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2026年3月8日日曜日

『物語 イランの歴史 ― 誇り高きペルシアの系譜』(宮田律、中公新書、2002)を読んで、「古代帝国の栄光」と「屈辱の近代史」がイランのナショナリズムを支えていること、イラン人に「救世主願望」があることを知る

 

 2026年2月28日に開始されたイスラエルと米国のイランイスラーム共和国に対する共同軍事作戦は、すでに2週間目に突入している。  

中東湾岸諸国とは違って、戦争の直接被害を受けない東アジアの日本であるが、ホルムズ海峡の実質的封鎖にとなう石油価格上昇など、経済面を中心に間接的な影響が出始めている。 

イランと米国、イランとイスラエルの敵対関係は、古くて新しい話ではあるが、「レジーム・チェンジ」すなわち現在のイスラーム共和国体制が転覆されるのか否か、現時点ではまだ見通しはつけにくい。 

さまざまな識者がイラン情勢について語っており、わたしも YouTube では日本語情報だけでなく、米英以外の英語情報も視聴しているが、偏向のはなはだしいオールドメディアだけでなく、当然のことながらネット情報にかんしてもポジショントークからは距離を取るように努めている。 


■イランの内在的に考えるため歴史を振り返ってみる 

現在進行中の問題を考えるにあたっては、いったん距離をおいて過去の歴史を振り返ってみるのがよい。 

先日は『イラン現代史 ― イスラーム革命から核問題、対イスラエル戦争まで』(黒田賢治、中公新書、2025)という本を読んで、1979年のイスラーム革命前後から2020年代の現在にいたる歴史を振り返ってみた。 

だが、イランにかんしては、イスラーム革命以前についても見取り図をもっていたほうがいい。そう考えて『物語 イランの歴史  ―  誇り高きペルシアの系譜』(宮田律、中公新書、2002)を書棚から引っ張り出してきた。 

購入してから、なんと24年(!)たってはじめて通読してみたが、これは面白い本であった。在外イラン人の事情にも詳しい、イラン通のイスラーム研究者による本書で、歴史をつうじて形成されてきたイラン人の日常生活とホンネ、そしてメンタリティーが手に取るように理解できるのだ。 

もちろん、四半世紀も前の記述なので「終章 イランはどこに向かうのか?」は、さすがに現時点でアウト・オブ・デイトになっている。とはいえ、その章の副題にある「イスラームからイラン・ナショナリズムへ」は、現在のイランを考えるにあたって、じつに示唆に富む。 

というのも2002年ですでに、シーア派による神聖国家の体制に違和感を感じているイラン人は、宗教的な規制を押しつけてくる抑圧的な権威主義に反発を感じているのである。イスラーム的な普遍性よりも、ナショナリズムに拠り所を求めるようになってきているのである。 

イランのナショナリズムを支えているのは、ペルシア語は言うまでもないが、アケメネス朝やササーン朝などの古代ペルシア帝国の栄光の歴史である。一方、19世紀以降は近代化に遅れをとり、英国やロシアによって半植民地化された屈辱の歴史の裏返しの感情に起因するものだ。 

古代ペルシア帝国以来、イランは5000年以上にわたって官僚制によって成り立っていた国である。古代においては、西アジアにおける先進文明の担い手として周辺地域に影響をあたえており、その点では3000年の歴史をもつ東アジアにおける中国とよく似ているというべきだろう。 

イラン国民(・・ただし、本書では記述がないがイランは多民族国家でありペルシア系は6割程度である)は、プライドの高い誇り高き人びとなのである。アラブやトルコなど周辺諸民族に対して優越感を抱いている。 

そんなイラン国民であるが、抑圧的な状況下での苦難がつづくと「救世主願望」が表面化してくる。これは歴史をつうじてなんども繰り返されている現象だ。 

救世主願望は、メンタリーとしてある意味では他律的であり、結果として独裁者を招きかねない(・・イソップのカエルの寓話を想起)。イスラーム化される以前の支配宗教であったゾロアスター教が、ペルシア系イラン人の精神の基層部分にあるためかもしれない。 


■トランプは「救世主」となりうるか?

イランの歴史を振り返って見てくると、つぎのようなことを考えてみたくなる。 

今回のイランに対する軍事作戦を主導しているイスラエルと米国であるが、トランプ大統領はイラン国民にとっての「救世主」となるのだろうか、という問いだ。 

現時点では、地上軍派遣は行わない(・・カーター政権時代、米軍はアメリカ大使館人質救出作戦で大失敗している)、体制転換までは行うが、そこから先はイラン国民がやるべきことだ、と賢明にもトランプ氏は明言している。

宿敵とみなしてきたイラン・イスラーム体制との最終戦と位置づけ、長期戦も辞さない覚悟のイスラエルに引きずられることなく、名目はなんであれ戦争を早期に終結させることができれば、トランプ氏は「救世主」として評価されることになるかもしれない。

あるいは、「救世主」ではなくても、そのキッカケをつくった存在として評価されることになるかもしれない。仮にそうだとしても、その後のイラン再建は困難な道筋をたどることになるのではないか? 

いずれにせよ、戦争が膠着化して長期化しないことを望むばかりだ。イラン情勢は中東情勢にとどまることなく、今後の東アジア情勢にも大きな影響をあたえるからだ。東アジアで米軍の兵力が手薄となり、そのプレゼンスが低下することは、日本の安全保障にも大きな悪影響を及ぼすことになる。 

おなじアジアの国として共通性もあることもあって、イランとは長きにわたって良好な関係を保ってきた日本ではあるが(・・もちろん正倉院の話をしているのではなく、近代以降の話に限定する)、「台湾有事」を視野に入れると、米国との関係はなかなかむずかしいものがある。 

西アジアの地域大国としてのイランは、たかだか建国250年の米国とは違って、古代においては先進文明としての帝国であった。

レジーム・チェンジ(=体制転換)が実現するかどうかはわからないが、栄光の歴史を背景にもつイラン国民のナショナリズムは、いかなる方向にイランを導いていくのだろうか? 


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目 次
序章 イラン人の日常生活と文化 
第1章 ペルシア帝国の栄光とイラン文化の形成 
第2章 イラン文明のイスラームとの融合 
第3章 西欧帝国主義との出会いと宗教社会 
第4章 民族運動の台頭と挫折 
第5章 イラン‐アメリカ相互不信の背景 
第6章 イランの伝統文化の探求 
第7章 模索するイランのイスラーム 
終章 イランはどこへ向かうのか? ―  イスラームからイラン・ナショナリズムへ あとがき 参考文献/イラン略年表 


著者プロフィール
宮田 律(みやた・おさむ) 
1955年生まれ。専門は、現代イスラム地域研究・途上国の国際政治・イラン現代史・イラン現代政治。慶應義塾大学文学部史学課卒業。学位は、歴史学修士(カリフォルニア大学ロサンゼルス校・1985年)。一般社団法人現代イスラム研究センター理事長。現代のイスラム主義の運動、過激派の世界観と活動、米国の中東イスラム政策、米国の軍産複合体、日本と中東イスラム世界の関係、中村哲医師の活動など平和創造の在り方、オリエント世界を中心とする世界史、ナショナリズムの世界史的発展、中東イスラム世界の文化と現代世界など幅広い分野で数々の著作がある。(Wikipediaより) 



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・・「救世主願望」を生み出したイラン高原とゾロアスター教

・・「勝たなくても負けなければいい」 これはベトコンが長年にわたるゲリラ戦を勝ち抜いた哲学である。」➡ イランもまた同様に考えているのではないか?


■イランと米国の関係


■イランとイスラエルの関係



■日本とイランの関係






(2026年3月11日 情報追加)


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2025年7月27日日曜日

書評『ナショナリズムの美徳』(ヨラム・ハゾニー、中野剛志/施光恒=解説、庭田よう子訳、東洋経済新報社、2021)ー ナショナリズムの立場からの「帝国」(=リベラリズム、グローバリズム)批判

 


著者はイスラエルの政治哲学者。聖書研究者で3世代目のシオニストでもある。原題は、The Virtue of Nationalism で日本語タイトルはそのまんま。原書の初版は2018年。2025年に増補新版が出版されている。 

内容は、シオニストの立場からの「ネーション・ステート」と「ナショナリズム」の礼賛であり、ナショナリズムの立場からするリベラリズム批判、グローバリズム批判である。 遅れて誕生したネーション・ステート(=国民国家/民族国家)であるイスラエルから、生まれるべくして生まれてきた主張だといえよう。 

「ナショナリズム」が最初に誕生したのは17世紀のイングランドであるが、その背景にあったのがプロテスタンティズムに影響をあたえたヘブライ語聖書、すなわち旧約聖書であった。 

ナショナリズムの原型は、古代イスラエルの政治意識にあり、それは古代イスラエル国家を征服したローマ帝国と対比されるものであった。「ネーション・ステート」と「帝国」との対比は、本書をつうじてアナロジーとして語られる。著者の議論の通奏低音である。 

本書ではイスラエルを中心にして、とくに英国と米国について語られるが、それは歴史的な背景があるのだ。カギとなるのは、旧約聖書とプロテスタンティズムである。(*この点については、拙著『世界史から読み解く「コロナ後」の現代』でも取り上げて解説してある)。 




日本については軽く言及される程度で、これといった解説はないが、本書全体の議論は、ふつうの日本人なら素直に納得する内容だろう。おなじ言語を話し、おなじ起源と文化を共有する、ひとまとまりの国家である日本。これはイスラエルと共通している。 

近代に入ってからの日本は「ネーション・ステート」としての確立に成功し、資本主義化を推進することができた。大東亜戦争の敗戦によって植民地をすべて放棄、すなわち「帝国」であることを放棄し、ふたたび「ネーション・ステート」としての性格を強めたことが、戦後の経済復興を加速させた大きな要因となったのである。 

著者が繰り返し説明しているように、「ネーション・ステート」という枠組みがあってこそ、個人の自由や多様性が確保され、民主主義を基盤とする政治制度と市場経済が有効に機能するからだ。 

近年は、国家を越えたグローバリズムを礼賛することが欧米と歩調を合わせるものだという通念がまかりとおってきたが、それに反旗をひるがえす動きが各国で「草の根」の大衆レベルからでてきたのは、健全な危機意識のあらわれというべきだろう。日本もまたその流れのなかにあることは言うまでもない。 

ではなぜ、現代の「帝国」主義者ともいうべきグローバリストやリベラリストが、草の根から立ち上がってきたナショナリズムを嫌い、そして憎しみの目を向けるのか? 

それは、自分たちこそ正義の立場にたつ「普遍」の担い手であると思い込み、まつろうことのない「個別」を許さないとするマインドセットが、無意識レベルでかれらに存在するからだ。 国連による日本の皇室の継承問題への不当介入など、その最たるものであろう。

本書は全体で3部構成になっているが、「第3部 反ナショナリズムと憎悪」こそ、著書の主張が凝縮されているのはそのためだ。 

「ネーション・ステート」であるイスラエルが、2022年の「10・7」のサプライズ・アッタク以降、みずからの生存確保のために、独りよがりにも見えかねない、なりふり構わぬ行動を推進していることには、かつて戦前にはおなじ過ちをした日本人から見たら、一抹の危惧の念を抱かないわけではない。イスラエルはみずからの行動を制御できるのか否か? 

とはいえ、イスラエル発のこの政治哲学が、「トランプ外交」や「アメリカ保守主義」、そして「欧州ポピュリズム」に大きな影響をあたえている「原典」になっていることを知っておくべきだろう。その意味でも読む価値はある。


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目 次
序章 ナショナリズムへの回帰 
第1部 ナショナリズムと西洋の自由 
 第1章 世界秩序の2つのビジョン 
 第2章 ローマ教会と帝国としてのビジョン 
 第3章 西洋のプロテスタント構造 
 第4章 ジョン・ロックとリベラル構造 
 第5章 不信を抱かれたナショナリズム 
 第6章 帝国主義としてのリベラリズム 
 第7章 リベラリズムに対するナショナリストからの代案 
第2部 国民国家とは何か 
 第8章 政治哲学の2つのタイプ 
 第9章 政治秩序の基礎 
 第10章 国家はどのように生まれたのか? 
 第11章 事業と家族 
 第12章 帝国と無政府状態 
 第13章 秩序原則としてのネイションの自由 
 第14章 国民国家の利点 
 第15章 連邦という解決策の虚構 
 第16章 中立国家という虚構 
 第17章 ネイションの独立の権利? 
 第18章 国民国家からなる秩序の諸原則 
第3部 反ナショナリズムと憎悪 
 第19章 憎悪はナショナリズムへの反論か? 
 第20章 イスラエルに対する誹謗中傷活動 
 第21章 イマヌエル・カントと反ナショナリズムのパラダイム 
 第22章 アウシュヴィッツの2つの教訓 
 第23章 第三世界とイスラムの非道な行為が見過ごされているのはなぜか? 
 第24章 イギリス、アメリカ、その他気の毒なネイション 
 第25章 帝国主義者はなぜ憎むのか? 
終章 ナショナリズムの美徳 
謝辞/原注 


著者プロフィール
イスラエルの哲学者、聖書研究家、政治理論学者。エルサレムのヘルツル研究所所長。公共問題研究所のエドマンド・バーク財団会長。研究機関シャレムセンター創設者。『ウォール・ストリート・ジャーナル』『ニューヨーク・タイムズ』『ニュー・リパブリック』などに寄稿多数。エルサレム在住 

日本語訳者プロフィール
庭田よう子(にわた・ようこ)
翻訳家。慶應義塾大学文学部卒業 

日本語版解説者プロフィール
中野剛志(なかの・たけし)
評論家。1971年、神奈川県生まれ。元・京都大学大学院工学研究科准教授。専門は政治経済思想。1996年、東京大学教養学部(国際関係論)卒業後、通商産業省(現・経済産業省)に入省。2000年よりエディンバラ大学大学院に留学し、政治思想を専攻。2001年に同大学院より優等修士号、2005年に博士号を取得。2003年、論文  "Theorising Economic Nationalism" で Nations and Nationalism Prize を受賞。著書に山本七平賞奨励賞を受賞した『日本思想史新論』(ちくま新書)など多数。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)


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・・現代イスラエルのマジョリティを構成するユダヤ人は歴史的に構築された概念であり、古代ユダヤのユダヤ人とかならずしも同一の起源を有するわけではない

・・「戦前」は「外向きに開いていったナショナリズム」の時代、「戦後」は「内向きの閉じたナショナリズム」の時代。植民地を抱えていた大日本「帝国」としての「戦前」は多民族国家が常識であったのに対し、植民地を失って縮小した「島国」としての「戦後」は単一民族国家が常識となった」

(2025年8月7日 情報追加)


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2025年3月15日土曜日

書評『ドゥテルテ 強権大統領はいかに国を変えたか』(石山永一郎、角川新書、2022)ー「法と秩序」の回復を実現した元大統領は、フィリピン国民の熱烈な支持を受けていた

 

ICC(国際刑事裁判所)から召喚状がでていたフィリピンの元大統領ロドリゴ・ドゥテルテ氏がフィリピンで逮捕された、そんなニュースが流れてきて驚いた。3月9日のことだ。 すっかり過去の人となりかけていたドゥテルテ氏の名前を聞くのはひさびさのことだ。 

ロドリゴ・ドゥテルテ氏は、すでに ICC本部のあるオランダのハーグに移送され裁判にかけられることになっている。判決次第では長期間の禁固刑が科される可能性もある。 

2016年から6年間にわたって大統領職にあったドゥテルテ氏だが、「麻薬撲滅戦争」においては「超法規的」に麻薬売人の殺害を指示したためだろう。固く見積もっても6000人、関係者を含めたら3万人にもなるという推計もある。 

そんなドゥテルテ氏は、率直なものいいと口の悪さ、強権的だが庶民的で清廉潔白、公約はかならず実行するという毅然たる態度から、「フィリピンのトランプ」とよばれることもあったが、わたしはむしろ「フィリピンの石原慎太郎」というべきだったと思う。「反米愛国」という点で共通しているからだ。* ただし、石原慎太郎はドゥテルテのような親中ではなかったが。


*その後、没後に出版された石原慎太郎の回想録『「私」という男の生涯』(幻冬舎、2022)を読んで、石原慎太郎とベニグノ・アキノ氏が親友であったことを知った。ドゥテルテ氏が非業の死を遂げたアキノ氏の衣鉢を継ぐ存在であることからいえば、ドゥテルテ氏が「フィリピンの石原慎太郎」だという比喩は、あながち間違っていなかったことになる。(2025年4月26日 記す)


出版直後に買ったまま積ん読になっていた、『ドゥテルテ 強権大統領はいかに国を変えたか』(石山永一郎、角川新書、2022)を取り出して読んでみることにした。共同通信の元記者でフィリピンに長く関わってきたジャーナリストによるものだ。  




ドゥテルテ氏がふたたび「時の人」になった現在、フィリピンのいまを考えるうえで重要なことになる
からだ。フィリピンに関心のある人なら一気読みできる、面白くて内容の濃い1冊だった。 

ドゥテルテ氏について知ることは、そのままフィリピンとその現代史を知ることになる。

なぜ圧倒的な国民的支持があったのか? 
いまなおドゥテルテ氏の影響力が強いのはなぜか? 

米中のはざまに生きるフィリピンの地政学的状況、その他もろもろについて。 

「目次」を紹介しておこう。 


序章 いままでにない大統領 
第1章 ドゥテルテの町ダバオ 
第2章 麻薬戦争 
第3章 左派的だった国内政策 
第4章 親中に転換させた外交
第5章 高度経済成長と新型コロナ 
第6章 ドゥテルテ・ナショナリズム 
第7章 ドゥテルテ後のフィリピン 
おわりに 
主な参考文献 


ミンダナオ島のダバオ市長を長年にわたって務めたドゥテルテ氏は、政治的には反米ナショナリストといってよいが、ダバオという土地柄ゆえ親日である。かつて東南アジアが南洋とよばれていた時代、日本人が多く入植して開発した歴史があるからだ。

経済の面からは中国を重視したが、内政面では貧困層への目配りがやさしく、国民皆保険を実行に移している。 

わたし自身は、群島国家であるフィリピンには仕事の関係で2回いっているが、マニラとその周辺、セブ島にしかいってない。インドネシアにも近く、ムスリムがマジョリティであるミンダナオ島にはいったことはない。 

そのミンダナオ島のダバオ市は、ドゥテルテ氏が市長だったあいだに、みちがえるほど治安が回復したという。さらにドゥテルテ氏が大統領職にあったあいだに、フィリピン全体の治安も大きく回復させている。 

「法と秩序」が確保されれば、経済は発展するという信念の持ち主で、まさに有言実行の人であったといえよう。国民をひとつにまとめるナショナリズムが確立すれば、高度経済成長も不可能ではない。 

ドゥテルテ氏は「マジェラン上陸500年」に批判的で、マジェランに敵対してセブ島でマジェランを殺害した英雄ラプラプを称揚、スペインからの独立運動を指導したホセ・リサールを尊敬している。

だが、アメリカの統治下で独立が準備されたフィリピンは、自力で独立を勝ち取ったわけではないという負い目が残る。「未完の革命」だからこそ、あえてナショナリズムを強く打ち出す必要があるのだ。

ドゥテルテ氏の評価にかんしては、意識高い系の先進国のリベラル派と、発展途上国の現実を知っている人では大きく異なることは当然であり、フィリピン国内でも評価が分かれるのも当然だろう。 

たしかに超法規的に麻薬売人6000人の殺害を指示というのは問題ではあろう。だが、ICC(国際刑事裁判所)に代表される 意識高い系の先進国のリベラル派の評価でもって、ドゥテルテ氏の業績を一刀両断的に批判するのは筋違いではあるまいか?

「マズローの欲求5段階説」の下から2番目が「安全の欲求」であったことを想起すればよい。人間が生きるうえの最低ラインが維持できてこそ、意識高い系の発言も生まれる余地があるというものだ。

 著者によれば、「法と秩序」を維持している疑似民主主義体制のシンガポールと比べたら、東南アジアではフィリピンのほうがはるかに「表現の自由」にかんしても保証されており、ドゥテルテ氏もまた反対派を弾圧などしていない。フィリピンは「人権意識」もまた高いという。 東南アジアを熟知しているジャーナリストの発言だけに説得力がある。 

そんなフィリピンの現在と、今後の方向性について考えるためには、ぜひ読むべき本だと思った次第。人口大国のフィリピンの将来性は、インドネシアとならんで高いのだ。 


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<関連記事>

〈解説〉ドゥテルテ逮捕の衝撃 フィリピン・マルコス政権との政争、事実上の国外追放、しかしさらなるカリスマ化の懸念も (久末亮一 日本貿易振興機構(JETRO)アジア経済研究所 副主任研究員、Wedge ONLINE、2025年3月18日)



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2025年2月10日月曜日

エマソンの愛読者であった徳富蘇峰を知ってますか? ― 近現代日本を1世紀近く生きた大ジャーナリストで歴史家にもっと関心をもつべきだ

  


世界的に有名な D.T. Suzuki こと鈴木大拙をはじめ、文学者としては北村透谷、徳冨蘆花、それ以外の著名人として、内村鑑三、徳富蘇峰、安岡正篤、池田大作などの名前をあげておいた。

文学者の徳冨蘆花の実兄であった徳富蘇峰について、この場でやや詳しく記.しておきたいと思う。 


■「自己啓発」の観点からエマソンの影響を受けた人びと

エマソンについて語るにあたって、従来はアメリカ文学研究者たちは、北村透谷や徳冨蘆花といった文学研究者に言及することが通例だった。

2009年にオバマ元大統領が就任演説で愛読書だと言及してから、日本でも「エマソン復活」が始まったが、言及されるのは判を押したように北村透谷などの文学者ばかりだ。自分で十分にリサーチすることなく、先行する書籍の内容をコピペしているからだろう。

たしかに、日本初の評伝『ヱマルソン』(1894年)を書いた北村透谷は、エマソンの重要な概念である「内部生命」を重視したこともあり、近代日本文学史における重要人物である。 

ところが、かれはこの本を書いたあとに自死している。だから、わたしは、エマソンを語るにあたって透谷を称揚する気持ちにはなれない。エマソン的でなさすぎるからだ。 

徳冨蘆花は、名文の模範として紹介されることの多い文学者である。東京都世田谷区の「芦花公園」にその名を残している。だが、はたして現在どれだけ読まれているのだろうか? 

それよりも、むしろ徳冨蘆花の実兄の徳富蘇峰のほうが、「自己啓発」という観点に立てば、エマソンを語るにあたってはるかに重要ではないか、そう思うように至ったのは、蘇峰という大ジャーナリストの存在に対して、つよく感じるものがあったからだ。蘆花も透谷もみな蘇峰の影響圏のなかにあった人たちだ。 




■徳富蘇峰こそエマソン愛読者の中心にいた


先日、讀賣新聞社の主筆として君臨してきた渡邉恒雄氏が98歳で亡くなったが、熊本に生まれた蘇峰はその号とした阿蘇山のような、裾野の広い巨大な火山のような存在で、ナベツネ氏よりもはるかに大きな軌跡を残した人であることは間違いない。 

ジャーナリストで政治にも関与し、新聞社を起業した創業経営者であり、しかも300冊もの本を書いている。そのなかには『近世日本国民史』(全100巻)のような巨大な著作もある(・・さすがに、わたしはチラと見ただけで、読むことなど断念している)。 

じつをいうと、わたしは以前は徳富蘇峰を敬遠していた。どうしても、戦時中の言論をリードしたネガティブなイメージがつきまとっており、とくに疑問を感じることなく過ごしててきたからだ。世間一般の蘇峰に対する評価は、いまだ改善されているとは言い難い。 

ところが、蘇峰にかんする関連著作を読み、その人生について知れば知るほど関心が増していくのを覚えていった。

「親米」から「嫌米」、さらには「反米」に至り、大東亜戦争の敗戦後にはふたたび「親米」に戻っていくという人生百年の軌跡。まさに近代を生きた日本人に、そのまま重なるようではないか。 

若き日に新島襄の同志社で英語を学んだ蘇峰は、エマソンの熱烈な愛読者になり、親米から嫌米に変化していった時代にも、エマソン愛が変わらなかったのである。

なんどもくじけながらも、ジャーナリストになるという志を捨てなかったのは、エマソンの『自己信頼』の存在があったのである。 

敗戦後に占領軍から戦犯容疑をかけられて失意のどん底にいた時期に、エマソンの『自己信頼』を何度も繰り返し読み、自分を元気づけようとしたことは、拙著でも紹介したとおりだ。 

世界的に有名な D.T. Suzuki こと鈴木大拙はさておき、いまでも政財界で根強い人気のある安岡正篤のような人物とくらべても、徳富蘇峰の名前は聞いたことはあっても、どんな人だったのか知らないままに済ませている人も少なくないことだろう。 

拙著『エマソン 自分を信じる言葉』を読んで、徳富蘇峰にすこしでも関心をもった人がいたら、ぜひさらにその関心を深掘りしてみたらどうだろうか。






■徳富蘇峰を知るためにお薦めの本

以下、わたし自身が目を通した文献を簡単に紹介しておこう。

まず読むべきは、『徳富蘇峰 日本ナショナリズムの軌跡』(米原謙、中公新書、2003)であろう。蘇峰がいかなる人であったか、その95歳の全生涯をザックリ知ることができる。  

その後にぜひ読むことを薦めたいのは、『稀代のジャーナリスト 徳富蘇峰 1863~1957』(杉原啓司/富岡幸一郎編、藤原書店、2013)。さまざまな人たちが、さまざまな角度からみた蘇峰の像が立体的に浮かび上がってくる「まるごと1冊蘇峰」といった感じの本。写真も多数あり、著作目録なども収録されている。  




『評伝 徳富蘇峰 ー 近代日本の光と影』(ビン・シン、杉原啓司訳、岩波書店、1994)は、植民地支配下のベトナムに生まれたカナダの近代日本思想史研究者による、主体的な関心から生まれた研究。



基本的にポジティブなとらえ方の蘇峰だが、ベトナム人ならではの視点が重要だ。ベトナム人の対米観、対中観がその背景にある。残念ながら文庫化されていない。  


『弟 徳冨蘆花』(徳富蘇峰、中公文庫、2001)は、天才肌の文学者であった弟に対する、家長である長兄としての蘇峰の複雑な感情がかいまみられ、蘇峰の人物像に人間味をあたえてくれる。 『弟』に描かれた、作家で政治家の石原慎太郎と国民的俳優であった石原裕次郎の兄弟関係に比することもできようか。




「兄弟間の不和」にかんする真相を知れば、蘇峰嫌いも少しは減るのではないだろうか。近代日本文学史に関心のある人は読むといいだろう。徳冨蘆花の「徳冨」は、本来の「徳富」とは漢字が変えられていることに気づいている人は、意外と少ないかもしれない。 

日本初の松陰の評伝である『吉田松陰』(1893年)の冒頭にはエマソンのフレーズが英語原文のまま引用されているが。『自己信頼』(Self Reliance)に登場する Trust thyself: every heart vibrates to that iron string. という詩的なフレーズである。「千万といえど我ひとりゆかん」の松陰にふさわしい。


(岩波文庫の『吉田松陰』の冒頭)



蘇峰の影響でエマソンを愛読した蘆花もまた、教養小説である『小説 思出の記』(1900年)の冒頭にエマソンのやや長い文章が英語原文のまま引用されている。これはエマソンの『代表的人物』に収録された「ゲーテ 文学に生きる人」の一節である。


(岩波文庫の『小説 思出の記』の冒頭)


そのほか、蘇峰自身による著作もある。たとえば『蘇峰自伝』『読書九十年』など読むと面白いのだが、現在ではほとんど入手不可能なものが大多数であるので、ここでは『読書九十年』だけ取り上げておこう。エマソンがいかに蘇峰の長い人生に大きな影響をもった存在であったかがわかるからだ。

 (マイコレクションより『読書九十年』の初版本)


『読書九十年』(1952年)は、90歳の時点でみずからの読書歴をつづり、関連の文章を集めたエッセイ集である。エマソンにかんする文章の一部は拙著『エマソン 自分を信じる言葉』にも「特別付録」として引用してある。

「タバコも吸わず、酒も飲まず、趣味は古本の蒐集だけ」といった趣旨のことを蘇峰自身が書いている。この点でも、わたしは大いに親近感を抱くのである。


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