日本経済団体連合会、日本貿易振興機構(ジェトロ)、国際協力機構(JICA)三者共同主催のシンポジウム:「BOPビジネスに向けた企業戦略と官民連携 “Creating a World without Poverty”」(2010年7月14日)に参加してきた。
バングラデシュのグラミン銀行ムハマド・ユヌス総裁の話をライブで聞きたかったからである。
Grameen Creative Lab のウェブサイトによれば、ユヌス博士は7月13日から18日までの Japan Tour のまっただ中にある。
今年70歳のユヌス博士は、本日からは九州であるが、実に過密なスケジュールを精力的にこなしておられる。“Creating a World without Poverty”(貧困のない世界を創る)というミッションがきわめて明確なため、世界中を行脚して考えを伝えることをまったく厭わないのであろう。
■ユニクロがソーシャルビジネスとしてバングラデシュでグラミンと合弁
そんななか、7月13日にはユニクロがグラミンと合弁で、バングラデシュで低価格のアパレルの製造販売の事業を開始するという報道があった。
株式会社ファーストリテイリング(ブランドはユニクロ)のオフィシャルサイトにあるプレスリリースによれば、以下のとおりである。
●会社名:GRAMEEN UNIQLO Ltd.(仮称)
●所在地:バングラデシュ人民共和国 ダッカ
●主たる事業:バングラデシュにおける衣料の生産管理及び販売事業
●資本金:10万USドル(約900万円)
●出資比率:UNIQLO Social Business Bangladesh Ltd. 99%
Grameen Healthcare Trust 1%
株式会社ファーストリテイリングは、バングラデシュで、ソーシャルビジネスの立ち上げを行うため、2010年9月をめどに新たに100%子会社を設立する。
●会社名:UNIQLO Social Business Bangladesh Ltd.
●所在地:バングラデシュ人民共和国 ダッカ
●主たる事業:バングラデシュにおける衣料の生産管理と販売事業
●資本金:60万USドル(約5,400万円)
●出資比率:株式会社ファーストリテイリング 100%
(出所:ユニクロ「CSRアクション」情報
●GRAMEEN Bankグループとの合弁会社設立に関するお知らせ(2010年7月13日)
●バングラデシュ人民共和国におけるソーシャルビジネス立ち上げのための会社設立について(2010年7月13日)
こういう形でソーシャルビジネスの展開を図る日本企業がでてきたことは喜ばしい。バングラデシュはすでに世界の衣料品製造工場となりつつあるわけなのだ。
グラミンはマイクロクレジットから始まって、現在では貧困問題解決のため、積極的に多国籍企業と合弁でバングラデシュ国内でのソーシャルビジネスを推進している。欧州企業(とくにドイツとフランス)が中心だが、日本企業としてはファーストリテイリング(=ユニクロ)がはじめてのケースのようだ。
ヨーグルトのダノン(Danone:フランス)を皮切りに、水事業のヴェオリア(Veolia:フランス)、衣類のオットー(Otto:ドイツ)、履き物のアディダス(Adidas:ドイツ)などなどである。
■経団連会館は移転して立派な建物になっていた
さて、ひさびさに経団連ビル(東京・大手町)にいこうとしたら場所が変わっていたので面食らった。いままであったビルは知らないうちに取り壊され、鉄板で囲まれて再開発のまっただ中にあったのだ。
新しい経団連ビルは首都高のすぐそばに移転、ものすごい立派なビルになっていた。
25年前に始めて就職したとき、一番最初の勤務先は大手町ビルのオフィスだったのだが、この25年間で大手町も大きく変わったものだ。街自体も再開発で少なからず変化しているだけでなく、ビルはそのまま立っていても、入居しているプレイヤーもまた様変わりしている。
まさに栄枯盛衰である。
■シンポジウムの内容
シンポジウムについて簡単に紹介しておこう。私は抽選の結果、参加できたのはまことに幸いであった。
http://www.jica.go.jp/event/100714_01.html
http://www.jetro.go.jp/world/africa/events/20100609005-event
●日時:2010年7月14日(水曜) 13時30分~17時00分
●場所:経団連会館 国際会議場
●内容(日英同時通訳付)
1. 開会挨拶 日本経済団体連合会 国際協力委員会共同委員長/日本電気(株)会長 矢野 薫 氏
2. 基調講演 「Building Social Business」 グラミン銀行 総裁・創設者 ムハマド・ユヌス 氏
3. 講演 ダノングループ共同最高執行責任者 エマニュエル・ファベール 氏
4. パネル・ディスカッション 「BOPビジネスに向けた企業戦略と官民連携」
<モデレーター> NHK解説委員 道傳 愛子 氏
<コメンテーター>グラミン銀行 総裁・創設者 ムハマド・ユヌス 氏
<パネリスト>・日本経済団体連合会 国際協力委員会政策部会長/住友化学(株)
専務執行役員 福林 憲二郎 氏
・ダノングループ 共同最高執行責任者 エマニュエル・ファベール 氏
・CSOネットワーク 共同事業責任者 黒田 かをり 氏
・国際協力機構(JICA) 副理事長 大島 賢三
・ジェトロ 理事長 林 康夫
■グラミンのユヌス博士の講演
ユヌス博士の講演は、英語の語り口は柔らかく、ビッグワードはいっさい使わない、実践体験に基づいた説得力のある話であった。マイクロファイナンスから始まったグラミン銀行が現在では、先進国の多国籍企業との合弁で、社会問題解決のためのソーシャルビジネスを積極的に推進していることについて、静かな情熱で語られていた。
本人もいうように、ユヌス博士は本質的に教師なのであろう。経済学理論では貧困問題を解決できないことを悟り、貧困層のなかに入り込んでいって手探りではじめた小口貸し付けの試みが、現在では大きな流れとなって世界中の人びとを目覚めさせるにいたっているのである。
シンポジウムの英文タイトルは、ユヌス博士の著書のタイトルそのものだが、日本語版『貧困のない世界を創る-ソーシャルビジネスと新しい資本主義-』(ムハマド・ユヌス、猪熊弘子訳、早川書房、2008)によれば、ソーシャルビジネスとは、既存のビジネスの枠組みそのものを使いながら、ビジネスの目的をPM(=Profit Maximization)ではなく、貧困問題など社会問題解決とするものである。
投資に対する配当は出さず、利益はすべて事業の拡大やあらたなソーシャルビジネスへの出資など、いわば再投資に回す。したがって、慈善事業でも援助でも、NGOでもNPOでもなく、あくまでも社会問題解決目的のビジネス活動なのである。
こういうビジネス形態は、日本でも非上場の中堅中小企業であれば、比較的理解しやすいのではないだろうか。株主責任といっても、オーナー経営者の持株比率が圧倒的に高ければ、配当しないで再投資に回す意志決定はできないことではない。
■フランスの多国籍企業ダノンからみたソーシャルビジネス
今回のシンポジウムが興味深いのは、ソーシャルビジネス第一号となった、フランスの多国籍食品メーカーであるダノン(Danone)の共同最高執行責任者エマニュエル・ファベール氏がバングラデシュでの合弁事業のパートナーとして、講演だけでなく、パネルディスカッションにも参加していることだ。
ダノンのトップマネジメントが昼食に招いたグラミンのユヌス博士に意気投合して話が成立したのは、いまからたった5年前の2005年、経営トップどうしの会談ではじまった案件が、グラミン流のソーシャルビジネスの流れを創り出したのである。つまるところ、経営者の社会的関心と哲学の問題なのだ。
このことは、ユヌス博士の『貧困のない世界を創る』の「第二部 6 神は細部に宿る」と「7 カップ一杯のヨーグルトが世界を救う」にファベル氏との二人三脚で推進した内容が、活き活きと叙述されている。ミッションのきわめて明確なビジネス立ち上げの物語である。
ヨーグルトで有名な多国籍食品企業ダノン(Groupe Danone SA)はもちろん上場企業であるから株主(shareholder)への業績責任がある。しかし、株主だけがステークホールダー(stakeholder)ではないのであり、ステークホールダーのすべてを満足させることが重要で、そのひとつだけを満足させるわけにはいかないのだというファベール氏の発言に、さすが欧州企業だなあと感心した次第だ。
数字でみているわけではないので正確なことはいえないが、グラミン=ダノンはすでに第一工場の投資は回収して、第二工場の建設に入っている。
また、ソーシャルビジネス部門とそれ以外の利益事業部門の関係についても知りたいところである。グラミン=ダノンは出資比率99%なので連結対象となっているはずだが、ソーシャルビジネス部門からの配当はないことをどのように株主に対して説明しているのか、興味のあるとことだ。
配当を出さないとはいえ、バングラデシュでの事業展開においては、食品産業である以上、HACCPなどの品質基準の問題がでてくるし、ハラール認定などの問題もでてくるだろう。
ファベール氏も言及していたが、農村に分散している、牛1~2頭の小規模農家から集めたミルクの品質保持など、さまざまな苦労がともなったようだ。
また、ヨーグルト製造プロセスの変革を必要としたこと、それには多国籍企業グループ内のセネガルなどの先行事例を活用、企業グループとしてのトランスフォーメーションをもたらし、結果として、直接の収益以外の大きな報酬がもたらされたようだ。
何事もポジティブなチャレンジとして受け止め、問題解決を図っていく姿勢、企業本来のもてる能力を正しい方向に使っていこうという姿勢、こういった姿勢で取り組むダノンの取り組みからは大いに学ぶべきものがある。
■日本語のタイトルと英語タイトルの大きな乖離(かいり)。ディスカッション内容は最後までなんだかボタンのかけ違い?
後半はパネルディスカッションであった。ユヌス博士はコメンテーター、ダノンのファベル氏とアフリカでの蚊帳事業で国際的な知名度も高い住友化学の方が企業サイド、その他は主催者のジェトロと JICA と NGO の方であった。
ただ、パネルディスカッションをを聞いているうちに感じたのは、「BOPビジネスに向けた企業戦略と官民連携」という日本語タイトルと、英語の Creating a World without Poverty があまりにも内容に違いがありすぎることだった。
Creating a World without Poverty とは、ユヌス博士の著書のタイトルであり、またミッションである。「BOPビジネス」は、果たして「貧困なき世界を創る」というミッションをもっているのだろうか?
非常に気になったのは、日本サイドが考えている「BOPビジネス」と、ユヌス博士とダノンのファベール氏のいう「ソーシャルビジネス」はイコールではないのではないか、ということだ。
「BOPビジネス」の「BOP」とは、一般には Bottom of the Pyramid の省略形で、ピラミッドの底辺、すなわち最下層の貧困層のことを指しているが、JETRO は Base of Economic Pyramid の略としている。
それはそれとして、「BOPビジネス」とは、基本的に最下層の貧困層を対象にした収益ビジネスのことを指している。
これに対して、「ソーシャルビジネス」とは、先にもみたように、ユヌス博士の定義によれば、収益を目的にしたビジネスではなく、貧困問題から始まる社会問題解決のために、ビジネスの枠組みをフル活用するものである。
もちろん私自身、「BOPビジネス」と「ソーシャルビジネス」の違いについては、定義以上の違いがあるのかと問われれば正確に答えることはできないのだが、日本サイドが期待している「BOPビジネス」は、「日本市場が縮小するからアジアやアフリカで!」というような、「官」中心の政策誘導の匂いが気になって仕方がない。
現在、「BOPビジネス」で成功している日本企業は、味の素やフマキラーなど、発展途上国市場での地道で息の長い活動歴があり、「官」が旗振りして取り組んだという性質のものではない。
モデレーターを務めた、NHKの道傳愛子解説委員がいっていたが、シンポジウム内容は、後日NHKで放送するという。
おそらくNHKは日本語で「BOPビジネス」というストーリーですべてを押し通すつもりなのだろう。ストーリーの作り方もだいたい手に取るようにわかる。番組を見る際には、ユヌス博士やファベール氏の話す英語の内容に注目してほしいと思う。
■「官民」という表現に何の疑問も感じない人たち
そもそも日本語のタイトルにある「官民」という発想に大きな違和感を感じるのである。
日本人は熟語としての「官民」に何の疑問も抱かずに使用しているようだが、なぜ「官」が「民」の先に来るのか、あの中央集権で官僚制度の強固なフランスですら、フランス企業のダノンは官頼みじゃない、ではないか。
2005年にグラミン流の「ソーシャルビジネス」のさきがけとなった、グラミン=ダノンという合弁企業についても、あくまでもグラミンもダノンも民間であり、「官民」(かんみん)ではなく、「民民」(みんみん)ではないか。
しかも、共同事業にあたっては、ダノンの経営トップの強い意志があったことは、ユヌス博士の著書『貧困のない世界を創る-ソーシャルビジネスと新しい資本主義-』にも明らかだ。経営トップの姿勢は企業グループの姿勢でもある。
日本では「官」が旗振りして、お膳立てしなければ何もできないのかと思うと、「民」の人間としては情けなさを通り越して悲しくなってくる。
とはいえ、いくら「官」が旗振りしても、たいていの日本の上場大企業のサラリーマン経営者にはムリというものだろう。自分でリスクとってやろうなんて気概がないから。その意味では、ユニクロの柳井会長のような経営トップは日本では例外かもしれない。悲しいかな、それが日本の現実だ。
ユヌス博士も、日本企業のテクノロジーには大いに期待していると語っていたが、トップの意思で行動しやすい中堅中小企業には大いに期待したいものだ。社内の意志決定も早いはずだ。
"By defining entrepreneurship in a broader way we can change the character of capitalism radically" (Prof. Yunus)である。ポイントはあくまでもアントルプルナーシップなのである。それは必ずしも企業ではなくてもいい。ごく普通の人にも備わっている心構えの問題である。
■終わりに
パネルディスカッションからは、以上のような違和感を感じたのだが、ユヌス博士の話をナマで聞けたのは非常に有意義のある経験となった。この点にかんしては、ユヌス博士を日本に招聘した経団連、ジェトロ、ジJICAの関係者皆様には感謝申し上げる。
まあいずれにせよ、重要なのは実践だ。私自身がすぐにソーシャルビジネスを行うのは状況としては難しいが、既存のビジネス自体がソーシャル化の方向に収斂して行くのではないかという予感をもっている。
私自身がどういう形でかかわっていくのか、長期的な課題として受け止めている。
P.S. ユヌス博士がグラミン銀行から解任させられた件
ソーシャルビジネスで著名なムハンマド・ユヌス博士がグラミン銀行から解任させられた件、バングラデシュ政府との確執があったようだ。
国家との関係、ガバナンスの問題など、ソーシャルビジネスの問題点が浮き彫りになったような「事件」である。果たして、ユヌス博士退任後のグラミンは、いままでどおりの活動ができるのであろうか?
カリスマなき後のオーナー企業に似た問題があるのかもしれない。
(2011年3月2日 付記)
<関連サイト>
Grameen Creative Lab http://www.grameencreativelab.com/
・・ソーシャルビジネスの取り組み
グラミン銀行(Grameen Bank)http://www.grameen-info.org/
・・原点としてのマイクロクレジット、マイクロファイナンス。なおグラミン(grameen)とは「村」のことだという。
ダノン http://www.danone.com/?lang=en
・・Social Responsibility についての姿勢
“貧困層ビジネス” グラミン戦略の光と影・・「NHKクローズアップ現代」(2010年12月5日放送)動画あり
bk1の書評サイトに「書評フェア:社会起業家たち」の一冊として、その他の関連本とあわせて紹介されています。
<ブログ内参考記事>
書評 『チェンジメーカー-社会起業家が世の中を変える-』(渡邊奈々、日本経済新聞社、2005)
・・シャーシャルビジネスの事例
書評 『ブルー・セーター-引き裂かれた世界をつなぐ起業家たちの物語-』(ジャクリーン・ノヴォグラッツ、北村陽子訳、英治出版、2010)
・・"Patient Capital" というソーシャルファンドについて
書評 『国をつくるという仕事』(西水美恵子、英治出版、2009)-真のリーダーシップとは何かを教えてくれる本-
書評 『この世でいちばん大事な「カネ」の話』(西原理恵子著・装画・挿画、理論社、2008)
・・グラミン銀行についても触れている
「信仰と商売の両立」の実践-”建築家”ヴォーリズ-
書評 『『薔薇族』編集長』(伊藤文学、幻冬舎アウトロー文庫、2006)-「意図せざる社会起業家」による「市場発見」と「市場創造」の回想録-
成田山新勝寺「断食参籠(さんろう)修行」(三泊四日) (4) 間奏曲-過去の断食参籠修行体験者たち
・・幕末当時は発展途上国であった日本で、主力産業であった農業分野における、農業経営に軸を置いた開発コンサルタントの元祖二宮尊徳について
アマルティア・セン教授の講演と緒方貞子さんとの対談 「新たな100年に向けて、人間と世界経済、そして日本の使命を考える。」(日立創業100周年記念講演)にいってきた
・・同じくベンガル生まれの経済学博士のセン教授は、問題意識を共有
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