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2015年2月16日月曜日

書評 『柳田国男と梅棹忠夫-自前の学問を求めて-』(伊藤幹治、岩波書店、2011)-「民俗学」と「比較文明論」という独創的な学問分野を切り開いた知の巨人たち


本書のカバー写真に写っているのは、右手が当時77歳の柳田國男、左手が当時31歳の梅棹忠夫である。このツーショットは、1951年に柳田邸で撮影されたものだ。

「第3章 ふたりのリーダーシップ」の「1. ふたりの出会い-「ヤク島の生態」余聞」によれば、梅棹忠夫が1949年に屋久島で行ったフィールドワークの記録をもとに執筆した社会人類学的な村落社会構造論の論文が発表されてまもなく、それを読んだ柳田國男からハガキが届いたのだという。

そのハガキには、「この方法は日本民俗学のいまだかつてこころみざるところである」というコメントとともに、「一度あそびに来い」と記されていたという。そして京都から上京して成城の柳田邸で半日を過ごした際に撮影されたのが上記の写真である、と。

「日本民俗学のいまだかつてこころみざる」方法とは、生態学的方法のことであり、「柳田は生態学的方法のほかに、梅棹が記述した屋久島のコミュニティーの生成過程にも注目したようである」と、著者は指摘している。

本書は、民「俗」学と民「族」学の両方を研究分野としてきた著者が、民「俗」学の師である柳田國男とは晩年の9年間、民「族」学の分野では国立民族学博物館で梅棹忠夫と14年間にわたって研究者として接してきたという。著者はさらに成城大学に赴任して、柳田文庫を所蔵する附属民俗学研究所の所長を9年間併任している。民「俗」学と民「族」学、柳田國男と梅棹忠夫を論じるにはうってつけの存在というわけだ。

いわゆる「対比列伝スタイル」で、エピソードをまじえた柳田國男と梅棹忠夫それぞれの回想はじつに興味深い。この強烈な個性の持ち主たちに共通するのが、「自前の学問を求め」た人たちだとしている点がさらに興味深い。

日本「文化」と日本「文明」という認識の違いはあるが、ある意味では柳田國男の構想のさらに先に進めたのが梅棹忠夫だということも、あながち否定はできないからだ。「自己認識の学」としての「一国民俗学」と「関係認識の学」としての「日本文明論」である。

梅棹忠夫の「生態学的研究」というと『文明の生態史観』がすぐに想起されるだろうが、日本研究といういうことであれば、未完に終わった幻の代表作『日本探検』(1959~1960)』こそ、独創的な研究になっていることに注目したい。生態学的研究という共時的な側面に加えて、共同体がもつ歴史という通時的な側面に着目したもののなかでも、みずからのルーツの共同体をあつかった「近江菅浦」という未発表の論文がその最たるものであろう。

なんにもしらないことはよいことだ。自分の足であるき、自分の目でみて、その経験から、自由にかんがえを発展させることができるからだ。知識は、あるきながらえられる。あるきながら本をよみ、よみながらかんがえ、かんがえながらあるく。これは、いちばんよい勉強の方法だと、わたしはかんがえている。わたしはいままで、日本のそとをあるく機会が多かった。そこで、いつもこういう勉強の仕かたをしてきた。

これは梅棹忠夫の『日本探検』の冒頭の導入の文章である。欧米の学問の借り物ではない「自前の学問」とは、自分の目で見て耳で聞き、五感をつじてカラダで感じ、自分のアタマで考えて出てきたもこそ学問であるという強烈な思想の表明である。

この姿勢は、アカデミズムではない在野の学を志した柳田國男にも共通するものであった。柳田國男と梅棹忠夫が共鳴するものがあったのは、学問と生き方に共通する姿勢があったためだろう。このほか、ともに国際語のエスペラントに大いに期待し、みずから習得した点も共通していることは特筆すべきことだろう。

ともにたぐいまれなリーダーシップによって、それぞれ「民俗学」と「比較文明論」という、あらたな学問分野を切り開いて確立した強烈な個性の二人。このほかの分野で「自前の学問」が確立されているかどうか、大いなる反省をもとにこの二人の「知の巨人」のことを意識しつづなくてはならない。





PS 2011年に出版されてすぐに読んだのだが、あらためてこの機会に紹介しておこうと思う。いったん書いた書評のファイルを壊してしまったからだ。



目 次

まえがき
序章 ふたりの日本研究
 1. 柳田國男の一国民俗学
  1 自己認識の学としての一国民俗学
  2 郷土・常民・アイデンティティ
 2 梅棹忠夫の日本文明論
  1 関係認識としての日本文明論
  2 伝統・近代化・歴史的連続
第1章 晩年の柳田国男回想
 1. 同時代の人びと
  1 國學院大學教授就任
  2 宗教民俗学者堀一郎
  3 歴史民族学者岡正雄
 2. 大学院の講義
  1 忘れがたい言説
  2 社会経済史批判
  3 わかりやすい文章
 3. 沖縄への思い
  1 「根の国の話」余滴
  2 柳田國男のカード
  3 柳田國男の便り
第2章 民博時代の梅棹忠夫回想
 1. 民博創設のころ
  1 記憶のなかのイメージ
  2 「ご先祖さまになろう」
  3 「幹部候補生」との交流
 2. 「研究経営」の戦略と戦術
  1 三つの戦略
  2 近未来への布石
  3 研究業績の評価
 3. 比較文明学の構築をめざして
  1 還暦記念シンポジウム
  2 日本文明論の展開
  3 つらぬく論理とつらねる論理
第3章 ふたりのリーダーシップ
 1. ふたりの出会い-「ヤク島の生態」余滴
 2. 登山型と書斎型
  1 還暦祝賀会余話
  2 金曜サロンと木曜会
第4章 ふたりの交錯する思想
 1. 通底する思想
  1 土着主義と「国主外従」
  2 「隠し味」の美学
 2. 対峙する思想
  1 無用の学と有用の学
  2 第二標準語論と標準語生成論
第5章 ふたりの日本研究の課題
 1. 日本文化の多様性と一様性
  1 「いくつもの日本」と基層文化
  2 「ひとつの日本」と民俗文化
 2. 現代日本と日本文明
  1 日本文化の伝統と変容
  2 日本文明の「文法」
終章 ふたりの知のあり方点描
あとがき
参考文献


著者プロフィール

伊藤幹治(いとう・みきはる)
1930年東京都に生まれる。1953年國學院大學大学院文学研究科修士課程修了。国立民族学博物館名誉教授。文学博士。著書には、『贈与交換の人類学』(筑摩書店)、『柳田国男と文化ナショナリズム』(岩波書店)他多数。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)





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(2015年2月21日 情報追加)




(2012年7月3日発売の拙著です)












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