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2011年5月12日木曜日

書評 『津波てんでんこ-近代日本の津波史-』(山下文男、新日本出版社、2008)


「津波てんでんこ」というコトバに託された著者の思いを、日本人全体で共有しよう!

 「津波の際は、とにかく躊躇せず、一人一人バラバラで全力で高台に逃げろ!」。これが著者による本書の最大のメッセージである。

 そして、「津波は他人事じゃない!」。これが本書を一読してのわたしの率直な感想だ。

 タイトルになっている「津波てんでんこ」とは、明治三陸大津波の悲しい歴史を背負った貴重な教訓である。

 「てんでんばらばら」の「てんでん」に東北地方言の「こ」がついたもの。親兄弟が災害時に助け合うのは人間として当然の感情だが、こと津波に限ってはそれは例外でなければならない。なぜなら津波は不意打ちで突然襲ってくるから、共倒れを避けるためにはそれしかない、ということを意味している。

 「津波てんでんこ」という表現には、著者が子どもの時に体験した「昭和8年の大津波」が原点にあるという。

七人兄弟の末っ子だったが、両親も兄たちも、誰も手を引いてくれなかった。そのため否応なしで一人で逃げ、雪道を裸足で山まで駆け上がっている。後で聞くと、友だちの多くもみんな同じことだったらしい。助かろうと思ったら子どもでそうせざるをえないのである。(P.223)

 今年87歳になる本書の著者・山下文男氏は、今回の大津波でも九死に一生を得たことが報道されていた。

 吉村昭の『三陸海岸大津波』は読み継がれるべきロングセラーだが、津波はけっして三陸海岸だけのものではない。本書はこの重要な事実に読者の注意を促してくれる。「津波は他人事じゃない!」とはこのことだ。

 本書によれば、関東大震災(1923年)のときには相模湾沿岸では津波と山津波の挟み撃ちになっている。戦時下の東南海地震津波(1944年)は厳しい情報統制のため知られていないだけ。敗戦後の南海地震津波(1946年)はそれどころではない状況だった。日本海中部地震津波(1983年)では秋田に大被害、北海道南西沖地震津波(1993年)では奥尻島を中心に。このほか、沖縄の石垣島でも過去には大津波の被害を受けている。

 日本は、地震と津波の多さにかんしては、同じくプレートのうえに乗っかり、周囲を海に囲まれた島国のインドネシアと並んでいるのだ。。津波が tsunami として英語になっていることからもわかるように、この国は「世界有数の津波大国」なのだ。

 自然災害である津波は、人間サイドの事情にはいっさいお構いなしに突然襲ってくる。しかも、集中豪雨や台風など、毎年の決まった時期に定期的に襲ってくる自然災害に比べると、大津波と大津波のあいだのインターバルがきわめて長いのが特徴である。そのため、どうしても体験が風化しやすい

 また逆に、過去に津波を体験していると、どうしても実際より軽くみなしがちという側面もあることが指摘されている。津波への対応は、マインド面でも難しいのだ。

 狭い意味の専門家ではなく、三陸海岸に生まれ育った一市民の立場から書かれた、日本国民に覚醒を促す本である。ぜひこの機会に眼をとおして「自分の問題」だと受け止めてほしいと強く思う。


<初出情報>

■bk1書評「「津波てんでんこ」というコトバに託された著者の思いを、日本人全体で共有しよう!」投稿掲載(2011年5月11日)
■amazon 書評「「津波てんでんこ」というコトバに託された著者の思いを、日本人全体で共有しよう!」投稿掲載(2011年5月11日)





目 次

プロローグ キラー・ウエーブ
第1章 節句の賑わいを直撃した狂瀾怒涛
  -明治三陸大津波(1896年6月15日)
第2章 海と山から津波攻めの相模湾岸
  -関東大地震津波(1923年9月1日)
第3章 被災地の息子たちは中国の最前線に
  -昭和三陸津波(1933年3月3日)
第4章 大戦末期、厳秘にされた被害情況
  -東南海地震津波(1944年12月7日)
第5章 敗戦後の混乱と激動の最中に
  -南海地震津波(1946年12月21日)
第6章 地球の裏側から遙々と
  -昭和のチリ津波(1960年5月23日~24日)
第7章 激浪のなかに消えた学童たち
  -日本海中部地震津波(1983年5月26日)
第8章 際立った「災害弱者」の犠牲
  -北海道南西沖地震津波(1993年7月12日)
エピローグ 自分の命は自分で守る
  -三陸だけが「宿命的津波海岸」ではない
参考文献
あとがき


著者プロフィール

山下文男(やました・ふみお)

1924年岩手県三陸海岸生まれ。現在、大船渡市綾里地区在住。明治の三陸津波で一族9人が溺死。自らも少年時代に津波や東北大凶作を体験。1986年以降、「歴史地震研究会」会員として著作と津波防災活動に従事。1991年『津波ものがたり』で「日本科学読物賞」「北の児童文学賞」、2000年「日本自然災害学会賞」(功績賞)、2003年「平成15年度防災功労者表彰」(内閣府、防災思想の普及)、2006年「『岩手日報』社文化賞」を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。



<書評への付記>

 なんと、日本の海岸線の長さは世界第6位である。総延長 29,751km、カナダ、インドネシア、グリーンランド、ロシア、フィリピンについでの第6位。図録島国日本:海岸線の長い国・地域ランキング を参照。

 島国では、インドネシア、フィリピン、日本、オーストラリアがトップ10に入る。面積の大きさではなく、周囲を海に囲まれていることがこのランキング上位に入る大きな要因である。 

 このうち、インドネシア、フィリピン、日本はプレートの真上に存在する島国。そして、日本とインドネシアは世界一を争うほどの大地震かつ大津波の被害大国だ。

 「津波」はできてから100年くらいしか立っていない「新語」だが、すでに英語となって久しい。

  英語の辞書をみると以下のような説明がある。Random House Dictionary によれば以下のように説明されている。

tsu·na·mi [tsoo-nah-mee]
–noun) an unusually large sea wave produced by a seaquake or undersea volcanic eruption. Also called seismic sea wave.
Origin: 1905–10; < Japanese, equivalent to tsu harbor (earlier tu ) + nami

 だが、いつ頃、英語に入ったのか手元の資料ではわからない。


 「逃げろ!」などと聞くと、わたしの世代の人間なら、浅田彰の『逃走論』を思い出すかもしれない。「闘争論」ではなく「逃走論」。

 一般には「逃げない」ことが美徳であり、倫理とされるが、こと津波にかんしては逃げるしかない。それも一瞬の躊躇なく逃げなくてはならないのだ。

 本書でも、津波の死者は溺死もさることながら打撲死が多いことが強調されている。一般にTV映像でも報道写真でも遺体の映像や画像をださない日本のマスコミの報道ではわからないが、無残なまでに変化した遺体が多いという話が、本書には書かれている。

 映像や生存者の証言だけでは、けっしてわからない事実にも注意を払う必要がある。そのためにはこのような本を読む意味もある。


<関連サイト>

なぜこれほどの尊い命が失われてしまったか-検死医が目の当たりにした“津波遺体”のメッセージ 
高木徹也・杏林大学准教授のケース-(ダイヤモンドオンライン)

・・2011年3月11日の大津波の検死を行った報告 (2011年8月23日 追加)


<ブログ内関連記事>

書評 『三陸海岸大津波』 (吉村 昭、文春文庫、2004、 単行本初版 1970年)

「天災は忘れた頃にやってくる」で有名な寺田寅彦が書いた随筆 「天災と国防」(1934年)を読んでみる

永井荷風の 『断腸亭日乗』 で関東大震災についての記述を読む

大震災のあと余震がつづくいま 『方丈記』 を読むことの意味




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