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2014年2月15日土曜日

『本の神話学』 と 『歴史・祝祭・神話』が岩波現代文庫から復刊! ― 「人類学的思考」の実践のために



『本の神話学』 と 『歴史・祝祭・神話』が岩波現代文庫から復刊された! これはじつにうれしいことだ。

『本の神話学』は、大学時代のわたしにとって豊穣な知の世界への扉を開いてくれた最強の読書ガイドであった。『歴史・祝祭・神話』を読んで、ロシア革命のトロツキーと南北朝時代日本のバサラを知り知的に興奮した。「歴史人類学」という方向性に目覚めたのもこの本の影響だ。

もともと1970年代後半(!)に中公文庫として文庫化されたこの2冊は、山口昌男の著作としてはいちはやく文庫化されただけでなく、文庫として入手できるものは長いあいだこの2冊しかなかった。当時の大学生でも買うことができたこの2冊の文庫本を熱中して読んだの大学2年の頃。『本の神話学』は、なんと3冊も(!)買ったくらいだ(笑)。

ともに「中央公論」に掲載された雑誌論文を単行本化したものである。『歴史・祝祭・神話』のほうがテーマ性が明確だが、『本の神話学』は繰り返し何度読んでもそのたびに知的に興奮させられる内容であった。いまパラパラと読み返してみてもそれはつよく感じる。

『本の神話学』における山口昌男はきわめて挑発的だ。日本の知的風土に風穴をあけるというよりも、ほとんど暴力的にひっかきまわすという姿勢は、若い世代からすればきわめて魅力的に映ったものであったのだ。あの頃からは少しはマシになったと思うのだがどうだろうか。

購入して手元に置いていたのがこの2冊の文庫本と『知の遠近法』(岩波書店)。これもまた「中央公論」に連載されていたものだが、単行本は岩波書店から出版されたために、なかなか文庫化されなかった(・・現在は岩波現代文庫に収録)。

山口昌男の著作や論文は大学図書館でむさぼるように読みつくした。バブル期に入る前の「ニューアカ」ブームの頃、浅田彰や中沢新一といった「ニューアカ世代」の師匠の世代の山口昌男を出発点にさまざまな分野に手を出すことになった。だから、現在のわたしをつくった基礎のひとつに山口昌男の著作群があるといえる。




山口昌男の師匠にあたる世代の林達夫もまた中公文庫から何冊もでていたが、そんなこともあって、平凡社から出版されていた『林達夫著作集全6巻』を購入したのもその影響である。当時、平凡社は倒産して再建中だったが、大学生協で「がんばれ平凡社フェア」なるものが企画されていて、2割引きで購入したのであった。

久野収が聞き役となった林達夫の『思想のドラマトゥルギー』(平凡社選書、1974 現在は平凡社ライブラリー)を熟読していたのもその頃のことだ。なるほど、わたしの「教養」のベースがどこにあるかが回想すると明らかになってくる。


■『本の神話学』は山口昌男によるチャレンジングな「書評」である

こんなことを書きだすと、話がどんどんそれていってしまう恐れがあるので、まずは『本の神話学』の「目次」を紹介しておこう。

『本の神話学』 目次

二十世紀後半の知的起源
  思想史としての学問史
  ピーター・ゲイの『ワイマール文化』
  精神史の中のワールブルク文庫 
ユダヤ人の知的熱情
  ユダヤ人の知的環境
  構造とかたち
  知の存在形式としての亡命
  受難と知的熱情
モーツァルトと「第三世界」 
  モーツァルトの世紀
  二十世紀オペラのアルケオロジー
  音楽的思考
  現象学的モーツァルトと「第三世界」
 「社会科学」としての芸能
  政治とその分身
  政治の論理と芸能の論理
   シェイクスピア劇における芸能の論理
 見世物小屋としての世界
もう一つのルネサンス
  蒐集家の使命  (⇒ エドゥアルト・フックス『風俗の歴史』  世界の本とルネサンス
  ルネサンスと本の世界
  カバラの伝統-ゲーテ、フロイト、ボルヘス
  知の越境者
補遺 物語作者たち

いずれも圧倒的に膨大な量の読書を背景に、これでもかこれでもかと投げつけてくるような、ある意味では暴力的なまでの姿勢が若き日のわたしを大いに魅了した。

あとから読むと部分部分では間違った記述も散見されるのだが、勢いで押し切る、猛烈にしゃべりまくるという感じである。それがまた魅力であるといえよう。いわば「知の暴走族」とでもいう存在だったというべきか。

『本の神話』からいくつか引用しておきたいと思う。

まずは、「二十世紀後半の知的起源」から。すでに時代は21世紀も10年代だが、いまという時代ももまた20世紀後半の延長線上にあることを考えれば、けっして古くなったとはいえまい。

まさにその最良の部分においてワイマール文化は研究所と私塾の文化であったといっても過言ではないように思われる。

E・H・ゴンブリッチは「私は "ワールブルク" 文化学文庫として創立された研究所の所長をしております。この文庫の創立者のアビ・ワールブルクはカール・ランプレヒトの弟子でありました。御存知のように、ランプレヒトは文化心理学の代表選手で、政治史だけにしか関心を示さない諸々の専門的歴史学者と、生涯を通じて絶え間なく闘い抜いた人であります。ワールブルクもランプレヒトも、ヤーコプ・ブルクハルトの巨像を恭敬の眼差しで仰ぎ見ておりました」とワールブルクについて語る。

引用からさらに引用することを孫引きというが、わたしの本意はそこにはない。「引用」という方法論もまた、きわめて重要なものであることを示したかったからである。引用をして「知的系譜」を語らせるという手法であり、どの個所を引用するかに、引用する側の個性と力量が見えてしまうからだ。

この引用を行ったのは、ランプレヒトの名前がでてくるからでもある。一橋大学の「歴史学」の知的系譜の原点には、東京商科大学時代の大正時代、「一橋ルネサンス」と呼ばれた時期に、カール・ランプレヒトの愛弟子で10年にわたって助手もつとめた三浦新七という歴史学者で銀行頭取がいるからだ。

ブルクハルト → ランプレヒト → 三浦新七 → 上原専禄 → 阿部謹也 という「一橋歴史学」における「知的系譜」があるのだが、文化史家ランプレヒトの影響力がこの系譜以外にも、きわめて多岐にわたってじつに大きいことを再確認したいがためでもある。古典文献学者として出発したニーチェを発掘した、『イタリア・ルネサンスの文化』の著者ブルクハルトに比べると一般にはあまり知られることのないランプレヒトだが、もっと光があたるべきだと考えている。

(マイ蔵書から)

「ユダヤ人の知的熱情」からもいくつか引用しておきたいと思う。山口昌男がなぜこのテーマで語るのか、日本の知的風土へのアンチテーゼでもあるユダヤ的知性に憧れにもにた理想形を見ているからだろうか。もちろん、これもまたわたし自身の問題関心からの引用である。

蓄財へのエネルギーが知的エネルギーに転化するという、ユダヤ人においてみられ、われわれのまわりにあまり見当たらない学問環境

「かれらはすべてユダヤ人社会の境界を乗り越えていった。かれらはすべてユダヤ人社会が狭量で、古くさく、圧制的なものを宿していると感じた。・・(中略)・・ かれらはそれぞれの国で、その周辺や片隅に空間を求めてそこに生活していた。みな社会の中にあると同時に、よそ者であった。みんな社会に属していながらその社会にはうけいれられていない。かれらに・・・・・・広い新しい地平にその精神を飛躍せしめ、またはるかの未来にまで考えをすすめることを可能ならしめたのはまさにこの点であった」(ドイッチャー、前掲書、36頁、傍点山口)
この一節だけでも十分後世に残りうるエッセイ集『非ユダヤ的ユダヤ人』の中で、ドイッチャーはまさにユダヤ人の「非ユダヤ化」の中において成立した普遍的知性を、その本源的<状況>において言い当てている。

後者は、社会主義者で評伝作家でもあったアイザック・ドイッチャーの『非ユダヤ的ユダヤ人』(岩波新書、1970)の一節からの引用の引用である。『トロツキー』や『スターリン』といった大著は日本語にも翻訳されているドイッチャーのこの本もぜひ読んでほしいもの。「非ユダヤ的ユダヤ人」(Non-Jewish Jew)というドイッチャーのコンセプトは、「非日本的日本人」へのヨコ展開も考えてみたいものだ。

百貨店のシステムがユダヤ人の商行為において発生しているという事実は、無選択な西欧文化の導入に「近代化」の努力を積み重ねてきたお人よしの西欧近代の私生児である日本人にはあまり知られていないようである。

「無選択な西欧文化の導入に「近代化」の努力を積み重ねてきたお人よしの西欧近代の私生児である日本人」! おお、なんという的確な表現であることか! わかりにくい悪文ではあるが。 

ただし、この次につづく文章に「マーカス=スペンサー」という個人商店j起源の話がでて、個人商店の本質についての説明がなされているが、間違いが多々ある。マーカス&スペンサーはユダヤ系商人の創業で現在はエジプト人実業家が所有している。強引な論理展開や事実誤認の多い山口昌男の欠点が露呈しているといえる。

ユダヤ人が対象に対して心理的感情移入を停止して、対象をサインに転化し、サインを、それを構成する要素間の関係において一元的に捉える思惟に長じているという点と微妙に対応していて興味深いではないか。こういういい方をすると、神秘化をはかる立言としてついていけないと人はいうかもしれないが、事物との馴れ合いからおのれを剥離する構造論的分析の論理学と、同じくウィーンのユダヤ人の財産家の出で、自分が継承した遺産のすべてをリルケに渡してしまったルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタインの、言語との馴れ合いから自らを剥離することに対する熱情・・(以下略)・・

経済史家ヴェルナー・ゾンバルトの『ユダヤ人と資本主義』からの引用で、百貨店の質屋起源説を紹介した文章の引用を受けたものだが、留保つきながらこの点には同意する。

わたし的にはゾンバルトもさることながら、経済学者アルフレッド・マーシャルの貨幣とユダヤ人の関係にかんする考察をもってきたほうが、抽象思考に富み、普遍志向のつよいユダヤ的思考をあぶりだしやすいと思うのだが。というのも、わたしの卒論は『中世フランスにおけるユダヤ人の経済生活』というものだから、この分野は徹底的に研究している。


■『歴史・祝祭・神話』はそれ自体が一つの世界を形成

『歴史・祝祭・神話』 は、「第1部 鎮魂と犠牲」と「第2部 革命のアルケオロジー」の2本の論文で構成された、それ自体が一つの世界を形成しているので、断片的な紹介をしても意味はないだろう。

文化人類学者という肩書の山口昌男であるが、政治人類学、象徴人類学、歴史人類学の領域に足を踏み込んだ論考であるといってよい。




「目次」を紹介しておこう。


『歴史・祝祭・神話』 目次

第1部 鎮魂と犠牲
 ガルシア・ロルカにおける死と鎮魂
 祝祭的世界-ジル・ド・レの武勲詩
 日本的バロックの原像-佐々木道誉と織田信長
 犠牲の論理-ヒトラー、ユダヤ人
第2部 革命のアルケオロジー
 「ハタモノ」選び
 空位期における知性の運命
 スターリンの病理的宇宙
 トロツキーの記号学
 神話的始原児トロツキー
 メイエルホリド殺し

ヒトラーやスターリン、トロツキーについては説明は不要だろうが、それ以外のあまり知られていない人物については簡単にわたし流のコメントを加えておこう。

ガルシア・ロルカは、カタロニアの詩人で劇作家。カナダ出身のユダヤ系詩人でシンガーソングライターのレナード・コーエンもロルカをテーマにした曲をつくっている。

ジル・ド・レ元帥は、フランス救国の少女ジャンヌ・ダルクの同時代でともに戦った武人だが、少年へ虐待と虐殺に性的興奮を感じるという猟奇的な人物。そのために告発され ジャンヌ・ダルクと同じく火刑台に送られることになる。いかにも澁澤龍彦好みの人物でもある。

佐々木道誉は、南北朝時代のバサラ大名。バサラ(婆娑羅)とは派手好みで傍若無人な振る舞いをあらわした表現で下剋上を体現した精神。まさに日本的バロックというのがふさわしい。戦国時代が終わり、バサラ精神はカブキ精神に引き継がれる。

アルケオロジーは一般には「考古学」という日本語で表現されるが、アルケーというギリシア語には「はじまり」「原初」といった意味があるので、神話的「始原」児トロツキーという捉え方が面白い。


(「神話的始原児トロツキー」に掲載されている画像のカラー原版 wikipediaより)


「ハタモノ」は日本語の「磔者」(はたもの)のこと。犠牲となって磔(はりつけ)になった者のことである。日本民俗学においては、菅原道真や佐倉惣五郎などの御霊信仰(ごりょうしんこう)を想起したい。

メイエルホリドは革命期ロシアからソビエト時代にかけての演出家。スターリンの粛清によって世を去った。

目次にはでてこないものも含め、祝祭、演劇、バロック、バサラ、犠牲(ヴィクティム)、宇宙、記号論といった山口昌男特有の用語が散りばめられた『歴史・祝祭・神話』は、政治人類学や象徴人類学、そして歴史人類学への道を切り開くものでもある。

そもそも社会主義者でもなく、社会主義にも社会主義政党にも共感を抱いたことのないわたしがトロツキーに多大な興味をもち、メキシコはコヨアカンのトロツキー旧宅と墓を詣で、トロツキーの著書 『ロシア革命史』 や 『裏切られた革命』、そして『自伝』にいたるまで読んだのは、山口昌男の『歴史・祝祭・神話』に出発点がある。

なぜか「勝ち組」よりも「負け組」のほうに関心があるのは、子ども時代の頃からだが、山口昌男の晩年の代表作が 『「敗者」の精神史』(山口昌男、岩波書店、1995)であることを考えると、山口昌男に共感する素地といったものが、自分のなかに最初から存在していたのではないかとも思うのである。

人生は勝ち負けで決まるものではない。「敗者」や「負け組」のなかにこそ、豊かな知と精神の世界があることに気がつくためにも、山口昌男の仕事はぜひ若い人にも読んでほしいと思うのである。




<ブログ内関連記事>

■山口昌男関連

山口昌男の『道化の民俗学』を読み返す-エープリルフールといえば道化(フール)②

いまこそ読まれるべき 『「敗者」の精神史』(山口昌男、岩波書店、1995)-文化人類学者・山口昌男氏の死を悼む

書評 『学問の春-<知と遊び>の10講義-』(山口昌男、平凡社新書、2009)-最後の著作は若い学生たちに直接語りかけた名講義

ヘルメスの杖にからまる二匹の蛇-知恵の象徴としての蛇は西洋世界に生き続けている
・・ヘルメス(=マーキュリー)は山口昌男のトリックスター論の典型

「セルフブランディング」と「セルフプロデュース」、そして「ストーリー」で「かたる」ということ-「にせベートーベン事件」に思う
・・博覧強記の作家・種村季弘(たねむら・すえひろ)氏の『ぺてん師列伝-あるいは制服の研究-』と『山師カリオストロの大冒険』を紹介してある

書評 『河合隼雄-心理療法家の誕生-』(大塚信一、トランスビュー、2009)-メイキング・オブ・河合隼雄、そして新しい時代の「岩波文化人」たち・・・
・・文化人類学者の山口昌男、哲学者の中村雄二郎、心理療法家の河合隼雄が、新しい時代の「岩波文化人」を形成した知の変革者三人

『ちょっと本気な 千夜千冊 虎の巻-読書術免許皆伝-』(松岡正剛、求龍堂、2007)で読む、本を読むことの意味と方法
・・山口昌男の『本の神話学』で試みた方法とくらべてみる


■ユダヤ的知性とワールブルク文庫

『ユダヤ教の本質』(レオ・ベック、南満州鉄道株式会社調査部特別調査班、大連、1943)-25年前に卒論を書いた際に発見した本から・・・

書評 『緑の資本論』(中沢新一、ちくま学芸文庫、2009)-イスラーム経済思想の宗教的バックグラウンドに見いだした『緑の資本論』

『蛇儀礼』 (アビ・ヴァールブルク、三島憲一訳、岩波文庫、2008)-北米大陸の原住民が伝える蛇儀礼に歴史の古層をさぐるヒントをつかむ
・・アビ・ワールブルクと「ワールブルク文庫」、ウォーバーグ財閥


■メキシコとトロツキー

「メキシコ20世紀絵画展」(世田谷美術館)にいってみた (2009年8月)
・・メキシコにおけるトロツキーとフリーダ・カーロ。山口昌男の『歴史・祝祭・神話』については、すでにこのブログ記事でトロツキーがらみで触れてある

書評 『ロシア革命で活躍したユダヤ人たち-帝政転覆の主役を演じた背景を探る-』(中澤孝之、角川学芸出版、2011)-ユダヤ人と社会変革は古くて新しいテーマである
・・トロツキーはウクライナの富農の家に生まれた人で本名はレフ・ブロンシュテイン

「プリンシプルは何と訳してよいか知らない。原則とでもいうのか」-白洲次郎の「プリンシプル」について
・・「ケンブリッジ大学で西洋中世史を専攻し、のちに実業界で活躍することになりながら、トロツキイも熟読していた男である」 意外と知られていない白洲次郎の素顔


■文化史家ランプレヒトの「知的系譜」

書評 『ヨーロッパとは何か』(増田四郎、岩波新書、1967)-日本人にとって「ヨーロッパとは何か」を根本的に探求した古典的名著
・・付録の「実学としての歴史学」で上原専禄についても触れている。上原専禄の師匠であった歴史家で銀行頭取でもあった三浦新七はドイツ留学時代にランプレヒトの助手をつとめていた。その三浦新七がウィーンでドープシュに師事するよう命じたという。

書評 『「東洋的専制主義」論の今日性-還ってきたウィットフォーゲル-』(湯浅赳男、新評論、2007)-奇しくも同じ1957年に梅棹忠夫とほぼ同じ結論に達したウィットフォーゲルの理論が重要だ
・・ウィットフォーゲルはランプレヒトの晩年にライプツィヒ大学で講義を受講している


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2012年10月20日土曜日

書評 『松丸本舗主義-奇蹟の本屋、3年間の挑戦。』(松岡正剛、青幻舎、2012)-3年間の活動を終えた「松丸本舗」を振り返る




「松丸本舗」が、残念なことに先月9月末をもって三年間の活動を終えてしましました。

丸善丸ノ内本店4階の奥に儲けられた「書店内書店」、「ショップ・イン・ショップ」としての「松丸本舗」は、現代の「知の巨人」である松岡正剛氏がディレクションを行ったリアル書店でした。まさに、松岡正剛の脳内をそのまま「見える化」したような本棚だったといってよいでしょう。

リアル書店がいまや衰退過程にあるというのは否定できない事実ですが、リアル書店体験と図書館体験が、いまのわたしとわたしのライブラリー(蔵書)をつくりあげたことは、否定しようのない事実ですし、多くの人にとってもそれは共通する体験ではないでしょうか。

なにかが形成されるためには、かならずコアとなるものがモデルとして設定され、それを骨格にして枝葉がつけられていくもものだからです。

わたしにとっては、そのコアになたものとは、1980年代前半の一橋大学附属図書館(・・とくに開架式だったいまは亡き小平分館)が、1990年代の書原・杉並本店(南阿佐ヶ谷駅前)でした。

前者は、図書館コードで整理されていたものの、専門関係以外の書籍の「本の蔵」であり、後者はカオス的な「本の森」でありました。ともに、20歳代と30歳代にたまたま出会った図書館であり、リアル書店でありました。

だから、松丸本舗は、すでに骨格ができあがっているわたしと、わたしのライブラリー(蔵書)にとっては、あくまでも「参照系」であったのでした。

もちろん、松岡正剛氏の著作はかなり以前から読んでいて、その「知の巨人」ぶりには憧憬の念を抱いてきたことは、このブログでもすでに何度か書いてきたことです。とくに、その書原で購入した『ブックマップ』(工作舎)ほど影響を受けたブックガイドはほかにないかもしれません。いったい書原では、いくら散財したのか計算すらしたことがありません(汗)

松丸本舗には圧倒されながらも、そこでは一冊も購入したことはありません。その意味では、松丸本舗の存続には、金銭的にはなんら貢献をしておりません。

冒頭に写真を掲載しましたが、「松丸本舗」についての本を、amazonで買うというのもまた、「いま」という時代なのかもと思ってみたりもします。本は重いから、できるだけ書店では購入したくないというのも、偽らざる気持ちです。「松丸本舗」でみた本を丸善丸ノ内店の別のフロアで購入するお客さんが少なくなかったというのも、うなづける話です。

「松丸本舗」閉鎖後の10月になってからタイミングよく出版された本書 『松丸本舗主義 奇蹟の本屋、3年間の挑戦。』(松岡正剛、青幻舎、2012)によれば、継続にあたっては、いろいろ問題があったことが示唆されています。

丸ノ内の東京駅前という一等地で店舗スペースを提供していた丸善も、ジュンク堂と一緒に大日本印刷の傘下に入るなど、出版業界をめぐる変化も無視できません。

わたし自身は、出版業界の人間ではありませんが、ビジネスという観点からみたら、文化とビジネスをいかに両立(?)させるのが、いかにむずかしいかは容易に想像できます。

残念ではありますが、「松丸本舗」はあくまでも実験であったというべきなのではないかと思うわけです。特別の思い入れがあったわけではないからでもありますが、ベンチャーとして捉えれば、とりあえず今回は撤収を余儀なくされたとはいえ、また別の形でチャレンジすることもありかな、と。

チャレンジすることに意義があるのです。また、あらたな形でのチャレンジがなされることを期待していますが、それは松岡正剛氏自身によるものでなくてもいい。

じっさい、本書にも書かれていますが、中国・韓国・台湾では、この実験店舗が大いに注目されて視察があいついでいたとか。承継者は日本以外であるのかもしれません。

どんな分野であれ、先駆者というものは、かならずしも成功するわけではないが、しかしそのチャレンジそのものは、かならずや人々の記憶のなかに残るものです。

とりあえずは、この500ページを越える『松丸本舗主義 奇蹟の本屋、3年間の挑戦。』を読んでみるといいでしょう。「松丸本舗」の挑戦とは何であったかがわかるだけでなく、松岡正剛氏の発想を知るうえでも面白い本だといっていでしょう。





目 次

夢か幻か 福原義春
第Ⅰ章 松丸本舗の旋法-われわれは何に挑戦したのか(松岡正剛)
千夜千冊の夜/ブックウェアの誕生/本棚をつくる/本屋の問題/ほったらかしの読書/意外な事態/松丸本舗の評判/背景で動くもの/季節のある日々/記憶とブックパーティ/九条の旋法/一通の私信/本の森・電子の海/青い花
松丸本舗全体図

第Ⅱ章 松丸本舗・全仕事-1074日・700棚・5万冊・65坪
1. 本屋のブランドをつくる
2. 本棚を編集工学する
3. 本と人をつなぐ
4. 目利きに学ぶ
5. 「ものがたり」を贈る
6. 共読の扉をひらく

第Ⅲ章 気分は松丸本舗-各界から寄せられたメッセージ
第Ⅳ章 松丸本舗クロニクル-本だらけ、本仕込み、そして松「○」本舗

あとがき(松岡正剛)


<関連サイト>

【著者に聞きたい】 松岡正剛さん『松丸本舗主義 奇蹟の本屋、3年間の挑戦。』 2012.12.9(MSN産経ニュース) (2012年12月10日 追加)

千夜千冊 1552夜ジェイソン・マーコスキー『本は死なない』(松岡正剛、2014年7月31日)
・・『松丸本舗主義』における実験が取り上げられている


<ブログ内関連記事>

書評 『もうすぐ絶滅するという紙の書物について』(ウンベルト・エーコ、ジャン=クロード・カリエール、工藤妙子訳、阪急コミュニケーションズ2010)-活版印刷発明以来、駄本は無数に出版されてきたのだ

『ちょっと本気な 千夜千冊 虎の巻-読書術免許皆伝-』(松岡正剛、求龍堂、2007)で読む、本を読むことの意味と方法

「知の風神・学の雷神 脳にいい人文学」(高山宏 『新人文感覚』全2巻完結記念トークイベント)に参加してきた

『随筆 本が崩れる』 の著者・草森紳一氏の蔵書のことなど

書籍管理の"3R"



なお、『人生を変えるアタマの引き出しの増やし方』(佐藤けんいち、こう書房、2012)の「第3章」でも紹介した「松丸本舗」ですが、書籍をおもちの方は、145ページですので、「2012年9月末に閉鎖」と書き加えておいていただけると幸いです。



 
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2011年10月26日水曜日

スティーブ・ジョブズの「読書リスト」ー ジョブズの「引き出し」の中身をのぞいてみよう!


 先日56歳の若さで亡くなったスティーブ・ジョブズ氏は、会社経営者ではありましたが、独創性のかたまりで、ある意味では「革命家」といってもよい存在でした。

 若き日にインドを放浪し、仏教徒になって禅仏教に傾倒していたことは、最近よく知られるようになってきたといってよいでしょう。

 では、ジョブズ(・・以下、敬称略)の「発想の源泉」は、ほかにはどんなところにあったのか? 手っ取り早く知るには、どんな本を読んでいたかをみるのが一番ですね。

 「蔵書をみれば、持ち主のアタマの中身がわかる」とはよく言われるところです。

 残念ながらジョブズの蔵書は公開されていませんし、「断捨離」の ZEN ライフを実践していたジョブズのことですから蔵書はもたない主義だったかもしれませんし、電子ブックとして iPad でしか読まなくなっていのかもしれません。したがって、詳細は現在のところわかりません。

 ただ、面白い記事がウェブ上に公開されてますので紹介したいと思います。

 The Steve Jobs Reading List: The Books And Artists That Made The Man というタイトルの記事です。日本語なら「ジョブズの読書リスト-この男をつくった本とアーチストたち」となるでしょうか。

 この記事の冒頭に引用されているジョブズのコトバ "I like living at the intersection of the humanities and technology."(人文科学とテクノロジーのインターセクションで暮らすのを好んでいる)に端的に表現されているように、ジョブズがテクノロジーと人文学の両分野で本を読み込んでいたことがよくわかる読書リストです。

 では、この記事にあげられている書名について、具体的に一冊一冊について見ていくこととしましょう。

●Clayton Christensen's "The Innovator's Dilemma
『イノベーションのジレンマ-技術革新が巨大企業を滅ぼすとき-(増補改訂版)』(クレイトン・クリステンセン、玉田 俊平太=監修、伊豆原 弓訳、 翔泳社、2001)
・・これは言うまでもなく、研究開発型企業の関係者の必読本。ジョブズはなんどもなんども読み込んでいたようです。

●Ron Rosenbaum's 1971 Esquire article "Secrets of the Little Blue Box"
・・これはウェブ上にアップされていますので、http://www.lospadres.info/thorg/lbb.html から読むことができます。また、“Secrets of the Little Blue Box”The 1971 article about phone hacking that inspired Steve Jobs. という記事も参照。

●英文学
ジョブズのコトバが引用されています。
"I started to listen to music a whole lot, and I started to read more outside of just science and technology -- Shakespeare, Plato. I loved King Lear,"Moby-Dick" and Dylan Thomas'."

「読書にかんしては、サイエンスとテクノロジー以外の世界-シェイクスピアもプラトンも読んだ。『リア王』、『モビー・ディック(白鯨)』、それにディラン・トーマスの詩が好きだ」(ジョブズ)
・・シェイクスピアのなかでも『リア王』が好きだという人はあまり聞いたことがないですが、「追放された王」というリア王の物語は、なんだか意味深な感じもしないでもありません。


●Shunryu Suzuki's "Zen Mind, Beginner's Mind"
『禅マインド ビギナーズ・マインド』(鈴木俊隆 、松永太郎訳、サンガ、2010)

・・2010年に日本語訳がでました。鈴木俊隆老(すずき・しゅんりゅう)師は、サンフランシスコ禅センターを中心に活動していました。ジョブズの禅の先生の一人ですね。


●Chogyam Trungpa's "Cutting Through Spiritual Materialism"
『タントラへの道-精神の物質主義を断ち切って-』(チョギャム・トゥルンパ、めるくまーる、1981)

・・チベット仏教の僧侶による英語の説教。日本語訳は入手不能です。「読書リスト」にはチベット仏教の本もこの一冊あげられていますので、ジョブズはあえて禅仏教を選び取ったのだということがわかります。米国では禅仏教とチベット仏教が仏教では二大勢力。後者ではリチャード・ギアが有名です。 


●Paramahansa Yogananda's "Autobiography of a Yogi"
『あるヨギの自叙伝』(パラマハンサ・ヨガナンダ、森北出版、1983)

・・とくにこの本は、ジョブズが生涯のあいだに、なんどもなんども読み返し読んだ本だそうです。iPad2 に唯一ダウンロードしていた本だとか。わたしは読んだことがありませんが、amazon のレビューでは高評価を得ていますね。


●"Be Here Now"
『ビー・ヒア・ナウ―心の扉をひらく本-』(ラム・ダス、ラマ・ファウンデーション、吉福伸逸/スワミ・プレム・プラブッタ/上野圭一訳、平河出版社、1987)

・・「いま、ここに」というのは、刹那を重視する仏教の教えでもあります。ジョブズのマインドセットを規定していた思考がうかがえます。


●"Diet for a Small Planet" by Frances Moore Lappe
『小惑星のためのダイエット』(フランセス・ムーア・ラッペ)
・・日本語訳はまだないようですが、英語版はすでに出版から20年以上たっているようですね。ぜひ読んでみたい本です。


●Arnold Ehret's "Mucusless Diet Healing System"
『無粘液ダイエット・ヒーリング・システム』(アーノルド・エアレット)
・・この本も、日本語訳はまだないようですね。わたしも中身については知りません。断食好きなジョブズらしいチョイスです。


 「ジョブズの読書リスト」、みなさんはどんな感想をお持ちですか?

 正直いって、かなり異質な「変わり者」ではないかという印象を受けませんか?

 禅仏教の本やインド関係の本など、とともに、いかにも1960年代から1970年代の西海岸の影響のなかにどっぷりと浸かっていた人だなあという印象を持ちますね。断食やダイエット関係の本もその延長線上にありそうです。

 若い日の読書として、プラトンの対話編や、シェイクスピアの『リア王』やメルヴィルの『白鯨』などの英文学もあがっていますね。これらはみな若い頃の読書です。

 つまるところ、ジョブズの発想の源泉はビジネス書ではない、ということですね。

 ビジネス書だけ読んでるようじゃ、ジョブズみたいにはなれないということですね。すくなくともジョブズのような独創的な発想はでてこない。もちろん、ジョブズは経営者でありながら、ビジョナリー的要素の強い人であったわけですが。

 ビジネス書をいくら読んでも、人間の中身は形成されないということでしょう。ビジネス書は、あくまでも「術」を書いた本にすぎませんから。人間の生き方にかかわる「道」を説いた本は、ビジネス書にはあまりないといっても言い過ぎではないでしょう。すくなくともジョブズが読んでいたのは、いわゆる「自己啓発本」ではありません。もっと深いレベルの本です。

 誰もがジョブズになれるわけではありませんが、「人文科学とテクノロジーのインターセクション」というジョブズのコトバ、ぜひ若い人たちには味わってほしいものだと思います。豊かな体験や、人文的教養があってこそ、ビジネスの発想力も生まれてくるのです。

 それにくわえて、経営学をはじめとする「社会科学」が加わってきますが、ビジネス書も自己啓発書は別として、経営書のレベルまでいけば、立派な社会科学書ということができるでしょう。

 くれぐれも、ビジネス以外の本はまったく読んだことがないという「つまらない人」になってしまわないように! ちょっと変わっているくらいでいいのです。

 ジョブズがいう "Think different" という発言の背景に何があるのか、すこしでも参考になったのであれば幸いです。





<関連サイト>

日本人が知らないアメリカ起業哲学の源流 アイン・ランドは何を説いたのか (脇坂あゆみ :翻訳家、東洋経済オンライン、 2016年1月18日)
・・「スティーブは大きなことをして成功したいと思っていたし、ちゃんとした儲かる会社を興すことがそのための道だと考えていた。そしてそういう方向に進んでいった。彼という人物のなかでその部分はずっと変わらなかった。(・・中略・・) 彼は最終的に求めるものが違っていた。会社を興して成功したがっていた。指南書みたいな本も読んでいた。当時彼が話していたのは『肩をすくめるアトラス』とかだったかな。彼にとって本は世界で違いを生み出すためのガイドブックだった。で、それは会社を興すことから始まった。製品を作って利益を出す。その利益を投資してもっと利益を出す、さらにいい製品を作る。どれだけいい会社かは、利益によって測られるってね」、とアップル創業時の盟友ウォズニアックはジョブズの死に際して語っているという。
『肩をすくめるアトラス』は、アメリカの哲学小説家アイン・ランド(Ayn Rand)が1957年に発表した小説。ビジネス関係者や起業家に絶大な影響を与えてきたという。

(2016年1月18日 項目新設)


<ブログ内関連記事>

■ジョブズ関連

グラフィック・ノベル 『スティーブ・ジョブズの座禅』 (The Zen of Steve Jobs) が電子書籍として発売予定

三宅一生に特注したスティーブ・ジョブズのタートルネックはイタリアでは 「甘い生活」(dolce vita)?!

巨星墜つ-アップル社のスティーブ・ジョブズ会長が死去 享年56歳 (1955 - 2011)

カリスマが去ったあとの後継者はイノベーティブな組織風土を維持できるか?-アップル社のスティーブ・ジョブズが経営の第一線から引退

三宅一生に特注したスティーブ・ジョブズのタートルネックはイタリアでは 「甘い生活」(dolce vita)?!

スティーブ・ジョブズはすでに「偉人伝」の人になっていた!-日本の「学習まんが」の世界はじつに奥が深い


■ジョブズの実践と重なるテーマ

「半日断食」のすすめ-一年つづけたら健康診断結果がパーフェクトになった!

成田山新勝寺「断食参籠(さんろう)修行」(三泊四日)体験記 (総目次)

書評 『修道院の断食-あなたの人生を豊かにする神秘の7日間-』(ベルンハルト・ミュラー著、ペーター・ゼーヴァルト編、島田道子訳、創元社、2011)

書評 『インド 宗教の坩堝(るつぼ)』(武藤友治、勉誠出版、2005)-戦後インドについての「生き字引的」存在が宗教を軸に描く「分断と統一のインド」

"Whole Earth Catalog" -「テクノロジーとリベラルアーツの交差点」を体現していたジョブズとの親和性

(2014年9月1日、2015年2月9日、9月5日 情報追加)



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2010年8月25日水曜日

書評『ヒトラーの秘密図書館』(ティモシー・ライバック、赤根洋子訳、文藝春秋、2010)ー「独学者」ヒトラーの「多読術」




■独学者ヒトラーの「多読術」。蔵書によって知るヒトラーの精神形成と蔵書の運命■

 本好きの人間がよそのお宅にお邪魔したとき、まず目に跳び込んでくるのが、その家の住人の書棚であり蔵書である。

 どんな本を持っているのか、どんな本を読んでいるのかが非常に気になるのだ。そして一瞬にして直感的に掴んでしまう。あえて、その話題をクチにすることはないとしても。

 なぜなら、個人の蔵書を見ることは、その人の頭の中身を知ることに等しいからだ。

 人は蔵書によって、頭の中身をハダカでさらしているようなものだ。本の選択によって、趣味もセンスもすべてが露わになってしまう。

 よっぽどのことがない限り、自分の蔵書は人には見せたくないし、見られたくないという気持ちが働く。だから、著名人の本棚拝見という雑誌企画は、いつの時代でもかならず一定量の読者を確保するのである。

 さて、本書『ヒトラーの秘密図書館』(ティモシー・ライバック、赤根洋子訳、文藝春秋、2010)によれば、独裁者アドルフ・ヒトラーは読書家であった。予想以上に多読家であり、しかも自らの蔵書票(ex libris:右下の写真)まで作成していた蔵書家であった。そしてまた、口述筆記ではあるが自ら本を書いて出版した人でもある。『わが闘争』(マイン・カンプ)である。


 多読家のヒトラーは、毎晩数時間を読書の時間にあて、ときには明け方まで読書にいそしんでいたという。 

 分厚いハードカバーに下線を引き、ときには欄外に書き込みを残しながら勉強する生活習慣。

 この習慣は、第一次大戦に志願して出征し、復員して政治運動に関わるようになって以来、ベルリン陥落によって自殺する直前まで続いていたらしい。

 高等教育を受ける機会に恵まれなかったヒトラーは、身につけた知識を読書によってさらに確実なものとし、独学によって自分を作り上げた人であることが本書を読むと手に取るように理解できる。

 独裁者は「独学者」であった(!)のだ。

 「ヒトラーは読書というプロセスを、自分がもともと抱いている観念という「モザイク」を完成させるための「石」を集めるプロセスにたとえている」(P. 190)、つまりヒトラーは自分の考えを補強するために本を読み、自分に必要な知識と考えを取り入れては、自分の考えを補強し増強し、その結果、多くの人たちが証言しているように、バツグンの記憶力を誇っていたらしい。

 ただし、ヒトラーの抱いていた考えが、すべて正しいものであったとはとてもいえないのは、本の選択をみれば自ずから理解できる。

 本書は、米国人の歴史家が、米議会図書館から発掘された、現在所在が明かなヒトラーの旧蔵書(・・残念ながら蔵書全体の1割程度に過ぎない)の一点一点について、実際に実物を手にとって調べ、ヒトラーの伝記的事実とを詳細に照合するという、地道な精密な作業のうえにたって検証した労作である。

 取り上げられた本は以下のとおりである。『ベルリン』(マックス・オスボルン)、『戯曲ペール・ギュント』(ディートリヒ・エッカート)、『我が闘争』第三巻(アドルフ・ヒトラー)、『偉大な人種の消滅』(マディソン・グラント)、『ドイツ論』(ポール・ド・ラガルド)、『国家社会主義の基礎』(アロイス・フーダル)、『世界の法則』(マクシミリアン・リーデル)、『シュリーフェン』(フーゴ・ロクス)、『大陸の戦争におけるアメリカ』(スヴェン・ヘディン)、『フリードリヒ大王』(トマス・カーライル)。

 著者は、本書を構想し、執筆するにあたって、ドイツ系ユダヤ人の文芸評論家ヴァルター・ベンヤミンの「蔵書の荷解きをする」というエッセイを導きのカギにしている。ナチスドイツによって死に追いやられるという運命をたどるベンヤミンであるが、ヒトラーとベンヤミンという取り合わせは著者ならではのものである。感想はいろいろあるだろうが。

 ベンヤミンが引用している「本にはその本自身の運命がある」(habent sua fata libelli)というラテン語の警句は、蔵書の運命がその持ち主の運命と深いかかわりをもっている事を示している。ベンヤミンとその蔵書も、ヒトラーとその蔵書も、その後それぞれの運命をたどることになる。

 知的好奇心を大いに刺激される歴史ノンフィクション作品、本好きな人間にはとくにすすめたい。



<初出情報>

■bk1書評「独学者ヒトラーの「多読術」。蔵書によって知るヒトラーの精神形成と蔵書の運命」投稿掲載(2010年8月23日)

*再録にあたって、字句の一部を修正と加筆を行った。


(画像をクリック!)



<書評への付記>

 原書は、Ryback,Timothy W., HITLER’S PRIVATE LIBRARY: THE BOOKS THAT SHAPED HIS LIFE, 2008 


目 次

BOOK ONE 芸術家の夢の名残-マックス・オスボルン『ベルリン』
 第一次大戦の激戦下、勤勉な働きをみせていた伝令兵。彼の楽しみは、休暇に首都ベルリンを観光することだった。
BOOK TWO 反ユダヤ思想との邂逅-ディートリヒ・エッカート『戯曲ペール・ギュント』
 敗戦の混乱のなかで、元伍長は自分を導く師に出会った。そして師も、彼に眠っていた扇動の才能に魅入られていった。
BOOK THREE 封印された『我が闘争』第三巻-アドルフ・ヒトラー『我が闘争』第三巻
 「あの本が出版されなくてよかった」後に彼は側近に語る。出版社の金庫にしまいこまれたまま、それは忘れ去られた。
BOOK FOUR ユダヤ人絶滅計画の原点-マディソン・グラント『偉大な人種の消滅』
 アメリカを移民制限に導いたその書は、彼の『聖書』となり、ナチスが政権をとると、ユダヤ人の根絶計画の礎となった。
BOOK FIVE 総統の座右の思想書-ポール・ド・ラガルド『ドイツ論』
 「本当は、ニーチェはあまり好きではないのです」では誰が、彼の思想の源となり、ナチスドイツの原則となったのか。
BOOK SIX ヴァチカンのナチス分断工作の書-アロイス・フーダル『国家社会主義の基礎』
 キリスト教への弾圧を続けるナチス。彼らと反共で手を結べると信じた司教は一書をしたため彼に献じたが。
BOOK SEVEN オカルト本にのめりこむ-マクシミリアン・リーデル『世界の法則
 天才のなすことに理由は要らない――。オカルト本の主張に背を押されるようにして、彼はポーランド攻撃を命じた。
BOOK EIGHT 参謀は、将軍よりも軍事年鑑-フーゴ・ロクス『シュリーフェン』
 彼の蔵書の半数7000冊は、軍事に関わるものだった。詰め込んだ知識で彼は対立する将軍たちと渡り合おうとする。
BOOK NINE 老冒険家との親密な交友―スヴェン・ヘディン『大陸の戦争におけるアメリカ』
 彼にとって生涯の英雄だった探検家ヘディン。目下の戦争のさなかドイツを擁護する書を世に問い、彼を感激させる。
BOOK TEN 奇跡は起きなかった-トマス・カーライル『フリードリヒ大王』
 ベルリン陥落前夜、彼はかつてのプロイセン王に身を重ねる。敵国の女王が死に、からくも救われた奇跡の大王に。


 個人蔵書をみれば、その人物のひととなり、少なくともアタマの中身はだいたい想像できるものだ。
 アナール派歴史学の歴史家に、修道院の蔵書から、中世の精神世界を再構築する研究もあると聞いたことがある。論文のタイトルと執筆者がわからないのだが。

 ヒトラーもまた然り。ただ蔵書はドイツ敗戦の際に占領軍兵士たちによって戦利品として持ち去られsんいつしてしまったというのは残念。約1割が米議会図書館に手つかずのまま残されていたという。その蔵書をベースに、著者は徹底的な分析を行ったうえで、この実に面白い歴史ノンフィクションに仕立て上げた。

 ヒトラーという大悪のアタマのなかを、善悪の彼岸にて、脳外科医がメスで切開するようにオペをする。こういう科学的分析法が本書の魅力である。

 本書は、実用書として読むという読み方も可能だ。「多読術」実践編として。

 原書は見ていないが、日本語版は本文に挿入された写真のデザインが素晴らしい。
 グラフィック的にもよくできた本である。何よりも本の現物を写真ではあれ見ることができるのはうれしいものだ。


<ブログ内関連記事>

■「蔵書」とライブラリー関連

『随筆 本が崩れる』 の著者・草森紳一氏の蔵書のことなど
・・一橋大学の藤井名誉教授の蔵書処分の件について、私の大学時代のアルバイト体験も記してある

書籍管理の"3R"
・・本はたまるもの。どうやって整理するべきか。蔵書印の是非についても。

書評 『もうすぐ絶滅するという紙の書物について』(ウンベルト・エーコ、ジャン=クロード・カリエール、工藤妙子訳、阪急コミュニケーションズ2010)-活版印刷発明以来、駄本は無数に出版されてきたのだ

書評 『松丸本舗主義-奇蹟の本屋、3年間の挑戦。』(松岡正剛、青幻舎、2012)-3年間の活動を終えた「松丸本舗」を振り返る

『ちょっと本気な 千夜千冊 虎の巻-読書術免許皆伝-』(松岡正剛、求龍堂、2007)で読む、本を読むことの意味と方法


■独学と独学者

書評 『独学の精神』(前田英樹、ちくま新書、2009)-「日本人」として生まれた者が「人」として生きるとはどういうことか

書評 『ことばの哲学 関口存男のこと』(池内紀、青土社、2010)-言語哲学の迷路に踏み込んでしまったドイツ語文法学者


■ヒトラー関連

書評 『ヒトラーのウィーン』(中島義道、新潮社、2012)-独裁者ヒトラーにとっての「ウィーン愛憎」

「ワーグナー生誕200年」(2013年5月22日)に際してつれづれに思うこと

(2015年10月15日 情報追加)


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