながら荷風が毎日通っていたカツ丼の大黒屋は2017年(平成29年)に閉店となったそうだ。まことにもって残念

永井荷風の 『断腸亭日乗』 で関東大震災についての記述を読む

詩人・佐藤春夫が、おなじく詩人・永井荷風を描いた評伝 『小説 永井荷風伝』(佐藤春夫、岩波文庫、2009 初版 1960)を読む

「吉原」は日中に歩いてみようー江戸時代の「エロスとタナトス」が集約的に表現された吉原界隈をイマジネーションを駆使して散策する
・・吉原に近い三ノ輪の浄閑寺には荷風の詩碑がある

東武博物館に立ち寄ってみた(2016年7月1日)-鉄道車両をつうじて日本近現代史を振り返る
・・東向島駅は旧「玉の井駅」。玉の井といえば、永井荷風の『墨東綺譚』(ぼくとう・きだん)の舞台。 墨田区である。東向島駅には「東武博物館」が併設されている。


■谷崎潤一郎

「没後50年 谷崎潤一郎展-絢爛たる物語世界-」(神奈川近代文学館)に行ってきた(2015年4月12日)-谷崎ファンなら絶対にいくべき企画展
・・戦争末期に空襲で焼け出され、谷崎潤一郎宅にも疎開した永井荷風


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「市川市東山魁夷記念館」に初めて行ってみた(2020年1月5日)― ドイツや北欧の風景を「日本画」で描いたイノベーターとして捉えてみる



市川市東山魁夷(ひがしやま・かいい)記念館に初めて行ってみた。初詣に訪れた「子之神社」(市川市北方)から歩いて数分にある。

東山魁夷記念館が市川市にあることは、5年前のことになるが、京成中山駅前に設置されていた案内看板に出ていたので知っていたが、とくに行きたいという気持ちは湧いてこないので、いまのいままでそのままにしておいた。だから、今回が初めての訪問となる。


(記念館の全景 筆者撮影)


今年の初詣は、子年のネズミにちなんで、ネズミとは縁の深い大国主命を祀った子之神社(ねのかみしゃ)というものが市川市にあることを知って、どうせ行くならついでにいろいろ施設を回ってみようと思い立って、Gogle Map に登場した市川市東山魁夷記念館に立ち寄ってみることにしたという次第だ。


(入り口だけ見るとイスラーム建築のようだ 筆者撮影)


なぜ市川市に東山魁夷記念館があるかというと、東山魁夷画伯が戦後に移り住んでから、市川を終の棲家としてアトリエを構えていたからだ。市川に縁の深い芸術家の1人というわけなのだ。

公式サイトには以下の文言がある。


市川市東山魁夷記念館は、20世紀の日本を代表する日本画家、東山魁夷が生涯の大半を過ごしたゆかりの地である市川市に、2005(平成17)年11月に開館しました。東山魁夷は、戦後まもない1945(昭和20)年から1999(平成11)年に逝去するまでの、およそ半世紀にわたり市川市に住み、「私の戦後の代表作は、すべて市川の水で描かれています。」との自身の言葉のとおり、市川市で重ねられたその輝かしい画業は市川市の誇りです。つねに自分をみつめ、修行僧のようなその生き方は、描いた静謐な絵の中に投影されています。市川市東山魁夷記念館は、「人間・東山魁夷」をコンセプトに、資料展示と作品展示を通してその偉大な業績を顕彰し、情報を発信していきます。



東山魁夷は、風景を描いた日本画の巨匠ということになっている。カレンダーなどで目にすることは多いのだが、いかにも日本人好みの作品だなあとは思うものの、個人的には、とくに素晴らしいとか、好きだという気持ちが湧くことのない画家であった。その気持ちは、いまも変わらない。


(東山魁夷「道」(試作)1950年)


今回はじめて知ったのは、記念館の外観がドイツ風の建築物であるのと同様、通常展「欧州への思慕ー憧憬と郷愁の国・ドイツー」で展示されている所蔵作品を鑑賞すると、この人は、ほんとにドイツ語圏と北欧なのだなあ、という感想だ。

奈良の唐招提寺を描いて有名になった東山魁夷だが、出発点はドイツに留学にあり、「ドイツを第2の故郷」としていたことにあるのだという説明に納得。



(東山魁夷「雪野」 1992年)


ドイツや北欧の風景を日本画で描くことは、ある意味では横展開で新機軸を打ち出したことになるのかもしれない。日本画の従来のテーマは花鳥風月に限定されていたから、花鳥風月の延長線上ではあっても、日本以外の風景を日本画で表現することはイノベーションの一種といってもいいかもしれない。

沖縄が返還される前は日本の最南端であった奄美に移住して、奄美の自然を日本画で表現した田中一村と並んで、東山魁夷もまたイノベーターだったと言うべきなのだろう。

わざわざ見に行くという気持ちになる画家ではないが、こういう機会でもなければ行くこともないわけだから、それはそれで意味ある訪問だったのかな、と。初めて訪問する人は、場所的には近い中山法華経寺を参詣するついでに訪ねたいいだろう。



(画像をクリック!)



<ブログ内関連記事>

ここにも伊東忠太設計のインド風建築物がある-25年ぶりに中山法華経寺を参詣(2015年1月20日)

市川文学散歩 ②-真間手児奈(ままのてこな)ゆかりのを歩く

美術展 「田中一村 新たなる全貌」(千葉市美術館)にいってきた
・・沖縄が返還される前は日本の最南端であった奄美に移住して、奄美の自然を日本画で表現した田中一村


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