『シン読解力 ー 学力と人生を決めるもうひとつの読み方』(新井紀子、東洋経済新報社、2025)を読んだ。つい最近でたばかりの新刊である。
この本を読むと、これからの時代を生き抜くため、最低限に身につけておかなくてはならないスキルとマインドセット、そしてそれらを支える基盤がなにかが納得される。
結論からいえば、本書のタイトルになっている「シン読解力」こそ、それだということになる。
「読解力」とは、書かれた文章を、文字通りに理解し、的確に読み解く能力のことを指している。英語でいえば「リーディング・スキル」のことだ。
ところが、誰もが読めるはずの教科書が読めていない子どもたちがいかに多いことか。残念ながら、これは事実なのである。
しかも、子どもだけでなく、大人もじつは読めていないという衝撃的な事実。これが著者が主導し、現在まで50万人以上に対して実施してきた「RST」(リーディングスキルテスト」 から得られた結論だ。
その「読解力」に著者があえて「シン」とつけて「シン読解力」としているのは、文学作品のように多様な解釈が可能な文章ではなく、解釈が1つしかない文章の読解力が必要だと強調するためだ。
著者は、「シン読解力」は、 国語や読書では身につかないという。「シン読解力」がなぜ必要なのか、どうしたら身につけることができるのか。本書はその解説である。
■「生成AI」時代に生きるため必要なこと
本書は、ベストセラー『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』から7年後の最新作である。著者の新井紀子氏は、法学部出身の数学者という、珍しい経歴の持ち主である。
さて、この7年間に起きた最大の変化といえば、生成AI(generative AI)の急速な進化と爆発的な普及であろう。しかも、この動きは2024年になってから急速に加速している。すでに日本でも普及している 米国発の ChatGPT や、中国発の DeepSeek など、生成AIについて話題にならないことはない。
「人工知能」を意味するAI(artificial intelligence)じたいは、今回がはじめてのブームではない。1950年代から60年代に始まった第1世代、1980年代の第2世代、そして現在の「機械学習」による第3世代となる。
だが、今回の第3世代の破壊力はとてつもないものがある。エキスパート・システムが話題になっていた第2世代の際にもよく言われていたが、今回の生成AIによって、とくにホワイトカワー関連の職の大幅に縮小が加速化することは間違いない。すでに外資系証券会社ではアナリストの大量解雇が始まっている。
そんな時代に生きていく日本人にとって、不可欠なスキルとマインドセットはなにか。この「問い」がさかんに提起されるようになっている。
■「問い」をつくる能力と生活習慣が大事
わたし自身は、みずから主体的に「問い」をつくる能力と、つねに「問い」をつくりだす生活習慣こそが重要だと考えている。
言い換えれば、「問い」を立てるスキルとマインドセットであり、そのために必要なのが、最近よく耳にすることの多い「言語化」能力である。
言語化できなくては、問いを立てることも問いを発することもできない。自分のアタマで考え、自分のことばで表現しなくては、自分にとって必要な答えを引き出すことができない。
それは、相手が生身の身体をもった人間であっても、生成AIという機械であっても、本質的に変わらない。
生成AIにつかわれず、アシスタンとしてつかいこなすには、「問い」を立てるスキルとマインドセットが不可欠である。
■「言語化」以前に「読解力」が必要
子どもは、膨大な量の「問い」をつうじて学習し、成長していく。だが、ある一定の年齢を過ぎると、あまり「問い」がなされなくなっていく。 著者のいう「シン読解力」は、15歳前後で自然の伸びが止まってしまうのだという。
できる子どもと、そうでない子どもの差は、読解力の差にある。「シン読解力」と学力には強い相関がある。「問い」をつくる能力も同様だろう。
「問い」をつくるために必要なのは「言語化」の能力である。だが「読解力」がなければ、「言語化」にも限界があることはいうまでもない。「読解力」こそカギになる能力である。
著者は、「生活言語」と「学習言語」の違いを強調している。人間どうしの会話において使用される「生活言語」は、それほど論理性が求められるわけではない。
これに対して「学習言語」は、「学習」をつうじて習得することが求められる言語のことである。それぞれの専門分野ごとに、独自の学習言語がある。そしてその「学習言語」を習得するためには、「読解力」が身についてなくてはならないのである。
スキルである「読解力」は、トレーニングによって身につけることができる。もちろん、大人になってからもそれは可能だ。
■大人も「読解力」に欠けている!
本書の議論は、基本的に子どもが「学習」して身につけるべき「読解力」について論じている。だが、「読解力」の低い大人もまた少なくない。この事実を直視することが重要だ。
「目次」を見たら、「第7章 新聞が読めない大人たち」というタイトルに引きつけられることだろう。ああ、そんな大人もいなくはないよねと、思うのではないかな?
これらの設問には、読者もまた回答してみるとよい。わたしもすべてに回答してみたが、意外に間違った回答をしてしまうことがある。これはちょっとまずいな、と思わざるをえないのだ。
文章をよく読まないで回答してしまうと、ケアレスミスによる間違いが発生してしまうのだ。「ファクトチェック」はもちろん大事だが、それ以前に「読解力」が重要なのだと実感される。
RST(リーディングスキルテスト)は、中高校生だけでなく、企業にも導入され、新入社員の採用試験に使用されているようだ。B2B企業や外資系が中心だという。
口頭だけでなく、文書をつうじたコミュニケーションが主流になっている時代である。文章をただしく理解する能力がなくては、ビジネスに支障をきたすことは言うまでもない。
だからこそ、本書は教育関係者や保護者だけでなく、現役のビジネスパーソンも読むべきである。「シン読解力」がいかに重要か、あらためて認識する機会になることだろう。
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目 次まえがき第1章 チャット GPT の衝撃第2章 「シン読解力」の発見第3章 学校教育で「シン読解力」は伸びるのか?第4章 「学習言語」を解剖する第5章 「シン読解力」の土台を作る第6章 「シン読解力」トレーニング法第7章 新聞が読めない大人たちあとがきTraining and Column トレーニング&コラム大人のためのトレーニング子どものためのトレーニングコラム
著者プロフィール新井紀子(あらい・のりこ)国立情報学研究所 社会共有知研究センター長・教授。 一般社団法人 教育のための科学研究所 代表理事・所長。 東京都出身。一橋大学法学部およびイリノイ大学数学科卒業、イリノイ大学5年一貫制大学院を経て、東京工業大学より博士(理学)を取得。専門は数理論理学。 2011年より人工知能プロジェクト「ロボットは東大に入れるか」プロジェクトディレクターを務める。2016年より読解力を診断する「リーディングスキルテスト」の研究開発を主導。 科学技術分野の文部科学大臣表彰、日本エッセイストクラブ賞、石橋湛山賞、山本七平賞、大川出版賞、エイボン女性教育賞、ビジネス書大賞などを受賞。 主著に『数学は言葉』(東京図書)、『コンピュータが仕事を奪う』(日本経済新聞出版社)、『ロボットは東大に入れるか』(新曜社)、『AI vs.教科書が読めない子どもたち』(東洋経済新報社)、『AIに負けない子どもを育てる』(東洋経済新報社)などがある。(出版社サイトより)
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リーディングスキルテストは、教科書や辞書、新聞などで使われる「知識や情報を伝達する目的で書かれた自己完結的な文書」を読み解く力を測定・診断するツールです。読解プロセスごとに6つのタイプから構成されており、それぞれのタイプで読解の能力値を診断し、学習アドバイスを提供します。
「シン読解力」とは、教科書や辞書、新聞などで使われる「知識や情報を伝達する目的で書かれた自己完結的な文書」を読み解く力のことです。シン読解力は、自学自習する上で欠かせないスキルです。リスキリングが求められる時代には、子どもだけでなく大人も身に付けておく必要があります。
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