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2014年1月27日月曜日

自動小銃AK47の発明者カラシニコフ死す-「ソ連史」そのもののような開発者の人生と「製品」、そしてその「拡散」がもたらした負の側面


昨年2013年12月23日、自動小銃AK47の発明者カラシニコフが死去したというニュースが流れた。カラシニコフとは世界でもっとも有名な自動小銃 AK47 の開発者の名前である。人名が製品名となった事例でもある。

自動小銃のカラシニコフが人の名前であることを知らなかった人もいるかもしれない。社会主義イコール集団主義と思い込んでいるからだろう。戦闘機スホーイや大型輸送機アントノフなど、ソ連時代に開発された兵器には開発者の個人名がついている。じつはソ連は突出した個人を優遇したエリート主義の国でもあったのだ。

カラシニコフというと、いまから十数年前、すでにソ連崩壊後のことだが、ロシア関連の仕事をしたとき、一緒に仕事をしていたカラシニコフという名前のロシア人男性に聞いたことがある。

わたし:「あのカラシニコフか?」
カラシニコフ氏:「そうだ。だが親族ではない」

まあ、そんなことも思い出したニュースであった。

カラシニコフについて簡単に入手できる関連書を紹介しておこう。

●『カラシニコフ自伝-世界一有名な銃を創った男-』(エレナ・ジョリー聞き書き、山本和子訳、朝日新書、2008)
『カラシニコフ Ⅰ・Ⅱ』(松本仁一、朝日文庫、2008 単行本初版 2004/2006)

前者は、ミハイル・カラシニコフ(1919~2013)の娘と親しい女性ジャーナリストが聞き出したロングインタビューの記録。フランスで2004年に出版されたもの。ソ連史そのもののような開発者の人生と開発品について自らが語った貴重なドキュメント。価値判断抜きで、開発ストーリーと開発者のライフストーリーを楽しめる本だ。

後者は朝日新聞の中東アフリカ担当で現地経験も長い記者が新聞連載をまとめたもの。Ⅰではアフリカのテロと紛争におけるカラシニコフがテーマ。カラシニコフ氏へのインタビューも収録されている。Ⅱでは麻薬と武器がからむコロンビアと(中国の人民解放軍系の武器メーカーの関与) アフガニスタンとイラクという大英帝国の負の遺産である「人工国家」がテーマとなる。

この3冊を読めば、カラシニコフ氏が開発した自動小銃がいかなる経緯を経て完成したか、そして開発者の預かり知らぬところで拡散し、問題を起こしていることを知ることができる。

まずはカラシニコフ氏による「開発」そのものについて簡単にみておこう。


カラシニコフ氏による「開発」とは?

カラシニコフという自動小銃は、それをつかう人にとっては「ユーザーフレンドリー」なマシンだといえる。

殺傷兵器をユーザーフレンドリーとは不謹慎ではないか(!)とお叱りを受けそうだが、価値判断を棚に置いて技術という側面から見れば、自動小銃としてのカラシニコフが個人能力を拡張したマシン(機械)であるということは否定できない

その点においてはパーソナルコンピュータ(PC)というマシン(機械)と共通しているのである。Ak47 が文字通りの「武器」であるなら、PCは比喩的な意味で「武器」であった。

機械いじりが大好きで、ピストルを分解して目覚めてしまったカラシニコフという「ソ連人」は、独ソ戦の最中に自動小銃の開発の没頭し、第二次大戦後の1947年に完成した自動小銃はソ連軍の正式銃器として採用され量産体制が開始されることになる。

AK47の「47」とは1947の略称。AKとはロシア語で「アフタマート・カラーシニコヴァ」(ローマ字表記で Avtomat Kalashnikova)の頭文字をとった略称である。英語でいえば、Automatic Kalashnikov 47 となろう。



カラシニコフはそれまで存在した銃器を敵軍のドイツのものもふくめて徹底的に研究し、「使い勝手の良さ」を追求する設計思想のもと最終的にAK47に到達する。

だから、まったくあたらしいコンセプトによる「発明」ではない。だが、徹底的に改良につぐ改良を加えた末に到達した「開発」ということはできるだろう。

マシンガンは、使用後は分解して掃除することがメンテナンスのために不可欠だが、部品点数を徹底的に絞り込むことによって使用者の負担を減らした。これはモジュール化にもつながる発想だ。

もっとも重要なポイントは、どんな過酷な状況でも簡単に故障しないことにある。このためにカラシニコフが採用したのは、それまでの常識であった精密性の真逆の発想であった。『カラシニコフⅠ・Ⅱ』の著者・松本仁一氏の表現を借りれば「スカスカ設計」である。ゴミが入らないように密閉性を追求してきた発想ではなく、部品と部品のあいだに空間をおくことでゴミが入っても作動するようにした。これがイノベーションととなったのである。

若き日のカラシニコフ氏は、スターリン時代にシベリアに強制移住させられた家族としての過酷な人生を生き抜いた人だ。天職としてつかんだ銃器設計も、至れり尽くせりの環境のなかで行われたわけではない。この点もまた、ガレージから生みだされたジョブズとウォズニアックのアップル誕生物語を想起させるものがある。日本の本田宗一郎もまた同類のエンジニアであったといえるだろう。

両者に共通するのは、人間の個人能力を拡張するマシン開発のビジョンと不屈の情熱

カラシニコフはドイツとの戦いを、ジョブスたちは巨人IBM との戦いをミッション(使命)として開発の没頭していた。1940年代のソ連のシベリアと1970年代のアメリカのカリフォルニアが交差するが、本質においては同じなのだ。まさにエンジニア魂ここにあり!



『カラシニコフ自伝』はフランスの女性ジャーナリストによる聞き書きの「自伝」だが、たまたまカラシニコフ氏の娘と親しい関係にあったから実現したのだという。原著のタイトルは Ma Vie en Rafales(ライフル人生)。ピアフのシャンソン La Vie en Rose(バラ色の人生)にかけたものか。

カラシニコフ氏の人生は、まさに「生きたソ連史」そのもののような人生である。「ロシア革命」後の混乱、「富農」のレッテルを張られてのシベリア送り、スターリンによる大粛清、独ソ戦で負傷。

AK47開発の歴史は失敗に次ぐ失敗であったこと、それでもあきらめずにすいに栄冠を勝ち取り、開発の功績により「労働英雄」になる。

武器開発者であるため、ロシア中部ウドムルト共和国イジェフスク市という「閉鎖都市」での人生であった。経済的には大成功とというものではないが、ソ連のなかでは恵まれた生活を保障されていたわけであり、なによりも開発者としての名誉に包まれたものであった。だが、ほんとうのことはクチにはできなかった。ソ連崩壊後に行われた著者によるインタビューは、その思いを吐露する機会になったようである。

インタビューが行われた2004年時点で84歳であったカラシニコフ氏は、みずから開発したAK47を誇りこそすれ悔いはいっさいないようである。みずからの預かり知らぬところで「拡散」したAK47だが、もちろん武器である以上、功罪がつきまとうのは当然だ。銃器もまた「諸刃の剣」という本質は同じである。

「ユーザーフレンドリー」のカラシニコフの功罪の「罪」の最たるものは、子どもでも操作が容易で簡単に故障しないということに起因している。この点については『カラシニコフⅠ・Ⅱ』を読む必要がある。


自動小銃としてのカラシニコフの「拡散」がもたらしたもの

カラシニコフことAK47は、1947年にソ連軍に正式採用されてからすでに67年もたっているのにかかわらず、現在にいたるまでもっとも人気が高い自動小銃である。

スミソニアン博物館の銃器の歴史の専門家エゼルは「銃器の分野において、ソ連で偉大な発明fが生まれた。カラシニコフの銃は、おそらく2025年、ひいてはそれを超えるまで使われるだろう」と述べているそうだ。

ではなぜカラシニコフが世界中に拡散したのか?

カラシニコフ拡散は核拡散に比すことができると『カラシニコフ』の著者・松本仁一氏は指摘している。たしかに自動小銃の拡散は大量破壊兵器の拡散に比すことができるものだ。

だが、わたしは先にみてきたようにパーソナルコンピューター(PC)以降の情報技術(IT)のアナロジーで考えたほうが、カラシニコフが世界中に拡散した理由を理解しやすいのではないかと思う。

操作の容易さ、故障しない(上記に共通)はすでに確認したが、「拡散」の原因となったのはソ連がそのメインプレーヤーであった「冷戦構造」にある。

操作が簡単で過酷な状況でも簡単に故障しないからこそ、カラシニコフことAK47は世界中に拡散してしまったのである。もともとはソ連軍の武器だったのだが、冷戦構造のなかソ連の衛星国に「フリーライセンス」で製造技術が無償供与され、しかもその後は「違法コピー」によって「海賊版」が製造され、密輸によってとして拡散していったのである。


武器を使うものと武器を買うものはかならずしもイコールではない。武器を買うのは、使用者よりも使用させたいものである。

紛争当事国においてカラシニコフが拡散したのは、それを使わせたい勢力が存在するからだ。そしてそういった存在が消えることがない。まことにもって残念なことである。



開発者の思惑とは関係なく世界中に拡散してしまったカラシニコフことAK47。その結果、ソ連の援助を受けた紛争当事国では、紛争をエスカレートさせる大きな原因となってしまっている。


アフリカとアジアにおける「失敗国家」は植民地帝国の「負の遺産」

中東・アフリカをカバーする特派員として現地体験と現地取材の豊富な松本氏は、『カラシニコフ Ⅰ』では、「失敗国家」の典型であるソマリアとシエラレオネアパルトヘイト撤廃後に治安が悪化した南アフリカを取材というフィールドワークによってくわしく取り上げている。

独立はしたものの、結局は近代国家が成立せずに失敗した「失敗国家」(failed state)は「崩壊国家」(collapsed state)ともいう。

ソマリアというと現在では海賊の代名詞のようになっているが、ソマリアもまた英仏伊によって分割統治され、独立後の国家形成に失敗した「失敗国家」だ。

ソマリアの領土内でにあるが、国際的には未承認の「ソマリランド」では治安が回復し、「事実上の国家」(de facto state)として機能している。その理由は、部族の長老の説得に成功し「国家」が武器を回収し武力の一元管理が成功したことにある。

松本氏は触れていないが、ソ連崩壊後のロシアにおいても、国家警察機能が機能不全になっていたためにマフィアが治安維持機能を代行していた。武力の一元的コントロールは、「近代国家」の重要な機能である。

武力の一元管理ができないのは国家ではない。逆にいうと、武力を一元管理できた主体が国家として機能するのである。そういった原理的な思考を促してくれるのが、このすぐれたノンフィクションの功績だろう。

「治安と教育」こそ国家の「失敗度」をはかるカギ、ポイントは「兵士と教師の給料をきちんと払えているかどうか」にあるという指摘はきわめて重要だ。

わたしなら、「治安」とはいま現時点の安心感をもたらすための費用(コスト)「教育」とは長期的な安定をもたらすための投資(インベストメント)、と言い換えておこう。

「治安」の確保なくして「教育投資」は有効に機能しない。「失敗国家」を防ぐためには、まずは治安確保がなによりも重要なのである。


アメリカとソ連、大英帝国、そして中国というプレイヤー

『カラシニコフ Ⅱ』では、大英帝国の「負の遺産」であるアフガニスタンとイラクが取り上げられている。

AK47を「密造」するアフガニスタンに隣接するパキスタン国内のパシュトゥン族の村のルポが興味深い。すでに普及してデファクト化しているという理由でAK47の使用を現地軍に認めるアフガン駐留米軍。本来なら本国の兵器産業のビジネスチャンスを側面支援すべき軍隊がそのような方向性を打つ出している点が面白い。

イラクもそうだが、アフガニスタンもまた大英帝国の「負の遺産」である。互いに関係のない諸民族を一つの国のなかに組み込んで独立させた「人工国家」は、大英帝国の統治方針であった「分割して統治せよ」(Divide and Rule)の「負の遺産」である。マレーシアやミャンマーも例外ではない。

中米のコロンビアで麻薬と武器がからむ取引がまず取り上げられている。

カラシニコフの模造品がアメリカから密輸されているが、その資金源は麻薬取引にあること。そしてカラシニコフの模造品はノリンコ製品だという。

改造ライフルを製造するノリンコ(Norinco)とは、中国の人民解放軍系の武器メーカー、北方工業公司(North Industries Corporation)のことだ。中国共産党もコントロールできない闇がそこにある。

ソ連とアメリカ、大英帝国だけでなく、中国というプレイヤーの存在についても無視できないことは、近年のアフリカ情勢を見ていれば理解できる。

「拡散」してありがたいのは良い情報、「拡散」して困るのは放射能と自動小銃だ。

「拡散」して飽和状態にあるのにもかからず販売価格が下がらないカラシニコフ。その理由は売る人間が少ないからなのだという。つまり中古市場にはあまりでてこないということだ。それがまたカラシニコフの供給がいっこうに減らないという悪循環。

経済メカニズムで考えると、すでに拡散してしまったカラシニコフを回収することがいかに困難な課題であることを知り、ため息をつくばかりだ。


カラシニコフ氏はAK47のもたらした惨禍を懺悔していた

カラシニコフ氏は最晩年には、AK47がもたらした惨禍を懺悔していたようだ。

「AK47の開発者が生前に懺悔、ロシア正教会宛てに書簡」(2014年1月14日 ロイター) には以下のようにある。

[モスクワ 14日 ロイター] -旧ソ連の銃器設計者で、カラシニコフ自動小銃 AK47 を開発したミハイル・カラシニコフ氏が生前、ロシア正教会宛てに懺悔の書簡を送っていたことが明らかになった。同国のイズベスチヤ紙が報じた。
カラシニコフ氏は書簡の中で「心の痛みは耐え難いもの」と心情をつづり、「私の生み出した銃は多くの人を殺した。たとえ敵であったとしても、彼らの死に私の責任はあるのだろうか」と悔いた。
ロシア正教会のスポークスマンが同紙に明かしたところによると、書簡が届いたのはカラシニコフ氏が昨年12月23日に死去する約半年前だったという。
94歳で亡くなった同氏はこれまで、 AK47 の開発に誇りを持っていると語っていた一方で、犯罪者や少年兵に使用されたことについては後悔の念を語っていた。

「ソ連人」を絵に描いたようなカラシニコフ氏であったが、最後は教会に救いを求めたのだろうか。

今回とりあげた『カラシニコフ自伝』と『カラシニコフ Ⅰ・Ⅱ』のいずれも、インタビューが行われたのはいまから10年前の2004年のもので、カラシニコフ氏が84歳のときのものだ。

カラシニコフ氏も、いよいよみずからの死期を感じて心が痛むようになったのだろうか・・・。

なんだかホッとするような、しかし開発エンジニアにとっては苦渋の心境だったかと思うと、気の毒な気もしてくる。そもそも祖国を救うために邁進した開発だったのだから。




『カラシニコフ自伝-世界一有名な銃を創った男-』(エレナ・ジョリー聞き書き、山本和子訳、朝日新書、2008)



目 次
地図
凡例
はじめに-恐怖と栄光の日々
第一章 隠された悲劇
第二章 一介の兵士から銃器設計者へ
第三章 AKの誕生
第四章  唯一の銃器
第五章 ソ連・ロシアの指導者たち
第六章 祖国と外国
第七章 雑記
訳者あとがき
カラシニコフ略歴


●『カラシニコフ Ⅰ』(松本仁一、朝日文庫、2008 単行本初版 2004)



目 次
はじめに
第1章 11歳の少女兵
第2章 設計者は語る
第3章 護衛つきの町
第4章 失敗した国々
第5章 襲われた農場
第6章 銃を抑え込む
あとがき


●『カラシニコフ Ⅱ』(松本仁一、朝日文庫、2008 単行本初版 2006)

目 次
第1章 ノリンコの怪
第2章 ライフル業者
第3章 流動するAK
第4章 AK密造の村
第5章 米軍お墨付き
第6章 拡散する国家
あとがき
文庫版へのあとがき

著者プロフィール  
松本仁一(まつもと・じんいち)1942年、長野県生まれ。東京大学法学部卒。68年、朝日新聞社に入社。82年よりナイロビ支局長。90年、中東アフリカ総局長としてカイロに駐在。93年から2007年まで編集委員。94年、ボーン上田国際記者賞、97年、『アフリカで寝る』で日本エッセイスト・クラブ賞、2002年、『テロリストの軌跡』(草思社)で日本新聞協会賞を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。



<関連サイト>

[人と技術と情報の界面を探る] カラシニコフの死とAK-47と核兵器(ITPro 日経コンピュータ  2014年1月10日 松浦 晋也=ノンフィクション作家 (筆者執筆記事一覧) 出典:PC Online 2014年1月6日

"悲惨な現場" を求めるNGOの活動がアフリカで招いた不都合な真実 (橘玲の世界投資見聞録 ダイヤモンド ZAI 2014年1月16日)
・・『カラシニコフⅠ』で取り上げられたシエラレオネの「手足を切断された人々」をカネに変える "NGOビジネス" の実態



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・・イラクで戦死した英国人傭兵

書評 『巨象インドの憂鬱-赤の回廊と宗教テロル-』(武藤友治、出帆新社、2010)-複雑きわまりないインドを、インドが抱える内政・外交上の諸問題から考察
・・「第8章 AK47の銃眼 カシミール」を参照。インドから分離したパキスタンもまた「大英帝国の負の遺産」

(2014年3月4日 情報追加)





(2012年7月3日発売の拙著です)





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