日本経済新聞の購読をやめてから、すでに15年になる。というよりも、紙の新聞そのものの講読をやめてから15年。 情報収集はネットをつかって、日本語と英語を中心に行っているが、困ることはほとんどない。
ひとつだけ残念なのは、日経を代表する連載ものの「私の履歴書」が読めないことだ。 べつにリアルタイムで読まなくてもいいのだが、意外なことに単行本化されてないものが少なくないのだ。単行本化するかどうかは、執筆者すなわち著作権者の考え次第なので、これは仕方ないことだ。
昨日のことだが、『ひとりの商人 岡藤正広 私の履歴書』(岡藤正広、日本経済新聞出版、2025)を読んだ。
伊藤忠CEOの岡藤正広氏の「私の履歴書」。2025年1月まで30回連載された文章をベースに、大幅に加筆して2倍の分量になったものだという。いまだ現役の経営者のものはたいへんめずらしい。
この本は、ほんとに面白い。なぜなら、山あり谷ありのビジネス人生を、失敗も包み隠さず語っているからだ。
岡藤氏が「サラリーマン経営者」として傑出した存在であるのは、「商人」という自己認識と、その道をひたすら磨いて究めてきたことが根幹にあるためだろう。その道は、まさに山あり谷あり。闇深ければ暁近し。勝って兜の緒を締めよ。
大阪うまれで大阪そだちの少年が、人生の局面打開のためにチャレンジした東大受験も、1度目は結核のため実力が発揮できないまま失敗、2度目は「東大紛争」(1969年)で入試が中止になったために断念、結局2浪して合格にこぎつけている。 在学中は家庭教師を中心にしたアルバイトに明け暮れ、学生運動にはまったく関心がなかったというノンポリ。
総合商社に入社できたものの、1973年の石油ショック後で「高度成長」はすでに終わっており、不本意なまま腐りがちの数年間を過ごすはめになったのも、景気動向だけでなく、本人の言動が災いしたという側面もある。「岡藤は使えない」という評価までくだされる苦境。さすがにこれはキツい。
ようやく念願かなって繊維営業の現場にでれるようになってからも、なかなか芽が出ず、挫折と屈辱、そして絶望の日々。そんななか、30歳を前にして偶然目にした光景に「ひらめき」が生まれ、その後ようやく自分なりの「商人」としての道が開けていく。あきらめてはいけにあのである。
布地にブランドをつけて売るという、ライセンスビジネスにおけるイノベーションが道を開いたが、もちろんそれからも順風満帆だったわけではない。 山あり谷あり。会社員の人生とはそういうものだ。
前半は商社マンとしてのビジネス人生、後半は経営者に抜擢されてからのマインドと、取り組みの内容についてだ。前半では、成功への道筋をつかんだ話だけでなく、フランスのイブ・サンローランやイタリアのジョルジオ・アルマーニとの交渉秘話も読みどころだ。
大阪の繊維部門だけの経験で、しかも海外駐在体験もないままの社長就任は、本人にとっても想定外で、しかもかなりの覚悟が必要だったことも語られる。
若手ビジネスパーソンに響くのは、前半は商社マンとしてのビジネス人生についてだろう。 功成り名を遂げた人の成功談というよりも、いかに長い長い苦境から脱したか、具体的に語っているからだ。身につまされるような話を読めば、かならずや元気をもらえることだろう。
この本は、若手ビジネスパーソンにぜひ薦めて欲しい。
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目 次はじめに第1章 私の原点第2章 葛藤、屈辱、そして開いた扉第3章 巨人たちを追いかけて第4章 試練の先に第5章 野武士を率いて第6章 40年後の約束おわりに
著者プロフィール岡藤正広(おかふじ・まさひろ)伊藤忠商事代表取締役会長CEO。1949年大阪府生まれ。1974年東京大学経済学部卒業後、伊藤忠商事入社。ブランドマーケティング事業部長、繊維カンパニープレジデントなどを経て、2009年副社長。2010年に社長就任、2018年より現職。本書が初の著書。
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・・「「日本探検-事務革命」には、総合商社伊藤忠の伊藤忠兵衛が登場する。若き日に欧米を体験して、ローマ字による事務処理が日本語の漢字かなまじり文の事務処理とは、段違いに効率的であることを痛感していた伊藤忠兵衛は、熱心なカナモジ論者となり、社内でもカナモジ化をみずから推進したのであった。梅棹忠夫は、この二代目伊藤忠兵衛(1886~1973)を隠居先に訪問してくわしく話を聞き取っている。」
・・挫折とその克服の人生
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