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2013年12月30日月曜日

書評 『西洋が見えてきた頃(亀井俊介の仕事 3)』(亀井俊介、南雲堂、1988)-幕末の「西洋との出会い」をアメリカからはじめた日本


アメリカ研究者として有名な亀井俊介氏の仕事に幕末から眼時時代にかけての日本人と英語のかかわりを研究した一連の仕事がある。

アメリカ文化研究にかんしては、高校時代、当時は文春文庫からでていた『サーカスがきた』(・・現在は平凡社ライブラリーから2013年に復刊)という名著を読んで、おおいに目を開かれた思いをしたものだ。

その後じっさいにアメリカで暮らしてみてわかったが、『サーカスがきた』に書かれていることは、もちろん変化していることが多いが、一方では変化していないこともあるとことがわかった。本質的なものが捉えられているということだろう。遠くない将来、この本のことも紹介してみたいと考えている。

本書もその一冊である「亀井俊介の仕事」は、以下のラインアップになっている。

『荒野のアメリカ (亀井俊介の仕事 1)』(1987年)
『わが古典アメリカ文学(亀井俊介の仕事 2)』(1988年)
『西洋が見えてきた頃(亀井俊介の仕事 3)』(1988年
『マーク・トウェインの世界(亀井俊介の仕事 4)』(1995年)
『本めくり東西遊記(亀井俊介の仕事 5)』(1990年)

わたしは、一般常識程度の知識以外はとりたててアメリカ文学には関心はないので、買って読んだのはこの『西洋が見えてきた頃(亀井俊介の仕事 3)』(1988年)だけである。

高校時代から大学時代にかけて、さらには社会人になってからも、アメリカを知るためにさまざまな本を読んだが、いわゆる「英語名人世代」の新渡戸稲造・内村鑑三・岡倉天心にはおおいに関心をもちつづけてきた。

じっさいにアメリカに行く前に、時代を異にするさまざまな日本人が書いたアメリカ滞在記などを読み漁っていたのも、みずからの内なる問題意識からでてきたものだ。

1980年代後半はバブル時代だと片づけられてしまう傾向があるが、その一方では強大化する日本に対するアメリカからの「日本異質論」という猛反発がものすごい時代であり、開戦前夜のような空気すらあった。 その当時もまた日本人はナショナリズムをつよく刺激されていたのである。

現在はナショナリズムが向かう方向が中国に向かっているが、本質的にはアメリカに対しての愛憎関係が中核にあるといっていいだろう。日中関係はじつは日米関係であり米中関係である。アメリカを媒介変数にしないと日中関係も理解できないのだ。

『西洋が見えてきた頃』には、1963年から1985年まで20年間のあいだにさまざまな媒体に発表された文章が収録されているが、西洋との出会いを幕末から始まるアメリカとの出会いとして描いている。このテーマじたいが著者の内発的な動機から生まれたもののようだ。

幕末漂流民から川路聖謨、水野忠徳といった秀才官僚たちの功績、坂本龍馬、そして「キリスト教を見出した儒者」としての横井小楠と中村敬宇(正直)、アメリカ的なプラグマティズムと呼応するものの多い福澤諭吉、渋澤栄一、前島密に触れ、「二つのJ」(Jesus & Japan)を主張した内村鑑三という「開かれた精神のナショナリスト」に西洋文明と出会って以降の明治精神の精華を見出す。

亀井俊介氏は、なかでも内村鑑三について突っ込んで取り上げている。本書に収録された「内村鑑三-英文ジャーナリストの大憤慨録」と「明治の英語-西洋が見えてきた頃の「思想の営み」」であるが、その前史となる幕末から明治初期にかけての「日本人と西洋のの出会い」の衝撃について取り上げた文章がそのための導線となっている。

英文ジャーナリストとして論説を書きまくった時代の内村鑑三が興味深い。英文で日本に住む英米人たちにたたきつけた論説のなかに熱くたぎるようなナショナリズム! キリスト教徒にあるまじき不道徳、蛮行を非難、返す刀で日本人も批判する過激で孤独なジャーナリストぶりは、同時代の宮武外骨にも共通する「過激にして愛嬌あり」なのだ。

「西洋の衝撃」(Western Impact)は日本人だけではなく、中国人も朝鮮人もその他のアジア人もみな受けたわけだが、なぜ日本人だけがいちはやくその挑戦を真正面から受け入れ、苦難と苦闘をへながらも乗り越えることができたのか。たとえ精神の奥底には衝撃のトラウマがあるかもしれないにせよ。

そしてまた、なぜ日本はアメリカの影響を受け、その後は旧世界であるヨーロッパの影響を受けて「脱亜入欧」し、こんどはアジアに向かい、そしてまたアメリカの影響を受け・・・と振幅のブレが激しいのか?

本書で取り上げられた事例を其の他のアジア各国における反応と比較することには大いに意義があることだろう。それにしても、幕末から明治初期にかけての日本人の精神のあり方には感嘆するばかりではないか!

この本は収録論文が古いものでは1963年とすでに50年前のものも含まれているが、単行本化するにあたって周到な編集を行っており、内容的にもけっして古さを感じさせない。できれば文庫化してほしいと思うのだが、関心のある人は単行本で関心のある文章を読んでみるといいと思う。





目 次

東洋の不思議な国-アメリカの教科書に見る鎖国日本(1963年)
アメリカを発見した日本人たち-幕末漂流民の運命(1963年)
横井小楠-「尭舜の政治」への志(1975年)
川路聖謨と水野忠徳-秀才官僚たちの功績(1975年)
坂本龍馬-手紙に見る維新の自由人(1978年)
文明はいずこに-日本におけるアメリカ対ヨーロッパ(1972年)
中村敬宇-『西国立志編』の世界(1978年)
開化の心の展開-福沢諭吉、渋沢栄一、前島密の自伝(1981年)
日本的キリスト教の成立-西洋文明教をのりこえて(1978年)
内村鑑三-英文ジャーナリストの大憤慨録(1985年)
明治の英語-西洋が見えてきた頃の「思想の営み」(1983年)
あとがき
初出一覧


著者プロフィール

亀井 俊介(かめい しゅんすけ)
1932年岐阜県生まれ。1955年東京大学文学部英文科卒業。1963年東京大学大学院比較文学比較文化専攻博士課程修了。文学博士。東京大学専任講師、助教授、教授、東京女子大学教授を経て、東京大学名誉教授、岐阜女子大学教授。専攻はアメリカ文学、比較文学。著書はきわめて多数(2013年の最新著書の著書の経歴から)。



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「フォーリン・アフェアーズ・アンソロジー vol.32 フォーリン・アフェアーズで日本を考える-制度改革か、それとも日本システムからの退出か 1986-2010」(2010年9月)を読んで、この25年間の日米関係について考えてみる






(2012年7月3日発売の拙著です)





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