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2011年6月4日土曜日

「特別企画展 放浪の天才画家・山下清展」(千葉県立美術館)にいってきた


 「特別企画展 放浪の天才画家・山下清展」(千葉県立美術館)にいってきた。千葉港めぐり観光船に乗りにいったついでである。

 せっかく行くなら、ついでに2~3箇所は同時にまわって交通費を有効活用したい。交通費は固定費だから節約になるいう、よくいえば合理性、はっきりいってしまえば貧乏性から、何かついでに立ち寄るところはないかと探したところ、アクセス地図には千葉県立美術館がすぐ近くにあることがわかった。

 さっそく検索でウェブサイトをみると、なんと「特別企画展 放浪の天才画家・山下清展」(2011年5月28日~7月10日)ではないか! 

 天才・山下清画伯! 千葉県市川市にある知的障害児の施設にいた山下清は、千葉県にはきわめてゆかりの深い人物である。ゆえに、千葉県立美術館で特別展が開催される。きわめてわかりやすいロジックである。

 中学校時代に、美術好きで自ら絵筆も握っていた祖父から、山下清の貼り絵が表紙になったスケッチブックをもらって以来の山下清ファンである。たしか、東海道線の小田原トンネルを描いたものだったが、残念ながら今回の展示にはなかった。

 もちろん、芦屋雁之助主演の「裸の大将」を知らない人は、日本人には少ないだろう。

 「ぼ、ぼくは・・」、「兵隊の位(くらい)でいうとどうなるのかな?」がクチグセの、ランニングシャツ一枚に短パン、それに麦わら帽子の「裸の大将」。



 ところが、じっさいは戦前の放浪時代は、浴衣(ゆかた)に帯を締めて、リュックサックを背負った姿の写真しかない。会場には、戦後「ライフ誌」が主導した捜索によって、鹿児島で発見(!)されたときの写真もあったが同様である。丸刈りなので、ややちいさな西郷さんみたいな感じである。どうやら、ランニングシャツ姿はテレビがつくった虚像のようだ。上の写真は、大阪の戎橋で撮影されたものらしい。

 しかも、旅先でスケッチなどはいっさいせず、アタマのなかに焼き付けた画像そのものと、それを貼り絵でどう再現するか、この2種類の画像を記憶しており、放浪の旅から施設に戻ると、貼り絵というきわめて根気のいる作業に没頭したという。そして飽きるとまたふらりと放浪に出てしまう。

 虚像と実像のギャップは山下清の場合は、本人が生きているあいだに、商業主義によって意識的に創り出されたものであっただけに、本人も大いに悩んでいたらしい。痛ましい話だ。

 いわゆる特異な画像記憶の持ち主であった山下清は、サヴァン症候群であったという説もあるようだが、こういった話は精神分析専門家にまかせておけばよい。さいきんの画家では、ジミー大西のようなものか。鮮やかな色彩感覚は両者に共通している。

 こういった余計な知識はワキにおいて、虚心坦懐に作品を見る。展覧会に足を運ぶのはそのためである。自分の目でちょくせつ作品をみて何を感じるか、そのほうがはるかに重要だ。

 じっさいに自分の目で貼り絵を見て、その技量レベルの高さには正直いって驚いた。しかも、説明書きによれば、自ら開発した技量をフルに使用しているらしい。紙を手でちぎって貼っていく貼り絵。立体感をだすために紙でこよりをつくって貼り付けていく手法は、教えられたものではないのだと。拡大写真をみて驚かされる。

 貼り絵の立体感は、油絵の立体感に似ている。戦後、油絵も手がけているが、その量感は貼り絵そのものである。

 山下清の貼り絵の立体感と量感は、写真ではとても再現できるものではない。じっさいに自分の目で見て実感するのでなければ意味はない。

 モチーフを楽しむのであれば写真でも問題はないだろう。だが、なぜ貼り絵なのか? を感じるためには、作品をちょくせつ見るしかないだろう。だから、今回は図録の購入はやめることにした。どうしても、貼り絵の質感が写真では再現されていないからだ。

 山下清(1922~1971年)は、戦前戦中から戦後の高度成長時代の日本を生きた人だ。まさに昭和時代そのもののような人生であった。会場には中高年が多かったのはそのためでもあろう。

 モチーフだけみれば、「週刊新潮」の表紙を描いている谷口六郎を髣髴(ほうふつ)させるものがあるからだろうか。こういった郷愁をさそう画題が日本人の琴線に触れるということはよくわかる。

 だが、天才が天才といわれたゆえんは別のところにある。やはり、絵画作品にかぎらず、なにごとであれ、自分の目でホンモノをみることの重要性をあらためて感じた。

 じつは、山下清の作品をこれだけまとまった形で見たのは、今回がはじめてなのであった。わたしもまた虚像によって、あやまった固定観念をもっていたことを恥じるばかりだ。

 







<関連サイト>

特別展 放浪の天才画家・山下清展(千葉県立美術館)
 
“放浪の天才画家”素顔に迫る 千葉県立美術館で「山下清展」開催(産経新聞 地方版 2011年5月30日)



<ブログ内関連記事>

美術展 「田中一村 新たなる全貌」(千葉市美術館)にいってきた

Vietnam - Tahiti - Paris (ベトナム - タヒチ - パリ)
・・2009年の「ゴーギャン展」など。ただし、田中一村を「日本のゴーギャン」とよぶのはミスリーディングである。山下清を「日本のゴッホ」というのも同様





(2012年7月3日発売の拙著です)







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