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2010年8月18日水曜日

書評 『ねじとねじ回し-この千年で最高の発明をめぐる物語-』(ヴィトルト・リプチンスキ、春日井晶子訳、ハヤカワ文庫NF、2010 単行本初版 2003)-「たかがねじ、されどねじ」-ねじとねじ回しの博物誌




「たかがねじ、されどねじ」-ねじとねじ回しの博物誌

 本書は、ねじとねじ回しという、ごくありふれているが、われわれの生活になくてはならない小さな機械部品と機械工具についての「博物誌」である。

 単行本出版当時の2003年、機械部品の会社で取締役を務めていた私にとって、この本の出版は、よくぞ翻訳していただきましたというものであった。

 業界内では、「たかがねじ、されどねじ」という表現がよくクチにされる。同様に、「たかがばね、されどばね」、ともよくいわれるが、世間一般での評価の低さ、関心の低さとは裏腹に、機械産業内部ではその重要性がきわめて高く認識されていることはいうまでもない。残念なことに、いまだに「ねじ」と「ばね」を一緒くたにしているのが世間一般の大勢ではあるのだが・・・

 その意味で、本書の日本語版の出版は、きわめて意義の大きなものだった。

 原書の副題は A Natural History of the Screwdriver and the Screw直訳すれば、『ねじ回しとねじの博物誌』となる。そう、工学分野のテーマを人文科学的に料理したこの本は、なかなか技術専門家には書きにくい、文化史の作品なのである。著者は米国人の大学教授だが、大工道具を使って自らの手で家を建てただけあって、道具にもたいへん造詣が深いらしい。

 「たかがねじ、されどねじ」、という表現の意味は、もしねじがこの世の中に存在しなかったと想像してみたらすぐにわかることだ。「ねじ回し」という工具についても同様だ。

 「ねじ山を制するものは世界を制する」という表現が本書にもでてくるが、ねじとねじ山の精密化と標準化(=規格化)は最初から当たり前のものではなかったのだ。もしこの各種の発明と改良がなかったら、工学だけでなく科学の進歩も後れたであろうし、もちろん現代のわれわれも安価で良質な製品に囲まれた快適な生活など望むべくもなかっただろう。

 本書は欧州を中心とした歴史なので触れられていないが、日本では種子島で鉄砲をみてはじめてねじの存在を知ったこと、戦後まで十字溝のねじ(=十文字ねじ)はなかったのだ、という事実を紹介しておけば十分だろうか。


 本書には実に面白いエピソードが満載である。なかでも(ヨーロッパでは)「紳士にとって旋盤を回すことは、婦人にとっての刺繍のようなもので、18世紀の終わりまで趣味として人気を保っていた」(第5章)なんてことは、まったく知らなかったので新鮮な思いをした(*右の文庫版カバー参照)。

 「天才技師は、天才芸術家ほど世の中から理解されないし、よく知られてもいないが、両者が相似形をなす存在であることは間違いない」(第6章)と著者はいう。しかし、読み終えたあと、本書に登場した天才技師たちの名前を忘れたとしても、ねじとねじ回しにこんなドラマがあったのだと納得してもらえば、著者冥利に尽きるというものだろう。

 文庫版の大きな付加価値は、旋盤工を定年まで長年続けながら執筆活動を行ってきた"町工場作家"の小関智弘氏が、比較的長めの解説文を書いていることだ。まさに解説者として適任というべき選択である。早川書店の選択眼に敬意を表する次第である。

 面白くて、間違いなく、なるほどと思うに違いない、ねじとねじ回しの博物誌。

 文庫版になったこの機会に、ぜひ一読を奨めたい。


<初出情報>

■bk1書評「「たかがねじ、されどねじ」-ねじとねじ回しの博物誌」投稿掲載(2010年8月5日)
■amazon書評「「たかがねじ、されどねじ」-ねじとねじ回しの博物誌」投稿掲載(2010年8月5日)


PS 改行を増やして読みやすくした。一部加筆した(2014年1月14日)。





<書評への付記>

 釘とねじの違い。同じく締結(ファスニング:fasten-ing)機能をもちながら、この両者の違いは限りなく大きい。クギは打ち付けて締結する機能には優れているが、クギをぬくのはそう簡単ではない。

 これに対して、ねじは、ねじ回し締めて締結するだけでなく、はずすことが容易である。むしろ、このはずすという後者の機能のほうが、より重要なのである! これは、実に革命的な発明なのである!!

 しかも、規格化(=標準化:standardization)がいち早く進んだことによって、機械設計が容易になっただけでなく、これによって、分解掃除やメンテナンスがきわめて容易になったのである!

目 次

第1章 最高の発明は工具箱の中に?
第2章 ねじ回しの再発見
第3章 火縄銃、甲冑、ねじ
第4章 「二〇世紀最高の小さな大発見」
第5章 一万分の一インチの精度
第6章 機械屋の性
第7章 ねじの父


 本書は、どうしても機械産業の発祥の地である西欧を中心にしたものとなっているのだが、最後に日本にとっての重要なエピソードを提供しておこう。

 十文字ねじは戦後まで日本になかった(!)という話だ。

 ホンダ技研の創業社長の本田宗一郎が海外の工場視察で欧州を回った際、視察先の工場に落ちていた十文字ねじを拾ってポケットに入れて、そのまま日本に持って帰ったというエピソードがある。これが、十文字ねじが日本で普及するキッカケになったのだ。このエピソードは、本田宗一郎の盟友として経営を支えた藤澤武夫の回想録 『経営に終わりはない』(文春文庫、1998)にでてくる。最高の「ナンバー2」とは?-もう一人のホンダ創業者・藤沢武夫に学ぶ を参照されたい。

 ちなみに、種子島で鉄砲を知った日本人は初めて「ねじ」の存在を知ったのである。1543年に種子島に「鉄砲伝来」ということがあったものの、日本で機械産業が本格的にテイオクオフしたのは明治時代に入ってからである。とはいいながら、機械産業の歴史はすでに150年近くあるわけだ。

 この点においては中国や東南アジアと比べると、アジアのなかでは日本の機械産業の蓄積の歴史は長いといえる。ものつくりにかかわる産業においては、やはり何といっても、長年の蓄積がものをいう面があるのは否定できない。

 本書の日本語訳では、「ばね」が「バネ」とカタカナ表記されているのが、元「ばね屋」にとってはまことにもって残念なことだ。「ねじ」も「ばね」も外来語ではないので、ひらかな表記でなくてはいけないのに、画竜点睛を欠くとはまさこのことか。

 いうまでもなく、「ねじ」は動詞の「ねじる」(捩る)から「ばね」は動詞の「はねる」(跳ねる)からきて、濁音化して「ばね」になったと、ばねの業界団体が発行している『ばねの歴史』(非売品)という本に書いてある。

 「ばね」は英語では spring であり、泉や温泉と同じコトバを使う。春も泉もばねも、運動性というコンセプトが共通している。

 ちなみに「ばね」はドイツ語では、die Feder というのだが、Feder は「羽根」という意味だ。英語では feather にあたる。

 どう考えても偶然の一致だろうが、奇しくも日本語でもドイツ語でも、「ばね」と「はね」(羽根)が一致しているのだ! なぜ、ドイツ語でばねのことを Feder というのか、『グリムのドイツ語辞典』でも読みこまないといけないのだろうが、私の手には余ることである。

 こういうコトバは他にも、「名前」と「das Name」という有名な例もある。

 こんなことを知ったところで、別に何がどうだというものでもないのだろうが、たまたま知ったこの事実、私にとっては、不思議でしょうがないのである。



<ブログ内関連記事>

『歴史のなかの鉄炮伝来-種子島から戊辰戦争まで-』(国立歴史民俗学博物館、2006)は、鉄砲伝来以降の歴史を知るうえでじつに貴重なレファレンス資料集である

書評 『鉄砲を手放さなかった百姓たち-刀狩りから幕末まで-』(武井弘一、朝日選書、2010)-江戸時代の農民は獣駆除のため武士よりも鉄砲を多く所有していた!
                              
鎮魂!戦艦大和- 65年前のきょう4月7日。前野孝則の 『戦艦大和の遺産』 と 『戦艦大和誕生』 を読む 
・・日本の機械産業の1930年代における達成レベルについて。部品製造や溶接技術においては、同時代のドイツには大幅に遅れをとっていた

書評 『ものつくり敗戦-「匠の呪縛」が日本を衰退させる-』(木村英紀、日経プレミアシリーズ、2009)
・・これはちょっと大きな話

(2014年1月14日 情報追加)





(2012年7月3日発売の拙著です)










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