韓国のベテラン女優カン・スヨン氏が亡くなったというニュースをネットで知った。昨日(=2022年5月7日)のことだという。死因は脳出血。享年55。あまりにも早い死を悼む。ご冥福をお祈りします。合掌
カン・スヨンといえば、映画『ハラギャテイ』(1989年)の主演女優として印象に刻み込まれている。巨匠イム・グォンテク監督による仏教映画。同監督による『曼荼羅』(1987年)と並んで、仏教映画の金字塔だと、わたしは勝手に考えている。
(映画『曼荼羅』全編 112分)
後者の『曼荼羅』がアン・ソンギ演じる若い男性の「求道もの」であるとすれば、前者の『ハラギャテイ』は若い女性による「菩薩行の実践」である。主人公を演じたカン・スヨンは、モスクワ国際映画祭で主演女優賞を受賞している。
ただ残念なことに、『ハラギャテイ』はDVD化されていない。その昔、ビデオレンタル屋で借りてダビングして何度も見ていたが、ネットで見れないものかと探してみたら、英語字幕つきで全編がアップされているのを知って、ひさびさに視聴してみた。121分。 https://www.youtube.com/watch?v=xNdlh4nuOQU
(映画『ハラギャテイ』全編121分 性的なシーンあり)
韓国語の音声を耳で聴きながら、英語の字幕を目で追うのは、なかなか忙しい作業だ。ある程度まで、韓国語の漢字語が聞き取れるからだ。韓国語は日本語と語順はおなじだが、英語とは語順が違うのもややこしい理由の一つ。
■映画『ハラギャテイ』の根底を貫くテーマ
ストーリーはこんな感じだ。 俗世で疲れはて、救いを求めて山寺の尼寺の門をたたく高校を卒業したばかりの若い女性。演じているカン・スヨンがかわいい。
(剃髪して出家する)
念願かなって出家したものの、慈悲心というか、その優しさがあだとなって、男を引き寄せてしまう。そんな業(カルマ)に苦しむも、山寺から追い出されることになる。居場所を失って還俗し、俗世で男を受け入れることに。
(還俗後に放浪修行中の尼僧と再会して)
だが、夫となったその男性は事故で死に、その後も夫となった男につぎからつぎへと死なれてしまう。誰もが、それぞれ業を背負って生きているのだ。 そんな彼女は、ふたたび山寺の門をくぐり、あらたな決意のもとに菩薩行へと踏み出していく。
(ふたたび山寺を訪れ寂滅していく師のかたわらで)
まさに「泥土に開く蓮の花」である。俗世の泥や塵にまみれるなかで、修行を積む。 寺院のなかで修行するだけが、仏道修行ではない。
日本でビデオ化された際には、「男なしではいられない」などという扇情的なキャッチコピーがついていた(と記憶しているが)。
たしかに筋だけみればその通りなのだが、底流にながれているのは、欲望(=煩悩)というものをどう捉え受け止めるかという宗教哲学的なテーマであり、実践としての菩薩行(あるいは利他行と言い換えてもいい)そのものである。そのメッセージを読み取るべきなのだ。
こんな仏教映画は、日本にはまったくない。なぜかといえば、檀家制度に守られた日本仏教が、現代人の悩みや苦しみにほとんど応えていないからだ。近年は多少変わりつつあるが、駆け込み寺が存在し機能しえたのは、江戸時代までの話だろう。
『ハラギャテイ』の原題は「アジェ、アジェ、パラアジェ」。『般若心経』の最後のフレーズ「ギャテー、ギャテー、ハラギャテー」のハングル読み。韓国の尼寺は、禅寺である。 わたしの経験の範囲内ではあるが、「五体投地」で祈っている在俗の仏教信者は、チベットと韓国以外では見たことがない。日本など論外である。
こういう良質の映画が顧みられることがないのは、いったいどうしたものなのだろうか。日本語字幕をつけたDVD化が待たれるところである。
■映画の背景としての「1989年の韓国」
映画の背景となっているのは、1989年当時の韓国社会である。2022年の現在から振り返ると、なんだか隔世の感にとらわれる。
前年の1988年にソウル・オリンピックを成功させたばかりの韓国は、まだまだ発展途上国だったのだ。わたしが初めて韓国を訪れたのは1993年だったが、高速道路は整備されていたが、地方では舗装されていない道も多かった。
現在では、日韓の差はかなり縮まってしまっている。 1人あたりGDPでは日本を越えている。ただし、韓国では貧富の差が拡大しているが・・。
PS この映画をアップしているサイトで、おなじくイム・グォンテク監督の『西便制』(1993年)もアップされていることを知った。日本でも大ヒットした映画だ。カン・スヨンはこの映画にも出演している。こちらには日本語字幕がついている。 https://www.youtube.com/watch?v=sdjwD4jW4XY
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