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2013年2月28日木曜日

エル・グレコ展(東京都美術館)にいってきた(2013年2月26日)-これほどの規模の回顧展は日本ではしばらく開催されることはないだろう



エル・グレコ展(東京都美術館)にいってきた。文字通り、国内最大の規模のエル・グレコ展である。今回は大阪についで東京で開催される。今回のエル・グレコ展は、没後400年を記念したものだ。

かつて、東京で開催されたエル・グレコ展に行ったが、それからどれくらいの時間がたっただろうか。正確な日付がわからないが、じつにひさびさである。この規模の回顧展は、今後も最低10年以上は日本で開催されることはないだろう。

わたしはカトリックでもキリスト教徒ではないのだが、なぜかエル・グレコは好きで、むかしからいろいろ見てきた。倉敷の大原美術館は3回、エル・グレコが「終の棲家」と決めたスペインのトレドには1991年に1回、マドリーのプラド美術館は1991年と1999年に2回訪れてエル・グレコ作品を堪能してきた。

うねるような大胆でダイナミックな構図、光と影の巧みな処理、宗教画でありばがら官能的でもあるマリア像・・・。カトリックやキリスト教徒ではなくても、圧倒的な迫力に魅せられるのは、宗教画の域を超えて美術作品として絶対的なものがあるからだろう。


日本人の大くがスペイン的だと思っている「光と影のコントラスト」もエル・グレコの特徴である。ベラスケス、ゴヤとつづいてゆくものだが、エルグレコはスペイン人として生まれたのではない。ギリシア人としてクレタ島に生まれた人である。

本名はドメニコス・テオトコプーロスという。いかにもギリシア人といった名前である。日本人にとってはじつに覚えにくい名前だ。わたしもすぐに忘れてしまう。

これはスペイン人も同じだったのだろう。エル・グレコはスペイン語で「ギリシア人」という意味だ。定冠詞の el をつけることによって「そのギリシア人」と特定の人を指す。英語でいえば The Greek である。『その男ゾルバ』(1964年)という映画があるが、英語のタイトルは Zorba the Greek である。当時のスペインでは、エル・グレコ(=ギリシア人)といえば、かの有名な画家のことを意味するほど有名だったということだろう。


エル・グレコの時代は地中海の覇者スペインの絶頂期であった

エル・グレコ(1541~1614)が活躍したのは1600年前後、大航海時代にあたる。第一次グローバリゼーションの字時代である。スペインはドンキホーテの作者セルバンテスの時代、英国のシャイクスピアの時代である。日本でいえば、まさに戦国時代末期、信長・秀吉・家康の時代である。

1492年に完結したレコンキスタによってイスラーム教徒、そしてユダヤ人が追放されて「純化」(・・現在風にいえばエスニック・クレンジングとなる)されてからのスペインは絶頂期を迎えることにあんる。

そして、16世紀初頭にドイツではじまった「宗教改革」に対抗するカトリック勢力の一大中心地として
「対抗宗教改革」(Counter-Reformation)を推進したのもまたスペインであった。1545年のトリエント公会議において、カトリックの伝統的な信心である贖宥、巡礼、聖人や聖遺物への崇敬、聖母マリアへの信心などが霊的に意味のあるものとして再び認めらたことが、エルグレコの宗教画の背景にあることをまずは押さえておきたい。美術史的にいえばバロック、そしてマニエリスムの時代である。

この時代はまた、スペインのハプスブルク家統治下の地域においては、厳しい異端審問が実行された時代でもある。フェリペ二世時代の統治下で絶頂期であったが、ユダヤ人追放による悪影響は知らず知らずのうちにスペインをむしばんでいた。絶頂期はまた衰退期のはじまりでもあるのだ。

20世紀最高の歴史家といわれるフェルナン・ブローデルの大著 『地中海』 の正式タイトルは 『フェリペ二世時代の地中海と地中海時代』 という。それはエル・グレコの時代でもある。

(16世紀半ばの地中海世界 右からクレタ島⇒ヴェネツィア⇒ローマ⇒スペイン)

さきにも書いたようにエル・グレコはギリシア人である。クレタ島はいまではギリシアであるが、当時はヴェネツィア共和国の統治下にあった。ヴェネツィアとトルコの中間地点にあるクレタ島は交通の要衝としてヴェネツィア共和国にとっては死活的な意味をもっていたのである。

わたしは1992年にクレタ島を訪れたことがあるが、北はギリシア、南はエジプトを結ぶ交通の要衝として古代から独特のポジションを占めていたことにも注目しておきたい。ギリシアといっても、北部の山岳地帯とは違う、地中海のなかに位置する多文化の交差点なのである。

そんなクレタ島に生まれ、ヴェネツィア、ローマを経てスペインに渡ったエル・グレコはまさに「地中海人」というべきだろう。20世紀でいえば、スペイン語の歌も歌うギリシアの歌姫ナナ・ムスクーリをわたしは想起する。

東方正教のクレタ島でイコン(聖画)職人としてキャリアを開始したエル・グレコだが、ギリシア語を母語としながらも、終の棲家となったスペインではスペイン語で読み書きしていたようだ。今回の展示資料に、書き込みされた蔵書の写真があったが、書き込みはスペイン語によってなされていた。

ギリシア人ならギリシア正教徒だろうが、なぜカトリック世界を描き続けたのかという疑問は前々から抱き続けてきたのだが、正教徒からカトリックに改宗したと考えるのが理にかなっている。これは、今回の美術展のカタログに収録されら論文を読むと納得がいく。

ヴェネツィア共和国領のクレタ島からヴェネツィアに向かうのは自然なことである。ヴェネツィアでのルネサンス絵画の修業後、ローマでも修行をしている。当時のローマは、1517年のローマ劫掠で破壊されたのちのローマである。エル・グレコはスペイン領となっていた南イタリアにはいかずに、そのままスペインに移動している。


■美術展について

エル・グレコの作品は、同時代の日本の仏教美術と同様、あくまでも信仰目的のために制作されたのであり、この当時のスペインの対抗宗教改革時代のカトリック近代化についての理解を抜きにして理解はむずかしい

その意味では、純粋に絵画を鑑賞するだけでなく、作品につけられたキャプションをよく読むといい。それが、「見えないもの」を描いて可視化したエル・グレコの世界を理解するための糸口の一つとなる。

逆にいえば、キリスト教、とくにカトリック世界の入門としてもおおいに役にたつ美術展といえるだろう。エル・グレコは聖書の物語世界を、いまそこにある人たちを描くような手法で可視化したのである。

もちろん、画科としての技量の高さと、クレタ時代、ヴェネツィア時代、ローマ時代、そしてトレド時代とその変遷についての展示は面白い。

また、同時代人のパトロンに支持された肖像画家としての人気の高さ、年譜によれば支払いをめぐっての依頼主との訴訟の多さ、内縁の妻(・・カトリックなのに?)がモデルともいわれる肖像画の存在など、エル・グレコの知られざる側面と、絵画の技量のずば抜けた高さを実感することもできる。

教会インテリアの装飾プランナーとしてのエル・グレコについても知ることができるのは、今回の美術展の啓蒙的な側面でもある。

マドリーのプラド美術館やトレドに存在する作品だけでなく、世界各地の美術館からあつめられた作品を堪能することができるが、今回のクライマックスは、エル・グレコ晩年の大作 「無原罪のお宿り」(1607~13年)である(・・上掲のポスターに採用されているもの)。

高さ3メートルを超えるこの祭壇画は本来は教会堂で拝むべきものだが、「美術品」として鑑賞することがいまは可能となった。ぜひ、さまざまな角度から「見上げて」いただきたい。

こんな大規模なエルグレコ展は、今後は日本ではなかなか開催されることもないと思われるので、カタログを購入しておくことを薦めたい。2,400円とやや高価ではあるが、目録としてだけでなく、収録された研究論文も読みごたえがある。

繰り返すが、これほどの規模の回顧展は、日本での次回の開催がいつになるかはわからない。ぜひ万難を排してでも見に行くことを薦める次第である。











<関連サイト>

エルグレコ展(没後400年)
-大阪展: 2012 年10月16日(火)~12月24日(月・休) 国立国際美術館
-東京展: 013年1月19日(土)~4月7日(日) 東京都美術館

大原美術館のエル・グレコ「受胎告知」の解説


<ブログ内関連記事>

ひさびさに倉敷の大原美術館でエル・グレコの「受胎告知」に対面(2012年10月31日)

聖なるイメージ-ルブリョフのイコン「三位一体」、チベットのブッダ布、ブレイクの版画
・・ルブリョフ(1360年頃~1430)は、エルグレコより1世紀前にモスクワで活躍したイコン画家。エル・グレコが若き日に製作に従事していたイコンはビザンツ風だろうが、イコン画家から出発した点は押さえておきたい


バロック美術

『カラヴァッジョ展』(国立西洋美術館)の初日にいってきた(2016年3月1日)-「これぞバロック!」という傑作の数々が東京・上野に集結!
・・・・同時代人だがカラヴァッジョ(1571~1610)より30歳年上のエル・グレコ(1541~1614)

「グエルチーノ展 よみがえるバロックの画家」(国立西洋美術館)に行ってきた(2015年3月4日)-忘れられていた17世紀イタリアのバロック画家がいまここ日本でよみがえる! 
・・同時代人だがカラヴァッジョ(1571~1610)より20歳若いグエルチーノ(1591~1666)


カトリック関連

「免罪符」は、ほんとうは「免罪符」じゃない!?
・・受胎告知は英語で Announcement であり、これは理解しやすいカトリック要語。ちなみに、森鴎外訳で有名なアンデルセンの『即興詩人』の主人公アヌンツィアータは受胎告知の意味。




スペイン関連



オペラ 『ドン・カルロ』(ミラノ・スカラ座日本公演)
・・舞台設定はフェリペ二世(・・オペラはイタリア語版なのでフィリッポ二世)統治下のスペイン王国

書評 『歴史入門』 (フェルナン・ブローデル、金塚貞文訳、中公文庫、2009)-「知の巨人」ブローデルが示した世界の読み方
・・大著『フェリペ二世時代の地中海』の著者フェルナン・ブローデル


ギリシア関連

書評 『物語 近現代ギリシャの歴史-独立戦争からユーロ危機まで-』(村田奈々子、中公新書、2012)-日本人による日本人のための近現代ギリシア史という「物語」=「歴史」
・・当時ヴェネツィア共和国領であったクレタ島生まれのエル・グレコ。クレタ島の歴史についても解説あり


■初期近代(アーリー・モダン)

世界史は常識だ!-『世界史 上下』(マクニール、中公文庫、2008)が 40万部突破したという快挙に思うこと

「500年単位」で歴史を考える-『クアトロ・ラガッツィ』(若桑みどり)を読む

書評 『1492 西欧文明の世界支配 』(ジャック・アタリ、斎藤広信訳、ちくま学芸文庫、2009 原著1991)-「西欧主導のグローバリゼーション」の「最初の500年」を振り返り、未来を考察するために

(2015年7月9日、2016年4月17日 情報追加)


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2013年2月25日月曜日

映画 『ゼロ・ダーク・サーティ』をみてきた-アカデミー賞は残念ながら逃したが、実話に基づいたオリジナルなストーリーがすばらしい


映画 『ゼロ・ダーク・サーティ』(ZERO DARK THIRTY) をみてきた。T​OHOシネマズで上映中。

タイトルの「ゼロ・ダーク・サーティ」とは、軍事用語で午前0時30分を指すらしい。ドキュメンタリータッチのアクション・スリラーエンターテインメント作品というべきか。同じリベンジものとしては、イスラエルによるテロリスト暗殺作戦を描いたスピールバーグ監督の『ミュンヘン』を超えたといっていいのではないかと思う。

アカデミー賞受賞作品の『ハート・ロッカー』の監督キャスリン・ビグローにとっては、今回は主人公は女性CIA分析官である。前回はイラク、今回はパキスタンとアフガニスタンが舞台の中心だ。いずれも最前線の人間ドラマであるが、後方支援的な任務の遂行といっても、つねに死の危険にあることには変わりない。

2001年の「9-11」は、まさに世界を激変させた出来事であった。その首謀者と目されていたアルカーイダのリーダーであるウサーマ・ビン・ラディン(・・CIA内部では UBL という略称)を最終的に追い詰め、2012年5月2日、海軍特殊部隊のネイビー・シールズによる強襲作戦で殺害に成功するまでを描いたリアリティあふれるハードファクトを描いた作品である。

まさにこのビンラディン殺害作戦の成功によって、CIAは組織として完全に復活したといえるであろう。作戦の一部始終をオバマ大統領以下の関係閣僚がモニターうをつうじてウォッチしていたことが報道されていたが、まさにいまという時代のアメリカを象徴しているシーンであった。

過酷な拷問、スパイ活動、賄賂による買収などさまざま方法と最先端の情報技術を活用した情報収集と分析活動によって、ついにビンラディンの居場所を確定し、最終的な作戦発動が意思決定されていく緊張感。まさに、その決定的瞬間のために費やされた、紆余曲折に満ち満ちた11年間であったのだ。


主人公の女性CIA情報分析官は感情移入しにくい人物であるが、映画の設定ではハイスクール卒業後18歳でリクルートされ(・・CIAは大卒だけではないのか!)、ビンラディン追跡に7年間をささげたことになっている。最終作戦の発動時には30歳ということになる。

組織人であれば、同じ年頃の女性でなくても、いろいろ思うこともあるだろう。自分の意思を貫き、猪突猛進とも見える正義感(?)で突き進む主人公。執念にも似た追求は、組織人としてのあり方を逸脱しがちでもあり、煙たく思う上司や同僚も存在する。しかし、主人公を理解する上司や同僚を巻き込みながら、最終成果にたどりつくのである。

全員一致でないから意思決定するという、CIA長官のトップの意思決定プロセスとそのスタイルも面白い。またCIAの上司のなかには、ムスリムのアメリカ人がいることもさりげなくシーンとして挿入されている。過激派のアルカイダと穏健なイスラーム教徒をいっしょくたにしてはいけないのである。

特殊部隊といえば陸軍のリーンベレーやデルタフォースが思い浮かぶが、なぜ陸上の作戦に海軍特殊部隊のネイビー・シールズが投入されたのか? その点にかんする解答がないのだが、敵のレーダー網をかいくぐってのステルス強襲作戦、超低空飛行でアフガンから無断で国境を超えてパキスタンに潜入はじつにスリリングである。

ヘリコプターが一機墜落するというアクシデントに遭遇しても、つぎの手順が決まっているという米軍の危機管理システムにも感心する。

映画は、スピルバーグの『ミュンヘン』のような感傷に流されることなく終わる。余計な説明を排した余韻のある終り方をしているが、このCIA女性分析官のその後はどうなったのだろうかと見ていて思ってしまう。

目的を喪失してバーンアウトしてしまったのだろうか、それとも現在でもあらたなミッションを遂行しているのか? いずれにせよ、もはや二度とパキスタンに入国することはできまい。女性監督が、「組織人である女性」の主人公を描いた作品である。過剰な感情移入は排した描き方だが、男性とは違う視点も感じないわけではない。

実際のロケ地はインド北部。パキスタンでの撮影はもとより不可能である。かつてインド北部のラダック地方を旅したことを思い出しながら見ていたが、映画を見終わったあと無性にカレーが食べたくなって本格インドカレーの店でセットメニューを食べた

映画そのものとは直接は関係ないが、2010年にチュニジアではじまった「アラブの春」と呼ばれた民主化運動のあと、すでにビン・ラーディン流のテロの時代は終わっていたという論評がなされたのだが、先日のアルジェリアのテロ事件もふくめ、その時代認識が間違っていたのである。いったいなんであったのかという感じにとらわれてしまう。

アカデミー賞主要5部門ノミネートされているが、『ゼロ・ダーク・サーティ』がアカデミー賞の受賞を逃したのは残念であった。おなじくCIAがらみの『アルゴ』であったが、『ゼロ・ダーク・サーティ』は見るべき映画である。





<参考文献>

『秘密戦争の司令官オバマ』(菅原 出、並木書房、2013)

無人機を使った暗殺作戦、特殊部隊を使った対テロ作戦、そしてサイバー攻撃など、秘密の戦争をエスカレートさせたのである。ノーベル平和賞を受賞した黒人初の大統領は、いかにして米国史上もっとも過激な「秘密戦争の司令官」に変わっていったのか? オバマ政権の軍事戦略や秘密諜報活動を詳細に追いながら、オバマの戦争の実像を描く」(書籍紹介から)。 

CIAの指揮のもとで海軍特殊部隊が実行にあたったのがビンラディン殺害作戦。かつて犬猿の仲であったラングレー7(=CIA)とペンタゴン(=国防総省)はオバマ政権における戦略転換のもと、対テロ戦争において共同作戦を行うようになっていった。コストパフォーマンスの観点からいって、大規模展開よりも効果的であることが、特殊作戦を推進させる要因となっている。






映画のなかで CIA関係者が tradecraft というコトバをひんぱんにつかっている。経験をつうじて獲得したスキルのこと。とくにスパイ技術をさしているようだ。

tradecraft (n)
skill acquired through experience in a trade; often used to discuss skill in espionage; "instructional designers are trained in something that might be called tradecraft"; "the CIA chief of station accepted responsibility for his agents' failures of tradecraft"
WordNet® 3.0, © 2006 by Princeton University.


<関連サイト>

国際政治のプロたちは必見といわれるビン・ラディン暗殺映画『ゼロ・ダーク・サーティー』 CIAが異常なまでに映画制作に協力 (菅原 出、日経ビジネスオンライン、2013年1月10日)

ノーベル平和賞の大統領が仕掛けた戦争 『秘密戦争の司令官オバマ』の著者・菅原出氏に聞く(上) (瀬川 明秀、日経ビジネスオンライン、2013年1月17日)

「アルジェリア・テロ」で見えてきた“新しいリスク”『秘密戦争の司令官オバマ』の著者・菅原出氏に聞く(下) (瀬川 明秀、日経ビジネスオンライン、2013年2月8日)

ウサーマ・ビン・ラーディンの死(wikipedia日本版)
Death of Osama bin Laden (wikipedia英語版 はるかに詳細)


ZERO DARK THIRTY - Official Trailer - In Theaters 12/19 (英語 字幕なし)

Zero Dark Thirty Official Site (公式サイト 米国版)

ゼロ・ダーク・サーティ 公式サイト

Navy Seals (ネイビー・シールズ 1990公開 主演:チャーリー・シーン)

ビンラディン暗殺を遂行した特殊部隊「ネイビーシールズ」 現役隊員“ローク少佐”にインタビュー(「ガジェット通信 2012年6月12日)

Act Of Valor (2012) Official Trailer (日本公開タイトル『ネイビー・シールズ』 2012)



<ブログ内関連記事>

本年度アカデミー賞6部門受賞作 『ハート・ロッカー』をみてきた-「現場の下士官と兵の視線」からみたイラク戦争

書評 『民間軍事会社の内幕』(菅原 出、 ちくま文庫、2010)-近代世界の終焉と「傭兵」の復活について考える ①

映画 『ルート・アイリッシュ』(2011年製作)を見てきた-近代世界の終焉と「傭兵」の復活について考える ②
・・舞台はイラク

書評 『グローバル・ジハード』(松本光弘、講談社、2008)

書評 『ウィキリークスの衝撃-世界を揺るがす機密漏洩の正体-』(菅原 出、日経BP社、2011)

「9-11」から10年の本日は、「3-11」からちょうど半年にあたる(2011年9月11日)

映画 『ローン・サバイバー』(2013年、アメリカ)を初日にみてきた(2014年3月21日)-戦争映画の歴史に、またあらたな名作が加わった
・・アフガンを舞台にネイビー・シールズの偵察作戦とその失敗を描いた映画

(2014年3月26日 情報追加)




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2013年2月24日日曜日

「飛騨の円空-千光寺とその周辺の足跡」展(東京国立博物館)にいってきた


「飛騨の円空 千光寺とその周辺の足跡」展にいってきた。会場は、東京国立博物館の本館である。

会期: 2013年1月12日(土) ~ 2013年4月7日(日)
会場: 東京国立博物館 本館特別5室(上野公園)
開館時間: 9:30~17:00(入館は閉館の30分前まで)
(ただし、3・4月の金曜日は20:00まで、4月6日(土)、7日(日)は18:00まで)
休館日 月曜日
主  催: 東京国立博物館、千光寺、読売新聞社、NHK、NHKプロモーション
特別協力: 高山市、高山市教育委員会
後援: 岐阜県

円空(1632~1695)は、放浪僧で仏師。江戸時代後期の文人・伴蒿蹊(ばん・こうけい 1733~1806)の『近世畸人伝』にも登場する「畸人」である。この「畸人」は奇人変人の奇人であるが、最大のほめ言葉であると考えるべきである。それはこの本に収録された有名人・無名人の言行を読めば納得できることである。

『近世畸人伝』には、「円空もてるものは鉈(なた)一丁のみ。常にこれをもて仏像を刻むを所作とす」とある。「包丁一本さらしに巻いて」渡世する板前にも似た、遊行(ゆぎょう)する奇才の仏師であった。東北からさらには蝦夷地にまで足を伸ばしている。

(岩波文庫版 『近世畸人伝』 P.102~103)


『近世畸人伝』の挿絵に描かれているのは、乾燥した木ではなく、生木にはしごを掛けて仏像を刻んでいる円空の姿である。展覧会の解説文によれば、これは事実を反映しているのだという。

事実、円空は千光寺に滞在中に、境内に並んで根を張っていた2本のセンノキに阿吽(あうん)二体の金剛力士(仁王)立像を彫刻した。その後、文化5(1808)年に根が腐朽したため切断され、二体は通常、同寺の円空寺宝館に安置されている。

生木に彫刻するという発想そのものがフツーではない。タイのアユタヤには、生木の太い幹の根元に仏像の顔が鎮座しているので有名だが、これは生木に彫刻したものではなく、仏像に木が絡まってできあがったものだ。

さて、今回の企画展の内容だが、主催者によるものを引用させていただくのが最善であろう。なお、太字ゴチックは引用者(=わたし)によるもの。


飛騨の円空仏100体が一堂に
現在知られている約5000体の円空仏のうち、1500体以上が岐阜県にありますが、飛騨高山には、とりわけ多彩な円空仏が残されています。「千手観音菩薩立像」(清峰寺)、「柿本人麿坐像」(東山神明神社)など、高山市内の14の寺社が所蔵する100体を東京で初めて一堂に紹介します。
飛騨高山の森、上野に出現
円空は、木を割り、鉈(なた)や鑿(のみ)で彫って像を作りました。その表面には漆や色を塗っていません。木目や節が見え、円空仏が「木」であることを強く印象付けます。展覧会の会場には、ほとけの形をした木が100本林立することになります。これらの木はすべて高山の木に違いありませんから、飛騨高山の森が上野に出現することになるのです。

パンフレットの表紙につかわれている円空の代表作が、両面宿儺(すくな)坐像(1686年)である。岐阜県高山市の千光寺蔵。記念としてマグネットを購入した(600円)。


(両面宿儺坐像 岐阜県高山市千光寺蔵 1686年)


「千光寺でも7年に一度しか公開されない」という秘仏「歓喜天立像」((かんぎてんりゅうぞう)の特別公開も楽しみのひちうだろう。秘仏のご開帳というわけだが、歓喜天とはインドに起源をもつ秘仏で、雌雄の象が抱き合う姿ものだ。だが、事前に想像していたものと違ってえらく小さく、エロチックというよりもかわいらしい感じの木像であった。

仏像というよりも、神社で配布される人形(ひとかた)のような印象のある素朴な観音立像もある。庶民の信仰のあり方を感じる意味でも興味深い。庶民信仰といえば、明治維新後の「神仏分離」と「廃仏毀釈」(はいぶつきしゃく)以前は「神仏習合」が当たり前であったことに注意しておきたい。

円空仏をっして素朴な味わい、庶民のための芸術といったされかたがなされることもあるが、その仏像の表情は全般的に「拈華微笑」(ねんげみしょう)という仏教表現を思い出す。怒りよりも微笑をもって日々暮らすべしと静かにさとしているような趣だ。

なかには、日本のものというよりも、韓国古寺の石仏のような微笑みを感じるものもある。もともと仏像は朝鮮半島経由で日本に渡来したものが基礎になっているのだが、隔世遺伝的に円空仏に現れ出たのだろうか。円空は東日本しか歩いていないのだが。

神の宿る樹木から、生命ある仏像を彫り出したのが円空である。樹木は神の依り代(よりしろ)であった。鉈(なた)による一刀彫りによるもので、ある意味では大理石の彫刻にも似ていなくはない。ミケランジェロは「大理石から魂を救いだす」というネオ・プラトニズム的な表現をつかっていたと思うが、円空の木彫りは石よりもはるかにぬくもりを感じる。いや、アフリカのプリミティブ・アートを思わせるものもある。縄文なのである。

哲学者の梅原猛氏は、木彫りの仏像は神仏習合のたまものであると主張している。密教においては大きな意味を持っていた仏像だが、鎌倉新仏教以降は仏像製作の必要性が大きく減退していた。円空は、泰澄・行基の伝統の復活なのであると。

どうしても現代人は円空のものに限らず仏像を美術品としてのみ見てしまう傾向がなきにしもあらずだが、その弊害を避けるためには仏像の裏側も見てみるといい。そこには文字が書かれているものがあることに気がつくだろう。梵字による祈祷文も含まれている。円空は仏師であり、あくまでも仏教僧なのである。

お寺においては、これだけまとまった形で円空仏をみることはない。いい機会なので、東京で円空仏のぬくもりを体感してみるのもいいのではないかと思う。


<関連サイト>

東京国立博物館140周年 特別展「飛騨の円空―千光寺とその周辺の足跡―」

『近世畸人伝』 円空 (国際日本文化研究センターデータベースに挿絵つきで全文収録)



<参考文献>

『円空佛-境涯と作品』(五来 重、後藤英夫=写真、淡交新社、1968)
『円空と木喰』(五来 重、淡交社、1997)
・・前著の『円空佛』と『微笑佛-木喰の境涯』の合本。円空と木喰(もくじき 1718~1810)は比較してみたいもの。円空死後に生きた木喰であるが、木喰のセルフポートレートの木彫り作品(一番右の写真のひげのある木像)は、国立博物館の常設展示にも一体ある


『歓喜する円空』(梅原猛、新潮社、2006 文庫版2009)
・・「梅原生きるにあらず、円空わが内にて生きるなり」と語る哲学者によるあらたな円空像。豊富なカラー図版と独創的な解釈。梅原日本学の成果であり、五来重説の徹底批判である。円空を白山信仰をもとにした修験者であるとする





<関連サイト>

円空 微笑み物語(円空連合のウェブサイト)


<ブログ内関連記事>

「没後50年・日本民藝館開館75周年-暮らしへの眼差し 柳宗悦展」 にいってきた
・・柳宗悦は木喰(もくじき)の仏像を「民藝運動」のなかで発見し、蒐集していた

書評 『近世の仏教-華ひらく思想と文化-(歴史文化ライブラリー)』(末木文美士、吉川弘文館、2010)・・明治維新以前の仏教にあらたな光をあてた概説書

庄内平野と出羽三山への旅 (7) 「神仏分離と廃仏毀釈」(はいぶつきしゃく)が、出羽三山の修験道に与えた取り返しのつかないダメージ・・明治維新以前の神仏習合について。梅原猛は円空は白山信仰の修験者であったとする

特別展 「五百羅漢-増上寺秘蔵の仏画 幕末の絵師・狩野一信」 にいってきた

「白隠展 HAKUIN-禅画に込めたメッセージ-」にいってきた(2013年2月16日)





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2013年2月23日土曜日

「植物学者 牧野富太郎の足跡と今(日本の科学者技術者シリーズ第10回)」(国立科学博物館 東京・上野)にいってきた


つい先日(2013年2月15日)のこと、ロシアに落下した巨大隕石のニュースを知って以来、隕石の実物が見たいので、じつにひさびさに上野の国立科学博物館に行ってみたのだが、なんと小学校時代のあこがれの人であった牧野富太郎博士の特別展示があることを知った! 

昨年(2012年)が生誕150年ということで企画されたようだ。この特別展示をまったく知らなかったので、偶然の結果として見ることができたのは大いなる喜びであり、また隕石の導き(?)かもしれないとも思うのであった。

小学校時代からの理科少年で、とくに自然観察に没頭していたわたしは、植物、動物、魚介類その他もろもろが大好きで、毎日のように自然観察と図鑑に読みふけることを交互に繰り返していたのだが、植物の世界では牧野富太郎博士、魚介類の世界では昭和天皇(・・当時はまだ今上天皇であった)を尊敬していた。とくに牧野富太郎博士は「あこがれの存在」であったような気がする。

『牧野日本植物図鑑』といえば、それほど有名なものはないといえるほど重要な図鑑、小学生には絵よりも字のほうが多くて、しかもきわめて高価であった『牧野日本植物図鑑』は手の届かないものであったが、その存在は現在にいたるまで脳裏に刻み込まれた存在である。

牧野富太郎は、その全生涯をかけて日本の植物を徹底的に収集、観察し、じつにうつくしいアートともいえるような精密な植物画を作成し、植物研究者として後世に名を残したのである。ゆえに日本の「植物の父」とたたえられているのである。


その牧野富太郎博士の特別企画展である。昨日は金曜日で入館時間が20時までというのも幸いした。入館料は600円で特別料金をとられないというのもありがたい。その前を通っても、ひさしく入館していなかった科学博物館に入ってみる。

なによりもまず「植物学者 牧野富太郎の足跡と今」の会場に向かい、展示品をひととおり見て回った。

年譜に記載された、「14歳で小学校を自主退学」という一行がじつにインパクトがあるものだ。牧野博士は65歳で理学博士となったのであるが、小学校すら退学しているので「最終学歴はなし」ということになるのだろうか。

しかし、これは勉強ができないからでなく、学校に飽き足らず「自主退学」したということであろう。この点は、高知(土佐)の牧野富太郎博士(1862~1957)だけでなく、おなじく四国は徳島の世界的民族学者・鳥居龍蔵 博士(1870~1953)も同じだ。ほぼ同時代を生きた鳥居龍蔵 博士も、学校の勉強には飽き足りないので小学校を中退している。

学力がないとか、学費がないという理由ではない。学校という制度がイヤだから行きたくないという意向がそのまま通った時代なのであった。明治時代はまだそんな時代だったのだ。というのも、近代的な義務教育制度とはまったっく異なる、寺子屋という学習機関の影響が濃厚に残っていた明治初めであればのことだろう。

わたくしごとだが、徳島生まれの祖父もまた、「学校は面白くないからイヤだ」と親にいったら、「ああ、そうかい」ということで尋常小学校卒業で終わっている。師範学校の校長を歴任したような親ですら、そういう態度を子どもに対して示しているというのが面白い。

その頃にくらべると、現在はなんと窮屈でイヤな時代になったものだと思うのである。純粋に知りたい、学びたいという欲求に、いまの学校制度はどこまで対応できているのであろうか?



ところで、先に名を出した昭和天皇もまた生物学全般にかんする多大な興味から植物についても研究をしておられたことは有名だが、昭和23年(1948年)には「ご進講」という形で牧野富太郎との対面が実現している。昭和天皇はその機会を心待ちにしておられたという。

かつての自然観察少年少女はもちろん、自然観察とはなにかを感じ取りたい人、日本の民間学の水準の高さと裾野の広さを知りたい人だけでなく、ひろく日本人一般に、「純粋に知的探求を行う精神」とはなにかを知ってほしい。

そのためにも、この巨大な先人の軌跡をぜひ見てほしいと思うのである。人間の本質は学びにあるからだ。

なお、この企画展の解説を記した小冊子が会場にて無料で入手できることを付け加えておこう。










<関連サイト>

植物学者 牧野富太郎の足跡と今(日本の科学者技術者シリーズ第10回)(国立科学博物館)

国立科学博物館 アクセス・利用案内


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2013年2月22日金曜日

書評 『東京裁判 フランス人判事の無罪論』(大岡優一郎、文春新書、2012)-パル判事の陰に隠れて忘れられていたアンリ・ベルナール判事とカトリック自然法を背景にした大陸法と英米法との闘い



いわゆる「東京裁判」、すなわち極東軍事法廷にかんする本は、それこそ無数に出版されている。当事者の回想録だけではなく、東京裁判史観を否定するものも少なくない。

東京裁判のA級戦犯たちは無罪であると堂々と主張したのが、大英帝国の植民地であったインド出身のパル判事であったことはよく知られている。

だが、パル判事の陰に隠れて忘れられていたフランス人判事がいたということを教えてくれたのが本書だ。これまでとは異なる角度から、きわめて重要なポイントを明らかにしてくれる本であるといっていいだろう。

米英を中心にしたアングロサクソン諸国という「勝者による裁き」がその本質であった「東京裁判」の判事には、米英やオーストラリア・ニュージランドだけでなく中国もソ連も加わっていた。そこにはフランス人判事も参加していたのである。

法律の世界では、大陸法(Civil Law)と英米法(Common Law : コモンロー)という二大潮流があることは、多少とも法律をかじったことのある人にとっては常識であろう。日本は、明治維新後の近代化=西欧化のなか、法体系はフランスとドイツという、ともに大陸法の国々をモデルにして構築したのであった。敗戦後は、独占禁止法や労働法制、会社法においては英米法の要素も入ってきているが、基本は大陸法である。

東京裁判でただ一人のフランス人判事であったアンリ・ベルナールは、いうまでもなく大陸法であるフランス法の世界に生きてきた法律家である。しかも、「植民地帝国フランス」の海外植民地アフリカの司法官僚としてキャリアのほぼすべてを過ごした人であった。インドのパル判事とは真逆の立ち位置である。

しかも、18歳で第一次大戦に志願して参加するまで、イエズス会の神学校に10年間も通った経験をもつ熱烈なカトリック。戦争からの帰還後、法律を学んで司法官僚となった人だが、当然のことながらカトリックの法思想のもとにあったようだ。それは「中世神学的自然法観念」である。

それが「自然法」を背景にした「正義」についての発想の源泉になっていたようだ。戦争が正義であるか否か、それは一義的に決定されるものではない。人間を超越した神の法で考えなければならないというのがアンリ・ベルナール判事の思想であったようだ。その息子は父親のことを、「中世に生きていたような人だ」と回想しているそうだが、第二次大戦終結後の1940年代後半においても、そのような人が存在していたということが興味深い。

「東京裁判」は、法実証主義が主流の英米法主導の裁判であった。大陸法の世界にいたアンリ・ベルナール判事はその意味ではまったくの少数派であったわけだ。植民地の司法官僚フランス人からみた「東京裁判」は、これまでとは異なった視点から見ることを可能としている。

わたし自身は、「勝者による裁き」であった「東京裁判」には否定的なスタンスをもっているが、そういう立場を別にして、英米法と大陸法との「法思想の戦い」でもあったという点から見ることを可能にしてくれた内容でもある。またフランスという国の特異性について考える材料を提供してくれる内容の本でもある。

そういう観点から読むこともできる本である。いままでとは異なる視点による「東京裁判」論としても一読の価値がある。






目 次

プロローグ
第1章 忘れられたフランス人判事
第2章 「神の法」とは何か
第3章 正しい戦争、不正な戦争
第4章 「判定は正当なものではあり得ない」
エピローグ
おわりに

主要参考文献

著者プロフィール  

大岡優一郎(おおおか・ゆういちろう)
1966年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業後の1991年、NHKにアナウンサーとして入局。フランス・リヨン第三大学大学院にて国際政治学を専攻後、1996年にテレビ東京に移る。主に報道番組のキャスターを務め、現在は編成局アナウンス部長(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。




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2013年2月17日日曜日

「白隠展 HAKUIN-禅画に込めたメッセージ-」にいってきた(2013年2月16日)



「白隠展 HAKUIN-禅画に込めたメッセージ-」にいってきた。今回の白隠展は東京だけの開催だという。会場は、渋谷の Bunkamuraザ・ミュージアムである。西洋絵画の展示が多いミュージアムだけに意外な感がある。

禅僧の禅画というと地味な展示会のイメージなのだが、意外なことに来場者がひじょうに多いのには驚かされた。晴れた土曜日の午後だからというだけでもなさそうだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<開催日> 2012年12月22日~2013年2月24日 *2013年1月1日除く
<会場> Bunkamuraザ・ミュージアム(山手線渋谷駅下車)
<ウェブサイト> http://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/12_hakuin/index.html ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

白隠の禅画はインパクトがある

岡本太郎は、「なんだこれは!」と思うようなものが芸術だといったが、白隠のインパクトもそれに近いような気もする。

彩色が施されている達磨大師の禅画(下図)は有名だが、これは例外であr、ほとんどは墨一色による水墨画である。


今回の展示でとくに気に入ったのが、あたらしく発見されたという40歳代の作品で、禅宗の祖である達磨大師(ダルマだいし)を描いたもの。その濃い容貌はまさにインド人。

そして、大燈国師。乞食のなかにまじって暮らしていたという高僧は、1970年代風にいえばまさにヒッピーだろう。こういう禅画を見ていると、なぜアメリカで禅仏教が普及していったのかがよくわかる。

白隠とは何かについて触れておく必要があるだろう。wikipediaの記述を引用させていただこう。


白隠 慧鶴(はくいん えかく)(1686年~1769年)は、臨済宗中興の祖と称される江戸中期の禅僧である。諡は神機独妙禅師、正宗国師。
駿河国原宿(現・静岡県沼津市原)にあった長沢家の三男として生まれた白隠は、15歳で出家して諸国を行脚して修行を重ね、24歳の時に鐘の音を聞いて悟りを開くも満足せず、修行を続け、のちに病となるも、内観法を授かって回復し、信濃(長野県)飯山の正受老人(道鏡慧端)の厳しい指導を受けて、悟りを完成させた。また、禅を行うと起こる禅病を治す治療法を考案し、多くの若い修行僧を救った。
以後は地元に帰って布教を続け、曹洞宗・黄檗宗と比較して衰退していた臨済宗を復興させ、「駿河には過ぎたるものが二つあり、富士のお山に原の白隠」とまで謳われた。 現在も、臨済宗十四派は全て白隠を中興としているため、彼の著した「坐禅和讃」を坐禅の折に読誦する。
現在、墓は原の松蔭寺にあって、県指定史跡となり、彼の描いた禅画も多数保存されている(*太字ゴチックは引用者。内観法との関連で白隠は記憶されていることも多かろう)。

(ノイローゼ対策としてのイメージ療法である白隠の内観法)

白隠の禅画をみてインパクトを受けるのが第一段階、そしてその禅画の背景に暗示的に示されたメッセージの意味を知るのが第二段階ということになろう。なぜなら、白隠は画家ではなく、あくまでも仏教者であったからだ。

その意味では、『白隠-禅画の世界-』(芳澤勝弘、中公新書、2005)をあわせて読むといっそう理解が深まることは間違いない。著者の芳澤勝弘氏は、今回の『白隠展』の監修者をつとめている白隠研究の第一人者で禅学を専攻している。目次は以下のとおり。

序章 白隠という人
第1章 富士山と白隠
第2章 キャラクターとしてのお多福と布袋
第3章 多様な画と賛
第4章 さまざまな仕掛け
第5章 南無地獄大菩薩―白隠の地獄観
終章 上求菩提、下化衆生

白隠を考えるうえで重要なことは、中国生まれの臨済禅を日本に定着させた禅僧であること、子どもの頃に地獄への恐怖感から出家を志したこと、富士山の裾野にある東海道の街道筋の沼津に生まれ育ち、終生そこで生きた人であること、大悟してのちはひたすら民衆教化につとめたことである。

白隠の禅画とは、いっけん出光佐三が愛した仙崖(せんがい)のような戯画にみえても、仙崖のような洒脱さを旨としたのではなく、あくまでも仏教の教えに基づいて、民衆教化のメディアとして絵画を活用したということにあるわけなのだ。

法話という聴覚に訴えるメディアだけでなく、画賛という絵と文字をあわせた視覚に訴えるメディアも活用したということである。しかも、それを見る者を巻き込む involving media (マクルーハン)すら開発していた白隠。

わたし自身は座禅はしないが、江戸時代の一般民衆もまた座禅はしなくても禅画をつうじて、仏教の教えを知ることも少なくなかったのだろうとと思うのである。

白隠は、インパクトがあるだけでなく、なかなかにして深いのである。






<関連サイト>

白隠学 (花園大学国際禅学研究所 白隠学研究室)

白隠の優れた通訳者でありたい(前篇) 禅学者・芳澤勝弘 (WEDGE 2009年12月18日)
白隠の優れた通訳者でありたい(後篇) 禅学者・芳澤勝弘 (WEDGE 2009年12月20日)
・・このインタビュー記事はめちゃくちゃ面白い! 「とことん自分の目で見て自分の頭で考えてみんと納得できん悪い癖」の持ち主である芳澤氏が、ひょんなことから研究者になって白隠に取り組むことに。人生に無駄なし。


<ブログ内関連記事>

書評 『近世の仏教-華ひらく思想と文化-(歴史文化ライブラリー)』(末木文美士、吉川弘文館、2010)

特別展 「五百羅漢-増上寺秘蔵の仏画 幕末の絵師・狩野一信」 にいってきた

『酒井抱一と江戸琳派の全貌』(千葉市美術館)の初日にいってきた-没後最大規模のこの回顧展は絶対に見逃してはいけない!






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2013年2月16日土曜日

書評 『想いの軌跡 1975-2012』(塩野七生、新潮社、2012)-塩野七生ファンなら必読の単行本未収録エッセイ集


塩野七生ファンなら、読んで絶対に損はないというよりも、絶対に読むべきエッセイ集である。

うかつなことに昨年末に出版されていたとは知らなかった。たまたま amazon で 『神の代理人』 を検索したら、このとっておきの「新著」が amazon から推薦されたというわけだ。この件にかんしてはamazon さまさまである。感謝することはあっても、余計な押し売りとは思わない。

単行本未収録エッセイが300ページを超えるだけの分量があったこと、しかもその内容がかなりバラエティ豊かで内容も濃いことに驚きつつ、ここ30年来の塩野七生ファンとして、味わいながら読むという愉楽を味わうことができる一冊だ。

話題は、なんとサッカー(イタリア語ではカルチョ)から、国際政治学者の高坂正堯や耽美派の映画監督ルキーノ・ヴィスコンティとの交友、初期のルネサンス関係作品の創作の楽屋話まで。そして、著者がいまそこに住み、イタリアに定住するきっかけとなった「永遠の都市ローマ」への熱い思い。 

またタイミングよく、ローマ法王の選出関連のエッセイも2本収録されているのは、ヨハネ・パウロ一世が選出後にたった1カ月で亡くなり、後掲のヨハネ・パウロ二世が選出されたからだが、選出当時がまた米ソの冷戦構造であったことを思い出させてくれた。ポーランド出身のヨハネ・パウロ二世の暗殺未遂事件が起こったことは追記はしていないが、著者の予感のただしさを証明するものだろう。とはいえ、著者は自分の予感が実現したことを誇ったりするような「品」のない人ではない。

若手編集者が単行本未収録作品をさがしまくって、構成までつくったうえで提案してきたいきさつが「読者へ」に書かれている。編集者の名前は記載されていないが、意義ある仕事をしたことと評価されることであろう。著者自身の「七生」という名前が7月7日生まれだからということが明かされるのだが。

帯には、「地中海はインターネットでは絶対にわからない。陽光を浴び、風に吹かれ、大気を胸深く吸う必要がある」とある(下に掲載した画像)。著者自身、なんどもこの感想を本書のなかでも語っているが、さらに重要なことはみずからヨットによって、海から地中海都市を回ってきたことにあるだろう。地中海都市は、基本的に海上交通による交易都市として誕生したものである。

ヨーロッパ文明を模範に近代化を推進した日本であったが、長く日本人の認識に欠けていたのは地中海文明であった。その地中海文明を身を以って体験し(・・著者はイタリア人と結婚し、息子もいる)、日本人の認識の欠落部分であった地中海文明について一般読者に紹介し続けてきたのが著者である。

地中海世界の肌触りを伝えてくれる作品の数々と、その創作の舞台裏秘密をひそかに教えてくれる。地中海料理とワインの味わいに似て、濃厚な味わいのあるエッセイ集である。







目 次

読者に
第1章 地中海に生きる
第2章 日本人を外から見ると
第3章 ローマ、わが愛
第4章 忘れ得ぬ人びと
第5章 仕事の周辺



著者プロフィール  

塩野七生(しおの・ななみ) 
1937年7月、東京に生れる。学習院大学文学部哲学科卒業後、1963年から1968年にかけて、イタリアに遊びつつ学んだ。1968年に執筆活動を開始し、「ルネサンスの女たち」を「中央公論」誌に発表。初めての書下ろし長編『チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷』により1970年度毎日出版文化賞を受賞。この年からイタリアに住む。1982年、『海の都の物語』によりサントリー学芸賞。1983年、菊池寛賞。1992年より、ローマ帝国興亡の歴史を描く「ローマ人の物語」にとりくみ、一年に一作のペースで執筆。1993年、『ローマ人の物語I』により新潮学芸賞。1999年、司馬遼太郎賞。2001年、『塩野七生ルネサンス著作集』全7巻を刊行。2002年、イタリア政府より国家功労勲章を授与される。2006年、「ローマ人の物語」第XV巻を刊行し、同シリーズ完結。2007年、文化功労者に選ばれる。2008-2009年に『ローマ亡き後の地中海世界』(上・下)を刊行。2010-2011年に「十字軍物語」シリーズを刊行(出版社サイトより転載)。



<ブログ内関連記事>

600年ぶりのローマ法王退位と巨大組織の後継者選びについて-21世紀の「神の代理人」は激務である

賢者が語るのを聴け!-歴史小説家・塩野七生の『マキアヴェッリ語録』より

書評 『日本人へ リーダー篇』(塩野七生、文春新書、2010)

『次の10年に何が起こるか-夢の実現か、悪夢の到来か-』(Foresight編集部=編、新潮社、2000) - 「2010年予測本」を2010年に検証する(その2)
・・特別インタビュー① 塩野七生-「日本再生のためにローマ人から何を学ぶか」から、塩野七生のコトバを抜粋して引用してあるので再録しておこう。「ルネサンスというのは、価値が崩壊した時期の人間が次の価値をどう生み出そうかという運動でした。・・(中略)・・そのルネサンス精神を基盤にして西欧文明が出来上がってから500年がたった。その最後の20世紀末にわれわれはいる。そして再び価値観の崩壊という危機にわれわれは直面しているわけですね。ある意味で、500年続いたルネサンス人の時代も終わりを迎えたとも言えます」。

「500年単位」で歴史を考える-『クアトロ・ラガッツィ』(若桑みどり)を読む

書評 『歴史入門』 (フェルナン・ブローデル、金塚貞文訳、中公文庫、2009)-「知の巨人」ブローデルが示した世界の読み方

梅棹忠夫の『文明の生態史観』は日本人必読の現代の古典である!





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2013年2月14日木曜日

書評 『中国台頭の終焉』(津上俊哉、日経プレミアムシリーズ、2013)-中国における企業経営のリアリティを熟知しているエコノミストによるきわめてまっとうな論


この本は中国人こそ読むべきではないかと思う。経済大国になるという、「根拠なき過剰な自信」を背景に尊大な振る舞いの目立つ現代中国だが、本書に書かれた事実を虚心坦懐に見つめれば考えも変わってくるのではないだろうか。

きわめて冷静でロジカルな議論を虚心坦懐に読めば、読者は著者の結論を受け入れることをためらうことはないだろう。

日本でも中国でも、一般人の認識として実感されるまでかなりのタイムラグがあるだろうが、認識が共有されるようになった暁には、双方ともに、大きな失望と不安(・・あるいはその逆の感想)が顕在化することとなることは間違いない。それも今後数年のあいだに起る可能性があるのだ。今後の見通しが根底から覆されることになりかねないからだ。

本書は、中国経済がかかえる問題を、短期・中期・長期で整理し、課題解決の可能性とその困難さについて書かれたものだ。報告書のように理路整然と書かれているので、まずは「目次」を見ておくと、本書の内容を直観的に把握できるだろう。

第1章 中国は5年前には中成長モードに入っていた
第2章 「4兆元投資」の後遺症(短期問題)
第3章 中期的な経済成長を阻むもの-「国家資本主義」と「国進民退」
第4章 新政権の課題 (1)-国家資本主義を再逆転
第5章 新政権の課題 (2)-成長の富を民に還元(還富于民)
第6章 民営経済の退潮-投資家の体験談
第7章 新政権の課題 (3)-都市・農村二元構造問題の解決
第8章 少子高齢化(長期問題)-「未富先老」
第9章 中国がGDPで米国を抜く日は来ない
第10章 東アジアの不透明な将来

2020年でも米国のGDPのせいぜい2/3止まり一人当たりGDPでは遠く及ばないというのが著者の結論である。今後もせいぜい 5%成長がいいところだが、それさえ可能性に過ぎないというのは、思いきった発言というべきだろう。中国経済の成長による大国化は幻想として終わるであろうということだ。

なんといっても人口問題からみた将来の中国は驚くほかない。一人っ子政策批判がタブーの空気が醸成されている中国であるが、出生率はついに、なんと 1.18(!) となっているのである! 1.39 の日本や 1.22 の韓国より低い数値である! 1.15 のシンガポールいよりは若干高いが・・。いわゆる黒孩子(ヘイハイズ)という非嫡出子を含めても、せいぜい総人口の 1~2割増しだろうし、北京や上海などの大都市部はなんと1.0 以下なのだ.。

開発経済学の分野ではすでに常識となっている「人口ボーナス」の議論によれば、中国は生産人口拡大という「人口ボーナス」を十分に享受できないまま終焉するだけでなく、「人口オーナス」という形の逆ギアが入るのもそう遠くないのである。

日本はいちはやく生産人口の減少により経済が減速しているが、それでも「人口ボーナス」をうまくい活用できたので先進国となることができた。しかし中国は、1人当たりGDPが先進国の水準に達する前に、生産年齢人口の急減と急速な少子高齢化を経験する国になるのである。

しかも、少子高齢化だけでなく、人口減少がはじまるのである。人口減少がはじまるともはや止めようがないのは日本人ならかなり以前から実感していることだが、中国も遠からずそれが顕在化するのだ。社会保障もほとんど整備されていない状況、中国は国力を維持していくのも難しくなる。

著者は、中国経済の最大の問題は官民格差であるとする。官に蓄積される富、分配の不公平がマクロ的な意味での大問題であるが、それをミクロの面でみれば国営企業が民間企業を圧迫している状態であり、外資系企業だけでなく中国の企業にとっても、自由な企業活動には適さない環境であることを意味している。

たしかに中国発の著名企業といえば、アリババやホワウェイ、ハイアールなど数社しか思い浮かばない。それ以外の大半はドメスティックな国営企業である。これは、米国や日本など資本主義国とのきわだった違いであり、東南アジアとも大いに異なるのである。

著者は経済産業省出身で北京で経済アタッシェも経験しているエコノミストだが、退官後に中国における企業経営のリアリティを熟知しているだけに説得力はきわめて高い。マクロだけでなく、ミクロの状況に通じているのは、並みのエコノミストは大きく異なるアドバンテージである。

「歴史のトラウマ=途上国意識」、「都市と農村の二元問題」、「官製資本主義の増殖」、「漢奸タブー」、「人口減少・超高齢化」など7つの壁に直面している中国でいま進行しているのは後退する民間活力であり、それは経済成長に慢心していた中国共産党の失策であったといえよう。

経済学の常識的理解があるビジネスパーソンなら十分に読みこなせる内容である。本書に書かれたインパクトをどう評価し、自分の活動に反映させていくかは読者の課題である。ぜひ読むことをすすめたい。





目 次

はじめに
第1章 中国は5年前には中成長モードに入っていた
第2章 「4兆元投資」の後遺症(短期問題)
第3章 中期的な経済成長を阻むもの-「国家資本主義」と「国進民退」
第4章 新政権の課題 (1)-国家資本主義を再逆転
第5章 新政権の課題 (2)-成長の富を民に還元(還富于民)
第6章 民営経済の退潮-投資家の体験談
第7章 新政権の課題 (3)-都市・農村二元構造問題の解決
第8章 少子高齢化(長期問題)-「未富先老」
第9章 中国がGDPで米国を抜く日は来ない
第10章 東アジアの不透明な将来
結び


著者プロフィール   

津上俊哉(つがみ・としや)
現代中国研究家、津上工作室代表。1957年生まれ。東京大学法学部卒業。通商産業省入省。中国日本大使館経済部参事官、通商政策局北東アジア課長、経済産業研究所上席研究員などを歴任後、東亜キャピタル株式会社社長を経て現職。著書に『中国台頭』(サントリー学芸賞受賞)等がある(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。



<関連サイト>

中国は先進国になれない The End of Chinese Growth 最大の強みだった豊富な労働力は過去のもの。巨大な成長マシンが一気に崩れる意外な理由とは(ニューズウィーク日本版 2012年01月05日)・・「真の豊かさを達成する前に人口が減り始める衝撃の大きさは、前例がないだけにはっきりとは分からない。だが、先進国の仲間入りも時間の問題と思われてきたアジアの超大国のイメージは、少なくとも下方修正する必要があるだろう」。

In China, an Unprecedented Demographic Problem Takes Shape(Analysis AUGUST 21, 2013  Stratfor)
・・中華人民共和国教育部の発表によれば、2012年には中国全土で 13,600 の小学校が廃校になったという。急速に人口減少が進行している実態

中国は「7%成長」公約を放棄せよ 迫り来るバランスシート危機 (津上俊哉、ダイヤモンドオンライン特別レポート、2014年2月28日)

上記の「特別レポート」の詳しい内容は著者の最新刊 『中国停滞の核心』( 津上俊哉、文春新書、2014)を参照。



目 次

序章 瀬戸際の中国経済
第1章 「7%成長」のまやかし
第2章 「三中全会」への期待と現実
第3章 これが三中全会決定の盲点だ
第4章 「中国経済崩壊」は本当か
第5章 「経路依存性」との闘い
第6章 危機が押し上げた指導者・習近平
第7章 米中から見た新たな世界-二冊の本を読んで
第8章 「ポスト・中国バブル」期の米中日関係
第9章 中国「防空識別圏」問題の出来
第10章 安倍総理の靖国参拝
第11章 中国「大国アイデンティティ」の向かう先
第12章 当面の日中関係に関する提案-尖閣問題に関する私的な提言


<関連サイト>

Urbanization and Demographics Could Skew China's Economic Rebalancing (Stratfor, Analysis SEPTEMBER 3, 2014)
・・都市化と少子高齢化という人口問題の観点から中国経済と政治についての展望を行うインテリジェンス記事



<ブログ内関連記事>

書評 『誰も語らなかったアジアの見えないリスク-痛い目に遭う前に読む本-』(越 純一郎=編著、日刊工業新聞、2012)-「アウェイ」でのビジネスはチャンスも大きいがリスクも高い

書評 『中国ビジネスの崩壊-未曾有のチャイナリスクに襲われる日本企業-』(青木直人、宝島社、2012)-はじめて海外進出する中堅中小企業は東南アジアを目指せ!

「脱・中国」に舵を切るときが来た!-『中国がなくても、日本経済はまったく心配ない!』(三橋貴明、ワック、2010)はすでに2年間に出版されている

書評 『中国の次のアジア(日経BPムック)』(日経ビジネス=編集、日経ビジネス、2012)-アジアの中心は東南アジア、南アジアへシフトしていく

書評 『中国は東アジアをどう変えるか-21世紀の新地域システム-』 (白石 隆 / ハウ・カロライン、中公新書、2012)-「アングロ・チャイニーズ」がスタンダードとなりつつあるという認識に注目!

書評 『中国バブル崩壊』(日本経済新聞社編、日経プレミアシリーズ、2015)-現在進行形の事象を整理するために有用な本

(2016年7月11日 情報追加)



(2012年7月3日発売の拙著です)





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2013年2月13日水曜日

書評 『新・通訳捜査官-実録 北京語刑事 vs. 中国人犯罪者8年闘争-』(坂東忠信、経済界新書、2012)-学者や研究者、エリートたちが語る中国人とはかなり異なる「素の中国人」像



「蛇頭」(スネークヘッド)の全盛期、森田靖郎という中国専門のジャーナリストがさかんに取材して本を書いていた。

わたしは当時、森田靖郎による関連本を片っ端から読んでいるが、最近は「蛇頭」がニュースバリューになることもなくなっていた。本書本の存在を知ったのは、古田博司の『「紙の本」かくかたりき』(ちくま文庫、2013)である。その最新改訂版である。

「通訳捜査官」としての8年間に、のべ1,400人(=一日あたり約5人)の中国人犯罪者の取り調べに立ち会ってきた著者が語る実像はきわめてリアルである。学者や研究者、またエリートが語る中国人とはかなり異なる、「素の中国人」像が浮かび上がってくるからだ。

この本によれば、「なりすまし」という検挙不能の、中国国内においては「合法的」(!)、かつ日本国内においては当然のことながら「非合法」である、いわゆる「不法滞在」がメジャーになっていたためだったのだ。南米のパスポートによる合法的な「なりすまし」入国である。

なにもかつての蛇頭のように、命がけで木造船で密航し密入国することもない、というのが現在の実態なのだ。「いかに効率よく日本で稼ぐか」から、「いかに住み心地の良い日本に定着するか」にシフトしたのが、現代の在日華人や中国人犯罪者の実態である。そう、中国人は中国が嫌いなのである。

もちろん中国人といっても、同じ国民としての意識は乏しい中国人に存在するのは、同族か同郷のよしみというつながりだけだ。東北人と上海人、福建人とではもちろん、容貌も性格も特性もかなり異なる。これもまた、教科書的な知識ではなく実体験からの記述がリアルである。

フツーの中国人が犯罪者となるのは、そもそもそれが犯罪であるという意識が低いことと、同族や同郷であるがゆえに断れないことも原因としてあるようだ。

キーワードのひとつは「男気」(おとこぎ)。中国語では「義気」(イーチー)というが、まさに『三国志』の世界である。『友を選ばば中国人』(篠原 令、阿部出版、2002)にも「義兄弟の契り」というシーンがでてくるが、誘われたり頼まれごとを断るのは「男がすたる」という意識がつよいという。

そしてまた「親孝行」。日本人よりもこの意識がきわめてつよいのは、やはり中国人には儒教意識が潜在意識のなかまで徹底しているということだろう。そういえば、病気の父親のために自分の腿肉を食べさせたという説話があるが、日本人にはグロテスクとしか思えないような話が中国では美談として語られてきたのが儒教の本質である。

同じ漢字語でありながら、日本語とはまったく意味の異なるコトバの数々が著者によってあげられている。規則、約束、反省、謙虚、ウソ・・・。これは直接に本文にあたってほしいが、規則は破るためにある、ウソはつくためにあるというのは、それだけ中国人の生存競争がすさまじいということの反映であろう。

なぜ中国人が日本にきて犯罪者となるのか、この本を読むとよくわかる。逆にいうと、中国人というプリズムをとおすと、日本という国も、日本人がどういう存在であるかも浮かび上がってくる

犯罪被害にあわないためにも、犯罪の手助けをしないためにも、日本国民必読書といっていいだろう。ドラマの刑事ものとはちがって派手さはないが、まさに「事実は小説よりも奇なり」、ですな。

たたきあげの警察官が中国語を学んで「通訳捜査官」となったという、著者自身のキャリアそのものが興味深い。そういうキャリアが警察内部にあるのか、と。




目 次

プロローグ 天国から地獄と化すガサ入れ
第1章 通訳捜査官が見た中国人
第2章 リトルチャイナの拠点を作った密航者たち
第3章 追い詰められた犯罪者たち
第4章 取調室の戦い
第5章 危ない国・日本


著者プロフィール  

坂東忠信(ばんどう・ただのぶ)
宮城県出身。警視庁巡査を拝命後、交番機動隊勤務を経て、通訳捜査官・刑事として捜査活動に従事。勤続18年で退職。現在は外国人犯罪対策講師、外国人雇用防犯コンサルタントとして活躍している(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。


<関連サイト>

坂東忠信 公式サイト
 - キャッシュ共有中国人犯罪対策・防犯セミナー講師である坂東忠信の公式サイト。中華思想と中華社会の実態を知り、生活を守る情報を。

盗みは人のためならず 中国庶民的泥棒「予防心得」十箇条 (福島香織、日経ビジネスオンライン、2015年12月16日)
・・『盗みは人のためならず』(劉震雲、水野衛子訳、彩流社、2015)の紹介。中国の下層階級では騙しは当たり前

(2015年12月16日 情報追加)


<ブログ内関連記事>

ひさびさに宋文洲さんの話をライブで聞いてきた!-中国人の「個人主義」について考えてみる
・・この記事で触れておいた『友を選ばば中国人』(篠原 令、阿部出版、2002) 『小室直樹の中国原論』(小室直樹、徳間書房、1996)は必読書である

『中国美女の正体』(宮脇淳子・福島香織、フォレスト出版、2012)-中国に派遣する前にかならず日本人駐在人に読ませておきたい本

書評 『中国は東アジアをどう変えるか-21世紀の新地域システム-』 (白石 隆 / ハウ・カロライン、中公新書、2012)-「アングロ・チャイニーズ」がスタンダードとなりつつあるという認識に注目!

書評 『中国台頭の終焉』(津上俊哉、日経プレミアムシリーズ、2013)-中国における企業経営のリアリティを熟知しているエコノミストによるきわめてまっとうな論

書評 『中国ビジネスの崩壊-未曾有のチャイナリスクに襲われる日本企業-』(青木直人、宝島社、2012)-はじめて海外進出する中堅中小企業は東南アジアを目指せ!

「脱・中国」に舵を切るときが来た!-『中国がなくても、日本経済はまったく心配ない!』(三橋貴明、ワック、2010)はすでに2年間に出版されている

書評 『「紙の本」はかく語りき』(古田博司、ちくま文庫、2013)-すでに「近代」が終わった時代に生きるわれわれは「近代」の遺産をどう活用するべきか

書評 『日本文明圏の覚醒』(古田博司、筑摩書房、2010)-「日本文明」は「中華文明」とは根本的に異なる文明である

(2015年2月6日 情報追加)




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2013年2月12日火曜日

600年ぶりのローマ法王と巨大組織の後継者選びについて-21世紀の「神の代理人」は激務である


本日(2月12日)のビッグニュースといえば、ローマ教皇ベネディクト16世が今月末の2月28日付で退位するというニュースでしょう。

つい先日には、@Pontifex というツイッターのアカウントを開設して英語のツイートをアップしたことが世界的なニュースになっていたばかりだったのですが。

正確にいうとローマ法王ではなくローマ教皇というべきですが、まさに「神の代理人」としての職務。しかし、85歳の高齢ではとても激務はつとまらないということで、まことにもって英断というべきでしょうか。

金融スキャンダルや性的虐待問題など、グローバルな巨大組織がかかえるさまざまなスキャンダルに対処してきた8年間でしたが、あまりにも複雑化した世の中のなか、カトリックのみならずキリスト教の将来性にも陰りが見えているなか、巨大組織をマネジメントする能力と資格はさらに高度化していると言わねばなりません。

在任中の退位は、600年前のグレゴリウス12世以来とのこと。グレゴリウス12世の場合は、シスマ(=教会大分裂)時代を収拾する役割を果たしての退位であったようですから、同じ退位といっても性格が異なります。

昨日(2月11日)が「建国記念の日」であった日本は、ことしが皇紀2673年(!?)ですが、ローマ教皇庁は歴史的に確定のできる世界最古の巨大組織ですね。すくなくとも1500年以上の歴史があります。

バチカンは、軍隊組織や企業組織のモデルとされてきた「官僚組織」ですから、後継者選びもまたシステム化されているわけです。いわゆるコンクラーベという選定会議です。通常3カ月以上かかるので「根比べ」とか日本人は言ってますが(笑) 長い間、後継者が決定されなくても大丈夫なのは、組織として盤石だからでしょう。

かつて西洋中世史学者の故木村尚三郎氏は、ローマ教皇庁は日本の総合商社のようなものだと言っておりました。その心は、世界中に張り巡らされたネットワーク。ただし組織論的にいえば、分散型組織ではなく中央集権型の組織ではあります。

現在のベネディクト16世はドイツ人ですが、その前のヨハネ・パウロ2世はポーランド人でした。つぎの教皇(法王)は、アフリカかアジアか南米からでしょうか? デモグラフィック(人口統計)の観点からいえば、カトリック信者はヨーロッパはすでに衰退、信者数が伸びているのは、アフリカやアジア、南米ですから、その地域からつぎの後継者を選出することは、信者のモラールアップの観点からいっても、大いに検討されてしかるべきことでしょう。あの米国ですら、すでに黒人の大統領を誕生させているのですから。

宗教組織とはいえど、人間がかかわる以上は、きわめて俗なる関心によって左右されるもの。そういう人間ドラマとしての読み物として、歴史小説家・塩野七生(しおの・ななみ)の『神の代理人』をおすすめします。いまから30年前に読みましたが、ルネサンス時代のローマ教皇たちを描いてこれほど面白い読み物もなかなかないと思います。

塩野七生というと、現在はローマ帝国という連想でしょうが、もともとは『ルネサンスの女たち』でデビューしたことを忘れるべきではありません。わたしは彼女のイタリア・ルネサンスものはほとんど読んでます。

つまらないビジネス書を読むヒマがあったら、はるかに有益な「人間学」である『神の代理人』本を読むことをお薦めします。






<関連サイト>

Papal resignation (教皇退位にかんする wikipedia 項目 日本語版なし)

新ローマ法王の候補者(ウォールストリートジャーナル 2013年2月12日)

ローマ法王(ローマ教皇 Pontif)のラテン語公式アカウント

Pope Benedict’s resignation: See you later - The papal resignation is an ecclesiastical earthquake. How the church interprets it will shape its future  (The Economist Feb 16th 2013)
・・もともと問題発言の多いベネディクト16世であったが、たしかに最後の一発は過激なものであった。引退後の教皇(法王)の名称問題も現時点では未確定だ


P.S. 退位したベネディトス16世は、名誉教皇(名誉法王 Pope emeritus)という名称になったようだ。穏当な表現ではある(2013年3月1日 追記)

P.S. 2013年3月13日(日本時間14日)、意外なことにあっさりと二日目にして新教皇が選出された。フランシスコ1世となる。清貧を旨としたアッシジのフランチェスコ精神で改革に臨むということだろう。76歳とやや高齢だが、南米出身者ははじめて。アルゼンチンのブエノスアイレス出身。イエズス会出身者では初の教皇。いきなりアフリカの黒人が選出ということにはならなかった。新教皇はイタリア系移民なので、バランスのとれた人事といってよいだろう。(2013年3月14日 記す)。


(バチカン公式サイト Holy See より 2013年3月14日)

退位表明直前のローマ法王が神学生たちと共にした夕食会(Foresight 2013年3月12日)
・・「「バチカンでは改革派と保守派の確執が続いてきたが、最近は保守派の巻き返しが激しくなっていた。改革派であるベネディクト16世は身動きがとれなくなる前に身を引き、次の法王選びに影響力を保持しようとしたと私は見ている。コンクラーベに参加する枢機卿の多くはベネディクト16世が任命していて、その人が目を光らせていることは暗黙の圧力になる」と出席した日本人司祭が語っている。教皇は退位して、日本語でいう「法王」となったわけだ。つまり「院政」である。



<ブログ内関連記事>

書評 『想いの軌跡 1975-2012』(塩野七生、新潮社、2012)-塩野七生ファンなら必読の単行本未収録エッセイ集
・・ヨハネ・パウロ一世とヨハネ・パウロ二世という二人のローマ法王(教皇)の選出にかんして書かれたエッセイ二編が収録されている

書評 『バチカン株式会社-金融市場を動かす神の汚れた手-』(ジャンルイージ・ヌッツィ、竹下・ルッジェリ アンナ監訳、花本知子/鈴木真由美訳、柏書房、2010)

書評 『バチカン近現代史-ローマ教皇たちの「近代」との格闘-』(松本佐保、中公新書、2013)-「近代」がすでに終わっている現在、あらためてバチカン生き残りの意味を考える

「祈り、かつ働け」(ora et labora)

「説教と笑い」について

クレド(Credo)とは

書評 『聖母マリア崇拝の謎-「見えない宗教」の人類学-』(山形孝夫、河出ブックス、2010)

書評 『マザー・テレサCEO-驚くべきリーダーシップの原則-』(ルーマ・ボース & ルー・ファウスト、近藤邦雄訳、集英社、2012)-ミッション・ビジョン・バリューが重要だ!

映画 『シスタースマイル ドミニクの歌』 Soeur Sourire を見てきた

書評 『修道院の断食-あなたの人生を豊かにする神秘の7日間-』(ベルンハルト・ミュラー著、ペーター・ゼーヴァルト編、島田道子訳、創元社、2011)

「免罪符」は、ほんとうは「免罪符」じゃない!?

「アラブの春」を引き起こした「ソーシャル・ネットワーク革命」の原型はルターによる「宗教改革」であった!?

「世襲」という 「事業承継」 はけっして容易ではない-それは「権力」をめぐる「覚悟」と「納得」と「信頼」の問題だ!

書評 『経営管理』(野中郁次郎、日経文庫、1985)

賢者が語るのを聴け!-歴史小説家・塩野七生の『マキアヴェッリ語録』より




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古事記と勾玉(まがたま)


本日(2月11日)が「建国記念の日」として国民の休日になったのは、いまから45年前、戦前は「紀元節」といっていたそうですが、根拠は『日本書紀』に基づくのだとか。

ことし2013年は、皇紀2673年となります。昭和15年、すなわち1940年に「皇紀2600年記念祭」が挙行されたという歴史的事実をアタマのなかにいれておけば、簡単に暗算できますよ。

まあ、賛否両論でいろいろ意見もあるでしょうが、2月11日が建国の日というのは、「歴史」というよりも、あくまでも 「神話」ととらえておくべきでしょう。

「物語」といってしまえば「歴史」と同じではありますが、そもそも「紀元節」は明治時代になってから、近代国家としての日本で制定されたものは記憶にとどめておきましょう。

建国記念の日、すなわち紀元節は、『日本書紀』の記述に基づいたものですが、読んで面白いのは、むしろ『古事記』のほうです。

写真の角川文庫版は、わたしがはるかむかしの中学生のときに買ったもの。現代語訳だけ読みましたが、子どもの頃に読んだ内容は、かなり覚えているものですね。ただし、古代のおおらかでエッチなシーンはわざと訳し落としていることは、高校時代に本格的に古文を学んでからわかりましたが(笑)


『古事記』もさることながら、子どものころからずっと、文庫本の表紙に写真として掲載されている「勾玉」(まがたま)が気になってました。

なぜ古代日本人は、胎児のような形の玉を大事にしていたのか? まずはその形と色に大いに興味をそそられます。生物学の教科書の進化論の説明にでてくるイラストそっくりですね。爬虫類、両生類、鳥類、哺乳類を経て人間に進化していく系統図のあれです。

大人になってずいぶんたってからやっと勾玉を入手しました。京都の八坂神社と奈良で入手したものに自分でひもを通してみました。玉(たま)は魂(たま)、勾玉はパワーストーンですね。ネコの「たま」が、玉や魂と関連があるのかどうかはわかりません。

日本と日本人を極めるためにも、『古事記』と「勾玉」にはおおいに注目していただきたいものです。

ちなみに、角川文庫の旧版の『古事記』の訳注を行った武田祐吉は折口信夫の同級生。角川書店の創業経営者の角川源義は折口信夫の弟子にあたる国文学徒です。

出雲大社も大きな催しですね。『古事記』編纂と60年ぶりの出雲大社遷宮ですね。伊勢神宮も式年遷宮ですし、ことしはめでたいと年になりますね。女優の浅野温子の「古事記語り」も聞いてみたいいなあ。






<ブログ内関連記事>

『水木しげるの古代出雲(怪BOOKS)』(水木しげる、角川書店、2012)は、待ちに待っていたマンガだ!

皇紀2670年の「紀元節」に、暦(カレンダー)について考えてみる

書評 『折口信夫 霊性の思索者』(林浩平、平凡社新書、2009)

書評 『折口信夫 独身漂流』(持田叙子、人文書院、1999)







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2013年2月10日日曜日

書評 『「紙の本」はかく語りき』(古田博司、ちくま文庫、2013)-すでに「近代」が終わった時代に生きるわれわれは「近代」の遺産をどう活用するべきか


文庫オリジナルである。筑摩書房の「ちくま」に2009年から3年間連載されたものをまとめたものだという。もとの文章は読んでいなかったので、古田ファンとしてはありがたい。

著者の表現をつかえば、モダン(近代)の時代に出版という形で蓄積されてきた知的遺産を、ポストモダン(後近代)に生きる現代人がどう活用するかが本書のテーマである。

本書が書かれた背景は、いまという時代の状況がある。インターネットで検索すれば、たちどころに情報が収集できて、なにかしらのまとまった発言を行うことが容易になった時代である。

だが、著者の言うことに耳を傾けてみる必要があるだろう。

ネットに蓄積された知識を活用するとき、一番の問題は、それがどれくらい内容的に深いか、どのくらい広く領域をカバーしているのか、まるでわからないことである。もう一つの問題は、紙の知識と異なり、編集者や校閲者の目配りを経ていないため、事実上の誤認、誤記、誤植がまったくチェックされないまま、人々の目に触れることである。
これらの欠点を克服するためには、普段から広く深く紙の知識を漁り、相互に関連づけながら備えていくことが必要だろう。(P.22)

そう、まったくそのとおりだ。インターネットという日々進化する膨大な知識ベースに簡単にアクセスできる現代人は、その玉石混交(ぎょくせきこんこう)の膨大な情報の真贋を見極めるための目をもたなければならないのである。「目利き」にならなくてはならないということだ。

そのための試みが本書である。目利きとは技術の問題である。自分のアタマで考えるための技術である。

いまや Google Books がすべての単行本の内容を一元化して閲覧できる取り組みを行っている最中にある。現在は英語の単行本が対象となっているようだが、著作権の切れた日本語の本は国立国会図書館もマイクロフィッシュ化していることであるし、いずれデジタルデータとして容易に活用できる日も来ることだろう。

だが、日本語で出版された本が完全にインターネット上で読めるとは考えないほうがいいだから、紙の本も読む必要が大いにあるということだ。それは本書で取り上げられた書籍名を一瞥(いちべつ)してみればすぐにわかることだ。

そしてまた、インターネットで調べたらわかるようなことで事実誤認がないよう、ブログなどの文章をアップする際には、細心の注意を払って事実関係の確認を行うことも同時に重要だ。ネットで調べればわかるような事実に言及していないのは怠漫と言わねばならない。

紙の本を読む習慣を身につけておいたほうがいいのは、自分なりの世界の見方、切り口を身につけるためである。それは権威にもたれかからないという姿勢をつくることでもある。判断を他人の言説にゆだねないということだ。

人文科学や社会科学の分野では、いまだにヘーゲルやマルクスに体現されたゲルマン的な観念論で語る人たちが少なくないようだ。「偉人」の虎の威を借りた、まことにもって愚かな習性である。

古田氏の議論は、周辺にいる人文社会科学の研究者たちの言動を前提にしているようだ。リアル世界に生きているビジネスパーソンにとっては、基本的に古田氏の主張のほうが、きわめてまっとうなものと映る。

膨大な情報の真贋を見極めるための目をもたなければならないためには、アングロサクソン的な経験論が不可欠となる。

アングロサクソン的な経験論は、ビジネスパーソンであれば当然のことながら身につけていなければならないことだ。アングロサクソン的発想の「粋」(すい)であるビジネス教育をMBAコースで学んだ人なら、決定論ではなく確率論で考えると表現するところだろう。これはビジネスに限らず理工系では当たり前の思考方法である。

その意味では、本書の基本姿勢は、社会科学や理科系の発想に慣れていない人には、よい手引きにはなるだろう。いまだに「近代的思考」から抜け出せない人が少なくないようだが、そういった人には、本書のような毒消しが必要だ。もちろん近代の成果は大いに使いこなしての上であるが。

取り上げられた本はいわゆるスタンダードな書籍ではないが、そんな本もあったのかという「発見」の喜びを得ることもできる。自分にとって「無関心の本」と偶然に遭遇してみる、そういうことも自分の思考枠を広げてくれることになる。「常識」を疑う基盤が自分のなかにできあがるということでもある。

こういったプロセスを繰り返していくことで、「自分で考え、自分で行動する」人間ができあがっていくのである。





目 次

まえがき
第1章 変配の章
第2章 直観の章
第3章 世界化の章
第4章 壊造の章
あとがき
作品名索引
人名索引

著者プロフィール

古田博司(ふるた・ひろし)
1953年横浜生まれ。慶應義塾大学大学院修士課程修了(東洋史専攻)。延世大学、漢陽大学などで日本語講師を務める。滞韓6年の後、帰国。現在は筑波大学大学院教授。著書に『東アジアの思想風景』(サントリー学芸賞)、『東アジア・イデオロギーを超えて』(読売・吉野作造賞)などがある(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。

(2001年に出版された若者向きのこの本も同じ趣旨である)


<ブログ内関連記事>

古田博司氏関連

書評 『ヨーロッパ思想を読み解く-何が近代科学を生んだか-』(古田博司、ちくま新書、2014)-「向こう側の哲学」という「新哲学」

書評 『日本文明圏の覚醒』(古田博司、筑摩書房、2010)-「日本文明」は「中華文明」とは根本的に異なる文明である
・・ 「モダン」(近代)と「ポストモダン」(後近代)の断層は限りなく大きい。19世紀後半から始まった「モダン」は、冷戦構造の終焉から解体がはじまり、いまやほぼ完全に終焉を迎え、不可逆の流れとして「ポストモダン」が進行している。
 「モダン」の時代に確固たるものと思われていた「中心」は、実は空洞であったことが次から次へと露見し、すべてが虚構であったことがわかってしまった。
 30歳台以下の世代と、私もその一人であるが40歳台以上とくに「モダン」時代にマインドセットを形成された50歳台以上の世代との断層は、たんなる世代間格差を超えたものがある。後者の世代が願う、失われた「共同体」再現というノスタルジックな夢は、徒労と終わるだけであろう。時代は完全に変わったのである。あらたな時代に、40歳台以上の人間がとるべき態度はあきらかだろう。
 むしろ、著者が指摘するように、下手に「モダン」の時代を知らない30歳台以下の若年層のほうが、この時代への適応力が強いのは当然だ。インターネットの普及がさらに「ポストモダン」を加速し、因果律ですべてを説明したがるドイツ的知性から、事実列挙式のアングロサクソン的知性への転換が定着しつつある。
 これは、日頃から大学生と接することの多い著者ならではの見解といえよう。著者による、2000年以降の時系列の大学生の観察と大学教育における試行錯誤の記録が、ドキュメントとしてもたいへん興味深く、説得力をもつ」(当ブログ記事から再録)。

書評 『日本人は爆発しなければならない-復刻増補 日本列島文化論-』(対話 岡本太郎・泉 靖一、ミュゼ、2000)
・・日本が「儒教国」ではないことを、文化人類学者の泉靖一の発言を紹介して説明している。また、古田博司の著書について触れている。


紙の本

書評 『脳を創る読書-なぜ「紙の本」が人にとって必要なのか-』(酒井邦嘉、実業之日本社、2011)-「紙の本」と「電子書籍」については、うまい使い分けを考えたい

書評 『もうすぐ絶滅するという紙の書物について』(ウンベルト・エーコ、ジャン=クロード・カリエール、工藤妙子訳、阪急コミュニケーションズ2010)-活版印刷発明以来、駄本は無数に出版されてきたのだ

(2014年8月23日 情報追加)





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2013年2月9日土曜日

ミュージカル映画 『レ・ミゼラブル』を観てきた(2013年2月9日)-ミュージカル映画は映画館で観るに限る!



いま話題のミュージカル映画 『レ・ミゼラブル』をTOHOシネマズで観てきた。

こんなに泣ける映画だとは思いもしなかった。映画のなかでなんども涙がこみあげ、あふれでる涙を止めることができなかった。

もちろん、観る人の年齢、男女によってまったく異なる受け取れ方をされるのだろう。ある程度の年齢を重ねた男性にとっては、どうしても主人公ジャン・バルジャンに感情移入してしまうのではないだろうか。

ラウトシーン近く、天に召されるシーンでは思わず涙がこみあげてきた。逆境のなかさまざまな苦難を体験しながらも、みずからに課した義務を遂行し、やるべきことをやりぬいた悔いのない人生

映画館でこんな思いをするのは、そう多くはない。

アメリカにいたときにミュージカル版の『レ・ミゼラブル』を観る機会があったのだが逸してしまった。いまから20年前の留学中のことだ。まだ日本では公演されていなかったと思う。

ミュージカルが日本で公演されるようになるまでは、『あゝ無情』という日本語タイトルのほうが有名だったかもしれない。わたしも、一切れのパンを盗んだため投獄された主人公について話ということころまでは小学校時代に知っていたが、原作はいまにいたるまで読んでいない。

だから、あらすじを知らないままいきなり映画を見たのだが、断片的に知っていたエピソードはかなり端折られていた。岩波文庫で4冊もあるヴィクトル・ユゴーのあの長い原作本を、わずか2時間40分に圧縮しているのだから当然といえば当然だろう。ひじょうにテンポの早いスピーディーな展開で、まったく飽きることなく最後まで観てしまう。

(ジャン・バルジャンの養女となった孤児コゼット)

ミュージカル映画だから当然のことながらセリフはすべて歌で、しかも英語である。かなり聞きやすい簡単な英語である。スラングの多い映画の英語セリフと違って、単純な表現で明瞭な発声なので英語の勉強のためにはいいかもしれない。

じつは、この映画は観るか観ないか決めかねていたが、観ることにきめたのは、韓国では空前の大ヒットになっているという記事を読んだからだ。映画「レ・ミゼラブル」に熱狂する韓国人 韓国の今を映し出す映画として社会現象に(趙 章恩、日経ビジンスオンライン 2013年1月30日)。

キリスト教徒が全人口の 1/3 を超える韓国ならではというわけでもないようだ。基本的に19世紀フランスが舞台なのでキリスト教(・・とくにカトリック)の色彩のつよい内容だが、もちろんキリスト教徒ではなくても感動する内容である。

秘密を抱えたまま黙って世を去っていく主人公の姿には、日本人の琴線に触れるものがあるといっていいかもしれない。

しかも、人生の節々で倫理的な難問を突きつけられる主人公は、なんだか対話型授業で有名になった『ハーバード白熱授業』のサンデル教授の授業内容のようでもある。

真人間に改心してからのジャン・バルジャンがとった選択肢は、いずれも彼にとっては不利になるものであったが、自分にウソをつかない悔いのない人生とは何かとは考えることにつなることも、この映画に感動する理由の一つなのだろうと思ってみる。

エルビスも歌っているアメリカのスタンダードナンバーの『マイ・ウェイ』のような内容であると言ってもいいかもしれない。

『オペラ座の怪人』の映画版もそうであったが、ミュージカル映画やオペラ映画は映画館で観るに限る。ステレオの大音量でなければ十分に楽しめないからだ。

観る価値のあるミュージカル映画である。まだ観ていない人はぜひ観ることをお薦めしたい。







<関連サイト>

『レ・ミゼラブル』 (公式サイト)
http://www.lesmiserables-movie.jp/

TOHOシネマズ 映画紹介
http://hlo.tohotheater.jp/net/movie/TNPI3060J01.do?sakuhin_cd=009489

Les Miserables 2012 Movie Soundtrack ! (YouTube  全編収録 字幕なし 1時間58分)

(2014年8月7日 情報追加)


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(2014年8月7日 情報追加)




(2012年7月3日発売の拙著です)





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