『先哲の学問』(内藤湖南、ちくま学術文庫、2012)を読了。読もう読もうと思っているうちに、はや9年もたってしまってた。
日本の東洋学を世界的なレベルに引き揚げた内藤湖南(1866~1934)が、江戸時代の日本が生んだ独創的な学者たちを顕彰し、自らの学問系譜を語った講演録である。
取り上げられた学者は、朱子学の山崎闇斎、新井白石。中井履軒や「加上説」の富永仲基、「夢の代」の山片蟠桃など、大坂の懐徳堂が生み出した町人学者たち。大坂が生んだサンスクリット学者の慈雲尊者、そのほか古代支那の音韻を研究した浜松の山梨稲川など。
若き日のジャーナリスト時代の内藤湖南の目にかなった独創的な学者たちがセレクトされ、晩年に近い日々に、それぞれゆかりのある土地で講演として語られた内容。語り口がそのまま活かされているので、読みやすい。初版は、昭和21年(1946年)。著者没後に編集されたものだ。
文庫版の解説によれば、秋田藩出身の内藤湖南の学問は、清朝考証学と富永仲基の「加上説」を活かした発達史観である、という。
富永仲基の主著は『出定後語』で、大乗仏教が初期仏教からつぎつぎとあらたな要素が「加上」されて成立したものであることを論証した。富永仲基は、世界的にみても独創的で先駆的な学者である。その「加上」説をみずからの歴史研究に活かしたのが内藤湖南であったのか、と。
18世紀前半に生きた富永仲基や、18世紀後半から19世紀初頭に生きた山片蟠桃については、大坂が生み出したな独創的な天才学者として近年には言及されることも多いが、 18世紀を生き抜いたサンスクリット学者の慈雲尊者については、あまり知らなかったので今回大いに知的好奇心をそそられた。もっと知りたいと思う。
西欧近代の学問が本格的に導入される以前にも、儒学をベースにして、日本はすでに人文科学の分野で世界レベルの独創的な学者を生み出していたのである。この点について、もっと知らなくてはならないと思うのである。
PS 『先哲の学問』(内藤湖南)は、著者のメガネにかなった学者について、その学問業績について語っているので、近世日本の学問世界にどう位置づけられるのかについてまでは書かれていない。できれば『「維新革命」-「文明」を求めた19世紀日本』(苅部直、新潮選書、2017)を事前に読んでおくことを薦めたい。
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