■「社会起業家」というコトバを日本に紹介した原典となる本。とくにビジネスパーソンには読んでほしい本■
「社会起業家」18人のヒューマン・ストーリーを、著者自身の撮影によるポートレート写真と文章によって紹介した本である。
いまでこそ「社会起業家」といえば、日本でも若年層を中心に知る人も多い存在となったが、出版された2005年当時はこの概念が生まれた米国はもちろん、日本では一般的な認知度はけっして高くなかった。
「社会起業家」というコトバを世の中に広めるキッカケとなった本書の意義はきわめて大きい。
著者は米国で30年近く過ごしてきた写真家だが、はじめて米国に住み始めた頃、ある米国人から米国人と比較したときの日本人の特性として、日本人には「コンパッションが欠如しているのではないか」という痛切な指摘を受けた体験を「あとがき」に記している。
コンパッション(compassion)とは、著者の表現を使えば「単なる同情を越えて他人の気持ちを思いやり苦しみも喜びも分かち合う」という意味だ。
米国ではキリスト教をつうじて社会全体に当たり前のように定着している。コンパッションは仏教でいえば「慈悲の心」、ダライラマ14世が英語の説法でよく使用するコトバでもあるが、仏教国であるはずの現代日本人にコンパッションが欠けていると米国人の眼にうつるというのは、私自身もつらいものを感じる。
「無償奉仕は、日本人には体質的気になじみにくいだろう、でもビジネスにつながるソーシャル・アントレプレナーシップ(=社会起業)ならば受け入れやすいのではないだろうか?」。このような問題意識が本書執筆の大きな動機になったと著者は書いている。日本に里帰りするたびに強まっていた違和感から出発した著者の問題意識は、いまでは多くの人たちに共有されつつある。
本書に取り上げられているのは、「国境なき医師団」や「国境なき記者団」といった国際的に著名なNPOだけでなく、社会問題の解決のために奔走する団体の代表者18人である。いずれも明確なミッション(=使命感)と熱いパッション(=情熱)の持ち主ばかりである。著者が撮影したポートレートを見ていると、その人のもつ内面のパワーに引き込まれるのを覚える。
ビジネスマンである私にとってもっとも関心が強いのは、なんといっても「アショカ財団」のビル・ドレイトン、「エンデヴァー」のリンダ・ロッテンバーグ、「アキュメン・ファンド」のジャクリーン・ノヴォグラッツの3人である。
社会問題の解決のために、ビジネスの手法を持ち込んで成功してきた先駆者たちである。いずれも本来は米国のビジネス世界でのトップエリートといってよい人たちが、あえて社会問題解決のために身を投じ、しかも金銭(カネ)という万国共通のモチベーションをうまく善用して問題解決に取り組んできた。この点が、従来の国際援助とはまったく異なるアプローチであり、日本人も大いに学ぶべき先例であるといえるだろう。
ビジネスと社会問題解決は、そもそも出発点は異なり、アプローチの方法も異なるが、「社会起業」という形で一つの方向へとコンバージェンス(=収斂)していくのではないだろうか。とくにリーマショック以降は市場原理主義に対する違和感が多くの人のあいだいに拡がり、社会性を意識しない企業経営は長期的に成り立ち得ない状況となりつつある。
本書の続編である『社会起業家という仕事-チェンジメーカー2-』(日経BP社、2007)とあわせて、とくにビジネスパーソンには読んでほしい本である。社会的な問題解決は、自らが社会起業家にならなくても、自らが従事する仕事をつうじて実現することは不可能ではない。
もちろん、社会問題解決にはビジネスのアプローチ以外のものも多く存在する。社会変革のために、自分がどういう形の貢献ができるのか、それぞれの立場で考え、たとえ小さなものであっても取り組んでいきたい。
そういう気持ちをもつすべての人に読むことをすすめたい。
<初出情報>
■bk1書評「「社会起業家」というコトバを日本に紹介した原典となる本。とくにビジネスパーソンには読んでほしい本」投稿掲載(2010年4月27日)
<書評への付記>
「チェンジメーカー」と自ら名乗り、著書のタイトルにもして、あたかも専売特許のように思わせている「経済評論家」がいるが、日本でこのコトバを初めて使用したのは本書の著者である渡邊奈々であり、いまから5年前のことである。
くれぐれも勘違いしないように。
compassion(慈悲) については、ツイッターでダライラマ14世(His Hpliness Dalai Lama)の発言をみるとよいだろう。ダライラマのオフィシャル・ツイッターは http://twitter.com/DalaiLama
内容については書評に書いた内容に尽きるのだが、私がとくに取り上げた3人の米国人の「社会起業家」がそれぞれ率いる団体名称とそのミッション、ウェブサイトを紹介しておこう。
●アショカ財団(Ashoka Foudation)
ミッション:生産的でグローバルな市民のための事業モデルを作り、世界中に社会起業家の精神(ソーシャル・アントレプレナーシップ)を育てる
www.ashoka.org
●エンデヴァー(Eendeavor)
ミッション:新興市場で優良な中小企業を発掘し、支持することで地域の経済や文化を促進させる。
www.endeavor.org
●アキュメン・ファンド(Acumen Fund)
ミッション:起業的アプローチを使って地球規模の貧困を解決し、貧困層の生活を改善する
www.acumenfund.org
アショカ財団のビル・ドレイトンのインタビュー(日本語)がある。
チェンジメーカーは「釣り」を教え、社会起業家は「漁業」を変える 「社会起業の父」ビル・ドレイトン氏が語る(上)
会社も学校も家庭もチェンジメーカーの舞台「社会起業の父」ビル・ドレイトン氏が語る(下)
日本の社会起業家を支援する!(1)アショカが日本に上陸する理由
本書『チェンジメーカー』の著者・渡邊奈々については、
「チェンジメーカー」渡邊奈々の軌跡アショカとの出会いが、価値観・生き方を変えた
『チェンジメーカー-社会起業家が世の中を変える-』(渡邊奈々、日本経済新聞社、2005) でインタビュー対象となった「チェンジメーカー」の名前を列挙しておこう。
●ソーシャル・アントレプレナーの父:「アショカ財団」 ビル・ドレイトン
●新興市場国を元気づける“中小企業診断士”:「エンデヴァー」 リンダ・ロッテンバーグ
●ソーシャル・ベンチャーのインキュベーター:「アキュメン・ファンド」 ジャクリーン・ノヴォグラッツ
●日本版社会責任投資の伝道者:「インテグレックス」 秋山をね
●ホームレス専門の敏腕・住宅再生デベロッパー:「コモン・グラウンド・コミュニティ」 ロザンヌ・ハガティ
●難民住宅問題の解決策を募る建築展主宰者:「アーキテクチャー・フォー・ヒューマニティ」 キャメロン・シンクレア
●貧者を救う格安医療事業プランナー:「プロジェクト・インパクト」 デビッド・グリーン
●紛争・危険地帯の赤ひげ先生たち:「国境なき医師団」 アン・フシャール
●市民のためのメディア仕掛人:「インターニューズ」 アネット・マキノ
●報道を規制する国々の見張り番:「国境なき記者団」 ロベール・メナール
●どん底のエイズ患者を支えるアートセラピスト:「ハウジング・ワークス」 原田真樹子
●世界最大のフェアトレード認証機関のマーケター:「マックスハベラー」 ブレヒア・ヴェルマン
●紛争国家を和解に導くシナリオライター:「暫定司法国際センター」 アレックス・ボレイン
●敵対民族の子供を集めた交流キャンプのディレクター:「シーズ・オブ・ピース」 エヴァ・ゴードン
●世界中の人権侵害を暴くメディアプロデューサー:「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」 サマン・ジアザルフィ
●子供たちの転落を防ぐ人権派弁護士:「青少年のための法律センター」 ニナ・チャーノフ
●小児病院に笑いと希望を運ぶピエロたち:「ソッコルソ・クラウン」 ユリ・オルシャンスキー、ジョバンナ・ペッズーロ
●不登校児向け単位認定型フリースクール校長:「スマイルファクトリー」 白井智子
『社会起業家という仕事-チェンジメーカー2-』(日経BP社、2007)に所収されているインタビューは以下のとおり。
●赤ん坊に「共感力」を学ぶ奇跡の教育提唱者:「ルーツ・オブ・エンパシー」 メリー・ゴードン
●途上国を救う人道テキスタイルメーカー社長:「ベスタガード・フランドセン」 ミケル・ベスタガード・フランドセン
●社会問題を解決する究極の IT ベンチャー:「ベネテック」 ジム・フルクタマン
●人権無視国への正義の伝導師:「インターナショナル・ブリッジス・トゥ・ジャスティス」 カレン・チェ
●忘れられた小国のための外交戦略立案家:「インディペンデント・ディプロマット」 カーン・ロス
●世界が認めた日本生まれの人道支援 NGO:「ピースウィンズ・ジャパン」 大西健丞
●貧民の声を届ける地域ビデオジャーナリスト集団:「ビデオ・ボランティア」 ジェシカ・メイベリー
●病児を預かる在宅保育事業のパイオニア:「フローレンス」 駒崎弘樹
●イスラムに残る悪しき因習被害者の救世主:「シュルジール」J
●老朽社宅転用型老人ホームの発案者:「伸こう福祉会」 片山ます江
●買春被害者救済の国際ネットワーク:「ポラリス・プロジェクト」 キャサリン・チョン
●フリーターのための短期滞在施設運営:「エム・クルー」 前橋靖
●教育起業家専門ベンチャーキャピタリスト:「ニュー・スクール・ベンチャー・ファンド」 キム・スミス
●貧困子弟向け芸術・職業訓練センター主宰者:「マンチェスター・ビッドウェル・コーポレーション」 ビル・ストリックランド
●愛情に飢えた子供たちへの里親プログラム:「パラン・パルミル」 カトリーヌ・オンジョレ
●社会企業投資ファンドマネジャー:「カルバート社会責任投資財団」 ティモシー・フルンドリッヒ
●日本人が生んだ出稼ぎ移民向け少額融資銀行:「マイクロファイナンス・インターナショナル・コーポレーション」 枋迫篤昌
PS 読みやすくするために改行を増やした。写真を大判に変えた。 (2014年4月8日 記す)。
<関連サイト>
bk1の書評サイトに「書評フェア:社会起業家たち」の一冊として、その他の関連本とあわせて紹介されています。(2010年5月28日)
社会変革者を探し続ける男 アショカ創立メンバー、ビル・カーター氏(前編) (加藤祐子、日経ビジネスオンライン、2014年7月8日)
社会起業に自己犠牲? 必要ありません アショカ創立メンバー、ビル・カーター氏(後編)(加藤祐子、日経ビジネスオンライン、2014年7月15日)
(2014年7月8日、15日 情報追加)
<ブログ内関連記事>
書評 『国をつくるという仕事』(西水美恵子、英治出版、2009)-真のリーダーシップとは何かを教えてくれる本-
書評 『ブルー・セーター-引き裂かれた世界をつなぐ起業家たちの物語-』(ジャクリーン・ノヴォグラッツ、北村陽子訳、英治出版、2010)-社会投資ファンドというコンセプトにたどりつくまでの「社会起業家」のオディッセイ
「信仰と商売の両立」の実践-”建築家”ヴォーリズ-
書評 『『薔薇族』編集長』(伊藤文学、幻冬舎アウトロー文庫、2006)-「意図せざる社会起業家」による「市場発見」と「市場創造」の回想録-
『世界を変える100人になろう』(社会貢献×キャリアデザイン)に参加してきた
(2014年4月8日 情報追加)
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