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2011年11月21日月曜日

『大アジア燃ゆるまなざし 頭山満と玄洋社』 (読売新聞西部本社編、海鳥社、2001) で、オルタナティブな日本近現代史を知るべし!


 頭山満(とうやま・みつる)といってピンとくる人は、九州北部(とくに福岡)を除いては、よほど近代日本史につうじた人か、あるいは大学受験前の高校生くらいだろう。

 東京にいくよりも、玄界灘をはさんで対岸の朝鮮半島のほうがはるかに近いのが国際都市・福岡だ。

 朝鮮半島だけではない。福岡から東京までの距離と、福岡から上海までの距離はほぼ同じである。これは上海から日本にむけて飛行機で移動してみれば、すぐにわかることだ。上海を飛び立った飛行機は、あっという間に五島列島上空にさしかかる。
 
 藩主の優柔不断と意志決定の間違いによって、藩論が左右に揺れるたびに、多くの優秀な人間が切腹を強いられて命を落としている。明治維新においても「敗者」となってしまった福岡藩からは、本来なら中央政府で立身出世したはずの人材が、多く民間に流れることになった。

 旧福岡藩士を中心とした、反中央、反官僚の立場を貫くひとたちが、個をベースとしたゆるやかな結合をしたのが政治結社「玄洋社」である。福岡に基盤を置いていた玄洋社は、日本近代のオルタナティブな歴史のの担い手となった。

 「玄洋社」の憲法は、以下の三ヵ条であった。

第一条 皇室を敬戴すべし
第二条 本国を愛重すべし
第三条 人民の権利を固守すべし

 国権と民権がともに存在していたのが「玄洋社」であった。自由民権運動のさなかに生まれた結社なのである。

 その「玄洋社」の実質的な中心にいたのが頭山満である。

 わたしもこのブログで、西郷隆盛と、自由民権運動にからめてなんどもその名を登場させてきた頭山満。わたしがはじめてその名を知ったのは、福岡出身の小説家・夢野久作(ゆめの・きゅうさく)を通じてである。大学時代のことだからすでに30年近く前のことだ。

 夢野久作といえば『ドグラマグラ』という小説で知られているが、その父は杉山茂丸という右翼の巨頭であった。茂丸の交友関係のなかに登場する最重要人物が頭山満であり、その姿は『百魔』(講談社学術文庫、)に活写されているだけでなく、息子の夢野久作(・・本名・杉山泰道)の『近世怪人伝』(昭和10年)に愛情をこめて描かれていることは知る人ぞ知ることだ。わたしの愛読書の一冊でもある。現在は、ちくま文庫に収録されているので、興味のある方はぜひお読みいただきたい(*)

(*) 夢野久作の傑作伝記集『近世怪人伝』(1935年)に登場する奈良原到(ならはら・いたる)と聖書の話がめっぽう面白い という記事をブログに書いたので(2013年10月16日)、ぜひあわせてお読みいただけると幸いです。(2013年10月19日 追記)


 頭山満を「右翼」というレッテル張りで扱うのは大きな誤りである。とくに重要なのが、本書のタイトルでもある「大アジア主義」とのからみである。植民地支配に苦しむアジア解放の志士たちとの熱い友情について知らねばならない。

 ただ、頭山満の「大アジア主義」はイデオロギーというよりも、人間どうしの熱い友情を基礎にしたものだ。

 孫文のみならず、朝鮮の金玉均(キム・オッキュン)、インドのビハリ・ボース(・・いわゆる「中村屋のボース」)、チャンドラ・ボース、タゴールなどそうそうたる人物との交友に及んでいる。

 しかも単なる交友ではない。外国政府の刺客に追われ、官憲に追われている革命人士の匿い、身の安全を守るという義侠心から発したものでもあった。孫文もまたその一人である。

 本書に収録された写真が、その熱い友情を語っている。ぜひ直接手にとって見ていただきたい。

 本書には、日本のナショナリズム研究に従事してきた松本健一氏の講演をもとにした文章「一人で居ても淋しくない」が収録されている。

 「一人で居ても淋しくない」ほど、頭山満を言い表した表現はほかにないだろう。

 頭山満は、つねづね若い人たちに対して「一人で居ても淋しくない」と語っていたという。松本健一氏は以下のように解釈している。

この、「一人で居ても淋しくない」とは何か。たんに孤独に強い人間という意味ではない。それは、みずからの内部に「太陽の光」のような強い「火種」、いいかえると発光源をもつ人間になれ、という意味ではないか。みずからの内部に発光源をもてば、一人で居ても、すこしも淋しくない。(P.97)

 頭山満については、じつは数多くの著書が発行されているし、取り上げてみたいものの多数あるのだが、それはまた別の機会に譲るとして、この写真集だけはぜひ手元に置いて、眺めてほしいと思うのである。

 学校で教える日本近現代史とは違う、オルタナティブな歴史がここにあることを発見することであろう。福岡の出版社から出版された本であるということは、東京のまなざしとはイコールではないということも意味しているのだ。





目 次

はじめに
解説・頭山満と玄洋社-その封印された実像(石瀧豊美)
歴史資料
 維新動乱
 筑前玄洋
 大アジア
 敬天愛人
 封印命令
 あの人この顔
 ふくおか玄洋社マップ
 一人でいても淋しくない(松本健一)
資料
 「人ありて 頭山満と玄洋社」報道の記録
 回顧展「大アジア!燃ゆるまなざし 頭山満と玄洋社」開催の記録
 出品協力団体・個人一覧
 主な参考文献
 編集後記



<参考>

田中清玄の『自伝』より

あんた、なんだと聞かれたら、本物の右翼だとはっきり言いますよ。右翼の元祖のようにいわれる頭山満と、左翼の家元のようにいわれる中江兆民が、個人的には実に深い親交を結んだことをご存じですか。一つの思想、根源を極めると、立場を越えて響き合うものが生まれるんです。中途半端で、ああだ、こうだと言っている人間に限って、人を排除したり、自分たちだけでちんまりと固まったりする。

戦前の共産党の闘士だった田中清玄ならではのスゴミのある発言。田中清玄は会津藩家老の末裔。『田中清玄自伝』(初版は文藝春秋社 1993)は松岡正剛の「千夜千冊」にもとりあげられている。上記の発言はそこから引用した。わたしは単行本で読んだが、こんな面白い本はなかなかない。  

(2013年10月19日 追記) 




<ブログ内関連記事>

「主権在民」!-日本国憲法発布から64年目にあたる本日(2011年5月3日)に思うこと
・・民主主義は米国占領軍によって与えられたものではない!明治の自由民権運動の志士たちによる闘いのたまものだ

「幾たびか辛酸を歴て志始めて堅し」(西郷南洲) 
・・頭山満といえば西郷精神!

「辛亥革命」(1911年10月10日)から100年-ジャッキー・チェン製作・監督の映画 『1911』 が待ち遠しい! 

特別展「孫文と日本の友人たち-革命を支援した梅屋庄吉たち-」にいってきた-日活の創業者の一人でもあった実業家・梅屋庄吉の「陰徳」を知るべし・・「革命」を資金で助けた「陰徳」の人・梅屋庄吉と孫文の友情。長崎出身の梅屋庄吉もまた「頭山人脈」のなかにあった

宮崎滔天の 『支那革命軍談』 (1912年刊)に描かれた孫文と黄興の出会い-映画 『1911』 をさらに面白く見るために
・・宮崎滔天もまた「頭山人脈」のなかにあった

書評 『霊園から見た近代日本』(浦辺登、弦書房、2011)-「近代日本」の裏面史がそこにある
・・玄洋社につらなる人たちを東京の墓地にさぐる旅

夢野久作の傑作伝記集『近世怪人伝』(1935年)に登場する奈良原到(ならはら・いたる)と聖書の話がめっぽう面白い






(2012年7月3日発売の拙著です)








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