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2013年1月27日日曜日

「石に描かれた鳥たち-ジョン・グールドの鳥類図譜-」(玉川大学教育博物館)にいってきた(2013年1月26日)-19世紀大英帝国という博物学全盛時代のボタニカルアート


玉川大学教育博物館で開催されている 「石に描かれた鳥たち-ジョン・グールドの鳥類図譜」にいってきました。

東京とその周辺をマヒさせた1月14日の大雪の日に天皇皇后両陛下の行幸啓、そしてそのあと1月22日には秋篠宮殿下ご夫妻もご覧になったという展覧会。しかも、ともにご説明をされたのが「ジョン・グールドの鳥類図譜」の研究をされている黒田清子さま。みなさま生物学の研究者でもいらっしゃいますね。

マスコミでも取り上げられて大好評のため、3月24日まで会期延長されたのでぜひ足を延ばしてみるといいいでしょう。わたしは、玉川学園の諮問委員をつとめているので、学芸員の方にご案内していただきました。

以下に主催者による概要を掲載しておきましょう。

●会期(前期): 2012年11月5日(月)~12月7日(金) 3月1日(金)~24日(日)に再公開
●会期(後期): 2012年12月10日(月)~2013年2月28日(会期はそのまま延長)
●休館日: 土・日・祝日
●臨時開館日:2月16日(土)、23日(土)、24日(日)、3月2日(土)、9日(土)、16日(土)、23日(土)、24日(日)
●開館時間: 9:00~17:00(入館は16:30まで)
●会場: 玉川大学教育博物館 第1展示室
*小田急線玉川学園前駅下車徒歩15分
*構内は教育活動が行われておりますので、車での来館はご遠慮ください。
*入校時に詰所で入校手続を行ってください。
教育博物館までのアクセス(←クリック)
●入場料: 無料
●主催: 玉川大学教育博物館
協力: カンザス大学ケネス・スペンサー・リサーチ・ライブラリー

内容  イギリス人ジョン・グールドが19世紀に製作した鳥類図譜全40巻とその関連資料を展示します。また、グールドの資料を多く所蔵するアメリカのカンザス大学スペンサー・リサーチ・ライブラリーの全面協力を得て、図譜の製作方法のコーナーを設け、工程を複製で再現します。
その他:図譜への負担を軽減するため、定期的に展示するページを変更いたします。ご了承ください。(毎週金曜日の閉館後に、図譜のページを変更します。なお、1月11日(金)と25日(金)のページ変更は行いません。)


黒田清子さまが勤務されている山階鳥類研究所(・・秋篠宮様が総裁)には、ジョン・グールドの鳥類図譜は完全にそろっていないそうです。そのため全40巻を蒐集した玉川大学教育博物館の外来研究員として、全巻の調査研究を行われたそうです。

その研究成果は、『ジョン・グールド鳥類図譜総覧 Catalogue of the birds in John Gould's folio bird books』(紀宮清子編、玉川大学出版部、2005年)として出版されています。ですから、今回の展覧会を行幸啓された天皇皇后両陛下も、ことさらお喜びだったのではと推察されます。

ジョン・グールドと「鳥類図譜」については、「鳥人ジョン・グールドの世界」 をご覧になっていただくのがよろしいでしょう。簡単に要約しておきます。

剥製師として名をなしたジョン・グールド(1804~1881)は、博物学(natural history)全盛時代の大英帝国で、当時発明されて間がない石版画(リトグラフ)の技法をいち早く取り入れ、絵師や版画師による工房をつくり、「鳥類図譜」を1832年から予約販売を開始しました。

展覧会の会場で実物をみるとわかりますが、どんな鳥も実物大(リアルサイズ)で描かれており、版画はインペリアル・フォリオ判(約56×39cm)というサイズであり、本としてはきわめて大判です。一冊が10kg以上もあるので、持ち運びも大変なようです。

貴族など上流階級を顧客にした、発行部数は200部程度の完全予約販売。つまり贅沢品の版画として製作頒布されたわけですね。

コレクターとしての購入者は、その版画を製本師に持ちこんで好みの形で一冊の本として製本し、装丁させたわけです。ですから一冊一冊が異なるものとなったわけですね。世界中で一冊しかない自分の本として。コレクター冥利に尽きるというものでしょう。

展示されている図譜は以下のとおりです。なおジョン・グールド自身は、英国以外の鳥は実見はしていないようです。

前期(3月1日~24日に再公開)は、『ヒマラヤ山脈百鳥類図譜』、『ヨーロッパ鳥類図譜』、『オオハシ科鳥類図譜』、『キヌバネ科鳥類図譜』、『オーストラリア鳥類図譜』、『アメリカ産ウズラ類鳥類図譜』、『ハチドリ科鳥類図譜』。

後期(~2013年2月28日)は、『ハチドリ科鳥類図譜』、『アジア鳥類図譜』、『イギリス鳥類図譜』、『ニューギニア及びパプア諸島鳥類図譜』。グールドは、ことにハチドリを好んでいたそうです。

わたしが見たのは後期の図譜の一部ですが、石版画(リトグラフ)ならではの繊細な描線と、それに手書きで彩色された美しい図版は、鳥類や生物学への関心が高くなくても、ボタニカルアートとしてすばらしい美術品だといえるでしょう。19世紀当時の英国の上流貴族たちを満足させたことは間違いありません。

やはり複製やデジタル画像ではなく、アナログのリアルな画像は最高です。







■大学ミュージアムである玉川大学教育博物館のその他の展示について

「石に描かれた鳥たち-ジョン・グールドの鳥類図譜」の会期中に「新教育運動の展開と玉川学園」という展示が行われています。大正時代の新教育運動と玉川学園の教育をたどる展示構成で、教育史に関心のある人にとって意義ある展示といえるでしょう。

また、第2展示室にある常設コーナーの展示も見逃せません。とくに国内最大級のイコンのコレクション。ロシアを中心にギリシアのものも集めた木の板に描かれた美しいイコンは、所蔵されている71点のうち41点が公開されているので必見です。

わたしもロシア以外では、これだけまとまったコレクションは見たことがありません。イコンとは、本来は正教徒の信仰の対象であった聖画ですが、もちろん美術品としての価値の高いものであることは言うまでもないでしょう。

*なお、2013年2月4日(月)~17日(日)までは博物館実習の授業のため第2展示室の見学はできないということです。


(玉川大学教育博物館)




<関連サイト>

「鳥人ジョン・グールドの世界」(玉川大学教育博物館)
・・ジョン・グールド鳥類図譜の全ての図版(2946図)をデジタル化し、教育博物館のホームページ上で公開

山階鳥類研究所(千葉県我孫子)

天皇皇后両陛下、黒田清子さんらの案内で玉川大学の展示をご覧に



<ブログ内関連記事>

書評 『紅茶スパイ-英国人プラントハンター中国をゆく-』(サラ・ローズ、築地誠子訳、原書房、2011)-お茶の原木を探し求めた英国人の執念のアドベンチャー

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「東洋文庫ミュージアム」(東京・本駒込)にいってきた-本好きにはたまらない!

書評 『大英帝国という経験 (興亡の世界史 ⑯)』(井野瀬久美惠、講談社、2007)-知的刺激に満ちた、読ませる「大英帝国史」である

「東京大学総合研究博物館小石川分館」と「小石川植物園」を散策

本の紹介 『鶏と人-民族生物学の視点から-』(秋篠宮文仁編著、小学館、2000)-ニワトリはいつ、どこで家禽(かきん=家畜化された鳥類)になったのか? 






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2013年1月23日水曜日

書評 『「普天間」交渉秘録』(守屋武昌、新潮文庫、2012 単行本初版 2010)-政治家たちのエゴに翻弄され、もてあそばれる国家的イシューの真相を当事者が語る


小泉政権時代の普天間交渉秘録である。

著者の守屋武昌氏は元防衛事務次官。防衛庁(当時)の天皇などというニックネームがつけられていたが、収賄容疑で逮捕され週刊誌ネタになっていたことも、いまはむかしの話だろうか。

新潮社は「国策捜査」で有名になった佐藤優氏の著作を出して作家デビューさせているが、出版という形で貴重なドキュメントを後世に残す役割を果たしていることは大いに評価したい。

本書もまた当事者でなければ書けないドキュメントである。政治家たちのエゴに翻弄され、もてあそばれる国家的イシューの真相を当事者が語ったもので読みごたえがある。

文庫版の帯には、小泉純一郎元首相の推薦文が掲載されている。

「一気に読んだ。
当時の記憶が昨日のようによみがえってきた。
政治の現場がいかにオドロオドロしいものか。
あまりにも生々しすぎる」

小泉元首相はこのメモワールのなかにも何度もでてくるが、その「ブレのなさ」には敬意を表したくなる。こういう上司にまかされたら優秀な部下であれば意気に感じるというものだろう。同じことは竹中平蔵氏も語っていることだ。

守屋氏もまた防衛庁事務次官として辣腕を振るったのだが、それでも解決することなく現在に至っているのが普天間交渉である。

文庫本帯の裏には、またこうも書かれている。

「守屋さん、沖縄では大きな仕事は二十年かかるんですよ。石垣空港の時だって、年月がかかっても誰も困らなかった。今回はまだ七年です。たいしたことないじゃないですか」
私は呆れるしかなかった。
「それなら、沖縄の県民の前でそう言いなさい」
そう沖縄首脳に伝えた。(本文より)

沖縄の政治家たちの「引き延ばし」や「二枚舌」、そこには誠実な姿勢はまったく感じられない。だが、沖縄に基地が集中する以前、その他の日本の自治体も似たような姿勢を示していたことが守屋氏から語られる。要は条件闘争に持ち込んで、とにかく取れるうちには取れるものはなんでも取るという交渉姿勢である。

このメモワールには、当事者としての守屋氏の言動だけでなく、永田町の政治家や沖縄の政治家の言動が再現されており、じつになまなましい。

民主党政権下で迷走した普天間問題であるが、当時の自民党の政治家たちの振る舞いや発言をつぶさに知ることのできる貴重なドキュメントとしても面白い。自民党政権が復活したいま、その言動を思い浮かべながらニュース報道を見ると人物判断の大きな材料となる。

わたしはこの本を国内出張中に読んだのだが、あまりにも面白かったので紹介したいと思った次第だ。移動中の細切れ時間を利用する読書なので、小泉さんのように「一気に読んだ」とはならなかったのが残念だが。

なお、巻末に付録として収録されている「将来に向けての日本の防衛」は、守屋氏の防衛論である。きわめて筋のとおった議論なので飛ばさずに読んでほしいと思う。







目 次

はじめに
第1章 在日米軍再編へ
第2章 「引き延ばし」と「二枚舌」
第3章 十年の時を経て
第4章 防衛庁の悲願
第5章 不実なのは誰なのか
第6章 普天間はどこへ行く
あとがき
将来に向けての日本の防衛

著者プロフィール  

守屋武昌(もりや・たけまさ)
1944(昭和19)年、宮城県塩竈市生まれ。東北大学法学部卒。1971年、防衛庁入庁。装備局航空機課長(FS-X担当)、長官官房広報課長(カンボジアPKO広報担当)、防衛局防衛政策課長(阪神淡路大震災対応)などを経て、1996年、内閣審議官として普天間問題に係わる。長官官房長、防衛局長を務めた後、2003年、防衛事務次官。2007年8月に防衛省を退職した(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。

(「将来に向けての日本の防衛」 所収の地図)




PS2 「米国の安全保障環境認識と米軍配置状況」

報道によれば、沖縄の基地問題解決にメドがついたようだ。沖縄県知事がようやく「辺野古埋め立て」を承認するという(2013年12月25日)。自民党政権が長期化する見通しのもと、基地負担軽減策を評価したからだという。

おそらくそれだけでなく、「いまそこにある危機」を前にして、沖縄県知事としてもこれ以上反対をつづけることは国益に反するという世論の突き上げを感じているためだろう。沖縄県民も中国の脅威を体感するようになってきている。

上記の「米国の安全保障環境認識と米軍配置状況」という図に編みかけで示されている「不安定の弧」のなかに、沖縄はまさにすっぱりと含まれているのだ。

今回の沖縄県知事の決断によって、国防体制が強化される見通しがついてきたのはじつに喜ばしい。しかし、沖縄県民がふたたび戦争の犠牲になることがないよう、日本は国家全体の意志として「いまそこにある危機」に対峙しなければらならないのだ。

もちろん戦争がいつ起こってもおかしくないという覚悟を国民一人一人がもつこともまたきわめて重要である。 (2013年12月26日 記す)



<ブログ内関連記事>

「沖縄復帰」から40年-『沖縄 だれにも書かれたくなかった戦後史』(佐野眞一、集英社、2008)を読むべし!

書評 『誰も語らなかった防衛産業 増補版』(桜林美佐、並木書房、2012)-国防問題を国内産業の現状から考えてみる

書評 『日米同盟 v.s. 中国・北朝鮮-アーミテージ・ナイ緊急提言-』(リチャード・アーミテージ / ジョゼフ・ナイ / 春原 剛、文春新書、2010)

書評 『語られざる中国の結末』(宮家邦彦、PHP新書、2013)-実務家出身の論客が考え抜いた悲観論でも希望的観測でもない複眼的な「ものの見方」

書評 『凶悪-ある死刑囚の告発-』(「新潮45」編集部編、新潮文庫、2009)

本の紹介 『交渉術』(佐藤 優、文藝春秋、2009)






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2013年1月21日月曜日

これがバキュームカーだ!-下水道が整備される以前の「昭和遺産」である




「汲み取り」といっても最近の若い人はわからないだろうなあ。

下水道が完備している現在は想像もつかないだろうが、むかしは水洗トイレなどなかったのだ。サラリーマン川柳の名作に、「このオレに温かいのは便座だけ」というのがあるが、温水のでるウォシュレットなど想像しようもなかった。

水洗トイレなどないから、たまった汚物は汲み取りが行われないと貯蔵タンクは満杯になってしまう。

原発問題にかんして、原発廃棄物の処理が問題になるが、「トイレのないマンション」のようなものだという比喩がつかわれるが、より正確にいえば「汲み取りがこないトイレのあるマンション」、あるいは、「汲み取っても捨てるところのない自治体」といったほうがいいのではないかと思う。

すくなくとも、わたしが小学生の頃は、東京都の郊外ではまだ水洗トイレというものはほとんど普及していなかったエアコンもなかったが、水洗トイレもなかったのだ。

『三丁目の夕日』という映画が流行ったそうだが、バキュームカーは登場しているのかな? 昭和30年代をノスタルジーにひたるほど老けているわけではないので、べつに見たいとは思わなかった映画だが。

昭和30年代から40年代にかけて、つまり1950年代後半から1970年頃までの日本を体感したかったら、東南アジアにいくのがいいだろう。

そんなふうにいつも思っているのだが、先日ひさびさにバキュームカーを目撃して、さっそく写真に収めることができた。

バキュームカーは、下水道が整備される以前の「昭和時代」の遺産である。世界遺産かどうかは別にして、せめて日本の社会遺産として「昭和遺産」の認定をしてあげたい。すべてを廃車にしてしまわないで、保存していただきたいものだ。

小学生の頃は、「バッキュームカー」とガキどもは言っていたが、「バッキューム」が何を意味するのかかはまったく知らなかった。意味を知ったのは高校生になってからだろう。

バキュームとは真空のことだ。vacuum である。人為的に真空をつくりだすことによって気体や液体を吸い込む実験は、学校の理科で体験したことはあるだろう。

強力な吸引力で吸い上げる比喩として「バキューム」というコトバがつかわれることがあるが、ほんとうはただしくないことは、それでわかっていただけるだろう。


wikipedia で調べてみると、バキュームカーは和製英語のようだ。英語では、cesspool emptier というようだ。説明文の冒頭はこうなっている。 

A cesspool emptier is a vacuum truck which removes contaminated water from hollows such as cesspools and sewage tanks and carries it to a disposal point.

あえて訳さないが、バキュームカーの説明そのものである。

ところで、親の世代では「昭和時代」であっても、「昭和初期」には、このバキュームカーすらなかったようだ。農家が肥料としてつかうためリヤカーに桶をつんでし尿を買いにきたらしい。だから、野菜に寄生虫がついているのは当たり前だったということ。

いまのような無菌生活では考えられないような話だろうが、人間がひ弱ではなかったということでもあるわけだ。もちろん、対策はしっかりとられていたということでもある。

駐車場にとまったバキュームカーを見て、「昭和も遠くなりにけり」、と思ったのであった。



PS. ちょろっと調べてみたら、タカラトミーから「昭和レトロ」シリーズとして、バキュームカーのチョロQが発売されている。さがせばあるものだなあ、と。アマゾンで購入できます。






<ブログ内関連記事>

電気をつかわないシンプルな機械(マシン)は美しい-手動式ポンプをひさびさに発見して思うこと
・・これまた「昭和レトロ」というか、「大正ロマン」というか「明治時代」か?

このオレに温かいのは便座だけ (サラリーマン川柳より)
・・こんなこと「昭和時代」にはありえなかったなあ

「ポルシェのトラクター」 を見たことがありますか?
・・こちらはドイツでは現役だ




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2013年1月20日日曜日

小倉千加子の 『松田聖子論』 の文庫版に「増補版」がでた-松田聖子が30年以上走り続けることのできる秘密はどこにあるのか?



小倉千加子氏の 『松田聖子論』 は、1987年に出版された単行本初版を読みましたが、じつに面白い本なので、いまでもとってあります(下の写真)。

松田聖子のデビューは、わたしが高校三年生だった1980年。つまり、大学時代を過ごした190年代前半はアイドルとしての松田聖子の全盛期だったわけで、熱烈なファンであった友人の影響もあって、彼女のデビュー以来30年以上のあいだ同世代としては気になってきた存在なわけなのです。

この本は、松田聖子登場以前、熱狂的ファンをもっていた山口百恵(・・現在は三浦百恵)との比較で、1980年に登場した松田聖子の意味をあきらかにした先駆的な名著だといっていいでしょう。二人のデビューの背景、衣装、歌詞、結婚観などが分析されています。

小倉千加子氏は、もともと性差の心理学で本も出している心理学者で、フェミニズムの論客ですが、大阪出身で芸能ネタ好き、テレビ好きという小倉千加子氏の論がさえています。


その増補版の文庫が新刊書として2012年に出ています。「増補」された章を立ち読みしてみましたが、なぜ50歳を過ぎて歯科医と再々婚したのかについての推測も書かれてます。

また、祖母・母・娘という三代にわたる東アジアの女系家族で読み解く視点も面白い。儒教が社会原理として浸透していない日本だけでなく、東シナ海周辺地域は基層的な文化は母系制なわけです。

松田聖子が30年以上にわたって走り続けることができる理由には、才能や努力だけでなく、さまざまなものがあるのですね。

「あとがき」にはこんなことが書かれています。

実は、この本はフェミニズムの本なのである。しかし、わかっている人ならもうわかっているように、この本はフェミニズムのパロディ本である。
性はもともと胡散臭いものだ。その性から出発したはずのフェミニズムが、胡散臭さを嗅ぎとる嗅覚を捨ててしまったら、フェミニズムはピューリタンたちの殿堂と化してしまうだろう。

まさにそのとおりですね。フェミニズムを敬遠したくなる人が少なくない理由が、ビシっと要約されてますね。フェミニズムにかぎらず、雑なるものこそ面白いという感性こそ大事ですね。同感です。

そんなことはさておき、松田聖子論としては言うまでもなく、1980年代の意味を考えるためにも読んで損のない一冊だと思いますよ。






目 次 

まえがき
第1章 二人のわがままな主婦
 不気味なエッセイ-『青色のタペストリー』
 対立する二人の聖子
 ブリッ子聖子の芝居っけ
 化粧に対する感情
 「魔」を眠らせた百恵
 大きな賭けのできる男性
 対照的な出産
第2章 青い果実の熟成-山口百恵の軌跡
 ズドンとそこに立っていた
 アイドルが認知された年
 スター誕生
 『青い果実』になる幸福
 『ひと夏の経験』-百恵の対抗同一性
 「愛する人」というブラックホール
 <せつなさ>か<不条理>か-『横須賀ストーリー』
 性欲を自覚した女-『イミテイション・ゴールド』
 女と男のバランス・オブ・パワー-『プレイバックPart2』
 悪女の帰郷-『秋桜』
 『いい日旅立ち』-終わっていく百恵
第3章 翼の生えたブーツ-松田聖子の正体
 「はい、何でも歌えます」
 たったひとつの空き部屋
 少女趣味の復活
 「風」と「街」の詩人・松本隆 
 風は日本的情緒を遠ざける
 フォークとロックの狭間で 
 「ぼくときみ」のラブ・ソング
 耳で聴く少女漫画の世界
 聖子は和製ロックの落とし子である
 百恵は農村、聖子は都市
 どこにもない場所
 気の弱い彼
 欲望するストイックな少女
 少年愛のメッセージ
 強引な男の劣等感
 近代家族の退屈
 「ママのようなつまらない生き方」
 システムとしての松田聖子
第4章 あなたに逢いたくて-33年目の松田聖子
 娘に依存する母親
 日本を背負った聖子
 AKB48と異なる点
 国民的歌手になる日
あとがき
文庫版あとがき

著者プロフィール

小倉千加子(おぐら・ちかこ)

1952年大阪府生まれ。評論家、心理学者。早稲田大学大学院文学研究科心理学専攻博士課程修了。主要著書は『アイドル時代の神話』、『結婚の条件』、『女の人生すごろく』など多数(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものに加筆)。


<ブログ内関連記事>

書評 『松田聖子と中森明菜-1980年代の革命-[増補版]』(中川右介、朝日文庫、2014)-1960年代生まれの世代による1980年代前半の「革命」の意味を説き明かした時代史


ジョン・レノン暗殺から30年、月日の立つのは早いものだ・・・(2010年12月8日)
・・ジョン・レノンが死んだのは1981年だった

「やってみなはれ」 と 「みとくんなはれ」 -いまの日本人に必要なのはこの精神なのとちゃうか?
・・サントリーは松田聖子の「Sweet Memory」をCMに採用した

ディズニーの新作アニメ映画 『アナと雪の女王』(2013)の「日本語吹き替え版」は「製品ローカリゼーション」の鑑(かがみ)!
・・日本語吹き替え版でアナの声を担当して歌っている神田沙也加は松田聖子の娘! ほんと声がアイドル時代の松田聖子にそっくり!!

(2014年5月11日、2015年8月26日 情報追加)





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2013年1月18日金曜日

書評 『ああ正負の法則』(美輪明宏、PARCO出版、2002)-「正負の法則」は地球の法則である


「盈(み)つれば虧(か)くる」という表現があります。

満月はいつみても美しいですが、満月もそのピークの瞬間から欠けていくもの。「盈(み)つれば虧(か)くる」という表現はこのことを意味しています。

「満つれば欠くる」ともいいますが、半月(はんげつ)から三日月、新月へ。そしてふたたび満月に戻るという繰り返し。29日間で循環しているのです。これが月のリズムですね。

夜があれば、かならず朝がある。おひさまは東から上がり、西に沈む。これが一日のリズムですね。

世の中なにごとも、いいことだけがつづくわけではありません。もちろん、悪いことだけがつづくわけでもありません。それは月の満ち欠けと同じなのです。

この地球において成り立つ自然法則であるのです。数学でいえば、三角関数のようなサインカーブを描きながら前に進んでいくわけです。

『ああ正負の法則』(美輪明宏、PARCO出版、2002)という本があります。わたしの愛読書の一つです。著者の美輪明宏については説明する必要はないでしょう。

「正負の法則」とは、陰陽や+-(プラス・マイナス)など相反する二つのもので成り立っているという「地球の法則」のこと。陰陽二元論でもありますし、山高ければ谷深しという表現でも構わないと思います。

成功だけが長続きするわけはないし、失敗だけが長続きするわけでもない。40歳過ぎた人なら感覚的に理解できることと思います。そうでない人は、早いうちにこの法則を知っておいたほうがいい。

昨年末のNHK紅白歌合戦では「ヨイトマケの唄」を披露した美輪明宏(・・残念ながら、その日は飲みすぎて見逃してしましました)が、どんな壮絶な人生を送ってきたか知っている人なら、十二分に納得できる内容だと思います。

ぜひ手元に置いて、人生論として読んでほしい本です。 ぜひ若い人たちにも教えてあげてください。 




目 次 

序文
第1章  自分自身の“正”と“負”を知る
第2章  私の“正負の法則”
第3章  “正負の法則”を生活に活かす
第4章  すべてを手に入れてしまったら
第5章  登りつめたら下るだけ
おわりに

著者プロフィール

美輪明宏(みわ・あきひろ)1935年、長崎市生まれ。国立音大付属高校中退。十七歳でプロ歌手としてデビュー。1957年「メケメケ」、1966年「ヨイトマケの唄」が大ヒットとなる。1967年、劇団天井桟敷旗揚げ公演に参加、『青森県のせむし男』に主演。以後、演劇・リサイタル・テレビ・ラジオ・講演活動などで幅広く活躍中。1997年『双頭の鷲』のエリザベート王妃役に対し、読売演劇大賞優秀賞を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。



<ブログ内関連記事>

書評 『オーラの素顔 美輪明宏のいきかた』(豊田正義、講談社、2008)-「芸能界」と「霊能界」、そして法華経
・・美輪明宏の全体像を知るには必読。この記事を書いたのは2010年のことなので、タイミングを逸しているいるうちに 3年もたってしまったことになります。やっと約束を果たすことができたという思いで。

「雨ニモ負ケズ、風ニモ負ケズ」 と 「And the skies are not cloudy all day」
・・宮沢賢治もまた法華経の信者であった

When Winter comes, can Spring be far behind ? (冬来たりなば春遠からじ)
・・夏と冬もまた地球の法則である「正負の法則」である

Tommorrow is another day (あしたはあしたの風が吹く)

(2015年1月31日 情報追加)





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2013年1月17日木曜日

『武道修行の道-武道教育と上達・指導の理論-』(南郷継正、三一新書、1980)は繰り返し読み込んだ本-自分にとって重要な本というのは、必ずしもベストセラーである必要はない


『人生でもっとも重要なことは●●で学んだ』、こういうタイトルの本は、あるときから目につくようになりましたよね。

わたしの場合は、「●●」に入るのが、「合気道」です。

大学時代、合気道の技(わざ)を習得するために稽古に打ち込んでましたが、ほとんどテキストを読んだことはありません。

実技系というのは、本を読んで「畳の上の水練」をするよりも、実際にカラダを動かして、カラダに覚えさせることのほうがはるかに重要だからです。

カラダが自然に動くまで鍛え上げなければ、技を習得したとはいえないからです。とくに武道はそうですね、ブルース・リーの名言 "Don't think, feel" ではないですが、考えていては遅いのです。しかし、そう言えるようになるのは、考えるステージを超えて、「達人」の域に近づいてからでしょう。

大学三年の夏になって主将に指名されてからは、技(わざ)以外に、下級生を指導し、リーダーシップを発揮して、合気道部をマネジメントする必要に迫られました。マネジメントするということは、技は技でも、異なる性格の技ですね。スキルでありマインドセットです。

幸いなことに、もともと商科大学から発展した、学部が4つしかない小規模大学であったために、学部をこえた友人関係があり、商学部経営学科の人間からは「耳学問」で、いろんな知識を仕入れていたのが、じつに役に立ちました。

まさに「門前の小僧習わぬ経を読む」、ですね。「耳学問」で得た知識を実践で試してみる。こういう習慣は、この頃に身につけたものです。

マネジメント体験の原点もまた、必要に迫られて、実際に試行錯誤しながら身につけていったことにあったわけです。

社会人になってからは、銀行系のコンサルティングファームに入社したので、多忙な業務のなかで泥縄的に勉強せざるをえないはめになりましたが、いわゆる「ビジネス書」よりも、はるかに影響を受けたのが、『武道修行の道』という本です。

『武道修行の道』(南郷継正、三一新書、1980)は、副題が「武道教育と上達・指導の理論」というもので、著者の南郷継正(なんごう・つぐまさ)氏は、武道理論家というめずらしい存在。空手の実践家ですが、一般的な知名度は高くないと思います。わたしも、社会人になってから、たまたま書店の店頭で手にとって、はじめてその存在を知りました。

とくに重要なのは、「負けの構造を知る」、「技の量質転化」、「心と技の相互浸透」などなど。これは、武道に限らず、技の習得にかんしてはすべての分野で適用可能なものだと実感しています。他分野への「ヨコ展開」が可能ということですね。

とかく精神主義や右寄りとみなされがちな武道の世界で、左寄り(?)な唯物弁証法で武道を理論的に解明するという試みは、きわめて異質な印象を受けるかもしれません。

武道館関係者でも知らない人も少なくないと思いますが、自分にとって重要な本というのは、必ずしもベストセラーである必要はないのです。

この本もまた、なんども繰り返し読んで、自分の血肉となったものです。




目 次

まえがき

第一編 現代武道論批判-上達の過程と方法
 第一章 少林寺拳法の欠陥を論ず-技の発展とは何か
 第二章 大相撲の欠陥を輪島に見る-上達の科学的解明とは何か
 第三章 合気道の欠陥は何か-総合武道論の横行
 第四章 始祖嘉納から見る柔道の欠陥-何故に柔には極意がないのか
 第五章 現代空手道批判-科学としての空手道の探求によせて
第二編 修行と指導の論理
 第一章 指導の論理性とは何か-組織の原理と指導の論理
 第二章 歴史性ある指導者とは何か-我が組織における指導と発展について

あとがき

著者プロフィール

南郷継正(なんごう つぐまさ)
日本の空手家、日本武道空手玄和会創始者および師範、日本弁証法論理学研究会主宰。1933年、宮崎県生まれ。日本武道空手玄和会を創設後、半世紀にわたって武道・武術を指導する。自ら築き上げた「唯物論的弁証法」「認識論」を媒介とすることで、武道・空手を科学として人類史上初めて説き、武道哲学および武道科学を確立した。自らを各学問領域を網羅した哲学者と称する。1969年の冬、初めて面談の機会をえた師である哲学者・三浦つとむの紹介で吉本隆明主宰の不定期雑誌『試行』に連載「武道の理論」を掲載するようになる。著書多数。(wikipedia の記述から作成)。



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カラダで覚えるということ-「型」の習得は創造プロセスの第一フェーズである・・東洋だけではなく、西洋でもじつはすべてが模倣から始まるのである

書評 『狂言サイボーグ』(野村萬斎、文春文庫、2013 単行本初版 2001)-「型」が人をつくる。「型」こそ日本人にとっての「教養」だ!

『鉄人を創る肥田式強健術 (ムー・スーパー・ミステリー・ブックス)』(高木一行、学研、1986)-カラダを鍛えればココロもアタマも強くなる!

What if ~ ? から始まる論理的思考の「型」を身につけ、そして自分なりの「型」をつくること-『慧眼-問題を解決する思考-』(大前研一、ビジネスブレークスルー出版、2010)

書評 『プロフェッショナルを演じる仕事術』(若林計志、PHPビジネス新書、2011)-「学ぶとは真似ぶなり」という先人の知恵を現代風にアレンジした本

書評 『模倣の経営学-偉大なる会社はマネから生まれる-』(井上達彦、日経BP社、2012)-「学ぶとは真似ぶなり」とは、個人でも会社でも同じこと

「学(まな)ぶとは真似(まね)ぶなり」-ノラネコ母子に学ぶ「学び」の本質について





(2012年7月3日発売の拙著です)





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2013年1月16日水曜日

書評 『狂言サイボーグ』(野村萬斎、文春文庫、2013 単行本初版 2001)-「型」が人をつくる。「型」こそ日本人にとっての「教養」だ!




狂言師の野村萬斎の著書 『狂言サイボーグ』 が文庫化されたのであらためて読んでみたが、この本は薄いが、ほんとうに内容の濃い一冊だ。

冒頭からいきなり一発かましてくれる。

私にとっての教養とは、「生きていくために身につけるべき機能」のことである。知識として暗記したものは教養ではない。狂言であれば、狂言師が舞台をつとめるための教養は「型」である。その「型」を個性・経験でアレンジしながら使っていくことで表現になる。これが狂言の一つの道筋である」(「序にかえて」 より 太字ゴチックは引用者=わたし)

じつに含蓄のある表現ではないか! しかも、この文章が執筆されたのは、いまから12年前、野村萬斎が34歳のときのものである。

日本人を日本人たらしめてきた「型」のもつ意味について考えるため、ほんとうの「教養」とはなにかを考えるため、この小さな本こそためになるものはないのではないかと思う。

まずはカラダから入ること。形から入ることが重要なのだ。

「型」を完全に身につけることによって、人は「自由」になる。ここは勘違いしないことが重要だ。基礎のできていない人間の個性などまったく意味はない。

そしてその中心は、臍下丹田(=へそ下三寸)を鍛えることに尽きる。これは武道も芸事もみな共通している。

つまらない自己啓発書を読むヒマがあったら、この本こそ読むべきだ。





目 次

狂言とコンピュータ-序にかえて-
1 狂言と「身」 「体」
 武司でござるクロニクル 1987 ‐ 1994
2 狂言と「感」 「覚」
 萬斎でござるクロニクル 1995 ‐ 2000
3 狂言と「性」 「質」
僕は狂言サイボーグ-あとがきにかえて-
文庫版あとがき
解説 日本の行く先を指し示す身体(斎藤孝)


著者プロフィール

野村萬斎(のむら・まんさい)
1966年東京生まれ。狂言師。祖父、故六世野村万蔵および父、野村万作に師事。重要無形文化財総合指定者。「狂言ござる乃座」主宰。東京藝術大学音楽学部卒業。三歳で初舞台後、国内外で多数の狂言・能公演に参加、普及に貢献する一方、現代劇や映画・テレビドラマの主演、舞台『敦―山月記・名人伝―』『国盗人』など古典の技法を駆使した作品の演出、NHK『にほんごであそぼ』に出演するなど幅広く活躍。1994年に文化庁芸術家在外研修制度により渡英。1999年文化庁芸術祭演劇部門新人賞、2005年紀伊國屋演劇賞など受賞多数。2002年より世田谷パブリックシアター芸術監督を務める(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。


<付記-「教養」について>

著者の野村萬斎氏の「教養」のとらえ方は、歴史学者・阿部謹也の『教養とは何か』(講談社現代新書、1997)における「教養」の定義とまさに重なるものを感じる。

阿部謹也先生は、農民や漁民がカラダで身に付けた「知恵」に近いものとして「教養」をとらえているような印象を受けるが、わたしも、その意味においてなら「教養」というコトバをつかいたいと思う。

単なるひけらかしのための知識は、教養ではない。その人が生きる道において、血肉となっているものをこそ「教養」というのだ。

そのような明確な「型」をもたないのが、現代のサラリーマンの悲劇である。このようなことを阿部謹也先生は書いておられる。この意味をじっくりと考えてみたいものである。







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『鉄人を創る肥田式強健術 (ムー・スーパー・ミステリー・ブックス)』(高木一行、学研、1986)-カラダを鍛えればココロもアタマも強くなる!

第12回 東京大薪能(たきぎ・のう)を見てきた(2009年8月13日)

お神楽(かぐら)を見に行ってきた(船橋市 高根神明社)(2009年10月15日)

What if ~ ? から始まる論理的思考の「型」を身につけ、そして自分なりの「型」をつくること-『慧眼-問題を解決する思考-』(大前研一、ビジネスブレークスルー出版、2010)


書評 『模倣の経営学-偉大なる会社はマネから生まれる-』(井上達彦、日経BP社、2012)-「学ぶとは真似ぶなり」とは、個人でも会社でも同じこと

「学(まな)ぶとは真似(まね)ぶなり」-ノラネコ母子に学ぶ「学び」の本質について

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2013年1月15日火曜日

書評 『プリーモ・レーヴィ-アウシュヴィッツを考えぬいた作家-』(竹山博英、言叢社、2011)-トリーノに生まれ育ち、そこで死んだユダヤ系作家の生涯を日本語訳者がたどった評伝



『アウシュヴィッツは終わらない』、『休戦』、『周期律』などの作品で日本でも知られる戦後世代のイタリア人小説家プリーモ・レーヴィ(1919~1987)。本書は、その作品の多くを日本語訳してきた著者が書き下ろした日本語では初の評伝である。

イタリア北部の中心都市トリーノにユダヤ人の家系に生まれたプリーモ・レーヴィは、大学で専攻した化学の分野でエンジニアとして生計をたてながら、アウシュヴィッツ絶滅収容所を生きぬいた体験を文字にすることで認められた作家である。

本書によって、プリーモ・レーヴィの読者にとっては、その文学作品が生まれた背景をより広くまつ深く知ることができる。

なによりも、イタリア国民として反ファシズムのパルチザンに参加したレーヴィが、イタリア人としてではなくユダヤ人として扱われ、絶滅収容所送りになるという「不条理な運命」について、あらためて考える機会をもつことになるだろう。

絶望の淵から生還し、極限的な体験を語り続けた意志的な生涯ではあったが、レーヴィは結局は「自死」を選ぶことになった。たとえ、アウシュヴィッツをサバイバルした者であっても、人生に対して誠実であればあるほど逆説的に、生き残ったがゆえの自責感情が生涯つきまとい苦悩しつづけることになったのである。

日本語訳に際してつけられた『アウシュヴィッツは終わらない』というタイトルが、意図したわけでもないのにかかわらず、象徴的な響きをもっていることに気がつかされる。

ところで、わたしにとって興味深く思われたのは、職業が人間を形作るという観点である。

レーヴィは、日本語でいえば「二足のわらじ」をはいていて、生計を立てるという意味でエンジニアとして長く化学製品の研究開発などの仕事を続けていたわけであるが、そもそも大学の専攻を決めるにあたって、「思考の真理に通ずる鍵」と捉え、化学の分野に進んだのだという。この点に、この作家の知性のありかを知ることができるのである。
   
レーヴィが、若い頃からの登山趣味をもちつづけたことも、トリーノというフランスに近く、またアルプス山脈にも近い都市に生まれ育ったことを抜きには語れない。

本書を読むことで、戦前から戦後にかけてのイタリア史について知るとともに、トリーノというイタリア北部都市の知的世界を知ることにもなるだろう。


* 2012年1月26日付の amazonレビュー投稿を一部加筆修正して再録した。





目 次

評伝
1. 生い立ち
2. ファシズムと人種法
3. レジスタンス
4. アウシュヴィッツ強制収容所1
5. アウシュヴィッツ強制収容所2
6.アウシュヴィッツからの帰還
7.化学と文学
8. エイナウディ社からの再刊
9. 『休戦』
10. 短編集―悪夢と夢
11. 『周期律』
12. 作家プリーモ・レーヴィ
13. 責務と論争
14. 『溺れるものと救われるもの』
15. 自死
16. アメリーとフランクル 
●ANED(抑留者協会)での証言  ●証言集
証言1. アルベルト・カヴァリオン
証言2. エルネスト・フェッレーロ
証言3. フェッルッチョ・マルッフィ
証言4. ビアンカ・グイデッティ・セッラ
証言5. レナート・ポルテージ
証言6. アンナ・フェッラーリ
証言7. ジョヴァンニ・テーシオ
証言8.  ピエラルベルト・マルケ
証言9. エミリオ・ヨーナ
証言10.アンナ・ブラーヴォ 
エッセイ
レーヴィの上着
日本語ノート
ニッケルと石綿
プリーモ・レーヴィの思い出 
年譜、著作リスト、参考文献目録
あとがき

著者プロフィール

竹山博英(たけやま・ひろひで)
1948年生まれ。東京都生まれ。東京外国語大学ロマンス系言語専攻科修了。現職、立命館大学文学部教授。東京外国語大学でイタリア語とイタリア文学を学び、ローマ大学でイタリア現代文学と民俗学を学ぶ。主著に、『シチリア・神々とマフィアの島』(朝日新聞社)、『マフィア その神話と現実』(講談社)、『シチリアの春』(朝日新聞社)、『ローマの泉の物語』(集英社)、 『イタリアの記念碑墓地』(言叢社)、その他。主訳書に、プリーモ・レーヴィ『アウシュヴィッツは終わらない』(朝日新聞社)、同『周期律』(工作舎)、 同『休戦』(岩波文庫)、『溺れるものと救われるもの』(朝日新聞社)、C. ギンズブルグ『ベナンダンティ』(せりか書房)、同『闇の歴史』(せりか書房)、その他、がある(出版社サイトより転載)。


<ブログ内関連記事>

「自分のなかに歴史を読む」(阿部謹也)-「自分発見」のために「自分史」に取り組む意味とは

『ユダヤ教の本質』(レオ・ベック、南満州鉄道株式会社調査部特別調査班、大連、1943)-25年前に卒論を書いた際に発見した本から・・・





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2013年1月14日月曜日

書評 『井筒俊彦-叡知の哲学-』(若松英輔、慶應義塾大学出版会、2011)-魂の哲学者・井筒俊彦の全体像に迫るはじめての本格的評伝


国際的にはイスラーム神秘哲学研究の大家として評価されながらも、かならずしも日本では知られていなかった井筒俊彦

『井筒俊彦-叡知の哲学-』(若松英輔、慶應義塾大学出版会、2011)は、哲学者・井筒俊彦の全体像に迫るはじめての本格的評伝である。

出版されてからほどなく読んだのだが、書評を書き上げることなく現在まできてしまった。しかもいったん書いておいた下書きのファイルをパソコン事故によって消去してしまったので、あらためて一から書き直してみることにする。

***************************************************
わたしは大学時代からリアルタイムで井筒俊彦(1914~1993)の著作に親しんできた。

新刊が出版されるたびに単行本を買い求めてきた(・・そのほとんどが岩波書店だったのは、合庭淳という編集者が伴走者として存在したからのようだ)。著作や論文のすべてに目を通したわけではないが、次は何がでるのかいつも楽しみにしていた。だから、著作のほとんどは単行本でもっている。

最初はイスラーム関係からのアプローチであった。だが、あるとき大学生協の書棚に『神秘哲学』(人文書院)を見出して手に取ったとき、イスラームとはまったく畑違い(と見えた)古代ギリシアの哲学者たちを扱ったものであることを知ったときの驚き、そしてまたロシア文学にかんする単行本の存在を知り大学図書館で借りだしてみたこと。あまりもの守備範囲の広さには驚嘆するばかりだった。

大学学部でユダヤ史にかんする卒論執筆のために資料収集していたとき、「東印度に於ける回教法制」という戦時中の報告書を図書館で発見した。そしてその報告書が、右翼思想家とされていた大川周明のもと、東亜経済研究所で戦時中にイスラーム研究を行っていた井筒俊彦によるものであることを知り、井筒俊彦という人が単なる学者の域をこえていたことを知る。これは司馬遼太郎との対談ではじめて明らかにされたことだ。

そしてまたサルマン・ラシュディーの『悪魔の詩』を日本語訳したために、勤務先の筑波大学のキャンパスで暗殺された五十嵐一氏が、イランのテヘランの王立アカデミーにいた井筒俊彦のもとで研究活動を行っていたこともあとから知った。

これ以上書いても意味はない。30年前から井筒俊彦の読者であったといいたいだけだ。

本書の著者である文芸評論家の若松英輔氏は、会社経営のかたわら、井筒俊彦のすべての業績を網羅してフォローしているだけでなく、さらには単行本や著作集にも収録されていなかった文章を探し出して『読むと書く-井筒俊彦エッセイ集-』に編集している。

『神秘哲学』の第二部の読者は知っていても、一般には知られざる一面であった、井筒俊彦におけるカトリック神秘主義への傾倒に大きな光をあてたことは大いに評価したい。

若松氏自身は井筒俊彦と同じく慶應義塾出身で、しかもカトリックだそうだが、同じくカトリック作家であった須賀敦子へのまなざしは十分に納得いく。だが、カトリックの枠にとらわれることなく、イスラームや仏教もふくめた諸宗教への目配りが素晴らしい

特筆すべきは、天理教の内側にいた宗教哲学者・諸井慶徳(もろい・よしのり)の再発見と、浄土宗の内側からでてきた山崎弁栄(やまざき・べんねい)上人について最後に言及していることだ。

偶然の機会によって古書店で出会ったという諸井慶徳の著作は、しかるべき人に発見された、しかるべき本であったといえよう。この知られざる宗教哲学者とその主著への言及が本書をより深く、より豊かなものにしてくれた。諸井慶徳と井筒俊彦の接点はなかったようであるが。

そしてまた山崎弁栄上人。恥ずべきことに、わたしは若松氏の文章を読むまで山崎弁栄上人にはまったく注目していなかった。数学者・岡潔(おか・きよし)が晩年に念仏に専念していたことは知られてるが、岡潔の先生の先生が山崎弁栄だったのだ。

「超在一神的汎神教」の境地に至った霊性の仏教者・山崎弁栄。著者は、井筒俊彦の最終的な境地をそこにシンクロさせている。

哲学とはギリシア語で愛知の学(ふぃろ・そふぃあ)である。それは、すべからく神秘哲学たるべきこと、絶対者との合一であり、魂についての学である。叡智世界に至る修道の道である。

***************************************************
本書は井筒俊彦の全体像をつかもうとした試みであり、井筒俊彦の生涯と作品を読み込むための入門書にもなっている。日本が生み出した真の哲学者である井筒俊彦の全体像を知るためにぜひ読むことをすすめたい労作だ。

そこには膨大な知の集積とともに、それを突き抜けて探求された、たぐいまれな実り豊かな精神世界が待っているはずだ。



(2011年9月11日に行われた若松氏の講演会のチラシ)






目 次

まえがき

第1章 『神秘哲学』-詩人哲学者の誕生

 無垢なる原点
 スタゲイラの哲人と神聖なる義務
 預言する詩人
 上田光雄と柳宗悦
第2章 イスラームとの邂逅 
 セムの子-小辻節三との邂逅
 二人のタタール人
 大川周明と日本イスラームの原点
 殉教と対話-ハッラージュとマシニョン
第3章 ロシア、夜の霊性 
 文学者の使命
 見霊者と神秘詩人-ドストエフスキーとチュッチェフ
 前生を歌う詩人
 永遠のイデア
第4章 ある同時代人と預言者伝 
 宗教哲学者 諸井慶徳
 シャマニズムと神秘主義
 預言者伝
第5章 カトリシズム
 聖人と詩人
 真理への実践
 キリスト者への影響-遠藤周作・井上洋治・高橋たか子
第6章 言葉とコトバ 
 イスラームの位置
 言葉と意味論
 講義「言語学概論」
 和歌の意味論
第7章 天界の翻訳者 
 コーランの翻訳
 「構造」と構造主義
 イブン・アラビー
 老荘と屈原
第8章 エラノス-彼方での対話 
 エラノスの「時」
 オットーとエリアーデ
 伝統学派と久遠の叡智
第9章 『意識と本質』 
 「意識と本質」前夜
 東洋へ
 精神的自叙伝
 「意識」と「本質」
 コトバの神秘哲学
第10章 叡知の哲学 
 仏教と深層心理学-「無」意識と無意識
 文学者の「読み」
 真実在と万有在神論-西田幾多郎と山崎弁栄

あとがき
引用文献一覧
井筒俊彦年譜


著者プロフィール

若松英輔(わかまつ えいすけ)
1968年新潟生まれ。慶應義塾大学文学部仏文学科卒。批評家。㈱シナジーカンパニージャパン代表取締役社長。「越知保夫とその時代」で第14回三田文学新人賞評論部門当選。その他の作品に「小林秀雄と井筒俊彦」、「須賀敦子の足跡」など。『小林秀雄-越知保夫全作品-』、『読むと書く-井筒俊彦エッセイ集-』を編集。2010年より、三田文学に「吉満義彦」を連載中。






特設サイト 井筒俊彦(慶應義塾大学出版会)

井筒俊彦先生の著作


(井筒俊彦の著作の数々 わたしの書棚から)


井筒俊彦の主著は岩波文庫に収録されており、いまでは簡単にアクセスすることができる。

そのなかでも『意識と本質-精神的東洋を索めて-』は、日本語で書かれた哲学書のなかでは一級品といっていいだろう。

禅仏教の修行から始まり、セム的世界をキリスト教、ユダヤ教、イスラームと経て、同時に古代ギリシアの神秘主義哲学、カトリック神秘主義を経て、最終的には大乗仏教思想の研究に至る生涯をそのまま書きつづったような井筒哲学のエッセンともいうべき内容である。豊饒の海というべきであろう。

しかも、シャマンの託宣をそのまま文字にしたような井筒俊彦の文章は、学術論文でありながらほとんど散文詩に近い。

その意味では慶應義塾の学部時代の師であった英文学者で詩人であった西脇順三郎、そして学部時代にその盟友である池田弥三郎とともに聴講した国文学者で歌人であった折口信夫(=釈超空)をも髣髴(ほうふつ)させるのがある。

意味はすぐにはわからなくても、ぜひその文章を味わってほしいと思う。





PS 『井筒俊彦-叡知の哲学-』の英訳版が2014年1月に出版

英訳版の Toshihiko Izutsu and the Philosophy of Word: In Search of the Spiritual Orient が LTCB International Library Selection No. 33 として、International House of Japan(国際文化会館)から2014年1月に出版されている。

英訳者のジャン・コーネル・ホフ(Jean Connell Hoff)氏が「井筒哲学を翻訳する」(『井筒俊彦-言語の根源と哲学の発生-(KAWADE道の手帖)』(河出書房新社、2014 所収)で書いているように、二年間をかけて完成したものだという。



LTCB International Library は、LTCB(=Long-Term Credit Bank of Japan:日本長期信用銀行)が国有化とその後の外史への売却によって消滅して以降も、社会貢献事業として存続しているようだ。いまは亡き LTCB の関係者としては、なんだか不思議な感じもしている。

機会があれば英訳版を覗いて見てみたいものだ。

(2014年11月3日 記す)


<関連サイト>

たまには「難解」に挑んでみたい-世界的な学者の業績・井筒俊彦の全集を読む(福原義春 日系ビジネスオンライン 2014年2月4日)
・・このような文章を書けるのは経営者出身とては福原義春さん(元資生堂会長)くらいだろう。こういう重厚な「教養」の持ち主がもっと増えるといいのだが・・・

井筒俊彦の主要著作に見る日本的イスラーム理解 (池内 恵、『日本研究.36』(国際日本文化研究センター、2007年))
・・イスラーム思想のなかでも、規範としての法学ではなく、「神秘哲学」に主体的な関心の中心を置いていた井筒俊彦のイスラーム理解。若手イスラーム研究者による、井筒俊彦の主体的関心のありかとそれが近代日本の知識人のイスラーム理解に与えた影響を論じた重要論文





<ブログ内関連記事>

岡倉天心の世界的影響力-人を動かすコトバのチカラについて-
・・井筒俊彦について触れている

本日(2011年2月11日)は「イラン・イスラム革命」(1979年)から32年。そしてまた中東・北アフリカでは再び大激動が始まった
・・井筒俊彦がイランを脱出するまでの記録を、『意味の深みへ-東洋哲学の水位-』(岩波書店、1985)の「あとがき」から引用してある

本日よりイスラーム世界ではラマダーン(断食月)入り
・・井筒訳コーランについて

書評 『失われた歴史-イスラームの科学・思想・芸術が近代文明をつくった-』(マイケル・ハミルトン・モーガン、北沢方邦訳、平凡社、2010)
・・「われわれは幸いなことに、井筒俊彦の著作を日本語で読むことができる。イスラーム哲学がギリシア思想を十分に吸収したうえで成り立っている」ことは常識となるべきだ

書籍管理の"3R"
・・「世界的な言語哲学者・井筒俊彦は、戦前の若き日にアラビア語とイスラーム哲学を直接学んだタタール世界で随一の大学者を回顧して、司馬遼太郎との対談のなかで以下のようにいっている・・」

「宗教と経済の関係」についての入門書でもある 『金融恐慌とユダヤ・キリスト教』(島田裕巳、文春新書、2009) を読む
・・「イスラーム神秘哲学研究の世界的権威であった井筒俊彦は、カトリック作家の遠藤周作との対談のなかで、(ユダヤ教に発するセム的メンタリティについて)次のようにいっている」

書評 『新大東亜戦争肯定論』(富岡幸一郎、飛鳥新社、2006)
・・名と命名について、ひとつだけ引用を行っておく。イスラーム哲学の世界的権威で言語哲学者であった井筒俊彦博士の遺著 『意識の形而上学-『大乗起信論』の哲学-』(中央公論社、1993)からの引用である」。名を正すということについて

「如水会講演会 元一橋大学学長 「上原専禄先生の死生観」(若松英輔氏)」を聴いてきた(2013年7月11日)

(2014年1月29日 情報追加)





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2013年1月13日日曜日

『蛇儀礼』 (アビ・ヴァールブルク、三島憲一訳、岩波文庫、2008)-北米大陸の原住民が伝える蛇儀礼に歴史の古層をさぐるヒントをつかむ


(写真の左が著者のアビ・ヴァールブルク)

『蛇儀礼』 (アビ・ヴァールブルク、三島憲一訳、岩波文庫、2008)という本があります。岩波文庫で100ページ以内の講演記録に、ドイツ版の解説の翻訳と、翻訳者による解説がつけられた200ページ程度の本です。

講演内容ですので、語り口もやさしい日本語になっており、読むこと自体はさして難しくないでしょう。

著者のアビ・ヴァールブルク(1866~1929)は、北ドイツの国際都市ハンブルクに生まれ、そこで人生の大半を過ごしたユダヤ系ドイツ人の在野の美術史家。ヴァールブルク図書館という私設図書館を後世に残したことで知られています。この図書館は、ナチスから逃れてロンドンに移設することに成功しています。

第一次大戦のドイツの敗北による不安のなか、精神の病をえてスイスの精神病院に入院することを余儀なくされたのですが、病の回復期に病院長であったビンスヴァンガーに頼んで、1923年に病院内で実施させてもらった講演とのこと。病気回復の証拠として企画した講演なのでした。

内容は、みずから30年前に体験した北米での人類学的フィールドワークを回想しながら「蛇儀礼」について報告し、その意味を考えながら、自らがよって立つ西欧文明のなかに、古代的要素を見出すための手掛かりを得たことに触れたものです。

著者の問題意識は、講演の最初で著者自らが語っている次の文章に表現されているといっていいでしょう。

(・・生きた蛇の舞踊とは)ヨーロッパの異教的古代にも似たような現象があるので、それを瞥見することで、最後に次のような問いを立ててみたいと思います。それは、未開の異教の世界に始まり、古典古代の異教世界を経て近代的人間の世界に発展させていく変化を見る基準を、プエブロ=インディアンのなかでまだ生きているおうした異教的な世界観が、どの程度まで与えてくれるだろうか、という問題です。

西欧人が見たアメリカ原住民の蛇信仰の諸相が語られますが、蛇信仰はじつは世界共通のものだといっていいのです。西欧文明においては、キリスト教がそれを抑圧してきたのですが、それ以外の文明ではかならずしもそうではない。

西欧人でありながらユダヤ人であることに悩みつづけた著者は、ハンブルクの著名な銀行家ヴァールブルク家の長男に生まれながら家督相続を拒否し、さらにはユダヤ教からも遠ざかるのですが、いくら自分の意識のなかでユダヤ性を遠ざけても、自分を見る周囲の目にはユダヤ人でしかないという矛盾を感ぜずにはいられないのでした。こうした自己認識と他者認識のズレが繊細な精神をもつ著者を、最終的に精神の病に追い込んだようです。

ドイツ人という西欧人であるはずの自分のなかに棲むユダヤというオリエント性、それは「魔術からの解放」されたはずの近代人の「合理性」のなかにひそむ古代人の「非合理性」を発見せざるをえないことのキッカケになったのかもしれません。

近代西欧世界に生きてききたユダヤ人の宿命、これは強いられた開国によって近代化=西欧化の世界に生きることになった日本人と共通する問題かもしれません。

しかし、みずからの内なる古代性を発見するのに、日本人の場合は北米のインディアン(=ネイティブ・アメリカン)を見る必要はなかったといっていいでしょう。なぜなら、近代日本においてもそこらじゅうに古代日本が転がっているからです。これは21世紀の現在でも変わりません。

古代日本人の原始蛇信仰については、蛇は古代日本人にとって神であった!-独創的な民俗学者であった吉野裕子の名著 『蛇』 を読んでみよう をご参照いただきたく。

西欧人にとって、みずからの内なる古代性を認識するのは、容易ではなかったようですね。いや、いまでも知識人以外には困難なことかもしれません。








<附録> 銀行家ヴァールブルクをめぐるあれこれ

書評 『マネーの公理-スイスの銀行家に学ぶ儲けのルール-』(マックス・ギュンター、マックス・ギュンター、林 康史=監訳、石川由美子訳、日経BP社、2005) に書いた文章を再録しておこう。

S.G.ウォーバーグ証券は、英国の老舗マーチャントバンクであったが、スイス銀行に買収されて SBC ウォーバーグとなっていた。「金融ビッグバン」による「ウィンブルドン化」などという表現が一世を風靡していた頃の話である。

SBC ウォーバーグは、さらに長銀と合弁することにより、長銀SBCウォーバーグとなったが、のちに UBS 証券となってウォーバーグの名前も消えてしまった。UBS のサイト(日本語版)に、度重なる合併によって警世された UBS の歴史が掲載されている。

英語読みのウォーバーグ(Warburg)は、ドイツ語ではワールブルクである。ハンブルクのユダヤ系銀行家一族からは、有名な美術史家アビ・ワールブルクがでている。かの有名なワールブルク文庫を残した学者である。

ちなみに、晩年の白洲次郎が S.G.ウォーバーグ証券の「顧問」となっていたことは、『風の男 白洲次郎』(青柳次郎、新潮社、1997)に記されている。S.G.ウォーバーグ証券の創業者ジグムント・ウォーバーグとの個人的友情から引き受けたものらしい。ジャック・アタリが執筆した、S.G.ウォーバーグ証券の創業者ジグムント・ウォーバーグの伝記 Un homme d'influence, 1985 には、白洲次郎の名前が2回でている。白洲次郎が野村證券を紹介した、とある。

白洲次郎が亡くなったとき、S.G.ウォーバーグ社は「白洲ライブラリー」の名前で、ケンブリッジ大学に日本学関連の膨大な図書を寄贈した、という。
高橋是清の盟友となったユダヤ系米国人の投資銀行家ジェイコブ・シフはなぜ日露戦争で日本を助けたのか?-「坂の上の雲」についての所感 (3) で取り上げたジェイコブ・シフはドイツ系ユダヤ人でアメリカに移住した銀行家。ハンブルクのヴァールブルク家とは姻戚関係を結んでいた。美術史家のアビ・ヴァールブルクが北米を旅行したのは、兄弟の結婚式に参列するためであった。



<ブログ内関連記事>

ヘルメスの杖にからまる二匹の蛇-知恵の象徴としての蛇は西洋世界に生き続けている

書評 『治癒神イエスの誕生』(山形孝夫、ちくま学芸文庫、2010 単行本初版 1981)

『龍と蛇<ナーガ>-権威の象徴と豊かな水の神-』(那谷敏郎、大村次郷=写真、集英社、2000)-龍も蛇もじつは同じナーガである

『ブッダのことば(スッタニパータ)』は「蛇の章」から始まる-蛇は仏教にとっての守り神なのだ

蛇は古代日本人にとって神であった!-独創的な民俗学者であった吉野裕子の名著 『蛇』 を読んでみよう

大神神社(おおみわ・じんじゃ)の「巳(み)さん」信仰-蛇はいまでも信仰の対象である!




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禁無断転載!

 

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ヘルメスの杖にからまる二匹の蛇-知恵の象徴としての蛇は西洋世界に生き続けている




冒頭に掲載したのは、ヘルメス(マーキュリー)羽のはえた杖にからまる二匹の蛇です。

ギリシア神話のヘルメスは、オリュンポス十二神の一柱です。商売の神であり、泥棒の神であり、もともとは旅人や羊飼いの守護神であり、神々の伝令役を務める役割もつとめています。ヘルメスは「つばさのはえたブーツ」を履いた姿で描かれます。

1980年代に文化人類学者の山口昌男が流行らせたトリックスターの典型でもありますね。それはヘルメスのもつ越境性という属性そのものであります。日本の道祖神のように、古代ギリシアでは境にはヘルメス像が設置されていました。

ヘルメスは商売の神であり、泥棒の神であることが示しているように、知恵を体現した神であるわけです。ヘルメス(Hermes)は、フランスの高級ブランドであるエルメスでもあります。フランス語はHの音を発音しないので、ヘルメスがエルメスとなるのです。

(一橋大学=東京商科大学の校章 CCは Commercial College の頭文字)

ローマ神話ではメルクリウス(=マーキュリー)ですが、もともとは東京商科大学であった現在の一橋大学の校章「マーキュリー」は、商売の神であるヘルメス(=マーキュリー)の杖から由来しているのです。1887年から校章として使用されているとのことです。

(バチカンのキアラモンティ美術館所蔵のヘルメス像)

ヘルメスのもつ杖はカドケウスといいますが、なぜ蛇が二匹からまっているのでしょうか?

日本のしめ縄も、じつは雌雄の蛇が絡み合っている姿を模したものだといわれていますが、おそらくカドケウスの蛇もまた雌雄の蛇なのでしょう。雌雄が対になることによって完全とか調和を象徴しているのかもしれません。

あるいは、マーキュリー(mercury)が、水銀や水星など、いずれも水からみのものであるように、水と縁の深い蛇がかかわっているのかもしれません。あくまでも推測ではありますが。


(一橋大学の卒業生クラブである如水会館(旧館)のレリーフ)


ヘルメスのもつ杖カデケウスは、医療関係のエンブレムとしても目にすることが多いと思います。

しかし、それはヘルメスの杖ではなく、医術の神であるアスクレピオスの杖 なのです。しかし、もともとアスクレピオスの杖にからまる蛇は一匹であったようです。



しかしながら、医療機関でも二匹の蛇がからまった杖がエンブレムになっているものも少なくありません。おそらくヘルメスの杖と混同されて二匹になったのでしょう。

ヘルメスにおいても、アスクレピオスにおいても、蛇は知恵の象徴であることは間違いないようです。

このアスクレピオスは医術を専門とする教団として古代地中海世界では覇権を握っていたのですが、新興のイエス教団に敗れ去ってしまいます。このいきさつについては 書評 『治癒神イエスの誕生』(山形孝夫、ちくま学芸文庫、2010 単行本初版 1981) をお読みいただければと思います。

(医神アスクレピオス 左手に蛇のからまる杖)

その結果でしょうか、キリスト教世界においては、蛇はアダムとイブに知恵の実であるリンゴを食べるようにそそのかした悪魔の手先として定着してしまいます。

(ドイツの画家デューラーによる「アダムとイブ」 1507年)


その後、蛇が悪魔の象徴として忌み嫌われる存在になっていることは、キリスト教とではない日本人にとっても、いわば常識となっていることでしょう。

歴史学者の阿部謹也先生の名著 『自分のなかに歴史をよむ』
に、少年時代に修道院で体験したこんなエピソードが紹介されています。ある日本人修道女が、「蛇は悪魔なのだから殺していいのよ」と言ってのけ、自分で棒をもって蛇を追い回した、というのです。

いきつくところまでいってしまった、という感にとらわられますね。フツーの日本人ならそんなことはとてもできません。罰(ばち)があたりますから。

このようにキリスト教の普及によって、蛇が悪魔とされてしまったのですが、キリスト教以前は蛇は悪魔どころか知恵の象徴として信仰されていたことは、ギリシア神話のヘルメスと医術の神アスクレピオスを想起していただければ容易に理解していただけることだと思います。

ところで面白いことに、蛇を悪魔とみなすキリスト教国であるはずのアメリカには、二匹の蛇がからまったアスクレピオスの杖をエンブレムにしている医療機関が多数あります。

キリスト教徒との医療関係者がこのことをどう考えているのか、じつに興味深いものがありますね。

もちろん、キリスト教は知識として知ってはいても、キリスト教徒ではない日本人のわたしは、蛇は忌み嫌われがちな存在だとしても、畏怖すべき存在であることは十分に承知しております。

蛇にまつわるさまざまなタブーを聞かされて育ってきましたから。現代に生きる日本人も、蛇信仰をもっていた古代日本人の末裔であります。

ヘルメスの杖とアスクレピオスの杖にからまる蛇について、いろいろ見ておきました。





PS あらたに「一橋大学の卒業生クラブである如水会館(旧館)のレリーフ」の写真を加えた。(2015年3月25日 記す)。



<ブログ内関連記事>

書評 『治癒神イエスの誕生』(山形孝夫、ちくま学芸文庫、2010 単行本初版 1981)

『蛇儀礼』 (アビ・ヴァールブルク、三島憲一訳、岩波文庫、2008)-北米大陸の原住民が伝える蛇儀礼に歴史の古層をさぐるヒントをつかむ

『龍と蛇<ナーガ>-権威の象徴と豊かな水の神-』(那谷敏郎、大村次郷=写真、集英社、2000)-龍も蛇もじつは同じナーガである

『ブッダのことば(スッタニパータ)』は「蛇の章」から始まる-蛇は仏教にとっての守り神なのだ

蛇は古代日本人にとって神であった!-独創的な民俗学者であった吉野裕子の名著 『蛇』 を読んでみよう

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『ブッダのことば(スッタニパータ)』は「蛇の章」から始まる-蛇は仏教にとっての守り神なのだ



『スッタニパータ』とは仏陀釈尊(ブッダ)の言行録です。日本では、『ブッダのことば-スッタニパータ-』(中村元訳、岩波文庫、1984)として簡単に入手することができます。

仏典を原語から簡明な日本語に翻訳していただいた故中村元博士の解説によれば、『スッパニパータ』は、日本に伝来した大乗仏教経典のなかにはない。だから、仏教を原典研究するようになった明治時代までは日本人にはまったく知られていなかった経典なのです。

シッダールタ王子として生まれたブッダがしゃべっていたのはマガダ語ですが、その言行録はマガダ語からパーリ語に翻訳されて、現在でも上座仏教圏ではポピュラーな経典となっているわけなのです。

『スッタニパータ』は、いきなり「第一 蛇の章」から始まります。すべての文末が、「蛇が脱皮して旧い皮を捨て去るようなものである」で終わる章句が17並んでいるのです。

なぜ蛇なのでしょうか?

中村元博士は、『ブッダのことば(スッタニパータ)』の註で以下のように述べておられます。

・・-この聖典の最初に蛇のことばかり出てくるので、日本人は異様な感じを受けるであろう。しかしインドないし南アジアでは、どこへいっても蛇が多い。従ってインド人にはむしろ親しく感ぜられるのである。こういう風土的背景があるために、仏像やヒンドゥー教の神像には、光背が五頭とか七頭とかの蛇になっている場合が少なくない。蛇が霊力を以って神々を、また人々を護ってくれるのである。仏伝にも竜(つまり蛇)がしばしば登場する。

蛇が脱皮して旧い皮を・・-この表現はウパニシャッド及び叙事詩に用いられている。


だから、いきなり「蛇の章」から始まるわけですね。タイ王国などの上座仏教圏ではこの写真のような、とぐろを巻く七頭の蛇に守護された仏陀釈尊像はきわめてポピュラーな存在です。



(タイ王国のバンコクにて 筆者撮影)


では、「蛇の章」の冒頭に収録された章句を具体的に見ておきましょう。

1 蛇の毒が(身体のすみずみに)ひろがるのを薬で制するように、怒りが起こったのを制する修行者(比丘:びく)は、この世とかの世とをともに捨て去る。──蛇が脱皮して旧い皮を捨て去るようなものである。

2 池に生える蓮華を、水にもぐって折り取るように、すっかり愛欲を断ってしまった修行者は、この世とかの世とをともに捨て去る。 ──蛇が脱皮して旧い皮を捨て去るようなものである。

3 奔り流れる妄執の水流を涸らし尽して余すことのない修行者は、この世とかの世とをともに捨て去る。──蛇が脱皮して旧い皮を捨て去るようなものである。

4 激流が弱々しい葦の橋を壊すように、すっかり驕慢を減し尽くした修行者は、この世とかの世とをともに捨て去る。──蛇が脱皮して旧い皮を捨て去るようなものである。

5 無花果(いちじく)の樹の林の中に花を探し求めて得られないように、諸々の生存状態のうちに堅固なものを見いださない修行者は、この世とかの世とをともに捨て去る。──蛇が脱皮して旧い皮を捨て去るようなものである。

6 内に怒ることなく、世の栄枯盛衰を超越した修行者は、この世とかの世とをともに捨て去る。 ──蛇が脱皮して旧い皮を捨て去るようなものである。

7 想念を焼き尽くして余すことなく、心の内がよく整えられた修行者は、この世とかの世とをともに捨て去る。──蛇が脱皮して旧い皮を捨て去るようなものである。

8 走っても疾(はや)過ぎることなく、また遅れることもなく、すべてこの妄想をのり越えた修行者は、この世とかの世とをともに捨て去る。──蛇が脱皮して旧い皮を捨て去るようなものである。

9 走っても疾過ぎることなく、また遅れることもなく、「世間における一切のものは虚妄である」と知っている修行者は、この世とかの世とをともに捨て去る。──蛇が脱皮して旧い皮を捨て去るようなものである。

10 走っても疾過ぎることなく、また遅れることもなく、「一切のものは虚妄である」と知って貪りを離れた修行者は、この世とかの世とをともに捨て去る。──蛇が脱皮して旧い皮を捨て去るようなものである。

11 走っても疾過ぎることなく、また遅れることもなく、「一切のものは虚妄である」と知って愛欲を離れた修行者は、この世とかの世とをともに捨て去る。──蛇が脱皮して旧い皮を捨て去るようなものである。

12 走っても疾過ぎることなく、また遅れることもなく、「一切のものは虚妄である」と知って憎悪を離れた修行者は、この世とかの世とをともに捨て去る。──蛇が脱皮して旧い皮を捨て去るようなものである。

13 走っても疾過ぎることなく、また遅れることもなく、「一切のものは虚妄である」と知って迷妄を離れた修行者は、この世とかの世とをともに捨て去る。──蛇が脱皮して旧い皮を捨て去るようなものである。

14 悪い習性がいささかも存することなく、悪の根を抜き取った修行者は、この世とかの世とをともに捨て去る。──蛇が脱皮して旧い皮を捨て去るようなものである。

15 この世に還り来る縁となる<煩悩から生ずるもの>をいささかももたない修行者は、この世とかの世とをともに捨て去る。──蛇が脱皮して旧い皮を捨て去るようなものである。

16 ひとを生存に縛りつける原因となる<妄執から生ずるもの>をいささかももたない修行者はこの世とかの世とをともに捨て去る。──蛇が脱皮して旧い皮を捨て去るようなものである。

17 五つの蓋いを捨て、悩みなく、疑惑を越え、苦悩の矢を抜き去られた修行者は、この世とかの世とをともに捨て去る。──蛇が脱皮して旧い皮を捨て去るようなものである。


個々の章句についての解説は控えますが、中村博士の「註」からもう一つだけ引用しておきます。

蓮華・・-蛇が南アジアでよく見かける動物であるのに対して、インドの代表的な花は「蓮華」である。そこで蓮華の例をもち出したのである。

蓮の花は日本でも仏教のシンボルの一つとして定着していますが、「蛇と蓮」を対(つい)としてとらえるのが原始仏教あるいは上座仏教において重要だということはアタマに入れておきたいものです。

なお、『スッタニパータ』の構成は以下のようになっています。

第一 蛇の章
第二 小なる章
第三 大いなる章
第四 八つの詩句の章
第五 彼岸に至る道の章

シッダールタ王子がが出家して修行中、瞑想にふけるなか、嵐による暴風雨からブッダを守ってくれたのは大きなコブラ蛇でした。蛇は仏教にとっての守り神なのです。







<ブログ内関連記事>

書評 『知的唯仏論-マンガから知の最前線まで ブッダの思想を現代に問う-』(宮崎哲弥・呉智英 、サンガ、2012)-内側と外側から「仏教」のあり方を論じる中身の濃い対談

「釈尊祝祭日 ウェーサーカ祭 2012」 に一部参加してスマナサーラ長老の法話を聴いてきた

書評 『仏教要語の基礎知識 新版』(水野弘元、春秋社、2006)

『龍と蛇<ナーガ>-権威の象徴と豊かな水の神-』(那谷敏郎、大村次郷=写真、集英社、2000)-龍も蛇もじつは同じナーガである

蛇は古代日本人にとって神であった!-独創的な民俗学者であった吉野裕子の名著 『蛇』 を読んでみよう

大神神社(おおみわ・じんじゃ)の「巳(み)さん」信仰-蛇はいまでも信仰の対象である!





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2013年1月12日土曜日

大神神社(おおみわ・じんじゃ)の「巳(み)さん」信仰-蛇はいまでも信仰の対象である!



日本最古の神社といわれる奈良の大神神社大神と書いて「おおみわ」と読ませます。

独特なつくりの鳥居をもつ大神神社には本殿がなく、三輪山そのものがご神体とされています。そしてまた、蛇もまた信仰の対象になっていることは比較的よく知られているのではないでしょうか。

ことし2013年は巳年、すなわち蛇の年なのですが、どうも積極的に話題にされることがないような気がするのはわたしだけでしょうか。蛇は現代人からはあまり好かれていないような印象を受けます。

しかし、蛇は日本人にとって神であったのです。古代日本人は蛇の神秘性に感じ入って、蛇を自分たちの祖先神と考えていたのです。このことは、このブログで 蛇は古代日本人にとって神であった!-独創的な民俗学者であった吉野裕子の名著 『蛇』 を読んでみよう に書いておきました。

『大神神社(改訂新版)』(中山和敬、学生社、1999 初版 1971)によれば、「大神神社の主たる御祭神は大物主大神(おおものぬしのかみ)である・・(中略)・・大物主大神が鎮まられたのは、『古事記』、『日本書紀』にでているように、遠い神代のことであり、日本国中で一番古いお社とされている」、とあります。大物主大神は国作りにつくされた神です。

大神神社と蛇がなぜ関係あるのでしょうか? 

おそらく、大神神社のご神体である三輪山が、神奈備(かんなび)信仰の対象そのものであったことが大きいのでしょう。

神奈備とは、神霊(神や御霊)が宿る御霊代(みたましろ)や依り代(よりしろ)を擁した領域のことですが、民俗学者の吉野裕子氏が説かれたように、三輪山のような形態の低山が、とぐろを巻いた蛇と見立てられたものだと考えられます。

大神神社の宮司をながく務められた中山和敬氏のような人は、そういうことは述べていませんが、三輪信仰と蛇との関係については、『大神神社(改訂新版)』の11章「蛇と杉」で触れておられます。

拝殿前、斎庭の右側に、玉垣でかこまれた二股の老杉を、巳(み)の神杉とよんでいる。燈籠が一対、お賽銭箱までが設けられていて、その上には、いつもお供えの卵がのっているのが目につく。・・(中略)・・この「雨降りの杉」の大木の根方にポッコり穴があいており、いつの頃からか棲みついた蛇が、御祭神の化身とまで畏敬されるようになったものである。・・(中略)・・長さ2㍍を越える青大将4、5匹だが、とにかくきれいな体である。太陽の光線によって時には全身黄金に輝き、ときには真っ青にも変わる。

この蛇たちが神の化身の「巳(み)さん」として、信仰の対象になっているようですね。

巳(み)さんの信仰者にはとくに芸能人・飲食業の人が多い。願いの向きは心願成就ときいている。さらにくわしく説明をきくと、これとねらえばそれに向かって直進する。尻尾をつかんで引っぱっても後へは退らないこととか、何でも呑みこんでしまう姿が縁起が良いとか、穴から出たときの形で吉凶をうらなう人、つまり真っ直ぐにじっとこっちを見つめているのが吉であるとか、人それぞれの見方、考えようがある(*太字ゴチックは引用者=わたし)。

なるほど! 蛇のように、狙った獲物はぜったいに逃がさないという姿勢に共感を感じているわけですね。わたしも蛇にはあやかりたいものです。

ところで、この巳(み)さんは絶対に写真を撮ってはいけないそうです。家庭不和、家族に病人や死人が出るそうですので、心しておいたほうがいいでしょう。

これはけっして迷信とは片づけられないようで、中山和敬氏によれば、賽銭箱には白紙に包まれた巳(み)さんの写真やフィルムが還納さえてきることも多く、その理由には上記のような家庭不和などがあったためらしいのです。

スマホで撮影してツイッターやフェイスブックに投稿、なんてことは考えないほうがよさそうですね。そうでなくても蛇ですから、しつこく、ねちこい。なんといっても神様であるわけですから。

わたし自身は大神神社には一度だけいったことがありますが、巳(み)さんはまだ拝んだことがないのは残念です。拝む機会に恵まれた際には写真撮影はしないよう心したいと思います。

それだけ蛇のもつパワーはすごいということなのでもありますね。







<ブログ内関連記事>

蛇は古代日本人にとって神であった!-独創的な民俗学者であった吉野裕子の名著 『蛇』 を読んでみよう

『水木しげるの古代出雲(怪BOOKS)』(水木しげる、角川書店、2012)は、待ちに待っていたマンガだ!
・・スサノヲと大蛇(おろち)

お神楽(かぐら)を見に行ってきた(船橋市 高根神明社)(2009年10月15日)
・・大蛇(おろち)の舞もある

『龍と蛇<ナーガ>-権威の象徴と豊かな水の神-』(那谷敏郎、大村次郷=写真、集英社、2000)-龍も蛇もじつは同じナーガである

『ブッダのことば(スッタニパータ)』は「蛇の章」から始まる-蛇は仏教にとっての守り神なのだ

ヘルメスの杖にからまる二匹の蛇-知恵の象徴としての蛇は西洋世界に生き続けている

『蛇儀礼』 (アビ・ヴァールブルク、三島憲一訳、岩波文庫、2008)-北米大陸の原住民が伝える蛇儀礼に歴史の古層をさぐるヒントをつかむ

(2014年8月26日、2016年6月21日 情報追加)




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蛇は古代日本人にとって神であった!-独創的な民俗学者であった吉野裕子の名著 『蛇』 を読んでみよう

ことし2013年の年賀状に、以下のように書きました。
2012年は「昇龍」の年。2013年は「蛇」の年。
昨年の「ホップ」を「ステップ」へ、さらには
「ジャンプ」へと「脱皮」してまいります。

辰年は「昇龍の年」ということで話題になりますが、どうも巳年の蛇は積極的に話題にされることがないような気がするのはわたしだけでしょうか。

巳年は蛇の年ですから、しぶとく、ねちこく、といきたいのですが、どうも蛇は現代人からはあまり好かれていないような印象を受けます。

しかし、蛇は日本人にとって神であったのです。

このことは無意識のなかにはあるかもしれませんが、古代日本人は蛇の神秘性に感じ入って、蛇を自分たちの祖先神と考えていたのです。

その痕跡は、さまざまなものに見出すことができるということを、独創的な民俗学者であった吉野裕子氏が名著 『蛇-日本の蛇信仰-』(吉野裕子、講談社学術文庫、1999)に事細かに書いています。



この本は、もともと法政大学出版局から 1979年に出版されたものですから、最初の出版からすでに35年近くたっていますが、現在まで読み継がれてきた名著であるといってよいでしょう。

日本人に限らず、古代人は蛇を観察して、さまざまな意味で蛇にあやかりたいと考えていたようです。

とぐろを巻いた蛇は何かの形に似ていませんか?

はい、古代日本人は山をとぐろを巻いた蛇になぞらえて信仰の対象としていたようなのです。じっさいに、日本最古の神社といわれる奈良の大神神社(おおみわじんじゃ)には本殿がなく、山そのものがご神体とされているだけでなく、蛇もまた信仰の対象になっています。

蛇は脱皮する生き物です。哲学者ニーチェに「脱皮できない蛇は滅びる」という名文句がありますが、まさに蛇は脱皮を繰り返して成長していく生き物です。これはカニやエビなどと同じですね。脱皮に失敗すると、蛇は死んでしまいます。

古代日本人は、この脱皮するということに、生命力が更新されることの象徴を見出したようなのです。そのため、脱皮する蛇のように、年のあらたまりごとに生命の更新を祝ったのがお正月だったのですね。イセエビがめでたいのも脱皮と関係があるはずです。

そして、いまでもお正月といえば鏡餅が定番ですが、この鏡餅も形がとぐろを巻いた蛇に似ているといわれたらそう思いませんか? 吉野説にしたがえば、それは当たり前だということになるのですね。

また蛇にはまぶたがないので、まばたきをしません。蛇の目と書いて「じゃのめ」と呼んでいますが、日本人はまた蛇の目(じゃのめ)をこのんで意匠として愛してきました。蛇の目傘の蛇の目です。

鏡餅を上から見ると、まんなかのみかんのしたに小さい丸もち、そのしたに大きな丸もちがあって、蛇の目のようになっています。言われたらなるほど!と思わざるをえません。

こんな話題が書かれている 『蛇-日本の蛇信仰-』(吉野裕子、講談社学術文庫、1999)は、ぜひお読みすることをおすすめします。やや強引な感じがなくもないですが、大胆な謎解きを行う推理小説のような展開の読み物にもなっています。



また、山にとぐろを巻いた蛇の形を見たてた古代日本人の信仰は、縄文時代から稲をもたらした渡来人である弥生人の信仰とも習合して、大陸の高度な陰陽五行説と融合していくことが 『山の神-易・五行と日本の原始蛇信仰-』(吉野裕子、講談社学術文庫、2008 単行本初版 1989)です。

ぜひあわせてお読みいただければと思います。





そして最後に、『山の霊力-日本人はそこに何を見たか-』(町田宗鳳、講談社選書メチエ、2003)をいっしょに紹介しておきます。

吉野説をベースにして山に対する日本人の信仰を説き起こし、修験道にまで発展した日本の山岳信仰について宗教学者がわかりやすく説いた好著です。

なぜ日本人が山に対してさまざまなものを感じるのか、その秘密はすべて蛇信仰から始まっているわけです。蛇に対する畏敬の念と恐怖の念。これは裏表の関係にあるものです。

蛇というと現代では嫌われがちな生き物ですが、古代日本人が見出した蛇信仰は、日本人であればかならずDNAのなかに流れ続けているはずといっていいのです。

そもそも日本人に限らず、進化論の観点からいって、脳の旧皮質には爬虫類時代の痕跡が残っているわけですから、蛇は人間のなかにも住んでいるわけです。

ぜひ今回の巳年(2013年)を機会に、原始蛇信仰についても考えてみたいものです。











目 次 『蛇-日本の蛇信仰-』

講談社学術文庫収録にあたって

第1章 蛇の生態と古代日本人
第2章 蛇の古語「カカ」
第3章 神鏡考
第4章 鏡餅考
第5章 蛇を着る思想
第6章 蛇巫の存在
第7章 日本の古代哲学
あとがき


著者プロフィール

吉野裕子(よしの・ひろこ)
1916年東京生まれ。旧姓赤池。女子学習院、津田塾大各卒。学習院女子短期大学講師。1977年、東京教育大学より文学博士の学位を授与される。著者多数。2008年没(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。


<ブログ内関連記事>

『龍と蛇<ナーガ>-権威の象徴と豊かな水の神-』(那谷敏郎、大村次郷=写真、集英社、2000)-龍も蛇もじつは同じナーガである

2013年、新年明けましておめでとうございます-蛇の年は脱皮の年
・・セミも幼虫が脱皮してセミになるが、これはメタモルフォーシスというべき

猛暑の夏の自然観察 (1) セミの生態 (2010年8月の記録)

大神神社(おおみわ・じんじゃ)の「巳(み)さん」信仰-蛇はいまでも信仰の対象である!

『水木しげるの古代出雲(怪BOOKS)』(水木しげる、角川書店、2012)は、待ちに待っていたマンガだ!
・・スサノヲと大蛇(おろち)

お神楽(かぐら)を見に行ってきた(船橋市 高根神明社)(2009年10月15日)
・・大蛇(おろち)の舞もある

ヘルメスの杖にからまる二匹の蛇-知恵の象徴としての蛇は西洋世界に生き続けている

『ブッダのことば(スッタニパータ)』は「蛇の章」から始まる-蛇は仏教にとっての守り神なのだ

『蛇儀礼』 (アビ・ヴァールブルク、三島憲一訳、岩波文庫、2008)-北米大陸の原住民が伝える蛇儀礼に歴史の古層をさぐるヒントをつかむ

(2014年8月26日、2016年6月21日 情報追加)






(2012年7月3日発売の拙著です)





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