「アタマの引き出し」は「雑学」ときわめて近い・・日本マクドナルド創業者・藤田田(ふじた・でん)に学ぶものとは?

◆「アタマの引き出し」つくりは "掛け算" だ : 「引き出し」 = Σ 「仕事」 × 「遊び」
◆酒は飲んでも飲まれるな! 本は読んでも読まれるな!◆ 
◆一に体験、二に読書、その体験を書いてみる、しゃべってみる!◆
◆「好きこそものの上手なれ!」◆

<旅先や出張先で本を読む。人を読む、モノを読む、自然を読む>
トについてのブログ
●「内向きバンザイ!」-「この国」日本こそ、もっとよく知ろう!●

■■ 「むかし富士山八号目の山小屋で働いていた」全5回 ■■
 総目次はここをクリック!
■■ 「成田山新勝寺 断食参籠(さんろう)修行(三泊四日)体験記 」全7回 ■■ 
 総目次はここをクリック!
■■ 「庄内平野と出羽三山への旅」 全12回+α - 「山伏修行体験塾」(二泊三日)を中心に ■■
 総目次はここをクリック!


「個」と「組織」のよい関係が元気をつくる!

「個」と「組織」のよい関係が元気をつくる!
ビジネス寄りでマネジメント関連の記事はこちら。その他の活動報告も。最新投稿は画像をクリック!



ご意見・ご感想・ご質問 ken@kensatoken.com にどうぞ。
お手数ですが、コピー&ペーストでお願いします。

© 2010~2017 禁無断転載!



2016年5月11日水曜日

映画 『レヴェナント 蘇りし者』(2015年、米国)をみてきた(2016年5月10日)-実在の人物ヒュー・グラスが憑依したかのような、鬼気迫るディカプリオ執念の演技


映画 『レヴェナント 蘇りし者』(2015年、米国)をTOHOシネマズで見てきた。先住民(ネイティブ・アメリカン)とのあいだに生まれた最愛の息子を目の前で殺された主人公の復讐劇であり、そのために生き抜く決意をした主人公の過酷なサバイバルを描いた大作である。

最初は見るつもりはなかったのだ。主演のディカプリオが5回目のチャレンジでやっとアカデミー男優賞受賞という朗報(!)もあって見ることにしたのだが、見て損はなかったといっていい。

だが、正直いって、もう一回見たいという気持ちには、なかなかならない。というのも、最初から最後まで見続けるためには、体力と精神力の両方を必要とするからだ。内容だけでなく、映像も、坂本龍一による音楽もまた重いのだ。

最近の映画にしては、上映時間の158分というのはかなり長い。人間の通常の忍耐限界が120分前後であるから(・・たいていの映画はその範囲に収まるように編集されている)、その1.3倍近い息が詰まるような時間を、ひたすらディカプリオの鬼気迫る演技を、最後の最後まで追いかけるわけだ。



「レヴェナント」(revenant)は、もともとフランス語。再帰動詞 revenir(=再び来る、戻る) の名詞形。つまり戻ってきた者、蘇った者という意味である。一度死んだはずなのに、あの世から生き返ったというニュアンスがある。日本版のタイトルが「蘇りし者」という古風な表現になっているのは、あまり英語としては使用されることがないためだろう。

主人公ヒュー・グラス(Hugh Glass)は実在の人物である。舞台は西部開拓時代のアメリカ。時代は1820年代。独立戦争によって建国してから、まだ半世紀もたっていない。だが、西部開拓といっても、映画をつうじてわれわれがよく知っている幌馬車とカウボーイと保安官の西部劇ではない。西部劇以前の時代である。毛皮獲得が目的で狩猟と交易が行われた時代である。ちなみに西海岸のサンフランシスコの「ゴールドラッシュ」は1848年のことだ。

北西部のミズーリ川上流域の森のなかで狩猟を行うアメリカ人狩猟者たち、かれらを雇っている探検隊(という名目で毛皮を買い集める商人)。

予定の数量も集まり、いざ出発という間際になって、探検隊にとっては非友好的な部族の先住民の襲撃を受け、命からがら逃げ延びる狩猟者たち。生き残ったのは、主人公親子を含め、ごく一部の隊員のみだった。かれらの逃避行のなかで悲劇がおこる。そして、そこから「蘇りし者」による復讐とサバイバルの物語が始まる。

(巨大クマに襲われるヒュー・グラス wikipediaより)

主人公は、なんと巨大熊グリズリーとの格闘の末、大怪我を追って動けない状態となる。しかし、世話をするために残った2人の仲間に裏切られ、一切合財を奪われたうえに置き去りにされただけでなく、先住民女性とのあいだに生まれた最愛の息子まで殺害されるという悲劇にあう。そこから主人公の執念の復讐劇がはじまる。

この映画に一貫して貫いているのは、一言でいって執念、である。復讐に向けての執念、目的を達するために生き続けなくてはいけない。壮絶なサバイバルと復讐。復讐のためのサバイバル。

しかもこの作品には、主人公を演じるディカプリオのオスカー(=アカデミー主演賞)獲得にむけての執念もある、。あたかも主人公グラスがディカプリオに憑依しているかのような迫力がある。

見るのにエネルギーを要する映画だが、サバイバル映画としては必見といえよう。集団やチームによるサバイバルではない。主人公は、たった一人でサバイバルし復讐を実行するのだ。強靭な精神力と体力の持ち主にのみ可能なサバイバルである。

知られざるアメリカ西部開拓史としても見ることができる映画である。見る価値はおおいにあるといえよう。






映画の時代背景について(参考)

北米における毛皮交易については、『毛皮と人間の歴史』(西村三郎、紀伊国屋書店、2003)『毛皮と皮革の文明史-世界フロンティアと略奪のシステム-』(下山晃、ミネルヴァ書房、2005)という本にくわしく解説されている。とくに前者の西村氏の遺作は、著者がもともとが生物学者であっただけに、理系的な筋の通った、すっきりして興味深い読み物となっている。

欧州大陸が乱獲で狩りつくされた結果、さらに毛皮を求めたヨーロッパ人。東はロシアからさらにシベリアへ、西は「新大陸」の北米大陸で探検を行いながら、クロテンの狩猟を行い、徹底的に狩りつくしてしまうロシアのシベリア開発も、北米の西部開発も、その動機は高級毛皮を求めての貪欲な狩猟が主導したということは、意外と知られていないようだ。

映画『レヴェナント』では背景説明がいっさいないが、主人公グラスにように、先住民の女性のあいだに子どもをつくった入植者は少なくなかったらしい。かれらの子どもは「白いインディアン」と呼ばれて、狩猟の探検行においておおいに活躍したという。双方のコトバと習慣を理解できたからだ。

この映画でも先住民は誇り高き存在として描かれている。けっして「インディアン」(Indian=インド人)などという蔑称は使用されず、あくまでも部族名で呼ばれる主人公も現地語をしゃべる設定となっており、現地語のセリフには英語の字幕が入る。むかしの西部劇とはまったく違うといっていい。

時代考証も正確に行われているようだ。一端をあげれば、ライフルも先込め式である。弾丸は銃の先から装てんする方式だ。1820年代ではこのタイプがまだ一般的であった。

ミズーリ川といえば「シェナンドー」(Shenandoah)というアメリカ民謡を想起する。先住民の族長の娘を歌った美しい旋律の民謡だ。この歌の旋律をアタマのなかで響かせながら、この時代のアメリカ史を考えてみるのも、アメリカ理解の一助となるだろう。





<関連サイト>

映画 『レヴェナント 蘇りし者』 公式サイト(日本語)


『レヴェナント:蘇えりし者』坂本龍一が語る映画音楽という仕事 「映画音楽にルールはないんです」 (AOL News、2016年5月9日)

北アメリカの毛皮交易(wikipedia日本語版)





<ブログ内関連記事>

書評 『ぼくは猟師になった』(千松信也、リトルモア、2008)-「自給自足」を目指す「猟師」という生き方は究極のアウトドアライフ
・・毛皮が目的ではないが、罠猟師の作法についての説明が詳しい

『歴史のなかの鉄炮伝来-種子島から戊辰戦争まで-』(国立歴史民俗学博物館、2006)は、鉄砲伝来以降の歴史を知るうえでじつに貴重なレファレンス資料集である

アンクル・サムはニューヨーク州トロイの人であった-トロイよいとこ一度はおいで!
・トロイの対岸のオルバニーは、オランダ植民地時代には毛皮交易の中心地としておおいに栄えた場所。ニューネーデルラントと呼ばれていた地域で、オルバニーにはオラニエ砦というものがあったそうだ。ハドソン川を北にややさかのぼったコーホーズでハドソン川とモーホーク川は分岐する。モーホークはいうまでもなく先住民の部族名である。ハドソン川の河口はマンハッタン。現在のニューヨークはかつてはニューアムステルダムであった。オランダ西インド会社が関与していた。オランダ人が撤退したあとは、フランス人と英国人が中心となる。

アメリカ独立記念日(7月4日)

本日(2011年7月4日) は「アメリカ独立記念日」(Independence Day)-独立から 235年のアメリカは、もはや若くない!?




(2012年7月3日発売の拙著です)







Clip to Evernote 


ケン・マネジメントのウェブサイトは
http://kensatoken.com です。

ご意見・ご感想・ご質問は  ken@kensatoken.com   にどうぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。

禁無断転載!



end