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2013年7月7日日曜日

NHK大河ドラマ 『八重の桜』がいよいよ前半のクライマックスに!-日本人の近現代史にかんする認識が改められることを期待したい



NHK大河ドラマ 『八重の桜』が、いよいよ会津戦争という前半のクライマックスに突入しました。このドラマで日本人の近現代史にかんする認識が大いに改められることでしょう。

明治維新においては、同じ日本人どうしで流血の事態はなかったという大ウソ戊辰戦争後の旧会津藩士とその家族たちに対する過酷な仕打ちがあっとことを隠蔽してきたことで、現在までまかり通ってきました。

まさに「勝てば官軍」。明治維新以後の日本では、「勝てば官軍」の世界観が支配してきたのです。大東亜戦争の敗戦後は日本全体が「負ければ賊」の状態が続いているのでありますが、その日本のなかでは、会津は「賊の賊」たる仕打ちを受けてきたといっても過言ではないでしょう。

大河ドラマではどこまで描かれることになるのかわかりません。ですがぜひ、「挙藩流罪」という極刑により、旧会津藩まるごと極寒の地である下北半島に移封され、過酷な運命を味わった旧会津藩士とその家族たちについても描いていただきたいものです。

いまだ会津と長州のわだかまりは完全に解けていないのは、薩長の気風の違いもあるようですね。旧会津藩に対する過酷な仕打ちを主張し、薩摩を押し切ったのは長州の木戸孝充(きど・たかよし=桂小五郎)。戦に敗れた会津藩の報復テロを恐れた臆病者だったわけです。この事実は深く記憶に刻み込んでおかねばなりません。

明治維新体制において政治の世界を牛耳ってきたのは長州出身者。いままた長州出身者が首相を務めていますが、安倍首相ははたして内心ではどう考えているのでしょうか。いい機会なのですから、自ら音頭をとって会津と長州の和解を演出するくらいの度量を求めたいものです。

会津藩の運命とは、端的にいえばナショナリズム(愛国主義)とパトリオティズム(愛郷主義)の相克なのであります。ナショナルとは国家であり民族、パトリとは郷土のことです。父祖の地という意味です。

現実に存在し、そのうえで人々が長い年月にわたって生きていた土地。その土地に根差した自然な感情がパトリオティズム(愛郷主義)というものです。

フランス革命によって生まれたナショナリズム(愛国主義)がいまだ日本には移植されていなかった当時、忠誠の対象はあくまでも会津藩主でり、そしてそのうえにいる徳川将軍家なのでありました。

『龍馬史』(磯田道史、文春文庫、2013)にはこのような記述があります。

この両藩(=会津藩と薩摩藩)は、藩士のなかから人材を吸い上げるのに非常に成功した藩でした。・・(中略)・・(会津の)「日新館」は管理教育の最初といっていいでしょう。熊本型の改革を行った藩は多いのですが、会津藩ほど厳しく実行したところはありません・・(中略)・・藩士はこういう行動をとる人間になるべきだという徳目条項「六科糾則」を作って、その通りに行動させる。それができる人間を藩の要職に抜擢していく。「六科」は6つの行動基準の意味です。これは教育勅語による学校制度と非常に近い方法です。(P.146~148)

近代に先駆けて「近代的な」人材育成を行った会津藩は、しかしながら忠誠の対象である会津藩主が敗れ去ったことにより、それ以降の意識変革が困難であったことがうかがわれます。

会津藩とならんで人材を輩出したのが薩摩藩ですが、薩摩藩の郷中(ごちゅう)教育は、ビジネススクールのケーススタディのようなことを実践していたことようです。意外なことにアングロサクソンとの親和性もあったことがわかります。英国のボーイスカウトは薩摩の郷中教育の影響であるという都市伝説があるのもむべなるかな、と。

「廃藩置県クーデター」によって「藩」が解体されたあとは、教育勅語によって上からの「国民教化」がなされたわけです。これによって、はじめて日本「国民」が誕生することになります。それがナショナリズムというものなのです。

しかしながら、維新の「負け組」の末裔であるわたしは、会津藩に代表されるオルタナティブな日本近現代史こそ、いま知らなければならないと声を大にして言いたいと思います。明治維新体制による「正史」と会津に代表される「裏面史」が合わさってこそ、ほんとうの「日本民族史」となるからです。

戊辰戦争の戦没者を祀った招魂社がその起源である靖國神社の性格についてまで考えをおよぼさねばなりません。

そう、会津藩士をはじめとして、「負け組」とされた藩の戦没者は靖國神社には祀られていないのです。この事実から目をそむけるべきではないのです。

靖國神社にかんしては、近隣諸国からとやかく言われても、それは筋違いであると「黙殺」してかまいませんが、国内事情についてはまだまだ議論が深まっているとは言いがいものがあります。

願わくば、旧会津藩士とその家族たちの苦難の歴史について、大河ドラマの後半においても全面的に取り上げられんことを!





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(2012年7月3日発売の拙著です)





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