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2018年8月4日土曜日

東日本橋の「薬研堀不動院」に行ってみると、そこには「順天堂発祥之地の石碑」があった!(2018年8月2日)

(薬研堀不動院はビルの谷間にある 筆者撮影)

一昨日(2018年8月2日)のことだが、東京都中央区の東日本橋に所用があって訪れた。その際、せっかくなのでついでに薬研堀不動院を参拝した。日本橋ではなく「東」日本橋である。

薬研堀は「やげんぼり」と読む。川崎大師東京別院である。深川不動院が成田山東京別院であるのと同様のものか。 


(薬研堀不動院 筆者撮影)

そこで知ったのは、不動院の敷地内に「順天堂発祥之地」の石碑があるという情報。さっそく石碑を見に行った。 

そうか、順天堂は現在の東日本橋が発祥の地だったのか! てっきり、順天堂大学と病院のあるお茶の水に一貫して存在するのかと思い込んでいた


(順天堂発祥之地の石碑 筆者撮影)

黒御影石の石碑は、なんだかお墓みたいな印象だが(笑)、側面にある碑面には「昭和57年建立」とある(上掲の写真の碑面の裏側なので見えないが・・)それほど昔に作られたものではない。

思い込みというのは、じつに危険だ。と同時に、偶然の遭遇もまた大事にしなくてはならないなと、あらためて痛感。神仏のお導きでありますね。 


(さすがに薬研堀では読めないか? 筆者撮影)

もちろん、順天堂の前身は、江戸時代末期の「佐倉順天堂」ではある。現在の千葉県佐倉市。佐倉藩が蘭方医の佐藤泰然を誘致して日本で先端医療(とくに外科)を行っていたのである。

佐藤泰然が佐倉に招致される前は、この東日本橋の薬研堀不動院の境内に「オランダ医学塾」を開設し、外科治療も行っていたというわけだ。

順天堂の名前そのものは佐倉が発祥の地だが、そもそもの原点である蘭方医の塾は東日本橋が発祥の地なのである。ちなみに「順天」とは、「天道に順(したが)う」という意味だ。


(東日本橋から隅田川を見る 筆者撮影)

東日本橋は、隅田川にも近い隅田川を東日本橋から見るのは初めてだ。普段はJR総武線の浅草橋付近から見ることが多いので。見ていると、ほとんど誰も乗ってない水上バスが通過していった。平日のお昼だったから当然か。豪雨になれば自然の猛威の前に人間は立ち尽くすことさえできないが、平時であれば水辺には癒やされる

東日本橋は、機会があればまたいろいろと歩き回ってみたいものだ。「犬も歩けば棒に当たる」のでね(笑)




<関連サイト>

東京別院 薬研堀不動院 略縁起
・・「その後、明治25年(1892)より川崎大師の東京別院となり現在に至っています。また、順天堂の学祖と仰がれている佐藤泰然(たいぜん)が、天保9年(1838)に和蘭(オランダ)医学塾を開講した場所でもあります。」


「発祥の地コレクション」 より「順天堂発祥之地」
・・「地下鉄・東日本橋駅の東 200m の地に「薬研堀不動院」がある。 これの中庭のように囲まれたところに, 発祥碑が建つ。 同じ場所に 講談発祥記念碑 もある。 
長崎で蘭学を学んだ 佐藤泰然(当時 和田姓)は, 1838(天保9)年 この地 薬研堀に 蘭学塾「和田塾」を開き, 塾生に蘭学を教えると同時に 外科専門の治療を行った1843(天保14)年, 佐倉藩主に招かれ 佐倉に「順天堂」を開いた。 (この建物は 現在「旧佐倉順天堂記念館」=千葉県指定史跡 として公開されている。) これが「順天堂」の名前の発祥。 
同時に 泰然は 母方の姓 和田から 父方の姓 佐藤に変えた。 
佐藤泰然は 当時画期的であった 種痘を行うなど 優れた新技術の導入に積極的であった。 その後 1873(明治6)年 養子の 尚中 の代に, 東京下谷練塀町に病院を開き, 1875(明治8)年 湯島に順天堂医院を開業。 1946(昭和21)年 順天堂医科大学が認可され, 1951(昭和26)年 には 順天堂大学が開設され, 現在の 順天堂大学と附属順天堂医院 に引き継がれている。」





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