第3回 日経GSRシンポジウム「GSR と Social Business -企業が動けば、世界が変わる-」に出席してきた。
シンポジウムで、「雷龍の国ブータンに学ぶ」というタイトルの基調講演(Key Note Speech)をされた西水美恵子さんをつうじて、日本経済新聞社から「ご招待」いただいたからである。
まずシンポジウムの概要については、下記の案内文のとおりである。
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第3回 日経GSRシンポジウム
(主催:日本経済新聞社、日本経済研究センター)
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GSR とはGlobal Social Responsibilityの略で、企業の社会的責任(CSR)の延長線上にある概念です。
環境や貧困など地球規模で解決を迫られている課題について、グローバル経営を展開する企業に何ができるかが問われています。
今回のシンポジウムでは、GSRとは何かを改めて考えるとともに、今般、日本企業の間でも関心が高まっている 「ソーシャルビジネス」について、議論を深めていきます。
【日 時】2010年11月22日(月)13:00-16:30(開場12:30)
【会 場】日経ホール
【定 員】500名
【プログラム】
13:00-13:10 オープニングスピーチ
◇講師 竹中平蔵氏(GSR研究会主査、日本経済研究センター研究顧問、慶應義塾大学教授)
13:10-13:50 基調講演
◇テーマ「雷龍の国ブータンに学ぶ」
◇講師 西水美恵子氏(元世界銀行副総裁、シンクタンク・ソフィアバンク シニア・パートナー)
13:50-14:00 トークセッション
◇西水美恵子氏と竹中平蔵氏とのトークセッション(質疑応答)
14:00-14:50 特別対談
◇講師 佐々木則夫氏(東芝 取締役 代表執行役社長)
高巖氏(麗澤大学経済学部学部長・教授、京都大学大学院客員教授)
◇コーディネーター
高橋秀明氏(慶應義塾大学大学院政策メディア研究科特別研究教授)
14:50-15:00 休憩
15:00-16:25 パネルディスカッション
◇テーマ「ソーシャルビジネスは社会的課題解決の切り札か―その可能性と限界」
◇パネリスト
熊野英介氏(アミタホールディングス代表取締役会長兼社長)
リチャード・ホール氏(ダノン エビアン ボルヴィック アジア パシフィック社長)
新田幸弘氏(ファーストリテイリング CSR部長兼ファーストリテイリング UNIQLO Social Business Bangladesh CEO)
山口絵理子氏(マザーハウス代表取締役 兼 デザイナー)
16:25-16:30 全体総括
新井淳一氏(GSR研究会会長、日本経済研究センター会長)
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今回は「オープニングスピーチ」(竹中平蔵)、「基調講演」(西水美恵子)、「特別対談」まで会場で聴講した。
そのあと「基調講演」を行った西水さんから、特別にお時間をいただいて、講師控え室で約一時間ばかり懇談させていただく機会をもった。
実は今回の面会のは、西水さんから、11月に来日するので、講演会のあとにお茶でも飲みながらお話しましょうというオファーをいただいており、実現に至ったものである。
■「雷龍の国ブータンに学ぶ」と題した「基調講演」から、経営者とビジネスパーソンがさらに「学ぶ」べきこと
「雷龍の国ブータンに学ぶ」と題した「基調講演」では、世界銀行副総裁時代に出会って以来、毎年訪問されているブータンについてのお話であった。
西水さん自身が講演のなかでおっしゃっていたが、ブータンに入れ込んでいる人のことをさして外務省あたりでは「ブタキチ」というそうだ(笑)。
「ブタキチ」はブータン狂いのことだろうか、耳で聞くとファニーな響きがある。「豚吉」?・・いやいやこれではトンキチか。
かつて「ビルキチ」とよばれていた老人たちがいたことを想起するが、「ビルキチ」とはビルマ狂いのこと、大東亜戦争中にビルマ戦線で投入された日本人兵士たちのビルマ愛をからかった表現である。
西水さんの場合は、世界銀行退職後も、ブータンの前国王の強い要請で、毎年ブータンを訪れているそうだ。自分が仕事でかかわった国にはいっさい足を踏み入れないという原則の唯一の例外であるらしい。
ブータンの話は、このブログでも紹介した『国をつくるという仕事』(西水美恵子、英治出版、2009)にも詳しく書かれているので、自分としては十分に知っているつもりであったが、あらためて講演という形で話を聞くと、いろいろ考えるものがある。
目で活字を読んで知った話と、ライブで耳から聴く話は、たとえ同じ内容のものであっても、受け取る側ではまったく同じではないようだ。
■ブータン前国王に学ぶ、トップに立つ人の「率先垂範型」リーダーシップスタイル
17歳で即位以来34年間、ひたすら民の幸福を願って献身的に国民に奉仕されてきたブータンの前国王・雷龍王4世。国土のすみずみまで自らの足で歩いて行幸し、国民の生活を直接自分の目で見て、国民に直接語りかけ、そしてその声に耳を傾け続けた人である。
まさに日本の製造業で徹底されている「三現主義」を地でゆくものだ。三現主義とは、現場・現物・現実。伝聞ではなく、自分で現場にいき、現物を見て、はじめて現実を知る。
米国でも1980年代に「日本的経営」がブームであった頃、MBWA という経営スタイルが定着した。MBMA とは、Management By Walking Around の略、すなわち経営者自らが現場を歩き回って従業員と双方向の対話を行う経営スタイルのことである。
ブータン前国王については、この点についてだけでも、爪の垢を煎じて飲まねばなるまい。
しかも、国王でありながら率先垂範して質素な生活を送り、国王を頂点とした三角形のピラミッドではなく、国王を一番下にした逆ピラミッドでつねに考えていた人である。
「さかさまリーダー」とよばれたリーダーシップスタイルは、キリスト教をベースにした米国のサーバント・リーダーシップ(servant leadership)と本質的に同じである。ただし、チベット仏教を国教とするブータンにおいては、神に奉仕するという考えはないので、前国王はどこからこういう哲学を養うにいたったのだろうか。おそらく自らの思索から導き出したリーダーシップスタイルなのであろう。
これはまた、企業経営でいえば、「顧客中心主義」そのものである。国を率いるリーダーにとって奉仕すべき「顧客」とは、一人一人の国民のことだ。国民はまた国全体を企業だとすれば、「従業員」でもある。
顧客満足(CS:Customer Satisfaction)を高めること、従業員満足(ES:Employee Satisfaction)を高めること、この二つは、現代のマネジメントにおいては、きわめて重要な事項となっている。
■経済成長の目的と手段を取り違えるな!
国民一人一人の幸せを追求するのが目的で、経済成長はそのための手段に過ぎない。これが有名な GNH、すなわち Gross National Happiness(国民総幸福)というフレーズに表現された前国王の開発哲学である。
GNH とは、GNP(国民総生産)をもじった表現で、前国王が英語誌にインタビューされた際に、なにげなくクチにした表現が、英語でそのまま紹介されて広く知れ渡るようになったものだという。
しかし、この GNH というコトバだけが一人歩きして、ブータンで実際に行われたことが何であるかまで想い及ぶ人はあまり多くないかもしれない。
GNH はあくまでも定性的な指標であり、GNP や GDP のように定量的な経済指標ではない。むしろ、経済開発哲学の表現といってもいいだろう。なぜなら、いかなる状態をさして「幸福」と思うかは、国民一人一人によって異なるのが当たり前であり、幸福であるかどうかを判定する基準点(=レファレンス・ポイント)が個人個人によって異なるのは当然だからだ。したがって、これはもし指標であるとしても、きわめて相対的なものである。
要は、経済成長そのものが目的ではなく、あくまでも手段に過ぎないということだ。
現時点においては、ブータン国民の 97%(!)が自分を幸せだと感じているという。これは驚異的な数字である。
生活レベルが向上し、経済的にも以前に比べると豊かになたという実感が、国民一人一人がもっているからであろう。当然のことながら、現時点の日本国民とブータン国民では、幸福でるかどうかを判断する基準点の高さと質が違いすぎるのでなんともいえない。
敬虔なチベット仏教国であるブータンにおいては、もともと「知足」(足を知る)という考えが染みこんでいるのであろう。かつては日本人にも深く浸透していたこの考えが、現時点においてはブータン国民の幸福満足度として現れているのだろう。
■リーダーシップはトップにだけ求められるものではない! 一人一人が自覚して自らがリーダーシップを発揮することが重要なのだ
ただし、ここで注意しなければならないのは、ブータン国民が示す「幸せ」は、けっして上から与えられたものではない、ということだ。
ブータン国民自らが、自分たちが住むコミュニティの生活水準を向上させるために考えに考え、知恵を絞りに絞り、その上で必要な援助を申請し、自分たちで生活向上という幸せを実現した結果なのである、という。 これは、講演のあと、西水さんと懇談している際にあらためて質問した際の答えである。
ブータンの国土はその大半が、峻厳な山岳地帯の高地にある。自然条件の厳しさは、いいかえれば人間にとっての生活条件の厳しさである。日本も国土の7割が山岳地帯であるとはいえ、人間の居住地域は残り3割の平野部に限定されている。
トラとゾウ、すなわち中国とインドに挟まれた小国という地政学上がもたらす危機感は、海に囲まれた島国である日本とは比較のしようもない。
同じような地政学的な条件をもちながら、あっけなく王制が崩壊したネパールを考えて見れば、その危機感の強さは想像するに難くない。
日本を基準にしてブータンを判断すると大きな勘違いになる。
前国王は、西水さんが世界銀行副総裁の職を辞して挨拶回りで拝謁された際、こういうコトバを贈られたという。「リーダーに頼り切ってはいけない。国民一人一人の仕事なのだ」、と。
すぐれたリーダーがいると、とかくそのリーダーに全面的に頼ってしまいがちなものだ。そういう甘えを断ちきり、国民一人一人に自分で考え自分で行動するためにリーダーシップを発揮してもらうことを求めて、自ら率先垂範してきたリーダーのコトバである。
国民一人一人に、自分がリーダーシップを発揮しなくてはいけないのだという「意識改革」。これこそが、もっとも重要なことであるのだ。そしてもっとも時間がかるプロセスでもある。
■中小企業経営者へのインプリケーション
企業関係者が聴衆の大半を占めるということで、今回の講演では企業経営におけるリーダーシップのあり方にも言及されていたのは、大いに感じるものがあった。
西水さんは、『日本でいちばん大切にしたい会社 』(坂本光司、あさ出版、2008)を引き合いに出して、中小企業の経営者こそ、日本を換えるためのリーダーシップを期待する旨を、静かにかつ情熱的に語られていた。
従業員とその家族の幸福追求を最大目的とし、その実現のために企業成長を追求するという姿勢、これは、ブータンの GNH とまったく同じことなのだ。あくまでも人間を中心におき、人間を大事にしる経営。これが大事であり、これが実現できているのは、実は知られざる中小企業であることが多い。
大企業経営者の多くが、ベンチャーやスモールビジネスの俊敏さがほしいと願っているのは重々理解しているようだが、そもそも大企業と中小企業とでは、規模という量的な違いだけでなく、経営の質的な意味合いがまったく異なるのである。
大企業経営者はもとより、大企業に勤務するビジネスパーソンたちがどこまでその意味について理解していたかははなはだ不明だが、よくぞ言っていただいたという感をもつ。
なぜなら、まさに私のフィールドにも直接かかわることだからだ。
日本経済新聞社とその関連会社である日本経済研究センターが主宰するセミナーで中小企業を賞賛するというのは、実に素晴らしいことであった。
もちろん日経グループの日経BP社からは『日経ベンチャー』という経済紙が出版されていたが(・・現在は『日経トップリーダー』に改題)、メインストリームは上場大企業の経営者とビジネスパーソンである。
今回の講演会をキッカケに、中小企業にももっと目を向けてもらいたいものだと思う。
■講演後の懇談で教えていただいたことなど
先にも書いたが、「基調講演」を行った西水さんから、特別にお時間をいただいて、講師控え室で約一時間ばかり懇談させていただく機会をもった。
講演のなかでも触れられた、日本の中小企業におけるリーダーシップとマネジメントの重要性について意見が一致したことなど、経済から経営、政治にいたるまで、さまざまな話題で、実のある対話をさせていただいた。
最後に、今回の講演テーマである「ブータン」にかんして、気になっていたことを質問させていただいたのでここに紹介しておきたい。
現在の国王・雷龍王五世は2006年即位されたが、これは前国王の雷龍王四世が、突然退位を宣言され実行に移されたことによる。
私は、この譲位は「自分の目の黒いうち」に息子に継がせることによって、自分は「後見人」として新国王を見守っていくためなのだろうと思っていたのだが、西水さんによれば「後見人」ではなく、あくまでも "sounding board" に徹しておられるのだそうだ。
リーダー、とくに一国のトップである国王は、企業経営者以上に孤独な存在である。トップリーダーの孤独を癒すために前国王は現国王の話しは聞くが、アドバイスはいっさいしないとのことだ。アドバイザーではなく、メンターに近いといっていいのかもしれない。
退位にあたって前国王は、重臣などの側近もすべていっせいに退職させて、まったく新しい体制で新国王を出発させたそそうだ。そのため、前国王の側近が新国王の消息を直接聞くことができないらしい。
ここまで徹底したガバナンスを行っているのである。
これまた、トップリーダーの事業継承にあたっては、爪の垢でも煎じて飲まねばならないのである。
前国王は、自らを律するにあまりにも厳しいようにも思われるが、「権力は腐敗する。絶対権力は絶対に腐敗する」という、英国の有名なフレーズを肝に銘じておられるのだろう。
中小オーナー経営では、かならず出てくる事業承継という課題。
もちろん王国における王位継承とは異なる点もあるが、本質的には同じものだといってよい。
ブータン前国王をそっくりそのまま真似ることはきわめて難しいが、こういう人がいまこの世の中にいるのだということは、知っておかねばならないことである。
■終わりに
そもそもは、今回のセミナーへの出席は、私がこのブログに書いた「書評」に、著者の西水さんから直接メールでお便りをいただいたことから始まった一連の流れのなかにある。
オフラインで実際にお会いしたのは実は今回が初めてなのだが、お互いに初対面という感じがしなかったのは、この間に何度かやりとりがあっただけでなく、私も西水さんが書かれた文章もウェブで読んでいたことだけでなく、私が書いたものも読んでもらっていたこともあるようだ。
ブログに限らず、自分の考えを文章の形で発表しておくことがいかに重要か、あらためて感じている次第だ。
私は経済学徒ではないが、社会科学を学んだ人間として、大学時代から経済学者アルフレッド・マーシャルの 「Cool head, but Warm heart」 を信条として生きてきた。
その意味でも、また「組織変革とリーダーシップ」にかかわる同志(・・と勝手に思っている)として、また私のメンター(・・と勝手に思っている)として、今後も西水さんには、ご指導ご鞭撻いただければと思っている。
私自身はブータンにはまだ一度もいってないが、ぜひ行きたいと思っている。ただし、『資本主義はなぜ自壊したのか-「日本」再生への提言-』(集英社、2008)で悔い改めた元市場原理主義者・中谷巌のような手放しのブータン礼賛には、すこし引いてしまうものを感じる。中谷氏はブータンとキューバを反資本主義として同列に置いているからだ。
私としては、自分の足で歩いて、自分の目と耳と五感のすべてを使って、ブータンを感じ取りたいと思う。
チベット仏教世界は、チベットもラダックも訪れているので、残っている主要な国はブータンとモンゴルである。
一度でもブータンにいったら、絶対に「ブタキチ」になってしまうことだろう。
それまた楽しからずや、だ。
本日はたいへん有意義な一日となった。
<関連サイト>
ヒマラヤへの投資誘致を目指すブータン(WSJ ウォールストリートジャーナル日本版 2010年11月24日)
・・民主化の負の側面が出始めたのかもしれない。急ぎすぎる経済優先主義が「ネパール化」を招く危険も。乱開発される前にブータンに行っておいたほうがよさそうだ。ブータンは前国王の強い主導のもとに民主化を実現したが、「衆愚政治」に陥らないという保証はない。日本の轍を踏んで欲しくないものである。ブータンにとっては、まさにこれからが正念場であろう。
ブータン公務員だより(日経ビジネスオンライン)
お金は「幸せの国」の大切な一要素です-「国民総幸福度」はGDPの対立概念にあらず(2011年6月16日)
・・ブータン政府のGross National Happiness Commissionに首相フェローとして勤めている日本人女性による記事。前国王が示したMVV(ミッション・ビジョン・バリュー)を端的に表現したGNH(国民総幸福度)。等身大のブータンを描いて、MVVがブータン国民にどう浸透しているか、ブータン国民がどう捉えているかがわかります。
「幸せとは何か」ブータン王国レポート(上)
「幸せとは何か」ブータン王国レポート(中)
「幸せとは何か」ブータン王国レポート(下)
・・経済ジャーナリストの磯山友幸氏によるブータン訪問記。2011年3月11日からの訪問。連載は『現代ビジネス』(講談社のサイト)
<ブログ内関連記事>
◆西水美恵子さん関連
書評 『国をつくるという仕事』(西水美恵子、英治出版、2009)
「組織変革」について-『国をつくるという仕事』の著者・西水美恵子さんよりフィードバックいただきました
◆アジア発の経済開発にかんする実践哲学思想
シンポジウム:「BOPビジネスに向けた企業戦略と官民連携 “Creating a World without Poverty” 」に参加してきた・・ムハマド・ユヌス博士(バングラデシュ)
アマルティア・セン教授の講演と緒方貞子さんとの対談 「新たな100年に向けて、人間と世界経済、そして日本の使命を考える。」(日立創業100周年記念講演)にいってきた・・アマルティヤ・セン博士(インド)
『Sufficiency Economy: A New Philosophy in the Global World』(足を知る経済)は資本主義のオルタナティブか?-資本主義のオルタナティブ (2)・・タイ王国のラーマ九世プーミポン国王による「セタキット・ポーピアン」
◆中小企業の事業承継について
書評 『跡取り娘の経営学 (NB online books)』(白河桃子、日経BP社、2008)
書評 『ホッピーで HAPPY ! -ヤンチャ娘が跡取り社長になるまで-』(石渡美奈、文春文庫、2010 単行本初版 2007)
(2012年7月3日発売の拙著です)
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