「スティーブ・ジョブズと禅僧の交流を描く、グラフィック・ノベル 『The Zen of Steve Jobs』 が今秋発売!」 という記事が、虚空山彼岸寺(こくうざん・ひがんじ)という、ネット上の無宗派の仏教関連サイトにアップされています。
以下、この記事などをもとに、米国における禅仏教というコンテクストから、わたしなりの解説を加えておきましょう。
グラフィック・ノベルというのは直訳すれば「絵入り小説」となりましょうか。まあ、コミックといってしまってもいいと思うのですが、「座禅」(The Zen)というのは、わたしのダジャレです。
つねに 「本質」 を徹底的に探求し、最低ぎりぎりまでそぎ落とした「シンプル」なデザインを追求したジョブズの発想の根底には、いま流行の「断捨離」 にもつうじる禅仏教の教えが色濃く反映しているようです。日本的ミニマリズムにも通じるデザイン発想でしょうか。
この記事によれば、若き日にアメリカで禅の指導に当たっていた日本人僧侶の乙川弘文(おとがわ・こうぶん)師のもとで禅を学んだそうで、その様子がグラフィック・ノベルとして描かれています。ジョブズと乙川師は終生友人関係を続け、乙川師は 1991年に行われたジョブズの結婚式も司ったそうです。
なお、上掲のイラストは、出版元のビジネス雑誌 Forbes(フォーブス)のウェブサイトに掲載された記事 Introducing The Zen of Steve Jobs: A Graphic Novel から持ってきたものですが、岩の上で座禅しているのは乙川弘文師、くってかかっているのは若き日のスティーブ・ジョブズ。
米国では、D.T.Suzuki の "An Introduction to Zen Buddhism"(禅仏教入門)という本はペーパーバックで簡単に入手できます。もちろん、日本でもアマゾン経由で購入できます。スイスの臨床心理学者 C.G.ユングによる、やや長めの序文がついています。ロングセラーですね。
D.T.Suzuki とは、じつは鈴木大拙のことですね。いっけんクリスチャンネームのように見えるミドルネームですが、Daisetsu Teitaro Suzuki(大拙・貞太郎・鈴木)の頭文字をとったものです。禅を中心とした仏教学の大家ですから、当然仏教徒です。
ジョブズは、おそらくフツーの日本人よりは、はるかに禅につうじていたのではないでしょうか? もちろん、日本語をつうじてではなく、英語を通じてですから日本人のように感覚面だけではなく、まずはロジックからはじまり、そして座禅や瞑想をつうじて、さらにロジックを超えた次元で没入したようです。それまでの葛藤もこのグラフィック・ノベルに描写さえれているようです。
没後、ジョブズについては、直接に面識のあった人たちが回顧していますが、大病を患うまでのジョブズは、そばにいるだけでピリピリするような完璧主義の "独裁者"であったようです。
ジョブズも、禅のもつ「何者にもとらわれない自由」の影響が圧倒的に強かったようですね。ドラッグを使わずに、座禅というメディテーションによって「自由」を獲得できるという意味において。
米国人で禅仏教に傾倒したアーチストの多くが、この面に大いに感銘したようです。たとえば、京都の禅寺でも修行した詩人のゲイリー・スナイダー、『ザ・ダルマ・バム』(The Dharma Bums)という小説を書いている作家ジャック・ケロアックなどの、いわゆえる「ビートニク世代」。
そういえば、わたしが大好きなカナダ出身の詩人で作家、シンガーソングライター、レナード・コーエンもまた長年にわたって禅仏教の修行を続けている人です。
がんが発覚して移植手術を起こってからは、ジョブズはそれこそ一皮むけて「一段うえのステージ」にあがったと回想している人もいます。人間の命には限りがあって、前に進むだけではなく、退くことも大事だと悟ったのでしょう。すべてこの世は「無常」(=常ならず)という仏教の教えをカラダで感じとるに至ったのでしょう。
有名なスタンフォード大学卒業式のスピーチでの発言には、そんなジョブズの死生観が色濃く表れているように思います。はじめてこの映像をみて音声を聞いたとき、米国人でありながらしゃべっている内容がきわめて仏教的だなと思ったものです。
なお、このグラフィック・ノベルは電子書籍としてのみ出版されるとのこと。日本語版が出版されるかどうかは現時点ではわかりません。
『スティーブ・ジョブズの座禅(The Zen)』(笑)、ぜひ読んでみたいですね。
<関連サイト>
「スティーブ・ジョブズと禅僧の交流を描く、グラフィック・ノベル 『The Zen of Steve Jobs』 が今秋発売!」
・・虚空山彼岸寺(・・ネット上の無宗派の仏教関連サイト)
Introducing The Zen of Steve Jobs: A Graphic Novel
・・Forbes(フォーブス)のウェブサイトに掲載された記事
ジョブズ氏の革新に影響を与えた思想とは-日本の禅僧と長年の交流(CNN)
Tricycle: The Buddhist Review
・・アメリカでもっとも有名な仏教雑誌のサイト『トライシクル(三輪車)』。Facebookページもある。禅仏教とチベット仏教関連が中心だが、上座仏教その他アジア系仏教もカバーしている。ちょうどわたしが滞米中の1991年に創刊、滞米中に購読していた。紙媒体のバックナンバーは、いまでも所有している。すでに1991年頃には、政府高官にもチベット仏教信者がいたことがインタビュー記事からわかる。
(2014年8月27日 情報追加)
PS 日本語版がついに発売!
『スティーブ・ジョブズの座禅』 (The Zen of Steve Jobs) の日本語版が、2012年2月24日に発売されました。
日本語版タイトルは、『ゼン・オブ・スティーブ・ジョブズ』(ケイレブ・メルビー/ジェス3、柳田由紀子訳、集英社インターナショナル、2012)。全部で88ページです。(2012年3月15日 記す)
PS2 ジョブズの師であった乙河弘文老師の伝記が、本書の日本語訳を行った柳田由紀子氏による『宿無し弘文 スティーブ・ジョブズの禅僧』(集英社インターナショナル、2020)が出版されています。(2020年10月16日 記す)
この本はブログで書評を書いてます。 書評『宿無し弘文-スティーブ・ジョブズの禅僧』(柳田由紀子、集英社インターナショナル、2020)-"イン・サーチ・オブ・乙川弘文" ともいうべき8年間の旅 ぜひご覧いただきたく。 (2023年8月23日 記す)
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・・「長年にわたって日本人の老師について禅仏教の修行に専念してきたレナード・コーエン。ユダヤ教と禅仏教が彼の人格の根底と作品に大きく反映している」
(2014年9月1日 情報追加)
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