
■電話発明の真相と特許出願制度をめぐるスリリングな歴史探偵ノンフィクション■
電話といえばグラハム・ベルが発明したもの、「ワトソン君、ちょっと来てくれたまえ」が第一声となった電話開通の瞬間、これは米国だけではなく、日本も含めて世界中で "常識" となっている発明物語のひとこまだ。
ところがこれが真実ではなかったということになれば、いったいどうなるだろう。著者自身、この発明物語がもしかしたら真実ではないのではないかと疑問を持ち始めた瞬間から、当惑にみちた思いがなかなか払拭できなかったようだ。そりゃそうだろう、電話のベル(bell)と同じつづりのベル(Bell)であってこそ、電話発明の物語にふさわしいのだが、これがほんとうの発明者であるグレイ(Glay)であったとしたら・・・。
米国では巨大企業 AT&T はグラハム・ベルの特許がベースになってできたベル・テレフォン・カンパニーがその出発点にある。ベル研究所を有する、この巨大企業の米国経済社会にしめてきたプレゼンスの大きさを考えれば、グラハム・ベル以外に電話の発明者がいたというストーリーは当然のことながら容認されざるものであっただろう。著者以前にもグレイの名誉回復を図るべくさまざまな試みがあったのにもかかわらず、本書の出版後も現在にいたるまで歴史の書き換えが行わるように見えないのは、ある意味では仕方がないといわざるをえないのかもしれない。
本書は、MIT(マサチューセッツ工科大学)のディブナー研究所という、科学技術史専門の研究所で一年間の研究生活を送ることになったジャーナリストが、電話の発明者ベルと発明王エジソンについて調べ始めたところ、ふとしたことからベルの電話発明にかんする疑惑を知ったことから始まる物語だ。著者自身の真相探求と発見のプロセスを、ベルによる電話 ”発明” とパラレルに描いた推理小説のようなノンフィクション作品である。
技術史においては発明品である技術とその製品のみならず、特許出願制度が濃密にからんでことを考慮にいれなければならない。知的財産である技術を特許という制度で守ることによって、技術をカネに替える仕組みを保証しているのが資本主義である。ここにこそ、「グラハム・ベル空白の12日間の謎」のすべてが隠されているのだ。発明家ベルの思惑とは別に、その特許出願にかかわっていた、カネにたいする嗅覚の鋭い弁護士こそ、ベルの婚約者の父親なのであった!
本書は人物を中心とした歴史真相探求ものであり、また発明そのものと知的財産を保護する特許出願制度、技術の商業化と一般への普及、そして特許をめぐる法廷闘争もまたその主人公である。ドキドキしながら読める、スリリングな技術史の本としてぜひ薦めたい。歴史のもつ醍醐味を十分に味あわせてくれるエンターテインメントにもなっているすぐれたノンフィクション作品である。
<初出情報>
■bk1書評「電話発明の真相と特許出願制度をめぐるスリリングな歴史探偵ノンフィクション」投稿掲載(2010年10月29日)
■amazon書評「電話発明の真相と特許出願制度をめぐるスリリングな歴史探偵ノンフィクション」投稿掲載(2010年10月29日)
目 次
伝言ゲーム
突然の飛躍
やっかいな問題
ベルの生い立ち
五里霧中
策士の加担
評判の良い剽窃者
密かな思い
抵触
先立つ発明者たち
電話を盗む
よからぬつながり
一本の糸でつながった名声
延期された発表
チームプレー
討論への招待
著者プロフィール
セス・シュルマン(Seth Shulman)
サイエンス・ライター。ハーバード大学卒業。The Atlantic, Discover, Nature, Parade, Rolling Stone などに記事を寄稿(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)
<書評への付記>
なんと驚くべきことに、MIT の「ディブナー研究所」(The Dibner Institute for the History of Science and Technology)は、著者の「謝辞」でも言及されているように、2006年に閉鎖されたらしい。
現在は、ライブラリーと特別奨学金プログラムはカリフォルニアのハンチントン・ライブラリーに移管されたとある。
閉鎖の理由はわからないが、継続して研究所運営に必要な予算確保ができなかったということだろう。
「歴史じゃ食えない」ということか。残念なことだ。
The Burndy Library has moved and the Dibner Institute has closed.
<関連サイト>
AT&T(旧社名 The American Telephone & Telegram)公式サイト(英語)
AT&T 日本語サイトはカリフォルニア州のみ(中文や韓国語は適用州多数)
<ブログ内関連記事>
書評 『ねじとねじ回し-この千年で最高の発明をめぐる物語-』(ヴィトルト・リプチンスキ、春日井晶子訳、ハヤカワ文庫NF、2010 単行本初版 2003)・・技術史物語としての機械部品「ねじ」の歴史
