日本を取り巻く国際情勢は、悪化の度を増している。いわゆる「トランプ関税」のことを指して「国難」とうそぶく、無能でたわけた政治屋どもがいるが、「いま、そこ」にある危機は米国発のものではない。
真の脅威とは、中国、ロシア、そして北朝鮮からもたらされるものだ。日本列島からみた西側の世界、すなわち日本海をはさんだユーラシア大陸の二大国と、国境を接している半島国家である。
軍事力といったハードパワーだけでない。移民の送り込みや利益供与など、ありとあらゆる手段をつかって日本を骨抜きにし、日本と日本人の安全と生存を脅かしつづけている。その筆頭にあるのが中国共産党だ。
とはいえ、極東ロシアも中共による浸透工作の対象であり、むしろ被害者というべきである。したがって、中国とロシアを同列に論じるには限界がある。ウクライナ戦争をつうじて、北朝鮮とロシアの軍事同盟が深化する一方、中国との関係はすきま風が吹いている。
いずれにせよ、ユーラシアからもたらされる脅威は、複雑に入り組んだ様相を呈しているのが現状だ。単純に3カ国が一心同体になっているわけではない。
そんなユーラシア大陸では、中国とロシアという大国の動向がすべてを左右してきた。危機に対応するためには、かれらの行動論理を理解することが必要だが、そのためにはなにが必要か?
■戦前の日本で流行した「ハウスホーファー地政学」を活用せよ!
『帝国の地政学 ー トランプ政権で変わる世界戦略』(楊海英、ビジネス社、2025)は、その課題に応えようとした一つの試みである。つい先日出版されたばかりの新刊である。
著者の楊海英氏は、中共支配下の南モンゴル出身の人類学者で歴史学者。ここ数年は『中国を見破る』(PHP新書、2024)などの著書や X(旧 twitter)をつうじて、 みずからの体験をもとにした中共の実態をさまざまな形で暴露し、日本人に警告を発してきた。
「日本国籍をもつモンゴル人」としての、国家としての日本を憂れる、憂国の情からする日本人への警告である。
本書で著者が強調しているのは、ユーラシア大陸の動向を理解するためには、戦前の日本が蓄積した知的財産を活用すべきということだ。
1930年代に日本に導入された、戦前のドイツが生み出したの「地政学」(ゲオポリティクス)のことである。いわゆる「ハウスホーファー地政学」と、その影響下で行われた研究成果である。その一部は、当時の日本の国策に援用されている。
(1920年代のカール・ハウスホーファー Wikipedia英語版より)
だが、大東亜戦争における日本の敗戦にともない、大陸進出から完全に撤退した日本本土においては、地政学そのものに「悪のレッテル」が貼られ、長きにわたって封印されることになった。
米ソ冷戦時代には、『悪の論理 ー ゲオポリティク(地政学)とは何か』(倉前盛通、日刊工業新聞、1977)というタイトルの本がベストセラーとなってビジネス界で流行しており、たまたま父の蔵書にあったので、高校時代のわたしは熟読していた。
タイトルに「悪の」と入っているように、「地政学=悪」というパーセプションを前提にした、逆張りのキワモノめいた発想が売りとなっていたわけだ。ただし、この本をもって日本で地政学が復権したわけではない。
戦後の日本では、米国の世界戦略のもと、経済をベースにした日本の行動範囲はもっぱらインド太平洋地域(・・そのなかでも、とくにインド以東)に設定されてきたこともあり、「海洋国家」としての性格が前面に打ち出され強調されてきた。 現在の日本で語られる「地政学」は、もっぱら米英中心の海洋国家論が中心である。
冷戦構造崩壊後の国際情勢の激変は、地政学の復権をもたらしつつあるが、戦前のユーラシア大陸ベースの「ハウスホーファー地政学」は、現在においても日本ではいまだ復権したとは言い難い。 ところが、ソ連崩壊後のロシアにおいては地政学が復活し、しかもその主流は「ハウスホーファー地政学」がベースになっていることを知らなくてはならない。
著者は、そんな「ハウスホーファー地政学」を、勤務先の図書館(そこはかつて、中曽根元首相も学んだ旧制静岡高校であった)で、長きにわたって手つかずのまま眠っていた数々の著作を発見して掘り起こし、いま進行中のユーラシア大陸の動向を理解するための武器として、再活用することを推奨している。
もちろん、地政学が学問かという議論は昔からある。だが、思考のフレームワークとしては有効性は失われていない。
日本人は、その地政学的特性である海洋国家論をベースにしたシーパワーの地政学だけでなく、日本海を挟んだ対岸にあるユーラシア大陸をベースにしたランドパワーの地政学も知っておくことが必要なのである。
■日本にとってモンゴルは「第三の隣人」
著者自身の石垣島における実体験が印象深い。草原出身の遊牧民のモンゴル人である著者は、「正直いって海は怖い」と思ったのだそうだ。
そんな著者は、石垣島の若者たちが自在に操船する姿を見て、日本人のもつ海洋民族的性格に目を見張ったのだという。 著者はこう書いている。
その光景を目にした瞬間、私は「日本には希望がある」と感じた。日本人は本質的に海洋民族である。若者たちが海流を読みながら船を操っている姿は、まさに草原で馬を駆るモンゴル人を見るようだった。(P.85~86 太字ゴチックは引用者による)
なるほど、海に生きる日本人にとっての船は、草原という海に生きるモンゴル人にとっての馬のようなものか。言われてみれば、その通りだと思う。そういえば、ダライ・ラマの「ダライ」とは、モンゴル語で「大海」を意味していたな。比喩的な意味だが、草原は海である!
日本人の記憶の古層には、世界でも有数の荒海である日本近海を小船をあやつってやってきたという経験がある。たとえ、海を生活の場とすることはなくても、その記憶は無意識レベルで日本人の行動を規定している。
そんな日本人は、海洋国家としての性格を濃厚にもちながら、かつ戦前には積極的にユーラシア大陸にコミットし、その間に蓄積された知的財産を多くもっている。にもかかわらず、そんな知的財産が活用されることなく、うち捨てられたままになってきたのは、じつにもったいないことではないか!
著者は、ハウスホーファー地政学の成果を活用しながら、歴史的にみた中国とロシアの性格の違いを明らかにし、著者自身もその出身である「遊牧民」の世界観からみたら、中国よりもロシアのほうが親和性が高いことを示唆している。 著者のこの認識は、今後の動向を考えるうえで、大いに役に立つことであろう。
希望的観測が入っているかもしれないが、中国とロシアは同床異夢の存在だというべきであろう。そして、ロシアと中国という二大国のはざまに位置しているのがモンゴル国だ。
いままさに天皇皇后両陛下が国賓としてモンゴル国を公式訪問中である。モンゴルで大歓迎を受ける天皇皇后両陛下の姿を見て、日本国民として喜びと感謝の念を禁じ得ない。もちろん、モンゴル側の手厚いおもてなしもまた。日本とモンゴルの関係が、さらなる高みへと登っていきますよう!
ユーラシア大陸の動向を考えるうえで、著者のいう「第3の隣人」としてのモンゴルを大いに意識しておきたい。 モンゴルこそ日本人がユーラシア大陸を見る確かな視点をあたえてくれるはずだ。
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目 次序論 地政学は日本の財産だった第1部 失われた地政学1 ハウスホーファーの予見と東アジア2 戦前日本の地政学とその理論第2部 戦後の地政学的激動1 東アジアを席巻した共産主義の恐怖2 日本の敗戦と地政学的変化3 中国内戦と共産党の支配4 中国共産党の異民族弾圧モンゴル編/チベット編/新疆(東トルキスタン)編5 中国とロシアの地政学的戦略結語 トランプ政権で変わる世界の地政学参考文献図版出典
著者プロフィール楊海英(よう・かいえい)静岡大学人文社会科学部教授。1964年、南モンゴル・オルドス高原生まれ。モンゴル名はオーノス・チョクト。北京第二外国語学院大学アジア・アフリカ語学部日本語学科卒業。1989年に来日し、国立民族学博物館、総合研究大学院大学で文化人類学を研究した。同大学院博士課程修了後、中京女子大学(現・至学館大学)を経て2006年より現職。著書に『墓標なき草原(上・下)』(岩波書店、第14回司馬遼太郎賞受賞)など多数。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)
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■ユーラシア大陸とロシアで主流の「ハウスホーファー地政学」など
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