(園内に入るといきなり目に入るのが三重塔 筆者撮影 以下同様)
横浜の「三渓園」(さんけいえん)に行ってきた。横浜市中区本牧にある本格的な回遊式の日本庭園である。
横浜を代表する実業家であり、日本美術の大パトロンであった原三渓こと原富太郎が造り、一般市民に開放してきた庭園だ。現在は横浜市が維持管理している。
今回がはじめての訪問だが、こんなに静かで落ち着いた庭園が横浜にあったとは! 最近までまったく知らなかったのだ。
(三渓園の案内看板)
■横浜駅からバスで40分。いきなり目に飛び込んでくる絵になる風景
横浜駅から横浜市営バスで約40分。JR根岸線の根岸駅や山手駅から歩くのは遠すぎる。どっちにしろバスに乗らないわけにはいかないので、横浜市外の人は最初から横浜駅からバスでいったほうがいい。
バス料金は220円の均一なので(これも今回はじめて知った)、市内どこから乗ってもおなじだ。中華街から乗ろうかと思ったが、浜市民ではないので事前に調べておいてから横浜駅始発のバスにバスターミナルから乗車することに。
といっても、行き慣れてないのでバスターミナルじたい探すのに一苦労したが、所定のバスに乗ることができて、しかも始発なので座ることもできたので、車窓からの横浜風景を楽しむ。 バスで横浜市内を走るのは今回がはじめてなのだ。
「三渓園入口」で下車して歩くこと約3分。入園料900円を払って入場する。
しばらく歩くと、いきなり「絵になる光景」が目に飛び込んでくる。
池をはさんで小高い山に上に立つ三重塔。廃寺になった京都のお寺から移築したものだという。なんと室町時代のものだそうだ。
■原三渓こと原富太郎。実業家にして美術愛好家
なんと175,000㎡もあるという園内を回遊する前に、まずは庭を造った原三渓について知るために「三渓記念館」に入る。
横浜までの電車での移動中に『藝術のパトロン 松方幸次郎、原三渓、大原二代、福島コレクション』(矢代幸雄、中公文庫、2019)の「原三渓」の項を読んだ。
「三渓記念館」で知ることになるのは、日本美術のコレクターであり、日本画家たちを物心両面から支援したパトロンとしての原三渓だけではない。コレクターの経済的基盤となった生糸貿易と蚕糸製造で莫大な富を築いた、実業家としての原富太郎である。
『藝術のパトロン』に記された原三渓は、若き日に三渓園に滞在したタゴールの通訳のために起用され、原三渓の知遇を得ることになった美術史家による回想であり、そこに記されているのはあくまでも美術愛好家としての原三渓である。
「原三渓」だけでなく、「原富太郎」もあわせて、同一人物の両面を知る必要があると感じる。
(「近代日本人の肖像」より)
実業家、美術収集家。幼少より漢学を学び、明治18(1885)年東京専門学校(後の早稲田大学)に入学、政治・法律を学ぶ。25(1892)年横浜の豪商原善三郎の婿養子となり、生糸貿易により財をなす。横浜に三渓園を造園し、39(1906)年無料で開園した。横浜興信銀行(後の横浜銀行)の初代頭取などを務め関東大震災では横浜市復興会長に就任し、私財を投げうって横浜の復興に尽力した。古美術品の収集や芸術家の支援を行い、茶人としても知られる。
帰りの車中で読み始めた『三渓 原富太郎』(白崎秀雄、新潮社、1988)は、まさにその両面を徹底的に調べ尽くした評伝であった。帰宅後の翌々日に読み終えたが、じつに読みでのある本であった。
白崎秀雄氏は、『鈍翁・益田孝』という上下二巻本の評伝を書いている人だが(・・この本は未見)、益田鈍翁について書いたからこそ、『三渓 原富太郎』が書き下ろされたとのことだ。
親友でもあった三井物産初代社長の益田鈍翁こと益田孝と違って、原三渓こと原富太郎は現在ではあまり言及されることがない。わたしも最近まで知らなかったのは、自分が横浜の人間ではないこともあるだろう。
というのは、 横浜美術館では、「原三渓の美術 伝説の大コレクション」という企画展が2019年に開催されているからだ。この企画展のことを知ったのも、つい最近のことなのだ。
原三渓が収集した旧コレクションは、東京国立博物館を中心にして、現在は日本各地に散在している。「孔雀明王像」などの国宝級の作品が、敗戦後の経済状況のなかで海外に流出しなかったのは不幸中の幸いであった。
(企画展の図録「原三渓の美術」 画像をクリック!)
■初夏の「三渓園」をゆっくり回遊する
さて、このあとは「臨春閣」など、購入され庭園に移築された古建築の数々を見て巡る。小高い山を歩いて登り下りしながら、移築された数々の古建築を訪ね歩く。
自然景観を活かしながら、絶妙な配置の古建築の数々。見事に設計され人工的に造園されたものであるが、小滝から流れ落ちる渓流のせせらぎに心身が癒やされるのを感じる。山登りしなくても味わえるのだ、それも横浜で!
大きいとはいえ、大きすぎることのない庭園であるが、意外と高低差があるので2時間近くかけてゆっくり歩いて見て回るのに適している。
庭園内でいちばん高い場所にあるのが「松風閣」という展望台だ。
もともとレンガ作りの建物で、原三渓の義父であった原善三郎の別荘としてつくられた建築物だったらしい。インドの詩人タゴールも滞在していたという由緒ある建物であったが、関東大震災で崩壊、その跡地の上方に立てられた展望台である。
展望台から下って歩いていくと、入園した際に目に飛び込んできた「三重塔」にたどりつく。下から見上げると高さ24メートルあるだけに、なかなか壮観である。
小高い山をさらに下っていき、「旧東慶寺仏殿」その他の古建築を見て回る。
それにしても、よくこれだけの古建築や古民家を集めたものだと思う。「三渓園」は、その他の日本庭園とは違って、日本の古建築ミュージアムといってよいのかもしれない。
なるほど、奈良や京都にいかなくても、横浜市民がその雰囲気を味わえるように意図したという、原三渓の志の意味が伝わってくる。 原三渓は、庭園を自分だけの専有物とすることなく、一般市民に開放さいていたのだ。まさにフィラスロピーの実践というべきだろう。
そして、またその意思を引き継いだ横浜市に管理となってからも、庭園は見事に手入れが行き届いている。日本庭園の維持管理は大変なことなのだ。その意味でも、入園料900円は当然のことだと納得する。
好天に恵まれた土曜日の午前10時すぎに入園したのだが、それほど混雑していなかった。というより、来園者はけっして少なくないのだが、なぜか静かでゆったりとした雰囲気に満ちていた。
もちろん、おしゃべりの声が大きい中年女性グループや中国語の音声が耳につかないわけではないが、それでも全体的に落ち着いた雰囲気に満ちていのは、なんだか不思議な感じであった。
■横浜美術館で開催中の美術展「没後110年 日本画の革命児 今村紫紅」
三渓園をあとにして、ふたたびバスで横浜市内に戻る。横浜美術館で開催中の美術展「没後110年 日本画の革命児 今村紫紅」を見るためだ。
横浜美術館に行く前に中華街の横浜スタジアム前でバスを下車し、「岡倉天心生誕之地」の碑を見に行く。
横浜生まれの今村紫紅は岡倉天心が校長を務めた東京美術学校の出身ではないが、天心の指導を受け高く評価されていた日本画家である。天心もまた横浜生まれであり、今村紫紅はじめ有望な日本画家の支援を原三渓の支援を依頼している。
「岡倉天心手誕生之地」の碑は、なんとレンガ造りの旧横浜商工会議所の建築物の前に設置されていた。なんどもその前を通り過ぎているのに、いままでまったく気がつかなかったのだ。
案内看板の説明書きによれば、旧横浜商工会議所の前身は「町会所」、そのまた前身は幕末から明治初期にかけて天心の父が経営していた福井藩営の「石川屋」であった。天心はそこで生まれたのである。なるほど、そういうわけなのだな、と。
「岡倉天心生誕之地」の碑を確認したあとは、横浜美術館まで歩く。横浜美術館に行くのはひさびさだ。日本趣味の影響の濃いホイッスラーの美術展以来である。
今村紫紅(いまむら・しこう)は横浜出身の日本画家。惜しくも35歳で亡くなった天才画家であった。
パトロンとなった原三渓の支援で思う存分に画業を展開、のびのびと自由奔放に描いた日本画作品の数々が展示されている。
美術展としてはめずらしく、ほとんどの作品が撮影可能だったので、これはという作品の一部を掲載しておこう。ガラスケース越しなので、余計なもんが映り込んでしまうのが難点ではあるが・・・
(「平親王」)
(「細雨」)
タイミングを間違えたため、代表作である「近江八景」を見れなかったのは誤算だった。後期の展示だったのだ。今回見ることがききたのは、その「小下絵」であった。
日本画のさまざまな流派の画法を研究して独自の境地を打ち出しただけでなく、なんといっても画題が日本固有の風景のみならず、インドの風俗まで描いているのが驚きだ。「熱国の巻」という巻物である。
「三渓園」の原三渓、「生誕之地」の岡倉天心、美術展の今村紫紅。横浜に縁ある3人について考える一日となった。
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・・「駐日大使として日本滞在中の、とくに大きな出来事であったのが1923年の関東大震災である。震源地は相模湾沖であり、地震の直接の被害は東京よりも横浜のほうが大きかったのである。東京は地震のあとに拡がった火災が死傷者発生の大きな理由であった。駐日大使みずから横浜に救援に赴いており、その記述は現場からのものとしてじつに印象深い。横浜は、開国後の日本が最初に開いた国際貿易港の一つであり、フランスにとっては幕末以来、重要な拠点の一つであったからだ。」
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