『国商 最後のフィクサー 葛西敬之』(森 功、講談社文庫、2026)を読了。2022年に単行本がでたとき読みたかったが、文庫化されるのを待っていた。文庫版の解説者に原武史氏を選んだのは適任だ。
葛西敬之(かさい・よしゆき 1940~2022)氏は、中曽根政権における「国鉄分割民営化」を国鉄組織の内側から支え、民営化後はJR東海の社長と会長、名誉会長を歴任した経営者である。82歳で終えた人生の最後の最後まで、リニア新幹線の実現に情熱を傾けた人であった。
タイトルの「国商」とは聞き慣れない表現だが、ノンフィクション作家である著者の造語だ。政治と密着した事業家のことを「政商」とよぶことが多いが、保守派で右派的な信条の持ち主として安倍政権の誕生に貢献し、その後見役として政治権力と密着していた葛西氏は、政商ではない。
葛西氏は本質的に「国士」であって、民間企業の経営者となってからも、近代日本の屋台骨を支えてきた「国鉄官僚」としてのマインドを最初から最後まで持ち続けた人だ。そんな人は「国商」とよぶのがふさわしい、著者はそう考えたようだ。
副題には「最後のフィクサー」という、ややネガティブな響きの文言があるが、基本的に冷静で公平な記述が一貫している。
関係者へのインタビューも好意的な人だけでなく、そうではない人の見解も行っており、葛西敬之という高名であるが、意外と知られることの少なかったなかった人物を、立体的に浮かび上がらせることに成功している。
「国鉄民営化」が実現したのは1987年であり、すでに40年前のことになっている。
民営化前の赤字体質で問題山積みの「国鉄」も、中曽根政権における民営化の政治的プロセスも、進行中の同時代の出来事として観察してきた。著者と同世代のわたしは、就活の一環として、民営化前の国鉄本社を会社訪問したこともある。
葛西氏がみずから執筆している『未完の「国鉄改革」』(東洋経済新報社、2001)と、『国鉄改革の真実-「宮廷革命」と「啓蒙運動」』(中央公論新社、2007)の二部作を読んでいることもあり、ビジネスマンであるわたしは「組織変革」の観点から葛西氏には好意的な印象をもってきた。
「反共」にもとづく「反ソ」「反中」にかんしても同様だ。新幹線の中国への輸出にかんしては、葛西氏が頑強に反対していた理由は、現在なら納得する人も少なくないだろう。
とはいえ、「国鉄民営化」から40年、民営化の功罪、その光と影については、抜本的に検証する時期にきていることは間違いない。葛西氏についても、称賛するだけでなく、問題点についてもただしく認識することが重要だ。公共メディアへの介入とリニア新幹線については、とくに批判的に検証する必要がある。
「国士としての経営者」は、純然たる民間企業の出身ではなく、誇り高き「国鉄官僚」の使命感があったからこそあり得たというべきであろう。
東大法学部出身の葛西氏が尊敬する人物は山県有朋。近代日本の官僚制を構築し、絶大な権力を行使した軍人で政治家である。その意味するものがなにであるかは、本書を通読すれば手に取るように理解できる。
その心は、国家権力とはなにか、国家のためにみずからのもつ権力をいかに行使すべきかにある。その点が、近代日本が生み出した渋沢栄一や松下幸之助、出光佐三といった、民間出身の経営者とは異なる点であることを確認することができた。松下幸之助や出光佐三は、国家意識を強くもちながらも、あくまでも企業経営者に徹していた。
だからこそ、葛西氏のような人物は、今後はでてこないといってよいのである。
目 次葛西敬之 政官財界人脈図文庫版まえがき序章 国策づくり第1章 鉄道人生の原点第2章 国鉄改革三人組それぞれの闘い第3章 「革マル」松崎明との蜜月時代第4章 動労切り第5章 ドル箱「東海道新幹線」の飛躍第6章 安倍政権に送り込んだ「官邸官僚」たち第7章 首相官邸と通じたメディア支配第8章 美しい国づくりを目指した国家観第9章 リニア新幹線実現への執念第10章 「最後の夢」リニア計画に垂れ込める暗雲第11章 覚悟の死終章 国益とビジネスの結合おわりに年表解説 原武史
著者プロフィール森功(もり・いさお)1961年、福岡県生まれ。ノンフィクション作家。岡山大学文学部卒業後、伊勢新聞社、「週刊新潮」編集部などを経て、2003年に独立。2008年、2009年に2年連続で「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞作品賞」を受賞。2018年に『悪だくみ 「加計学園」の悲願を叶えた総理の欺瞞』で大宅壮一メモリアル日本ノンフィクション大賞受賞。『地面師 他人の土地を売り飛ばす闇の詐欺集団』『魔窟 知られざる「日大帝国」興亡の歴史』など著書多数。(出版者サイトより)
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