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2009年9月12日土曜日

オペラ  『ドン・カルロ』(ミラノ・スカラ座日本公演)に行ってきた(2009年9月12日)




ミラノ・スカラ座日本公演の二本目、『ドン・カルロ』を見るために再び上京した。これもヴェルディの名作である。本日の会場は上野の東京文化会館。

 本日の指揮はダニエレ・ガッティ、演出はシュテファン・ブラウンシュヴァイク、ミラノ座では昨年からの新しい演出版という。簡素な舞台装置は、登場人物たちの内面描写にはむしろふさわしいものであったといってもよいだろう。『ドン・カルロ』もまた、基本的に愛と苦悩、すなわち外面的な事件よりも内面の精神的葛藤のドラマである。

 舞台設定はフェリペ二世(・・オペラはイタリア語版なのでフィリッポ二世)統治下のスペイン王国、原作はドイツの文豪フリードリッヒ・フォン・シラー(・・戦前風にシルレルといったほうが古風でいいかも)の『スペインの太子ドン・カルロス』(岩波文庫)、作曲はイタリアのジュゼッペ・ヴェルディという、まさに18-19世紀欧州チームの作品である。しかも初演はパリ・オペラ座でフランス語版であった。

 今回の上演はイタリア語版である。

 欧州のように多言語使用地帯では映画も吹き替えが当たり前で、ヴィスコンティ作品のなかで米国人俳優のバート・ランカスターやフランス人俳優のアラン・ドロンがイタリア語をしゃべっていても、残念ながらそれは吹き替えであって肉声ではない。

 このオペラもスペインが舞台だが、セリフはすべてイタリア語なので、固有名詞はみなイタリア語の発音になってしまい、西洋史の知識があっても、すぐにはピンとこないこともある。
 簡単に整理しておこう。

 オペラはカール五世(・・オペラではカルロ五世)の葬儀で始まり、deus ex machina としての再登場で幕を閉じる。
 時代背景は、フェリペ二世時代に欧州最強となり、中南米だけでなくフィリピン(・・この命名はフェリペ二世にちなむ)も領有するに至った"太陽が沈まぬ帝国"、スペイン・ハプスブルク家の絶頂時代である。
 われらが遣欧日本人少年使節が謁見したのもこのフェリペ二世である。これはすでにこのブログでも『クアトロ・ラガッツィ』にふれた投稿で触れている。
 絶頂期スペインが抱えていた問題はフランドル地方の反乱で、これに王妃をめぐってのドン・カルロと父親であるフェリペ二世との父子の葛藤、異端審問などの要素が重なり、歴史好きにはたまらない内容となっている。
 もっとも、シラーの原作と史実とはイコールではなく、シラーはドン・カルロを理想化しているらしい(・・・原作は所有しているのだが読んでいない。しかも引っ越し荷物整理中につき内容確認不能)。
 すばらしいオペラなのだが、最後の締めくくり方がイマイチというのが、正直なところである。作曲者のヴェルディ自身も苦労したらしが、もうすこし別の方法があったかもしれないという気はする。


 ところで、本日も"ブラボー男"が絶叫していた。先週日曜日と同じ音声なので、同じ日本人男性なのだろう。
 この日本人の発音がベラボーとしか聞こえないのは、V音がでていないためである。スペイン語ならいいだろうが、イタリア語のつもりならブラヴォー(bravo)といってもらいたい。また何度も繰り返し絶叫するくらいなら、ブラーヴィー(bravi)と複数形でいってもらいたいものだ。
 もっとも日本語(関東弁)のベラボーというのは extremely magnific という意味もあるから、賞賛の意味として使ってもあながち間違いとはいいきれない(笑)。
 "ブラボー男"の連れの女性は、彼氏のこの行為が恥ずかしくないのだろうか、と内心思ってしまう私である。
 とはいえ、大学時代までずっと体育会(=運動部)に所属していた私は、"声出し"と称して公衆の面前で大声を出す訓練をさせられたし、また上級生になってからは下級生にも強いていたわけだが、恥も捨てれば快感に変わることは体験として知っている・・・
 

 日本にいても年に最低2本はオペラをみれるのは、NBS(財団法人日本舞台芸術振興協会)の会員になっているためである。 
 もちろん欧州の歴史あるオペラ劇場で見るに越したことはないのだが、歴史的建築物である劇場という要素をのぞけば、決して手抜きのない舞台を日本で見ることができるのはありがたいことだ。ユーロ・ベースの高い航空運賃と宿泊費を考えれば、またエコノミカルではある。
 本日も"大入り満員"、この景気の悪い時勢に(!)・・という感想もあろうが、どこの国でもカネをもっている者はもっているのである。もっとも私の場合は金持ちというわけではなく、チケットはリーマンショックの前に確保しているので景気状況とは関係ない、ということに過ぎない。


 本日の上野公園はなぜか白人観光客が多かったように思う。以前より間違いなく増えている。
 公園というものは、日本が開国して明治維新政府が欧化策を遂行したことによる、後生への贈り物である。白人も違和感なしに落ち着ける場所なのだろう。
 植民地となった開発途上国では、美しい公園や植物園があるのは当たり前だが、植民地にならなかった日本では、自らの意志によって公園やミュージアムを作り上げた。 
 明治の先人たちの努力は、日本人として誇ってしかるべきことである、といってよい。
 
 9月にしては肌寒い秋の一日であった。オペラがはねたあとは大雨となり参ったが・・・



               


(2012年7月3日発売の拙著です)










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