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2014年2月15日土曜日

『本の神話学』 と 『歴史・祝祭・神話』が岩波現代文庫から復刊!-「人類学的思考」の実践のために


『本の神話学』 と 『歴史・祝祭・神話』が岩波現代文庫から復刊された! これはじつにうれしいことだ。

『本の神話学』は、大学時代のわたしにとって豊穣な知の世界への扉を開いてくれた最強の読書ガイドであった。『歴史・祝祭・神話』を読んで、ロシア革命のトロツキーと南北朝時代日本のバサラを知り知的に興奮した。「歴史人類学」という方向性に目覚めたのもこの本の影響だ。

もともと1970年代後半(!)に中公文庫として文庫化されたこの2冊は、山口昌男の著作としてはいちはやく文庫化されただけでなく、文庫として入手できるものは長いあいだこの2冊しかなかった。当時の大学生でも買うことができたこの2冊の文庫本を熱中して読んだの大学2年の頃。『本の神話学』は、なんと3冊も(!)買ったくらいだ(笑)。

ともに「中央公論」に掲載された雑誌論文を単行本化したものである。『歴史・祝祭・神話』のほうがテーマ性が明確だが、『本の神話学』は繰り返し何度読んでもそのたびに知的に興奮させられる内容であった。いまパラパラと読み返してみてもそれはつよく感じる。

『本の神話学』における山口昌男はきわめて挑発的だ。日本の知的風土に風穴をあけるというよりも、ほとんど暴力的にひっかきまわすという姿勢は、若い世代からすればきわめて魅力的に映ったものであったのだ。あの頃からは少しはマシになったと思うのだがどうだろうか。

購入して手元に置いていたのがこの2冊の文庫本『知の遠近法』(岩波書店)。これもまた「中央公論」に連載されていたものだが、単行本は岩波書店から出版されたために、なかなか文庫化されなかった(・・現在は岩波現代文庫に収録)。

山口昌男の著作や論文は大学図書館でむさぼるように読みつくした。バブル期に入る前の「ニューアカ」ブームの頃、浅田彰や中沢新一といった「ニューアカ世代」の師匠の世代の山口昌男を出発点にさまざまな分野に手を出すことになった。だから、現在のわたしをつくった基礎のひとつに山口昌男の著作群があるといえる。


山口昌男の師匠にあたる世代の林達夫もまた中公文庫から何冊もでていたが、そんなこともあって、平凡社から出版されていた『林達夫著作集全6巻』を購入したのもその影響である。当時、平凡社は倒産して再建中だったが、大学生協で「がんばれ平凡社フェア」なるものが企画されていて、2割引きで購入したのであった。

久野収が聞き役となった林達夫の『思想のドラマトゥルギー』(平凡社選書、1974 現在は平凡社ライブラリー)を熟読していたのもその頃のことだ。なるほど、わたしの「教養」のベースがどこにあるかが回想すると明らかになってくる。


『本の神話学』は山口昌男によるチャレンジングな「書評」である

こんなことを書きだすと、話がどんどんそれていってしまう恐れがあるので、まずは『本の神話学』の「目次」を紹介しておこう。

『本の神話学』 目次

二十世紀後半の知的起源
  思想史としての学問史
  ピーター・ゲイの『ワイマール文化』
  精神史の中のワールブルク文庫 
ユダヤ人の知的熱情
  ユダヤ人の知的環境
  構造とかたち
  知の存在形式としての亡命
  受難と知的熱情
モーツァルトと「第三世界」 
  モーツァルトの世紀
  二十世紀オペラのアルケオロジー
  音楽的思考
  現象学的モーツァルトと「第三世界」
 「社会科学」としての芸能
  政治とその分身
  政治の論理と芸能の論理
   シェイクスピア劇における芸能の論理
 見世物小屋としての世界
もう一つのルネサンス
  蒐集家の使命  (⇒ エドゥアルト・フックス『風俗の歴史』  世界の本とルネサンス
  ルネサンスと本の世界
  カバラの伝統-ゲーテ、フロイト、ボルヘス
  知の越境者
補遺 物語作者たち

いずれも圧倒的に膨大な量の読書を背景に、これでもかこれでもかと投げつけてくるような、ある意味では暴力的なまでの姿勢が若き日のわたしを大いに魅了した。

あとから読むと部分部分では間違った記述も散見されるのだが、勢いで押し切る、猛烈にしゃべりまくるという感じである。それがまた魅力であるといえよう。いわば「知の暴走族」とでもいう存在だったというべきか。

『本の神話』からいくつか引用しておきたいと思う。

まずは、「二十世紀後半の知的起源」から。すでに時代は21世紀も10年代だが、いまという時代ももまた20世紀後半の延長線上にあることを考えれば、けっして古くなったとはいえまい。

まさにその最良の部分においてワイマール文化は研究所と私塾の文化であったといっても過言ではないように思われる。

E・H・ゴンブリッチは「私は "ワールブルク" 文化学文庫として創立された研究所の所長をしております。この文庫の創立者のアビ・ワールブルクはカール・ランプレヒトの弟子でありました。御存知のように、ランプレヒトは文化心理学の代表選手で、政治史だけにしか関心を示さない諸々の専門的歴史学者と、生涯を通じて絶え間なく闘い抜いた人であります。ワールブルクもランプレヒトも、ヤーコプ・ブルクハルトの巨像を恭敬の眼差しで仰ぎ見ておりました」とワールブルクについて語る。

引用からさらに引用することを孫引きというが、わたしの本意はそこにはない。「引用」という方法論もまた、きわめて重要なものであることを示したかったからである。引用をして「知的系譜」を語らせるという手法であり、どの個所を印象するかに引用する側の個性と力量が見えてしまうからだ。

この引用を行ったのは、ランプレヒトの名前がでてくるからでもある。一橋大学の「歴史学」の知的系譜の原点には、東京商科大学時代の大正時代、「一橋ルネサンス」と呼ばれた時期に、カール・ランプレヒトの愛弟子で10年にわたって助手もつとめた三浦新七という歴史学者で銀行頭取がいるからだ。

ブルクハルト → ランプレヒト → 三浦新七 → 上原専禄 → 阿部謹也 という一橋歴史学における「知的系譜」があるのだが、文化史家ランプレヒトの影響力がこの系譜以外にも、きわめて多岐にわたってじつに大きいことを再確認したいがためでもある。古典文献学者として出発したニーチェを発掘した、『イタリア・ルネサンスの精神』の著者ブルクハルトに比べると一般にはあまり知られることのないランプレヒトだが、もっと光があたるべきだと考えている。

(マイ蔵書から)

「ユダヤ人の知的熱情」からもいくつか引用しておきたいと思う。山口昌男がなぜこのテーマで語るのか、日本の知的風土へのアンチテーゼでもあるユダヤ的知性に憧れにもにた理想形を見ているからだろうか。もちろん、これもまたわたし自身の問題関心からの引用である。

蓄財へのエネルギーが知的エネルギーに転化するという、ユダヤ人においてみられ、われわれのまわりにあまり見当たらない学問環境

「かれらはすべてユダヤ人社会の境界を乗り越えていった。かれらはすべてユダヤ人社会が狭量で、古くさく、圧制的なものを宿していると感じた。・・(中略)・・ かれらはそれぞれの国で、その周辺や片隅に空間を求めてそこに生活していた。みな社会の中にあると同時に、よそ者であった。みんな社会に属していながらその社会にはうけいれられていない。かれらに・・・・・・広い新しい地平にその精神を飛躍せしめ、またはるかの未来にまで考えをすすめることを可能ならしめたのはまさにこの点であった」(ドイッチャー、前掲書、36頁、傍点山口)
この一節だけでも十分後世に残りうるエッセイ集『非ユダヤ的ユダヤ人』の中で、ドイッチャーはまさにユダヤ人の「非ユダヤ化」の中において成立した普遍的知性を、その本源的<状況>において言い当てている。

後者は、社会主義者で評伝作家でもあったアイザック・ドイッチャーの『非ユダヤ的ユダヤ人』(岩波新書、1970)の一節からの引用の引用である。『トロツキー』や『スターリン』といった大著は日本語にも翻訳されているドイッチャーのこの本もぜひ読んでほしいもの。「非ユダヤ的ユダヤ人」(Non-Jewish Jew)というドイッチャーのコンセプトは、「非日本的日本人」へのヨコ展開も考えてみたいものだ。

百貨店のシステムがユダヤ人の商行為において発生しているという事実は、無選択な西欧文化の導入に「近代化」の努力を積み重ねてきたお人よしの西欧近代の私生児である日本人にはあまり知られていないようである。

「無選択な西欧文化の導入に「近代化」の努力を積み重ねてきたお人よしの西欧近代の私生児である日本人」! おお、なんという的確な表現であることか! わかりにくい悪文ではあるが。 

ただし、この次につづく文章に「マーカス=スペンサー」という個人商店j起源の話がでて、個人商店の本質についての説明がなされているが、間違いが多々ある。マーカス&スペンサーはユダヤ系商人の創業で現在はエジプト人実業家が所有している。強引な論理展開や事実誤認の多い山口昌男の欠点が露呈しているといえる。

ユダヤ人が対象に対して心理的感情移入を停止して、対象をサインに転化し、サインを、それを構成する要素間の関係において一元的に捉える思惟に長じているという点と微妙に対応していて興味深いではないか。こういういい方をすると、神秘化をはかる立言としてついていけないと人はいうかもしれないが、事物との馴れ合いからおのれを剥離する構造論的分析の論理学と、同じくウィーンのユダヤ人の財産家の出で、自分が継承した遺産のすべてをリルケに渡してしまったルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタインの、言語との馴れ合いから自らを剥離することに対する熱情・・(以下略)・・

経済史家ヴェルナー・ゾンバルトの『ユダヤ人と資本主義』からの引用で、百貨店の質屋起源説を紹介した文章の引用を受けたものだが、留保つきながらこの点には同意する。

わたし的にはゾンバルトもさることながら、経済学者アルフレッド・マーシャルの貨幣とユダヤ人の関係にかんする考察をもってきたほうが、抽象思考に富み、普遍志向のつよいユダヤ的思考をあぶりだしやすいと思うのだが。というのも、わたしの卒論は『中世フランスにおけるユダヤ人の経済生活』というものだから、この分野は徹底的に研究している。


『歴史・祝祭・神話』はそれ自体が一つの世界を形成

『歴史・祝祭・神話』 は、「第1部 鎮魂と犠牲」と「第2部 革命のアルケオロジー」の2本の論文で構成された、それ自体が一つの世界を形成しているので、断片的な紹介をしても意味はないだろう。

文化人類学者という肩書の山口昌男であるが、政治人類学、象徴人類学、歴史人類学の領域に足を踏み込んだ論考であるといってよい。



「目次」を紹介しておこう。


『歴史・祝祭・神話』 目次

第1部 鎮魂と犠牲
 ガルシア・ロルカにおける死と鎮魂
 祝祭的世界-ジル・ド・レの武勲詩
 日本的バロックの原像-佐々木道誉と織田信長
 犠牲の論理-ヒトラー、ユダヤ人
第2部 革命のアルケオロジー
 「ハタモノ」選び
 空位期における知性の運命
 スターリンの病理的宇宙
 トロツキーの記号学
 神話的始原児トロツキー
 メイエルホリド殺し

ヒトラーやスターリン、トロツキーについては説明は不要だろうが、それ以外のあまり知られていない人物については簡単にわたし流のコメントを加えておこう。

ガルシア・ロルカは、カタロニアの詩人で劇作家。カナダ出身のユダヤ系詩人でシンガーソングライターのレナード・コーエンもロルカをテーマにした曲をつくっている。

ジル・ド・レ元帥は、フランス救国の少女ジャンヌ・ダルクの同時代でともに戦った武人だが、少年へ虐待と虐殺に性的興奮を感じるという猟奇的な人物。そのために告発され ジャンヌ・ダルクと同じく火刑台に送られることになる。いかにも澁澤龍彦好みの人物でもある。

佐々木道誉は、南北朝時代のバサラ大名。バサラ(婆娑羅)とは派手好みで傍若無人な振る舞いをあらわした表現で下剋上を体現した精神。まさに日本的バロックというのがふさわしい。戦国時代が終わり、バサラ精神はカブキ精神に引き継がれる。

アルケオロジーは一般には「考古学」という日本語で表現されるが、アルケーというギリシア語には「はじまり」「原初」といった意味があるので、神話的「始原」児トロツキーという捉え方が面白い。

(「神話的始原児トロツキー」に掲載されている画像のカラー原版 wikipediaより)

「ハタモノ」は日本語の「磔者」(はたもの)のこと。犠牲となって磔(はりつけ)になった者のことである。日本民俗学においては、菅原道真や佐倉惣五郎などの御霊信仰(ごりょうしんこう)を想起したい。

メイエルホリドは革命期ロシアからソビエト時代にかけての演出家。スターリンの粛清によって世を去った。

目次にはでてこないものも含め、祝祭、演劇、バロック、バサラ、犠牲(ヴィクティム)、宇宙、記号論といった山口昌男特有の用語が散りばめられた『歴史・祝祭・神話』は、政治人類学や象徴人類学、そして歴史人類学への道を切り開くものでもある。

そもそも社会主義者でもなく、社会主義にも社会主義政党にも共感を抱いたことのないわたしがトロツキーに多大な興味をもち、メキシコはコヨアカンのトロツキー旧宅と墓を詣で、トロツキーの著書 『ロシア革命史』 や 『裏切られた革命』、そして『自伝』にいたるまで読んだのは、山口昌男の『歴史・祝祭・神話』に出発点がある。

なぜか「勝ち組」よりも「負け組」のほうに関心があるのは、子ども時代の頃からだが、山口昌男の晩年の代表作が 『「敗者」の精神史』(山口昌男、岩波書店、1995)であることを考えると、山口昌男に共感する素地といったものが、自分のなかに最初から存在していたのではないかとも思うのである。

人生は勝ち負けで決まるものではない。「敗者」や「負け組」のなかにこそ、豊かな知と精神の世界があることに気がつくためにも、山口昌男の仕事はぜひ若い人にも読んでほしいと思うのである。









<ブログ内関連記事>

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・・アビ・ワールブルクと「ワールブルク文庫」、ウォーバーグ財閥


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「メキシコ20世紀絵画展」(世田谷美術館)にいってみた (2009年8月)
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・・トロツキーはウクライナの富農の家に生まれた人で本名はレフ・ブロンシュテイン

「プリンシプルは何と訳してよいか知らない。原則とでもいうのか」-白洲次郎の「プリンシプル」について
・・「ケンブリッジ大学で西洋中世史を専攻し、のちに実業界で活躍することになりながら、トロツキイも熟読していた男である」 意外と知られていない白洲次郎の素顔


文化史家ランプレヒトの「知的系譜」

書評 『ヨーロッパとは何か』(増田四郎、岩波新書、1967)-日本人にとって「ヨーロッパとは何か」を根本的に探求した古典的名著
・・付録の「実学としての歴史学」で上原専禄についても触れている。上原専禄の師匠であった歴史家で銀行頭取でもあった三浦新七はドイツ留学時代にランプレヒトの助手をつとめていた。その三浦新七がウィーンでドープシュに師事するよう命じたという。

書評 『「東洋的専制主義」論の今日性-還ってきたウィットフォーゲル-』(湯浅赳男、新評論、2007)-奇しくも同じ1957年に梅棹忠夫とほぼ同じ結論に達したウィットフォーゲルの理論が重要だ
・・ウィットフォーゲルはランプレヒトの晩年にライプツィヒ大学で講義を受講している









(2012年7月3日発売の拙著です)





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