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2025年8月11日月曜日

書評『消された外交官 宮川舩夫』(斎藤充功、小学館新書、2025)― 外交官特権を無視してソ連に連行され獄死した悲劇のノンキャリ外交官は、日露戦争から日ソ戦争までの日露関係を支えたロシア通であった

 

『消された外交官 宮川舩夫』(斎藤充功、小学館新書、2025)という本を読んだ。知られざる日本人外交官の人生の軌跡を描いたノンフィクション作品だ。 

宮川舩夫(みやかわ・ふねお)といっても知る人はきわめて少ないだろう。もちろん、この本が出版されるまで、わたしも知らなかった。残された関係者もきわめて少なくなっている状況で丹念な取材と研究を行い、発掘してくれた著者に感謝したい。

1890年(明治23年)に生まれ、1950年(昭和25年)にモスクワ近郊の監獄で獄死した宮川舩夫氏。享年59歳。本の帯に掲載されている丸刈りの写真は、逮捕後にソ連側によって撮影されたマグショットである。本書に挿入されている、逮捕される前の小柄で、穏やかな風貌の写真とは、いかに異なるものであることか。 

日露戦争をきっかけにロシア語の世界に入ったこの人は、ロシア語だけでなく複数の言語に精通した抜群の語学能力の持ち主であり、外務省に採用されてからは、ロシア語のエキスパートとしてノンキャリの外交官人生を送ることになる。 

宮川舩夫の人生は、ロシア革命から始まり、「日ソ戦争」で終わった、戦前の日ソ関係の歴史そのものである。派遣留学でロシア滞在中に革命を体験、その後も通訳官として、「日ソ中立条約」をはじめ、ほぼすべての主要な日ソ交渉の現場に立ち会っている。スターリンやモロトフといった政治家たちの通訳もしていたのだ。もし獄死することがなかったら、生き字引として貴重な財産を遺してくれたことだろう。 

ノンキャリ外交官としての最後の赴任先が、満洲国のハルビン総領事であった。帝政時代のロシアが建設したハルビンは国際色豊かな都市であり、第二次世界大戦末期の当時は各国の情報工作が入り乱れた国際スパイ都市でもあった。帝国陸軍の「ハルビン特務機関」はそのひとつである。宮川舩夫自身も有能なインテリジェンス・オフィサーであったのだ。 

終戦工作にあたって「中立条約」を結んでいるソ連に仲介に期待するという、日本の国家上層部の希望的観測による甘い認識に対して、宮川舩夫は、警鐘をならしつづけていた。だが、その警鐘は上層部を動かすには至らなかった。そのツケは日ソ戦争という形で最悪の状況をもたらすことになった。 

日ソ戦争の停戦交渉に通訳として立ち会ったのち、外交官特権があるにもかかわらずソ連軍に連行され、そのまま二度と日本に戻ることがなかった。ソ連各地の監獄を移動されられたのち、裁判を受けることもなく、モスクワ近郊の監獄で獄死している。 

問題は、ソ連はこの事実さえ日本側に伝えることなく隠し続けたということにある。死亡が通告されたのは、その7年後の1957年のことであり、ソ連によって名誉回復がなされたのは、ソ連崩壊の直前の1991年のことであった。スパイではなかったのだ。 

著者によれば推測するしかないのだが、裁判にかけられなかったので刑期もなく、拘束されたまま死亡したということになるのだろう。真相は闇のなかである。 

著者の斎藤充功氏のものは、スパイ養成機関であった「陸軍中野学校」関連のノンフィクション作品を読んでいたが、この最新刊が出版された時点でなんと84歳! その問題意識と使命感、旺盛な執筆欲と執筆力には驚かされるばかりだ。フリーライターならではなのだろう。 

著者も「あとがき」で述べているように、現在の外務省のていたらくは目に余るものがある。そんな時代だからこそ、過去の日本には宮川舩夫氏のように国家と国民のため、使命感をもって奮闘しながらも、不幸な形で人生を閉じなくてはならなかった外交官がいたことを知らなくてはならないのだ。


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目 次
プロローグ 屈辱の日ソ停戦交渉 
第1章 ハルビン陥落 ―「不当逮捕」された日本人外交官
第2章 修験者の末裔 ― 山形からロシアへの道程
第3章 外務省きってのロシア通 ―「勉強がなによりです」 
第4章 日ソ中立条約という頂点 ― 対ソ外交の最前線
第5章 鳴らし続けた警鐘 ― 熾烈な情報戦から降伏に至るまで
第6章 42年ぶりの遺書 ― 遅すぎた「名誉回復」と家族の物語
エピローグ  “獄中写真” が物語るもの
あとがき ― どうしてこのような 
宮川舩夫 略年譜 
主要参考文献/主要人物索引 

著者プロフィール
斎藤充功(さいとう・みちのり) 
1941(昭和16)年東京生まれ。東北大学工学部を中退後、民間の機械研究所に勤務。その後、フリーライターとなる。共著を含めて五十冊以上のノンフィクションを手がけ、中でも陸軍中野学校に関連する著作が最も多い。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)



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2023年10月11日水曜日

書評『セカンドハンドの時代 ― 「赤い国」を生きた人びと 』(スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ、松本妙子訳、岩波書店、2016)― 「未来」が失なわれた社会では、人びとは「過去」に「ユートピア」を求めることになるが・・・

 


ずしりと重い、600ページを越える大冊。それにもまして、ここに収められた多様な声のそれぞれが重いのだ。一言で要約することなどできない多様な声、声、声複数の声は、それぞれが固有の声であり、しかし時代の声としてひとつのものでもある。

社会主義体制の70年。そして改革への期待と失望、裏切られ感。戦争に負けたわけではないのに、崩壊した社会主義体制。

この大著は、聞き書きによる「内側からみた社会主義体制70年の証言」である。外側からみたら全体像は見えるが、内側から見ないと人びとの思いまではわからない。

ソ連崩壊がもたらしたものは、そのなかで生きてきた「ソ連人」(ホモ・ソビエティクス)にとっては解放であったと同時に失望であり、無慈悲なまでも切り捨てであった。内戦にはならなかったが、のちのユーゴ紛争でつかわれるようになった「民族浄化」ともいうべき虐殺さえ発生している。

うまく適応できなかった人だけではない。成功した人もまた心に抱えるものがある。心に、内面に抱え続けてきた、ことばにならない思いをなんとかことばにしようともがく人たち。魂の底から絞り出された声、届くか届かないかわからなくても声に出さずにはいられない重い。

こんな多くの声を聞き出し、聴き取った著者は、ジャーナリストの域を超えて、セラピストのような印象さえ受ける。

ただひたすら寄り添い、語るにまかせる。そのことじたいが、いかに大変なことか。だが、この聞き取りという行為をつうじて、癒やされた人も少なくないのではないか。そんな気がする。




『セカンドハンドの時代』というのは、全体の2/3以上を読んできて、ようやく実感されてきた。

時代が変わると期待したにもかかわらず、期待は裏切られ、どん底まで落とされた人たちがなんと多かったことか。やってきたのは新たな時代ではなく、おなじことの繰り返し。使い古しの過去。セカンドハンドの時代。

ロシア語の原題は、Время секонд хэнд である。英語の「セカンドハンド」をキリル文字表記した секонд хэнд がそのままつかわれている。ソ連崩壊後にやってきた時代を象徴的に表現したものといえるかもしれない。

激変をもたらしたソ連崩壊は、激変が終わってみると、また元の昔の状態に戻っている。それは社会主義以前の時代であり、社会主義時代そのものでもある。いや、それは似ているだけで、ほんとうは違う。状況は厳しくなる一方だ。

『セカンドハンドの時代』は、フランスでは2013年メディシス賞、ロシアでは2014年ボリシャーヤ・クニーガ賞(読者投票部門で1位)、ポーランドでは2015年リシャルト・カプシチンスキ賞を受賞している。 読者から受け入れられているのだ。


■かつてソ連ではロシア語が「共通言語」であった

ベラルーシのジャーナリストで作家のアレクシエーヴィチ氏は、2015年にノーベル文学賞を受賞している。

父親はベラルーシ人、母親はウクライナ人。典型的な「ソ連人」であったといえよう。

ソ連時代に生まれ育った人であるからこそ、共通言語であったロシア語で取材活動が可能となったのである。「支配言語」であったとはいえ、ソ連全域でロシア語でのコミュニケーションが可能であった。


『セカンドハンドの時代』は著者のいう「ユートピア五部作」の最後となる作品で集大成なのだという。

「ユートピア五部作」とは、『戦争は女の顔をしていない』『ボタン穴から見た戦争 ー 白ロシアの子供たちの証言』『亜鉛の少年たち』『チェルノブイリの祈り』そして『セカンドハンドの時代』の5つの作品である。

日本でも『戦争は女の顔をしていない』を原作にしたマンガがベストセラーになっていることもあって(続刊が継続中)、よく知られた作家になっているアレクシエーヴィチ氏。

1940年代前半の独ソ戦を女性視点で描いた『戦争は女の顔をしていない』、子どもの視点で描いた『ボタン穴から見た戦争』である。この2作はいまだ読んでないが、1980年代のソ連社会を描いた『亜鉛の少年たち』(・・ただし、増補版になる前の『アフガン帰還兵の証言』)と『チェルノブイリの祈り』はすでに読んでいる。

いずれもナマの声で構成されており、その響きは重い。1980年代に20歳台を過ごしたわたしには、とりわけそう感じられる。


■「未来」が失なわれた社会では、人びとは「過去」に「ユートピア」を求めることになるが・・・

『セカンドハンドの時代』には、三世代にわたるソ連人の声が収められている。

ソ連崩壊によって絶望して死を選んだ自殺者たち、その本人と残された家族、ラーゲリに収容された経験者と収容所の管理者、元兵士、ソ連時代の生活基盤が崩壊したインテリ層、地下鉄の爆破テロ被害者、旧ソ連の各地からきた難民たち。街頭のかわされる声、台所でかわされる声。

読んでいると、なんとも言いようのない気分になってくる。正直いって疲れてくる。連続して読み続けることができないのは、それぞれの人が語ることばがあまりにも重いからだ。しかも、それは複数の声であり、異なる声が重なり合い重層的になることで、見えてくるものがる。

これがソ連の現実であったのであり、ロシアの現実なのである。現実が酷いから、よけいに過ぎ去ったソ連時代の過去が「ユートピア」として美化されているのかもしれない。

だが、人びとの「感情」こそ大事なのだ。歴史書に残ることのないのが「感情」。その時代を生きた人びとの「感情」。その時代に生きた人たちが、どう思って生きていたのか。声なき声。

ソ連崩壊が生み出した無秩序。激しい憎悪。ゴルバチョフの「ペレストロイカ」に期待して失望させられ、「クーデター」の危機を乗り越えたエリツィンに期待して失望させられた人びと。激変をなんども体験しているロシア、しかし本質的になにも変化していないロシア

すべてが終わり新しい時代が始まるという「終末」の待望。だが、「黙示録」(アポカリプス)に求めた慰めは、無限に循環する「空」(くう)の魅力にとって代わられることになる。それぞれ新約聖書と旧約聖書のメタファーである。前者は『ヨハネの黙示録』、後者は『伝道の書』の「空の空なるかな」だ。

だからこそ、ソ連時代を懐かしみ、とくに「ブレジネフ時代」を懐かしむ気持ちはわからなくない

冷戦状況がデタントによって均衡していたブレジネフ時代は、停滞していたとはいえ、ロシア史においては、まれなほど平穏な時代であったのだ。自由は制限されていたが、極端な貧富の差はなく、民族差別もない(はずの)平等な社会であった。

読んでいて想起したのは『ヒルビリー・エレジー』である。米国の東南部で再生産される「貧困の無限ループ」ソ連崩壊後の旧ソ連もまた、その状態に陥っている。しかも、ロシアは500年以上にわたって「農奴制」がつづいた社会である。ソ連時代もまたその延長線上にあった。

そんな状況で待望されるのは、強権的なまでに強いリーダーである。右派的なリーダーである。米国ではトランプが大統領として登場した。ロシアではスターリンのようなリーダーが待望され、プーチンの支持が高止まりしている。米国においても、ロシアにおいても、そんな状況にあるのは、けっして理解できないことではない。

だが、そういうリーダーを選び出して支持した国民は、それぞれ期待が裏切られ、失望することになるのだろう。イソップの有名な寓話にあるが、ひたすら強い王を待望しつづけたカエルたちの末路のように。

歴史はそのまま繰り返すことはないが、「使い古しの過去」が手を変え品を変え繰り返されることになる。「セカンドハンドの時代」とはそういうことか。なるほどそうだなと思わざるをえない。


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目 次 
共犯者の覚え書き
第1部 黙示録(アポカリプス)による慰め
 街の喧騒と台所の会話から(1991~2001)
 赤いインテリアの十の物語
第2部 空(くう)の魅力
 街の喧騒と台所の会話から(2002~2012)
 インテリアのない十の物語
庶民のコメント
訳者あとがき
関連地図/関連年表/人名注


著者プロフィール
アレクシエーヴィチ,スヴェトラーナ(Светлана Алексиевич)
1948年ウクライナ生まれ。国立ベラルーシ大学卒業後、ジャーナリストの道を歩む。綿密なインタビューを通じて一般市民の感情や記憶をすくい上げる、多声的な作品を発表。戦争の英雄神話をうち壊し、国家の圧制に抗いながら執筆活動を続けている。2015年ノーベル文学賞受賞。

日本語訳者プロフィール
松本妙子(まつもと・たえこ) 
1973年早稲田大学第一文学部露文科卒業。翻訳家。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの



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■ソ連史と「ユートピア」




■居住する外国人の目で視たソ連時代とソ連崩壊後のロシア



・・1960年代のレニングラードの状況は日本とは大違いであった


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2023年10月8日日曜日

書評『プーチン ー ロシアを乗っ取ったKGBたち 上下』(キャサリン・ベルトン、藤井清美訳、日本経済新聞出版、2022)ー プーチン体制をつくりあげたFSBとマフィアとの関係がファクトベースで徹底的に解明


 
『諜報国家ロシア ー ソ連 KGB からプーチンの FSB 体制まで』(保坂三四郎、中公新書、2023)を読んだあと、現在のロシアを支配している「FSB = マフィア = 行政の三位一体」という「システマ」について、もっと詳しく知りたいと思った。

『諜報国家ロシア』は、「ソ連/ロシアの100年」を貫いている「KGB/FSBの100年」について詳しく記述されていて有益な内容の本だが、いかんせん経済の話があまりでてこない。専門ではないから、それは仕方のない話だ。

経済を牛耳っているのは「マフィア」である。いや、正確にいえばオモテ世界はFSBであり、ウラ世界はマフィアなのである。ロシア経済にかんしては、この裏表の両面を見ないとほんとうのところはわからない。

「マフィア」の要素をもっと知りたいと思ったのは、この点こそがまさにソ連時代の社会主義体制と現在のロシアの国家資本主義体制の違いを生み出しているからだ。

組織犯罪のマフィアはアングラ経済の世界のプレイヤーであり、この地下経済こそが、プーチンのロシアの「アクティブ・メジャーズ」(積極工作)を資金的に支えているのである。

そこで読むことにしたのが、『プーチン ー ロシアを乗っ取ったKGBたち 上下』(キャサリン・ベルトン、藤井清美訳、日本経済新聞出版、2022)である。昨年出版された本だが、つい最近まで知らなかった。「注」と「索引」を除けば、上下2冊あわせて660ページもある大著である。

活字がびっしり詰まったこの本を読み通すのには数日かかったが、それだけの価値のある本だ。

「FSB = マフィア = 行政の三位一体」という「システマ」が、いかに形成されてきたか、その詳細なプロセスを膨大な取材による「ファクトベース」の記述で知ることができるのである。ソ連末期から2020年にいたる、この30年のロシア現代史でもある。

  


■プーチンひとりが問題なのではない

原題は Putin's people と、いたってシンプルだが、ことの本質を突いたものだ。

というのは、プーチンひとりが問題ではない、「プーチンのピープル」を全体として見なくてはいけないのである。ドイツ語版が Putins Netz となっているように「プーチンのネットワーク」を全体として見なくてはいけないのである。


プーチンは旧KGB出身で、ソ連崩壊後 もひきつづきFSB職員であったこと、これはよく知られていることだろう。

だが、そもそも無名のプーチンを引っ張り出してきて、その地位に据えつけたのはFSBであり、プーチンはFSBの利害を代表し、利害を調整する人物なのである。

だから、FSBとしては、プーチンには辞めてもらっては困るのである。すでに「システム」の一部として一体化しているからだ。

この本を読んでいると、「地位は人をつくる」というか、プーチン自身も大統領としての貫禄をつけていったことが手に取るようにわかるが、じつは何度も辞めたいと思っていたようでありう。

マッチョな雰囲気を出してきたが、それはあくまでもFSBによる演出なのである。


■いかにしてロシアはFSBを中核としたシステマに略奪されたか

ソ連末期に社会主義経済体制の限界を見て取り、資本主義経済体制への実験を開始したのはKGBであり、その長官のアンドロポフの時代であった。

共産党体制を維持することを目的にしたゴルバチョフによる「ペレストロイカ」ではなく、それ以前からKGBが主導して始まったのである。

コムソモールなどのソ連共産党の下部機関において、KGBは起業家を育成する試みを始めている。そんな若者たちのなかからでてきたのが、ホドロコフスキーをはじめとする新世代の人物たちである。

起業家たちにユダヤ系のホドロコフスキーやアルメニア系などマイノリティが多かったのは、そこにチャンスを見いだしたからである。かれらが、ソ連崩壊後に経済を牛耳ることになったオリガルヒたちの前身であった。




KGBはその時代から、工作資金をつくり、それを安全に海外で保全するために、経済マフィアをつかった資金の海外移転スキームが構築されることになる。国内価格で安く仕入れた原油を海外で市場価格で販売し、その差額を海外の金融機関にプールするスキームだ。KGBとマフィアの二人三脚の体制は、ソ連末期から始まっていた

ソ連崩壊後には、社会主義経済から資本主義経済への転換プロセスのなかで、国家資産の「民有化」が行われ、バウチャーという形で国民は資産を分有する所有者となった。

だが、体制転換期に生活が困窮した庶民から、バウチャーは目端の利いた一握りの企業家たちによって二束三文で買い集められていく。これが寡占資本家を意味するオリガルヒを生み出すことにつながっていく。

それがエリツィン時代であったが、経済運営に失敗し金融危機に見舞われるなか、弱体化したエリツィンは後継者にプーチンを指名することになる。ファミリーの資産を守るためもあり、FSB の強い押しがあったからだ。

プーチンは、みずからの出身地でもあり、しかも輸出入港湾をもつサンクトペテルブルク時代に築き上げた経済マフィアとの関係による「略奪資本主義」を、首都モスクワに持ち込んで、さらに拡大していくことになる。この時期からすでに、プーチンとは同郷でKGBでは1年先輩で同僚であったパトルシェフの名前が登場している。




プーチン時代には、FSBによる経済を牛耳るオリガルヒつぶしが行われることになる。まずはメディアを狙い撃ちし、危険を感じたベレゾフスキーなどのオリガルヒたちは国外に逃亡する。

分水嶺となったのが、石油資本を握っていたホドロコフスキーを逮捕し、司法をコントロールする政権によって不当な裁判で10年にわたって投獄した事件である。

これによって、西側が期待していた健全な資本主義の芽はつみとられ、「プーチンのピープル」によるロシア乗っ取りの道が開かれることになった。「FSB = マフィア = 行政の三位一体」という「システマ」が完成したのである。

ロシアの情報工作には、国外のロシア系の人間もかかわっている。その第一は、ロシア革命後に亡命したロシア貴族たちの末裔だ。かれらはスイスのジュネーブの金融関係者でもある。かれらは、ロシア帝国の復活という野望にかんして、プーチンたちと共通の夢を抱いている。

そして、ソ連末期から米国に移民したユダヤ系を中心とした人たちだ。「リトル・オデッサ」(Little Odessa)とよばれるニューヨークのブライトンビーチに集中して居住している。ロシア・マフィアの中核をなしているのは、ロシアやウクライナから移住したユダヤ系である。ハリウッド映画『リトル・オデッサ』(1995年)の舞台である。



このシステムの成立に手を貸し肥大化させたのが、儲かれさえすればいいと、カネにしか関心のない西側の金融機関であり、西側政府であった。ことは、本書では何度も強調されている。

「不動産王」とよばれていたドナルド・トランプも、ビジネスマン時代には巨大な赤字を抱えており、そこにロシア・マフィアにつけ込まれる隙があった。これまたカネがらみである。カネに困った者は、助けてくれた人たちのことは忘れない。

さすがに大統領になるとは想定はしていなかったであろうが、ビジネスをつうじて長年にわたって関係を強化してきたロシア政府にとって、トランプ大統領誕生はまさに大勝利であった。

問題に気がついたときには、すでに遅かったのである。ロシアによる汚染は、西側の隅々まで及んでいる。

とはいえ、盤石にみえたこのシステムも、FSB関係者のなかでの利害対立があり、いつまでもつづくのかどうかは不透明である。

だからこそ、利害調整役のプーチンは辞めるには辞められない状態にあるわけだが、昨日(2023年10月7日)で71歳になった高齢のプーチンに残された時間はそう多くないはずだ。

ロシアの未来は不透明であり、不確実性が高まっている。2020年2月に始まったウクライナへの軍事侵攻がさらに状況を複雑化しており、不安定化要因が拡大する一方である。

はたして、ロシアは今後どうなっていくのか?

******

2020年に英国で出版されたこの本はベストセラーになっており、ドイツ語版をふくめていずれもベストセラーになっている。それだけ「プーチン体制」がなぜ現在のような怪物と化したのか、みな知りたいからだろう。

日本語訳がでたのはそのためだろうが、この労作が日本ではぜんぜん話題になっていないのは残念なことだ。

「ファクトベース」の積み上げによる本書は、著者による長年にわたるロシア取材のたまものである。2007年から20013年にかけて特派員としてロシアで取材を行っている。

さすがFT記者だけにあって、経済を中心にして政治まで扱った内容は読み応えがある。それだけでなく、Wikipedia情報によれば、著者はロシアのオリガルヒやロスネフチから複数の訴訟を起こされているらしい。それだけ、この本の内容はかれらの痛いところを突いているといいうことなのだろう。

たいへんボリュームのある内容で読み通すのには苦労するが、関心のある人はぜひ読んでほしいと思う。


 


目 次
はじめに
登場人物
序章
第1部 
 第1章 「ルーチ作戦」 
 第2章 内部の仕業 
 第3章 「氷山の一角」 
 第4章 後継者作戦 ―「すでに真夜中を過ぎていた」 
 第5章 「泥水の中に浮かんでいた子どものおもちゃ」 
第2部 
 第6章 「インナー・サークルが彼をつくった」 
 第7章 「エネルギー作戦」
(*以下は「下巻」)
 第8章 テロ事件から帝国の目覚めへ 
 第9章 「食欲は食べているうちに湧いてくる」 
第3部 
 第10章 オブシチャク 
 第11章 ロンドングラード 
 第12章 戦いの始まり 
 第13章 ブラックマネー 
 第14章 圧制の中のソフト・パワー「わたしに言わせれば彼らは正教のタリバンだ」 
 第15章 ネットワークとドナルド・トランプ
終章
謝辞 
注(上下で別々に収録されている)
人名索引(上下で別々にある)


著者プロフィール
キャサリン・ベルトン(Catherine Elizabeth Belton)
ロイター通信特別特派員。『フィナンシャル・タイムズ』紙のモスクワ特派員を長年務める。それ以前は、『モスクワタイムズ』『ビジネスウィーク』にロシアについての記事を執筆。
From 2007 to 2013, she was the Moscow correspondent for the Financial Times. 
In Putin's People: How the KGB Took Back Russia and Then Took On the West, published in 2020, Belton explored the rise of Russian president Vladimir Putin. It was named book of the year by The Economist, the Financial Times, the New Statesman and The Telegraph. 
It is also the subject of five separate lawsuits brought by Russian billionaires and Rosneft. 
She lives in London and reports on Russia for The Washington Post.

日本語訳者プロフィール
藤井清美(ふじい・きよみ) 
翻訳家。京都大学文学部卒業。訳書多数。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)



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・・Kとはホドロコフスキー(Khodorkovski)の頭文字




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2023年10月7日土曜日

書評『諜報国家ロシア ー ソ連 KGB からプーチンの FSB 体制まで』(保坂三四郎、中公新書、2023)ー ソ連から始まる「諜報機関」の本質を知らずに現在のロシアの体制を理解することはできない

 

ロシアを知るための「必読書」である。この本を抜きにロシアについて語ることは、もはや不可能だろう。

いや、ロシアの影響が及んでいるのは、情報工作の対象としてトランプ大統領を生み出し米国や、極右政党への資金援助が行われてきた欧州など先進国すべてである。もちろん、この日本も含めてだ。

だからこそ、いまこの現在の状況を理解するための、まととない解説書といっていい。まさに渾身の労作である。



■ロシアという「防諜国家」がこの100年にやってきたこと

とはいえ、読んでいるとウンザリしてくる。ロシアがこの100年間にやってきたことが、あまりにもえげつないからだ。

「ロシア革命」後にボリシェヴィキがやったことは、厳しい弾圧が行われたとされる帝政ロシア時代の比ではないことが、読んでいるとわかってくる。

革命指導者レーニンの「非情さ」が発揮されたのは、ニコライ2世一家の惨殺だけではない。みずからが信じる主義の貫徹のため、その障害となるものは誰であろうと虐殺しまくったのだ。

レーニンの意を体して実行役を担った存在が、情報機関トップとなったジェルジンスキーであり、その在任中に「諜報国家ロシア」の原型ができあがった。 

KGBは、もともと組織名として「チェーカー」(Cheka)とよばれていた。だから、その職員は「チェキスト」(Chekist)とよばれ、現在でも「チェキスト・プーチン」のようにつかわれることもある。著者もまた旧KGB や現在の FSB の総称して、「チェキストの世界観」のようなつかいかたをしている。

権威主義国家における、体制を守る「盾と剣」としての「保安機関」である。「盾と剣」とは、KGBを象徴的に表現したものだ。

本書のタイトルである「諜報国家ロシア」は、その意味では、適格なネーミングである。だが著者、より厳密にいうなら「防諜国家ロシア」だという。「諜報」とは「カウンター・インテリジェンス」(counter-intelligence)のことだ。外国からの侵略や浸透を防ぐための情報工作のことである。

副題にあるように、「ソ連 KGB からプーチンの FSB 体制まで」は、この100年のロシアの一貫した流れである。いやむしろ、KGBのもっていた醜悪な側面が、より増幅され、ソフィストケートされたのが FSBだといっていいかもしれない。

現在のロシアを動かしているのは、プーチンに代表されるFSB関係者、つまり旧KGBの関係者たちである。プーチンは独裁者として見なされているが、かれ一人がすべてを取り仕切っているわけではない。

プーチンは「FSBが仕切るシとしてステムと一体化」した存在だと理解したほうが正確なのだ。FSB関係者は、ロシアの全人口の0.1~0.2%に過ぎない、一握りの存在である。



■むき出しの暴力から知能犯罪へ

ロシアは「マフィア国家」だという人がいる。ことし8月に「反乱」をおこしたプリゴジンがちょうど2ヶ月後に「裏切り者」として抹殺されたことに対して、そんな感想が聞かれた。

だが、正確にいえばロシアを支配しているのは「システマ」である。つまり「FSB = マフィア = 行政の三位一体」というシステム(=体制)である。

情報工作を企画し監督するのがFSBである。そして、行政はその手足として動くさまざまな工作を行うための裏仕事を行うのがマフィアである。先に名前を出したプリゴジンも裏工作の担い手であった。

オモテ世界では三権分立が形骸化している。司法も立法も裁判もすべて一握りのFSBの下にあり、恣意的な運用が行われている。だが、それだけではないのだ。

旧KGBより醜悪で悪質なのは、「ソ連崩壊」の前後に組織犯罪のマフィアと結託したことにある。マフィアは文字通りの組織犯罪であるが、暗殺などむき出しの暴力だけでない。国境を越えた金融犯罪など知能犯罪も、マフィアによって裏工作として行われてきた。

FSB が行っているのは「アクティブ・メジャーズ」(active measures)である。近年の民主主義体制における「パブリック・ディプロマシー」などの間接的な影響力行使とはまったく異なり、直接的に手が下される工作活動のことだ。「積極工作」と訳されることもある。

「アクティブ・メジャーズ」は KGB の「心と魂」であり、それが FSB に引き継がれていると著者はいう。

その内容は、「偽情報」(disinformationの拡散「インフルエンス・エージェント」(agent of influence)をつかった工作「フロント組織」をつくってのプロパガンダメディアコントロールによる「政治技術」の展開「陰謀論」の流布や、認知領域における「ナラティブ操作」など、である。

これらの戦術や手法が、ロシアによって日々行われているのである。


■プーチンとFSBの思考回路は「旧KGB文書」に現れている

「あとがき」で著者が書いているが、ロシア研究が専門だが、もともと情報分野の専門家ではなかったらしい。

ロシア研究者だからこそ、現代ロシア体制のワナにかかる危険にさらされていることを深く痛感し、研究に取り込んだのだという。とくに35歳以下の若者は、その危険なワナに気がつかないことが多いのだ。

主たる情報ソースは、ウクライナで全面公開された旧KGBアーカイブの極秘文書である。ロシアでは、情報工作の対象者であるロシア内外の研究者に一部が公開されているだけだが、旧ソ連圏のウクライナではそうではないのだ。

このほか、反体制派やハッカーによるリーク情報や、膨大な最新のインテリジェンス研究を読み込んだうえで、「ファクトベース」で記述し、しかも情報ソースを明記している。もっぱら英語で専門論文を発表してきた人だけに、文章はロジカルで論旨はきわめて明解だ。

ただし、事実関係を明らかにしても、その評価や判断はあくまでも読者にゆだねている。読者自身の「情報感度」を高めるためにも、こういう記述方法は重要だろう。なぜなら、当然のことながら、本書も含めて(!)クリティカルに読むことが不可欠だからだ。


■権威主義体制の「手口」を知ることはセキュリティそのものだ

読んでいて思ったのは、中国共産党はソ連に始まるこの「防諜国家」の手法をかなり忠実になぞっているな、といういことだ。

おそらく旧共産圏だけでなく、権威主義体制をとる国々もまた、KGB/FSBの「情報工作」の「手口」を学習しているはずである。

現代ロシアの「アクティブ・メジャーズ」の「手口」を知ることは、ロシアに限らず、中国をはじめちする権威主義体制の国家の「情報工作」を知る上で必要不可欠なのである。

その意味でも、本書は「実用書」としての性格も備えている。欲をいえば、「用語集」や「よくつかわれるフレーズ集」などの付録や索引がほしかったところだ。

とはいえ、最低限知っておくべき項目は、「目次」に記載されているので、本文を読んでから目次を読み、ふたたび必要な部分を読み返す。そんな読み方が必要だろう。

本書に登場する具体的な人物や組織については、あの人物もまた「インフルエンス・エージェント」として動いているのか、あの組織もまた「フロント組織」として情宣活動しているのか、みなロシアによって「汚染」されてしまっているのだな、と知ることになる。

それは残念なことであるかもしれないが、自分の身を守るため、民主主義体制を守るため、必要なことなのだと思わなくてはならないのである。本書が必読書であるとは、そういうことだ。

ものすごく濃厚な1冊である。単行本3冊分くらいの情報が詰まっている本だ。ギッシリ詰まった内容に、膨大な量のカタカナの固有名詞

斜め読みで読み飛ばすのがむずかしいが、ぜひ最後まで読み通してほしい。


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目 次 
まえがき
第1章 歴史・組織・要員 ー KGB とはいったい何か
 1 チェキストの系譜 ー どこにでもスパイを見る 
 2 巨大な機構 ー KGB の主要部局と役割
 3 エージェント ー チェキストの「見えない相棒」
第2章 体制転換 ー なぜ KGB は生き残ったか
 1 KGB のペレストロイカ ー ソ連崩壊後の KGB の疑似「改革」
 2 KGB 改革の失敗
 3 プーチンの「システマ」ー FSB=マフィア=行政の三位一体
第3章 戦術・手法 ー 変わらない伝統
 1 アクティブメジャーズ ー KGB の「心と魂」
 2 偽情報 ー 正確な情報ほど効果がある
 3 インフルエンス・エージェント ー 「スパイ」とは異なる
 4 フロント組織
第4章 メディアと政治技術 ー 絶え間ない改善
 1 政治技術
 2 サイバースペースでの展開
 3 ナラティブの操作
第5章 共産主義に代わるチェキストの世界観
 1 ゲオポリティカ ー 地政思想と「影響圏」
 2 大祖国戦争の神話 ー 全ての敵は「ファシスト」
 3 「ロシア世界」ー プーシキン、ドストエフスキーを隠れ蓑にして
 4 ロシア正教会 ー KGB エージェントが牛耳る世界
 5 子どもからスポーツまで ー 全てを動員する
第6章 ロシア・ウクライナ戦争 ー チェキストの戦争
 1 ウクライナ侵攻 ー 作り出された「内戦」
 2 「ウクライナ危機」を見る眼 ー 学術界とロシア
終章 全面侵攻後のロシア 
あとがき
主要参考文献
関連人物一覧
関連年表


著者プロフィール
保坂三四郎(ほさか・さんしろう)
1979年秋田県生まれ。上智大学外国語学部卒業。2002年在タジキスタン日本国大使館、2004年旧ソ連非核化協力技術事務局、2018年在ウクライナ日本国大使館などの勤務を経て、2021年より国際防衛安全保障センター(エストニア)研究員、タルトゥ大学ヨハン・シュッテ政治研究所在籍。専門はソ連・ロシアのインテリジェンス活動、戦略ナラティブ、歴史的記憶、バルト地域安全保障。2017年ロシア・東欧学会研究奨励賞、2022年ウクライナ研究会研究奨励賞受賞。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)



<参考 著者インタビューより抜粋>

ロシア研究者は、軍、警察、FSBをまとめて「シロビキ(武力省庁)」と括りますが、これによって少し誤解されているようにも感じます。ソ連やロシアでは、軍と情報機関は明確に異なる存在です。体制が最も信用を置くのは、軍や警察ではなく、伝統的に情報機関なのです。
 
「ここだけでしか聞けない話」、「あなただけに特別に提供する資料」には関心がありません。なぜなら、これこそKGBやFSBが外国人研究者の取り込みに使う典型的手法だからです。
 
アーカイブから分かるのは、KGBの「非公然」の協力者であるエージェントはソ連時代でも人口のわずか0.1~0.2%程度でした。別の言い方をすれば、これだけの浸透で全体主義が成立したのです。
 
全体主義国家の情報機関は、同時に、体制を守る「盾と剣」としての「保安機関」。
防諜国家のインテリジェンスの活動は、現状を正確に把握する情報収集活動よりも、体制の思想に合うように現実や認識を作り変える非公然の政治・世論工作が主体となります。これはソ連やロシアで「アクティブメジャーズ」と呼ばれています。
 
外国人が、ソ連やロシアの「周縁」を語る際に、いかにモスクワのメディアや専門家に依存しているかを、また、ロシアがそれを利用して自国を宣伝し、偽情報を流している構造が見えてきました。これは、ソ連研究からロシア研究へと引き継がれた問題点。
 
ソ連・ロシアのプロパガンダには、重要な事実から相手の注意を逸らす「ワタバウティズム」(whataboutism)や、西側諸国による正当な批判を回避する「ロシア嫌悪症」(Russiaphobia)などの政治レトリックがあります。
 
ロシアの情報機関は、ロシアに関心を持つ外国の研究者や学生の傾向を深く研究しています。既存の価値観への反抗心が強く、「オルタナティブ」を求める35歳以下の若者は格好の標的になっているのです。
 
最近いろんな方に言っているのですが、プーチンやロシアのエリートたちの思考回路を知りたければ、プーチンの演説や欧米の専門書を読むよりも、KGB内部で使われていた教科書や教本を読むのが一番です。これらはソ連崩壊後のロシアでも改訂を経て引き続き使われていますが、極秘指定なのでロシアでこれを読むことはできません。しかし、ソ連のKGB支部が置かれたウクライナやバルト三国では、KGB資料が公開されているので、読むことができるのです。
 
本書でも解説した通り、脱スターリン化には成功しましたが、脱KGB化には失敗したのです。同じ失敗が、1920年代の「赤色テロ」後の改革、ゴルバチョフのペレストロイカでのKGB改革、エリツィン政権下の保安機関改革でも繰り返されています。
 
民主的統制のない情報機関は、再生産される独自の組織文化を持ち、我々が想像するよりもはるかに、体制の変化やリーダーの交代に対する適応能力が高いのです。100年以上続く体制の「盾と剣」の情報機関が廃止されない限り、ロシアが本質的に変わることはないでしょう。


<関連サイト>


・・本書が第32回山本七平賞を受賞したのを機会に一時帰国した際、「日本記者クラブ」で行った講演記録。とくに54分40秒前後に注目。FSBの息のかかったロシア側の人物と密接な交友関係のある、佐藤優なる人物の著作やメディアをつうじた「情報垂れ流し」について指摘。



(2023年12月3日 情報追加)


<ブログ内関連記事>

   
   




・・騙されやすい人びと

・・とち狂っているとしか思えない「知の虚人」トッド氏は、ロシアの情報操作の対象となって簡単にころがされていることにすら気づかない、絵に描いたような典型的な「知識人」の事例として考えるべきであろう。自覚症状ないだけに有害きわまりない

(2024年1月20日 情報追加)


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