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2016年11月5日土曜日

最後の水戸藩主・徳川昭武の屋敷であった戸定邸(とじょうてい)をはじめて訪問(2016年11月4日)ー「維新の負け組」は後世に向けて文化遺産を残す

(戸定邸内部にて 徳川慶喜(トクガワ・ケイキ)から昭武への電信 筆者撮影)


最後の水戸藩主・徳川昭武の屋敷であった戸定邸(とじょうてい)をはじめて訪問してきた(2016年11月4日)。戸定邸は、千葉県松戸市にある。松戸は、江戸から水戸への街道筋にあり、しかも江戸川の舟運もある交通の要所であった。

いまからちょうど2年前のことになるが、千葉大学園芸学部を訪れた際、キャンパス内にある西欧式庭園を見学しながらも、敷地のすぐ近隣にある戸定邸については、その重要な意味を知らないために訪問しないで通り過ぎてしまった。
  
それからしばらくして、戸定邸のことが気にかかっていたので調べてみると、それは最後の水戸藩主・徳川昭武の屋敷であったことを知り、たいへん残念なことをしてしてしまったと思いながら現在に至っていたのだ。

というのも、徳川昭武は最期の将軍・徳川慶喜の実弟であるだけでなく、幕末に慶喜の名代(みょうだい)としてパリ万国博覧会が開催されていた当時のフランスを訪問し、そのままフランス留学を続けていた人であったが、その昭武に会計担当として随行したのが、のちの「日本資本主義の父」となった渋沢栄一であることを鹿島茂氏の著書を通じて知ったからだ。

その意味では、徳川昭武もまた渋沢栄一周辺の人物の一人であったのだ。じつに迂闊なことであった。


だから、その事実を知ったとき「しまった!」と思ったが後の祭り、松戸を訪問する機会がなかなかなかったので、現在まで至ってしまったというわけなのだ。


■純和風の「戸定邸」と洋風の庭園という組み合わせの妙

さて、戸定邸は今回はじめて訪問したわけだが、訪問してみてじつにすばらしいところだとわかった。現在は千葉県松戸市が管理しているが、もともとは個人の邸宅である。

だが、ナポレオン三世の第二帝政時代という、フランスの絶頂期をパリで過ごしたフランス帰りにしては、あらたに建築した屋敷を洋館ではなく純和風住宅にしたということが興味深い。中庭は純和風である。

(戸定邸の中庭 筆者撮影)

だが、江戸川と富士山を望む庭園には芝生が敷き詰められており、和風建築でありながら洋風庭園という趣向が、変わっているといえば変わっているといえようか。異質の組み合わせだが、コントラストというよりも、不思議に違和感がない。しっくり溶け合っている。

(富士山を望む、芝生が敷き詰められた洋風庭園 筆者撮影)

ちょうどいまの季節は菊の花の盛り、丹精込めて栽培されている鉢植えの白菊がじつに美しい。これらが芝生に映えて、和風と洋風の折衷美ともいうべき風情を醸し出している。

(丹精込めて育てられた鉢植えの白菊の花 筆者撮影)

最期の将軍・徳川慶喜は将軍職を退いたのち30歳で隠居、弟の昭武も29歳で隠居している。いずれも、じつに長い、長い「晩年」を過ごした人たちだが、その長い「晩年」を意味あるものとして生きたということは、高齢化時代の日本人にとっても示唆するものが多々あるのではないかと思うのである。

(屋敷内部から庭園を見る 筆者撮影)

もちろん、最終的には生前に名誉回復し侯爵となった徳川慶喜も、その弟の昭武もその次男・武定が子爵となっており、一般庶民とはほど遠い存在ではあることは考慮に入れなくてはならないだろう。


■「維新の負け組」となった慶喜と昭武だが・・・

併設の戸定歴史館では、ちょうど「企画展 公爵・徳川慶喜家」が開催されていたが、大英帝国がバックについた薩長に対して、フランスがバックについた徳川幕府であったが、岩倉具視らによる「王政復古クーデター」の結果、「大政奉還」を行い、戊辰戦争では敗れ去って「負け組」となってしまったのは、まことにもって残念なことであったとしかいいようがない。

(戸定歴史館にて「企画展 公爵・徳川慶喜家」)

明治維新は1868年であったが、そのわずか2年後の1870年に始まった「普仏戦争」の結果、フランスはビスマルク率いる新興のプロイセン王国に敗れ去って、1871年に第二帝政は終わることとなる。

パリにおいてプロイセン王国を中心としたドイツ帝国の誕生が宣言され、「ドイツ統一」が実現した。その後にパリが陥落、ナポレオン三世はプロイセンの捕虜なって退位した。じつに変転きわまりない。めまぐるしい推移である。ナポレオン三世もまた「負け組」として、その後のわずか一年という短い「晩年」を亡命先の英国で過ごすことになる。

そう考えると、「勝ち組」の薩長が率いる明治維新後の日本が、「勝ち組」の英国とドイツをモデルに近代国家への道を邁進したことは、ある意味では当然のことであったかもしれない。

しかし、その英国とドイツも、「英独建艦競争」を経て1914年に勃発した第一次世界大戦において激突、その結果は共倒れとなり、新興の米国と革命によって誕生したソ連が表舞台に躍り出ることになる。

「盛者必衰」と「禍福はあざなえる縄のごとし」というフレーズが日本語にはあるが、「勝ち組」もまた永久に「勝ち組」にあらず、である。ソ連はすでに崩壊し、米国もまた衰退過程のなかにある。そして中国共産党もまた・・・?

「負け組」もまた、永久に「負け組」なのではない。「負け組」は政治経済の第一線から退くことによって文化面での担い手となることもある。その意味では、徳川昭武もまた後世に「戸定邸」という文化遺産を残してくれたことになる。

だからこそ、「負け組」とされた側にもまた、目を向けるべきなのである。人間世界に勝ち負けは必定であるが、その両者を公平にみなければ、真に歴史を理解したことにはならないからだ。






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・・渋沢栄一は、徳川慶喜の実弟である徳川昭武のフランス留学に会計として随行し、近代資本主義のなんたるかを明治維新が始まる前に実地で学び取った。当時のフランスではサン=シモン流の産業主義が全盛期を迎えていた。

書評 『岩倉具視-言葉の皮を剝きながら-』(永井路子、文藝春秋、2008)-政治というものの本質、政治的人間の本質を描き尽くした「一級の書」
・・明治維新「革命」は結局のところクーデターで勝敗が決した。ロシア「革命」もまた同様にレーニンによるクーデターで

幕末の日本で活躍した英国の外交官アーネスト・サトウは日本人?-きょうは「佐藤の日」 ② (2016年3月10日)
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・・横須賀基地にあるドライドックは、幕末からフランスの技術援助で建設された。五稜郭もまたフランスの軍事援助であったことは記憶に入れておくべき

いまこそ読まれるべき 『「敗者」の精神史』(山口昌男、岩波書店、1995)-文化人類学者・山口昌男氏の死を悼む

「敗者」としての会津と日本-『流星雨』(津村節子、文春文庫、1993)を読んで会津の歴史を追体験する


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2014年2月15日土曜日

『本の神話学』 と 『歴史・祝祭・神話』が岩波現代文庫から復刊! ― 「人類学的思考」の実践のために



『本の神話学』 と 『歴史・祝祭・神話』が岩波現代文庫から復刊された! これはじつにうれしいことだ。

『本の神話学』は、大学時代のわたしにとって豊穣な知の世界への扉を開いてくれた最強の読書ガイドであった。『歴史・祝祭・神話』を読んで、ロシア革命のトロツキーと南北朝時代日本のバサラを知り知的に興奮した。「歴史人類学」という方向性に目覚めたのもこの本の影響だ。

もともと1970年代後半(!)に中公文庫として文庫化されたこの2冊は、山口昌男の著作としてはいちはやく文庫化されただけでなく、文庫として入手できるものは長いあいだこの2冊しかなかった。当時の大学生でも買うことができたこの2冊の文庫本を熱中して読んだの大学2年の頃。『本の神話学』は、なんと3冊も(!)買ったくらいだ(笑)。

ともに「中央公論」に掲載された雑誌論文を単行本化したものである。『歴史・祝祭・神話』のほうがテーマ性が明確だが、『本の神話学』は繰り返し何度読んでもそのたびに知的に興奮させられる内容であった。いまパラパラと読み返してみてもそれはつよく感じる。

『本の神話学』における山口昌男はきわめて挑発的だ。日本の知的風土に風穴をあけるというよりも、ほとんど暴力的にひっかきまわすという姿勢は、若い世代からすればきわめて魅力的に映ったものであったのだ。あの頃からは少しはマシになったと思うのだがどうだろうか。

購入して手元に置いていたのがこの2冊の文庫本と『知の遠近法』(岩波書店)。これもまた「中央公論」に連載されていたものだが、単行本は岩波書店から出版されたために、なかなか文庫化されなかった(・・現在は岩波現代文庫に収録)。

山口昌男の著作や論文は大学図書館でむさぼるように読みつくした。バブル期に入る前の「ニューアカ」ブームの頃、浅田彰や中沢新一といった「ニューアカ世代」の師匠の世代の山口昌男を出発点にさまざまな分野に手を出すことになった。だから、現在のわたしをつくった基礎のひとつに山口昌男の著作群があるといえる。




山口昌男の師匠にあたる世代の林達夫もまた中公文庫から何冊もでていたが、そんなこともあって、平凡社から出版されていた『林達夫著作集全6巻』を購入したのもその影響である。当時、平凡社は倒産して再建中だったが、大学生協で「がんばれ平凡社フェア」なるものが企画されていて、2割引きで購入したのであった。

久野収が聞き役となった林達夫の『思想のドラマトゥルギー』(平凡社選書、1974 現在は平凡社ライブラリー)を熟読していたのもその頃のことだ。なるほど、わたしの「教養」のベースがどこにあるかが回想すると明らかになってくる。


■『本の神話学』は山口昌男によるチャレンジングな「書評」である

こんなことを書きだすと、話がどんどんそれていってしまう恐れがあるので、まずは『本の神話学』の「目次」を紹介しておこう。

『本の神話学』 目次

二十世紀後半の知的起源
  思想史としての学問史
  ピーター・ゲイの『ワイマール文化』
  精神史の中のワールブルク文庫 
ユダヤ人の知的熱情
  ユダヤ人の知的環境
  構造とかたち
  知の存在形式としての亡命
  受難と知的熱情
モーツァルトと「第三世界」 
  モーツァルトの世紀
  二十世紀オペラのアルケオロジー
  音楽的思考
  現象学的モーツァルトと「第三世界」
 「社会科学」としての芸能
  政治とその分身
  政治の論理と芸能の論理
   シェイクスピア劇における芸能の論理
 見世物小屋としての世界
もう一つのルネサンス
  蒐集家の使命  (⇒ エドゥアルト・フックス『風俗の歴史』  世界の本とルネサンス
  ルネサンスと本の世界
  カバラの伝統-ゲーテ、フロイト、ボルヘス
  知の越境者
補遺 物語作者たち

いずれも圧倒的に膨大な量の読書を背景に、これでもかこれでもかと投げつけてくるような、ある意味では暴力的なまでの姿勢が若き日のわたしを大いに魅了した。

あとから読むと部分部分では間違った記述も散見されるのだが、勢いで押し切る、猛烈にしゃべりまくるという感じである。それがまた魅力であるといえよう。いわば「知の暴走族」とでもいう存在だったというべきか。

『本の神話』からいくつか引用しておきたいと思う。

まずは、「二十世紀後半の知的起源」から。すでに時代は21世紀も10年代だが、いまという時代ももまた20世紀後半の延長線上にあることを考えれば、けっして古くなったとはいえまい。

まさにその最良の部分においてワイマール文化は研究所と私塾の文化であったといっても過言ではないように思われる。

E・H・ゴンブリッチは「私は "ワールブルク" 文化学文庫として創立された研究所の所長をしております。この文庫の創立者のアビ・ワールブルクはカール・ランプレヒトの弟子でありました。御存知のように、ランプレヒトは文化心理学の代表選手で、政治史だけにしか関心を示さない諸々の専門的歴史学者と、生涯を通じて絶え間なく闘い抜いた人であります。ワールブルクもランプレヒトも、ヤーコプ・ブルクハルトの巨像を恭敬の眼差しで仰ぎ見ておりました」とワールブルクについて語る。

引用からさらに引用することを孫引きというが、わたしの本意はそこにはない。「引用」という方法論もまた、きわめて重要なものであることを示したかったからである。引用をして「知的系譜」を語らせるという手法であり、どの個所を引用するかに、引用する側の個性と力量が見えてしまうからだ。

この引用を行ったのは、ランプレヒトの名前がでてくるからでもある。一橋大学の「歴史学」の知的系譜の原点には、東京商科大学時代の大正時代、「一橋ルネサンス」と呼ばれた時期に、カール・ランプレヒトの愛弟子で10年にわたって助手もつとめた三浦新七という歴史学者で銀行頭取がいるからだ。

ブルクハルト → ランプレヒト → 三浦新七 → 上原専禄 → 阿部謹也 という「一橋歴史学」における「知的系譜」があるのだが、文化史家ランプレヒトの影響力がこの系譜以外にも、きわめて多岐にわたってじつに大きいことを再確認したいがためでもある。古典文献学者として出発したニーチェを発掘した、『イタリア・ルネサンスの文化』の著者ブルクハルトに比べると一般にはあまり知られることのないランプレヒトだが、もっと光があたるべきだと考えている。

(マイ蔵書から)

「ユダヤ人の知的熱情」からもいくつか引用しておきたいと思う。山口昌男がなぜこのテーマで語るのか、日本の知的風土へのアンチテーゼでもあるユダヤ的知性に憧れにもにた理想形を見ているからだろうか。もちろん、これもまたわたし自身の問題関心からの引用である。

蓄財へのエネルギーが知的エネルギーに転化するという、ユダヤ人においてみられ、われわれのまわりにあまり見当たらない学問環境

「かれらはすべてユダヤ人社会の境界を乗り越えていった。かれらはすべてユダヤ人社会が狭量で、古くさく、圧制的なものを宿していると感じた。・・(中略)・・ かれらはそれぞれの国で、その周辺や片隅に空間を求めてそこに生活していた。みな社会の中にあると同時に、よそ者であった。みんな社会に属していながらその社会にはうけいれられていない。かれらに・・・・・・広い新しい地平にその精神を飛躍せしめ、またはるかの未来にまで考えをすすめることを可能ならしめたのはまさにこの点であった」(ドイッチャー、前掲書、36頁、傍点山口)
この一節だけでも十分後世に残りうるエッセイ集『非ユダヤ的ユダヤ人』の中で、ドイッチャーはまさにユダヤ人の「非ユダヤ化」の中において成立した普遍的知性を、その本源的<状況>において言い当てている。

後者は、社会主義者で評伝作家でもあったアイザック・ドイッチャーの『非ユダヤ的ユダヤ人』(岩波新書、1970)の一節からの引用の引用である。『トロツキー』や『スターリン』といった大著は日本語にも翻訳されているドイッチャーのこの本もぜひ読んでほしいもの。「非ユダヤ的ユダヤ人」(Non-Jewish Jew)というドイッチャーのコンセプトは、「非日本的日本人」へのヨコ展開も考えてみたいものだ。

百貨店のシステムがユダヤ人の商行為において発生しているという事実は、無選択な西欧文化の導入に「近代化」の努力を積み重ねてきたお人よしの西欧近代の私生児である日本人にはあまり知られていないようである。

「無選択な西欧文化の導入に「近代化」の努力を積み重ねてきたお人よしの西欧近代の私生児である日本人」! おお、なんという的確な表現であることか! わかりにくい悪文ではあるが。 

ただし、この次につづく文章に「マーカス=スペンサー」という個人商店j起源の話がでて、個人商店の本質についての説明がなされているが、間違いが多々ある。マーカス&スペンサーはユダヤ系商人の創業で現在はエジプト人実業家が所有している。強引な論理展開や事実誤認の多い山口昌男の欠点が露呈しているといえる。

ユダヤ人が対象に対して心理的感情移入を停止して、対象をサインに転化し、サインを、それを構成する要素間の関係において一元的に捉える思惟に長じているという点と微妙に対応していて興味深いではないか。こういういい方をすると、神秘化をはかる立言としてついていけないと人はいうかもしれないが、事物との馴れ合いからおのれを剥離する構造論的分析の論理学と、同じくウィーンのユダヤ人の財産家の出で、自分が継承した遺産のすべてをリルケに渡してしまったルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタインの、言語との馴れ合いから自らを剥離することに対する熱情・・(以下略)・・

経済史家ヴェルナー・ゾンバルトの『ユダヤ人と資本主義』からの引用で、百貨店の質屋起源説を紹介した文章の引用を受けたものだが、留保つきながらこの点には同意する。

わたし的にはゾンバルトもさることながら、経済学者アルフレッド・マーシャルの貨幣とユダヤ人の関係にかんする考察をもってきたほうが、抽象思考に富み、普遍志向のつよいユダヤ的思考をあぶりだしやすいと思うのだが。というのも、わたしの卒論は『中世フランスにおけるユダヤ人の経済生活』というものだから、この分野は徹底的に研究している。


■『歴史・祝祭・神話』はそれ自体が一つの世界を形成

『歴史・祝祭・神話』 は、「第1部 鎮魂と犠牲」と「第2部 革命のアルケオロジー」の2本の論文で構成された、それ自体が一つの世界を形成しているので、断片的な紹介をしても意味はないだろう。

文化人類学者という肩書の山口昌男であるが、政治人類学、象徴人類学、歴史人類学の領域に足を踏み込んだ論考であるといってよい。




「目次」を紹介しておこう。


『歴史・祝祭・神話』 目次

第1部 鎮魂と犠牲
 ガルシア・ロルカにおける死と鎮魂
 祝祭的世界-ジル・ド・レの武勲詩
 日本的バロックの原像-佐々木道誉と織田信長
 犠牲の論理-ヒトラー、ユダヤ人
第2部 革命のアルケオロジー
 「ハタモノ」選び
 空位期における知性の運命
 スターリンの病理的宇宙
 トロツキーの記号学
 神話的始原児トロツキー
 メイエルホリド殺し

ヒトラーやスターリン、トロツキーについては説明は不要だろうが、それ以外のあまり知られていない人物については簡単にわたし流のコメントを加えておこう。

ガルシア・ロルカは、カタロニアの詩人で劇作家。カナダ出身のユダヤ系詩人でシンガーソングライターのレナード・コーエンもロルカをテーマにした曲をつくっている。

ジル・ド・レ元帥は、フランス救国の少女ジャンヌ・ダルクの同時代でともに戦った武人だが、少年へ虐待と虐殺に性的興奮を感じるという猟奇的な人物。そのために告発され ジャンヌ・ダルクと同じく火刑台に送られることになる。いかにも澁澤龍彦好みの人物でもある。

佐々木道誉は、南北朝時代のバサラ大名。バサラ(婆娑羅)とは派手好みで傍若無人な振る舞いをあらわした表現で下剋上を体現した精神。まさに日本的バロックというのがふさわしい。戦国時代が終わり、バサラ精神はカブキ精神に引き継がれる。

アルケオロジーは一般には「考古学」という日本語で表現されるが、アルケーというギリシア語には「はじまり」「原初」といった意味があるので、神話的「始原」児トロツキーという捉え方が面白い。


(「神話的始原児トロツキー」に掲載されている画像のカラー原版 wikipediaより)


「ハタモノ」は日本語の「磔者」(はたもの)のこと。犠牲となって磔(はりつけ)になった者のことである。日本民俗学においては、菅原道真や佐倉惣五郎などの御霊信仰(ごりょうしんこう)を想起したい。

メイエルホリドは革命期ロシアからソビエト時代にかけての演出家。スターリンの粛清によって世を去った。

目次にはでてこないものも含め、祝祭、演劇、バロック、バサラ、犠牲(ヴィクティム)、宇宙、記号論といった山口昌男特有の用語が散りばめられた『歴史・祝祭・神話』は、政治人類学や象徴人類学、そして歴史人類学への道を切り開くものでもある。

そもそも社会主義者でもなく、社会主義にも社会主義政党にも共感を抱いたことのないわたしがトロツキーに多大な興味をもち、メキシコはコヨアカンのトロツキー旧宅と墓を詣で、トロツキーの著書 『ロシア革命史』 や 『裏切られた革命』、そして『自伝』にいたるまで読んだのは、山口昌男の『歴史・祝祭・神話』に出発点がある。

なぜか「勝ち組」よりも「負け組」のほうに関心があるのは、子ども時代の頃からだが、山口昌男の晩年の代表作が 『「敗者」の精神史』(山口昌男、岩波書店、1995)であることを考えると、山口昌男に共感する素地といったものが、自分のなかに最初から存在していたのではないかとも思うのである。

人生は勝ち負けで決まるものではない。「敗者」や「負け組」のなかにこそ、豊かな知と精神の世界があることに気がつくためにも、山口昌男の仕事はぜひ若い人にも読んでほしいと思うのである。




<ブログ内関連記事>

■山口昌男関連

山口昌男の『道化の民俗学』を読み返す-エープリルフールといえば道化(フール)②

いまこそ読まれるべき 『「敗者」の精神史』(山口昌男、岩波書店、1995)-文化人類学者・山口昌男氏の死を悼む

書評 『学問の春-<知と遊び>の10講義-』(山口昌男、平凡社新書、2009)-最後の著作は若い学生たちに直接語りかけた名講義

ヘルメスの杖にからまる二匹の蛇-知恵の象徴としての蛇は西洋世界に生き続けている
・・ヘルメス(=マーキュリー)は山口昌男のトリックスター論の典型

「セルフブランディング」と「セルフプロデュース」、そして「ストーリー」で「かたる」ということ-「にせベートーベン事件」に思う
・・博覧強記の作家・種村季弘(たねむら・すえひろ)氏の『ぺてん師列伝-あるいは制服の研究-』と『山師カリオストロの大冒険』を紹介してある

書評 『河合隼雄-心理療法家の誕生-』(大塚信一、トランスビュー、2009)-メイキング・オブ・河合隼雄、そして新しい時代の「岩波文化人」たち・・・
・・文化人類学者の山口昌男、哲学者の中村雄二郎、心理療法家の河合隼雄が、新しい時代の「岩波文化人」を形成した知の変革者三人

『ちょっと本気な 千夜千冊 虎の巻-読書術免許皆伝-』(松岡正剛、求龍堂、2007)で読む、本を読むことの意味と方法
・・山口昌男の『本の神話学』で試みた方法とくらべてみる


■ユダヤ的知性とワールブルク文庫

『ユダヤ教の本質』(レオ・ベック、南満州鉄道株式会社調査部特別調査班、大連、1943)-25年前に卒論を書いた際に発見した本から・・・

書評 『緑の資本論』(中沢新一、ちくま学芸文庫、2009)-イスラーム経済思想の宗教的バックグラウンドに見いだした『緑の資本論』

『蛇儀礼』 (アビ・ヴァールブルク、三島憲一訳、岩波文庫、2008)-北米大陸の原住民が伝える蛇儀礼に歴史の古層をさぐるヒントをつかむ
・・アビ・ワールブルクと「ワールブルク文庫」、ウォーバーグ財閥


■メキシコとトロツキー

「メキシコ20世紀絵画展」(世田谷美術館)にいってみた (2009年8月)
・・メキシコにおけるトロツキーとフリーダ・カーロ。山口昌男の『歴史・祝祭・神話』については、すでにこのブログ記事でトロツキーがらみで触れてある

書評 『ロシア革命で活躍したユダヤ人たち-帝政転覆の主役を演じた背景を探る-』(中澤孝之、角川学芸出版、2011)-ユダヤ人と社会変革は古くて新しいテーマである
・・トロツキーはウクライナの富農の家に生まれた人で本名はレフ・ブロンシュテイン

「プリンシプルは何と訳してよいか知らない。原則とでもいうのか」-白洲次郎の「プリンシプル」について
・・「ケンブリッジ大学で西洋中世史を専攻し、のちに実業界で活躍することになりながら、トロツキイも熟読していた男である」 意外と知られていない白洲次郎の素顔


■文化史家ランプレヒトの「知的系譜」

書評 『ヨーロッパとは何か』(増田四郎、岩波新書、1967)-日本人にとって「ヨーロッパとは何か」を根本的に探求した古典的名著
・・付録の「実学としての歴史学」で上原専禄についても触れている。上原専禄の師匠であった歴史家で銀行頭取でもあった三浦新七はドイツ留学時代にランプレヒトの助手をつとめていた。その三浦新七がウィーンでドープシュに師事するよう命じたという。

書評 『「東洋的専制主義」論の今日性-還ってきたウィットフォーゲル-』(湯浅赳男、新評論、2007)-奇しくも同じ1957年に梅棹忠夫とほぼ同じ結論に達したウィットフォーゲルの理論が重要だ
・・ウィットフォーゲルはランプレヒトの晩年にライプツィヒ大学で講義を受講している


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2013年3月10日日曜日

いまこそ読まれるべき 『「敗者」の精神史』(山口昌男、岩波書店、1995)― 文化人類学者・山口昌男氏の死を悼む



文化人類学者・山口昌男氏がお亡くなりになった。けさ(2013年3月10日)のことだという。享年81歳。お悔やみを申し上げます。

1981年に大学に入学して以来、山口昌男の著作はいったいどれだけ読んだことだろうか。ほとんど読んでいると思うのだが。あえて羅列することもないと思う。もっとも影響を受けた学者・知識人の一人であった。

当時はまだあった一橋大学小平分館附属図書館の開架式スペースでみつけて読みふけっていたのが、せりか書房から出ていた大型本 『人類学的思考』(1971)の初版である。筑摩書房版では多くの論文が削除されてしまったので、この初版のほうが重要なのだ。かなり戦闘的であった頃の山口昌男である。

『道化の民俗学』や『文化と両義性』といった著作もあるが、わたしはとくに『知の遠近法』(岩波書店、1978)は購入して枕元においていつも読みふけっていた。「知の遠近法を学びたまえ」という一章からつけられたタイトルだが、早いうちにこういう文章を読んでおくとアタマの柔軟性が確保されるものだと、いまになって思うのだ。

このほか、当時は文庫本で簡単に入手できた『本の神話学』(中公文庫、1977) や 『歴史・祝祭・神話』(中公文庫、1978)もなんども読んでは大きな影響を受けたものだ。このほかにも『アフリカの神話的世界』(岩波新書、1971)などフィールドワークから編み出された文化人類学の理論を扱った著作も勉強になった。『二十世紀の知的冒険』(岩波書店、1980)という世界の知性との対談集にも読みふけったものだ。

1980年代の「ニューアカ」(=ニュー・アカデミズム)ブームを牽引した浅田彰や中沢新一の師匠筋にあたるのが山口昌男。さらにその精神的師匠といえば編集者で思想家の林達夫ということになる。そのいずれの著作にも親しんでいたのは、1980年代前半の知的風景であったと思う。バブルがはじまる前のことだ。

そんなこともあって、大学学部の後期課程ではなにを専攻するかにあたっては、歴史学か人類学か言語学にするかおおいに迷っていたのだが、結局は歴史学にすることにしたのは、すでに大学二年の前期ゼミで阿部謹也先生のゼミをとっていたこと、『地の遠近法』に収録されていた中世史のジャック・ルゴフなどのフランスの歴史学者の日本における講演にかんする文章で、「歴史人類学」というカテゴリーを知っていたことも大きいかもしれない。

『地の遠近法』に収録された「第10章 歴史人類学或いは 人類学的歴史学へ-J・ル・ゴフの「歴史学と民族学の現在」をめぐって-」である。後期課程の阿部謹也ゼミナールで講読したのが、このなかでも紹介されているル・ロワ・ラデュリーの『モンタイユ』であったのも、なにかの縁だろうか。もちろん当時は『モンタイユ』の日本語訳はなかったので、ゼミナール参加者は原文のフランス語、あるいはそのドイツ語訳で読んだ。





■いまこそ 『「敗者」の思想史』を読むべきだ

岩波書店の編集者で、山口昌男や河合隼雄と「伴走」した大塚信一氏(元社長)は、『山口昌男の手紙-文化人類学者と編集者の四十年-』(トランスビュー、2007)のなかで、『挫折の昭和史』以降の後期の著作については、初期の論争的なものが失われて好事家的だと批判的であるが、わたしはこれから生きていく日本人にとっては、むしろ 『「敗者」の思想史』以降の一連の著作のほうが意味があると考えている。

『「敗者」の思想史』のつぎは『挫折の昭和史』(岩波書店、1995)そして三部作の最後となる『内田魯庵山脈―「失われた日本人」発掘』(晶文社、2001)。そしてこれから派生していった一連の著作。

たとえば、NHKでの放送をもとにした 『知の自由人たち』(NHKライブラリー、1998)、『敗者学のすすめ』(平凡社、2000)、「経営者の精神史」というありそうでなかった分野に踏み込んだ 『経営者の精神史-近代日本を築いた破天荒な実業家たち-』(ダイヤモンド社、2004)なども面白い。これはわたしがビジネスマンであることも理由の一つであろうが。

その 『敗者学のすすめ』(平凡社、2000)の出版社による紹介文は以下のようになっている。

近代日本の“タテ型社会”からはみ出しもうひとつの道を選んだ維新の敗者たち。歴史の闇に埋もれ、顧みられることのなかった彼ら敗者たちが築いた“知のネットワーク”を山口人類学が鮮やかな手法で掘り起こす。

出発点となったのが、大著 『「敗者」の思想史』(岩波書店、1995)なのである。「精神史」などという文言がタイトルに入っているが敬遠する必要はない。維新の敗者、つまり負け組となった人びとが築き上げたさまざまなネットワークを、埋もれていた古書のなかに求めて再浮上させた試みだと捉えたらいい。歴史人類学の成果である。

出版されたのは1995年、雑誌連載されたのは1991年から1994年にかけて。バブル崩壊で精神的虚脱状態に陥っていた日本人に、オルタナティブな違う生き方がるのだよと指示してくれた本であるといっていいと思う。

この大著は、現在は岩波現代文庫として二冊本となっているので、さらに読みやすくなった。目次を掲載しておこう。

1 明治モダニズム-文化装置としての百貨店の発生(一)
2 近代におけるカルチャー・センターの祖型  ―  文化装置としての百貨店の発生(二)
3 軽く、そして重く生きる術  ―  淡島椿岳・寒月父子の場合(一)
4 明治大正の知的バサラ  ―  淡島椿岳・寒月父子の場合(二)
5 敗者たちの生き方
6 敗者たちへの想像力
7 明治出版界の光と闇  ―  博文館の興亡
8 青い眼をした人形と赤い靴はいてた女の子の行方  ―  日米関係のアルケオロジー
9 二つの自由大学運動と変り者の系譜
10 大正日本の「嘆きの天使」―  吉野作造と花園歌子
11 小杉放庵のスポーツ・ネットワーク  ―  大正日本における身体的知
12 「穢い絵」の問題  ―  大正日本の周縁化された画家たち
13 西国の人気者  ―  久保田米せんの明治
14 幕臣の静岡-明治初頭の知的陰影
結びに替えて
主要参考文献
主要人名索引

この本にでてくる人名は、ほとんど知られていないものも多いし、一読しても忘れてしまうものも多々ある。だが、記憶のなかに残る人名もきっとあることだろう。いつの時代でも「負け組」として生きるということは出世街道から下りてしまうことを意味していたが、趣味人として生きるという道もあることなどさまざまな道があったことがわかるのだ。

ことしのNHK大河ドラマは『八重の桜』という、維新の負け組となった会津藩士たちのその後を描いたものだが、『「敗者」の思想史』の「5 敗者たちの生き方」と「6 敗者たちへの想像力」を読めば、新島八重(=山本八重)もさることながら、その兄であった山本覚馬という人が、いかに立派な人であったかがわかるはずだ。

明治になってから旧幕臣や佐幕派の武士たちがキリスト教徒になった者が少なくないのはなぜか、その理由と意味についても「敗者」という視点を入れることで見えてくるものがあるのだ。

戊辰戦争の鳥羽伏見の戦いで薩摩藩の捕虜となった山本覚馬が、首都移転後の京都の再興に大いに貢献したこと、その友人となったキリスト教宣教師の新島襄が同志社設立するに際して京都にもっていた土地を提供したこと、その関係で山本八重が新島襄と結婚したことなども本書に書かれている。

なぜ同志社の歴史のなかで山本覚馬や山本八重が表舞台に登場しないかは、『敗者学のすすめ』(平凡社、2000)を読むといい。そこには熊本バンドとよばれた旧武士階級のキリスト教徒たちが同志社の実権を握ったことによって、会津藩関係者が退けられていったのではないかという推測が書かれている。

旧会津藩士たちは西南戦争に参加することによって薩長に復讐するつもりが、熊本で大暴れしたことによって熊本の人たちのうらみを買ったことになるらしい。まさに「禍福はあざなえる縄のごとし」、である。

わたし自身が、維新の負け組の末裔であるということもあるが、たとえ「負け組」あるいは「敗者」となってもそれで人生のすべたが終るのではないこと、オルタナティブな生き方も可能であることを教えてくれる本なのである。

中心ではなく周縁。あたらしいことやイノベーションはつねに周縁から始まるのである。敗者もまた、周縁に位置する者たちだ。

だからこそ、これからの日本人にとって 『「敗者」の精神史』は読み継がれていくべきだし、その著者である山口昌男氏のことも記憶に残ってほしいと思うのである。




<関連サイト>

文化人類学者の山口昌男さん死去 日本の知の世界牽引“ニューアカデミズムの祖”(MSN産経 2013年3月10日)

NHK大河ドラマ 『八重の桜』 (公式サイト)



<ブログ内関連記事>

『本の神話学』 と 『歴史・祝祭・神話』が岩波現代文庫から復刊!-「人類学的思考」の実践のために

山口昌男の『道化の民俗学』を読み返す-エープリルフールといえば道化(フール)②

書評 『学問の春-<知と遊び>の10講義-』(山口昌男、平凡社新書、2009)-最後の著作は若い学生たちに直接語りかけた名講義

書評 『河合隼雄-心理療法家の誕生-』(大塚信一、トランスビュー、2009)-メイキング・オブ・河合隼雄、そして新しい時代の「岩波文化人」たち・・・
・・「西洋中世史のゼミナールに属しながらも、自分自身を西洋人にはまったくアイデンティファイできない私は、どちらかというと文化人類学的な思考方法には大きく惹かれていたし、1980年代初頭にいわゆるニューアカ(・・ニューアカデミズムの略称)とよばれた浅田彰や中沢新一の出現を準備したともいえる山口昌男の『知の遠近法』(岩波書店、1979)は、大学一年のときからベッドの枕もとのミニ書棚において、寝る前にしょっちゅう読んでいたものである」・・山口昌男の『知の遠近法』を読みふけっていた当時の回想である

書評 『ノモンハン戦争-モンゴルと満洲国-』(田中克彦、岩波新書、2009)-もうひとつの「ノモンハン」-ソ連崩壊後明らかになってきたモンゴル現代史の真相

「メキシコ20世紀絵画展」(世田谷美術館)にいってみた
・・敗者トロツキーとフリーダ・カーロ

ヘルメスの杖にからまる二匹の蛇-知恵の象徴としての蛇は西洋世界に生き続けている
・・ヘルメス(=マーキュリー)は山口昌男のトリックスター論の典型

エープリル・フール(四月馬鹿)-フールとは道化のこと
・・山口昌男の『道化の民俗学』を参照

「幕末の探検家 松浦武四郎と一畳敷 展」(INAXギャラリー)に立ち寄ってきた・・敗者と人類学者の関係

書評 『武士道とキリスト教』(笹森建美、新潮新書、2013)-じつはこの両者には深く共通するものがある

「敗者」としての会津と日本-『流星雨』(津村節子、文春文庫、1993)を読んで会津の歴史を追体験する

Tommorrow is another day (あしたはあしたの風が吹く)
・・「南北戦争」の「敗者」であるアメリカ南部

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