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2022年12月12日月曜日

書評『ピーター・ティール 世界を手にした「反逆の起業家」の野望』(トーマス・ラッポルト、赤根桃子訳、飛鳥新社、2018)― 起業家を経て投資家へ。その根底にあるのは哲学で鍛えられた思考能力



先日イーロン・マスクにかんする本を読んで、ようやく大いに納得したが、さらに納得感を得たいのでピーター・ティールにかんする本を読む。投資家として「スペースX」を最初から支えてきたのがピーター・ティールだ。 

そもそも、イーロン・マスクのようにツイートを連発したりするような派手な人ではないので、マスコミの取り上げかたもそれほど大きなわけではない。 

近年もっとも注目を浴びたのは、民主党支持が多数派のシリコンバレーでは、数少ないトランプ大統領支持者で、大統領就任後には政権移行チームに抜擢されたことだろう。 

そんなこともあって、断片的な記事をつうじて、イメージを形成してきたにすぎない。すべての権威からの自由を信念とする「リバタリアン」であることは、比較的知られていることであろう。リバタリアンを徹底している点にかんしては、イーロン・マスクの比ではない。 


原題は、Peter Thiel: Facebook, PayPal, Palantir - Wie Peter Thiel die Welt revolutioniert - Die Biography(直訳すれば、『ピーター・ティール ー フェイスブック、ペイパル、パランティア。ピーター・ティールは、いかに世界を革命してきたかー伝記』)である。
 



世界最初の評伝は、ドイツ人著者によってドイツで出版されたのがこの本。1歳で米国に移住してきた移民二世のピーター・ティールは、ドイツ語も堪能のようだ。 

この本を読んでわかったのは、絵に描いたようなエリートコースを歩んできたが、「競争」そのもののバカバカしさに嫌気がさして、そこから脱出した人間であることだ。 

西海岸の名門スタンフォード大学で哲学を専攻したあとは、スタンフォードのロースクールを卒業し、ニューヨークの弁護士事務所で働き、その後は金融の世界で働いていたという。

「競争する負け犬」になるなというフレーズが興味深い。 ピーター・ティールの信念であるようだ。

「競争ではなく独占」という信念は、決済サービス PayPal(ペイパル)の起業と成功で実証したわけだが、その信念の出発点は、大学学部時代の哲学専攻時代に弟子として大いに影響を受けた、フランスの思想家ルネ・ジラールにあるという。この点が大いに興味深い。 

ペイパル時代に培った仲間関係が、いわゆる「ペイパル・マフィア」と世間ではいわれているものだが、イーロン・マスクもまた、それに連なる人脈の一人ということになる。 

起業家としてのペイパル成功後は、もっぱら投資家として活動しているが、その投資哲学も興味深い

基本的に逆張り(=コントラリアン)だが、彼自身の著書のタイトルにあるように『ZERO to ONE』となるような事業であることが条件である。

リバタリアンでコントラリアン。これがピーター・ティールを理解するための、もっとも簡潔な表現かもしれない。




 誰もが注目しなかったときにマーク・ザッカーバーグの Facebook事業に投資し、現在に至るまで支えてきたのもピーター・ティールだ。さきにふれたスペースXもまたおなじ。このほか、ビッグデータ分析を先取りしたパランティア(Palantir)など、先見性と超長期の姿勢が、その真骨頂であるのだろう。 

興味深いのは、この本の著者が、ティールの投資姿勢を、かの有名なウォーレン・バフェットのそれと比較していることだ。 結論からいったら、テクノロジー関連という点を除けば、ティールとバフェットがよく似ていることだ。

自分が熟知している分野で逆張りで集中的に投資する。この姿勢は、わたしにはアンドリュー・カーネギーの投資と事業経営に対する姿勢にも似ているように思われる。 

とにかく、これほどの思考力をもった人間は、ビジネス界にはなかなかいないだろう。その秘密の一端でも知りたいと思うのは、ある意味では当然ではないだろうか。賛同者も多いが、批判者も多い存在である。 その点も盟友のイーロン・マスクとおなじである。




愛読書の1冊が哲学者フランシス・ベーコンのユートピア小説『ニュー・アトランティス』
というのも興味深い。 マスクが推奨するのが『フランクリン自伝』であるのと比べてみるのも興味深いではないか。

ドイツ人がドイツ語で書いた本の日本語訳であるので、訳文はこなれているが、あまり読みやすい本ではない。とはいえ、ピーター・ティールのアタマのなかを、すこしだけだが垣間見ることができたような気持ちになった。 


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目次
はじめに なぜ世界は「この男」に注目するのか? 
第1章 はじまりの地、スタンフォード大学
第2章 「競争する負け犬」になるな ー 挫折からのペイパル創業
第3章 常識はずれの起業・経営戦略 ー ペイパル、パランティアはなぜ成功したのか?
第4章 持論を発信する ー『ゼロ・トゥ・ワン』と『多様性の神話』スキャンダル 
第5章 成功のカギは「逆張り思考」ー スタートアップの10ルール
第6章 ティールの投資術 ー なぜ彼の投資は成功するのか? 
第7章 テクノロジーを権力から解放せよ ー ティールのリバタリアン思想
第8章 影のアメリカ大統領? ― トランプ政権を操る
第9章 ティールの未来戦略 ー 教育、宇宙、長寿に賭ける
おわりに テクノロジーがひらく自由な未来へ
訳者あとがき
原注



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2021年8月14日土曜日

『MITテクノロジーレビュー〔日本版〕vol.4/summer 2021』(アスキームック、2021年)で「世界を変える10大技術」を読む-それでも、テクノロジーは社会を変えるチカラをもっている!

 

モニタープログラムに応募したところ採用され、無償でいただいたので読んでみた。メルマガ登録して、ふだんは主要記事の目次に目を通している程度だが(・・ときどき記事本体も読んでいる)、まとまった形でムック版を読むのは初めてだ。 

特集「世界を変える10大技術」は、米国版の『MIT Technology Review』で20年前からつづいている特集「10 Breakthrough Technologies」の最新版だ。その年のもっとも重要なテクノロジーを選んだものだ。 


1. メッセンジャーRNAワクチン(Messenger RNA Vaccines) 
2. GPT-3 
3. TikTok の「おすすめ」アルゴリズム(TikTok Recommendation Algorithms) 
4. リチウム金属電池(Lithium-Matal Batteries) 
5. データ信託(Data Trust) 
6. グリーン水素(Green Hydrogen) 
7. デジタル接触追跡(Digital Contact Tracing) 
8. 超高度精密側位(Hyper-Accurate Positioning ) 
9. リモートシフト(Remote Everything) 
10. マルチスキルAI(Multi-Skilled AI) 


■コロナワクチンに採用された「mRNA治療技術」は過去20年間の研究蓄積があってこそ花開いたテクノロジーだ
 
「10大技術」のいちばん最初にくるのが「メッセンジャーRNAワクチン」であるのは、この時節柄ほとんど誰にも異議はないだろう。 

新型コロナウイルス感染症対策として、日本でいま接種が推進されている「ファイザー」( ビオンテックの共同開発)と「モデルナ」の2大主要ワクチンは、いずれも mRNA 技術にもとづくワクチンだ。 

感染爆発から1年もたたないうちに開発に成功したのは、20年にわたる研究蓄積があったからだ。その背景となるストーリーが興味深い。 

「mRNAテクノロジー」を含めた「10のテクノロジー」は、世界に与えた(あるいはこれから与えるであろう)インパクトに注目して選出されたようだが、順位に意味のある「ランキング」として捉えるべきではないだろう。 

もちろん、話題性といった要素も加味されているだろう。だが、技術の内容そのものや、経済やビジネスという観点からだけ捉えられたのでもない。あくまでも社会とのかかわりから、その技術の重要性と可能性に着目したものだ。テクノロジーは、それじたいが素晴らしいものではない。 

前書きに記された文章に説得力がある(*太字ゴチックは引用者による)

振り返ってみると、2020年はこうした以前から「出番待ち」だったテクノロジー花開いた花開いた1年だったといえる。人びとが道具や方法を変えながらも、何とかして仕事や学び、遊びを維持し、生活を取り戻そうとしたとき、、テクノロジーは実際に役立ったのだ。

テクノロジーは社会をよい方向へ変えるチカラをもっていることは、多くの人びとが実感しているところだろう。

すくなくともコロナウイルス感染症対策のワクチンにかんしては、ワクチン拒否派すら、ワクチンの有効性を認めざるをえない方向に向かうことを余儀なくされつつある。


■2001年版の「10大技術」の20年後の「振り返り」が興味深い

関連記事として「技術楽観主義の再来-テクノロジーは明るい未来を照らすのか?」と題して、20年前の2001年に発表された「ブレークスルー10」の解説が興味深い。

20年後の振り返りから得られた教訓が4つあげられている。 

「教訓1 進歩は得てして遅い」 
「教訓2 危機で状況が一変することもある」 
「教訓3 思いもしない方向へ行くことがある」
「教訓4 どう進歩するかが重要となる」 

この4つの教訓は、いずれも大いに納得されるものだ。 

2021年版の「世界を変える10大技術」もまた、10年後や20年後に振り返ったら、面白い結論が得られるに違いない。現在話題になっている技術も、期待通りに(予想通りに)進歩するという保証はないからだ。 

2011年の「福島原発事故」を体験している以上、日本人だけでなく人類全体が、脳天気なまでの手放しの「技術楽観主義」は、もはや持ち得ないものとなっている。

だが、それでもテクノロジーは社会を変えるチカラをもっていることは力説すべきだろう。地球環境問題など、解決しなければばらない問題は山のように存在するからだ。 

テクノロジーが本来的に抱えている「負の側面」をいかに制御しながら、社会をよくするために善用していくか、そのためには専門技術者以外の一般人も、技術を読むリテラシーを高めていくことが必要不可欠だと、あらためて感じている。 本書は、その一助となるだろう。

この特集号を、隅から隅まで読んでみて、そう思った次第だ。 





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2021年6月19日土曜日

書評『テクノロジー思考 ― 技術の価値を理解するための「現代の教養」』(蛯原健、ダイヤモンド社、2019)― 20世紀の「石油の世紀」から21世紀の「データの世紀」へ

 

先週のことだが、『テクノロジー思考-技術の価値を理解するための「現代の教養」』(蛯原健、ダイヤモンド社、2019)という本を読んだ。この本はいい。おすすめしたい。 

なぜなら、現在と近未来についての考察が深く、かつ的確だからだ。テクノロジー抜きに現代を考えることは不可能である。経済も政治も、すべてテクノロジーを軸に回っているのが現代という時代だ。 

ここでいうテクノロジーとは、テクノロジー全般のことではない。「データ・テクノロジー」に限定されている。ITとはインフォメーション・テクノロジーのことだが、もはや現在はインフォメーションのレベルではなく、すべてがデータを中心に動いているのである。 

その担い手が米国企業の GAFA(=グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)であり、中国企業のアリババやテンセント、そしてバイドゥ(百度)といったプラットフォーム企業であることは、もはや常識といっていいだろう。 

まさに、現在は「イノベーション至上主義」の時代であり、これに「過剰流動性」つまり「カネ余り状態」が掛け合わされて「データ・エコノミー」が驀進しているわけだ。コロナ下で、この動きは止まるどころか、むしろ促進されていることは周知のとおりだろう。 

20世紀が「石油の世紀」だったとしたら、21世紀は「データの世紀」だというアナロジーに注目すると見えてくるものが多い。 

「原油」は精製して石油製品に加工しないと使えない。「生データ」も加工して情報や知識に変換しなくては使えない。そのデータ分析で使用されるのがAI(=人工知能)であり、ディープラーニングなど関連するさまざまなテクノロジーである。 

この本の著者は、20年以上にわたってスタートアップのテクノロジーベンチャーに投資活動を行ってきたベンチャー・キャピタリストである。テクノロジーをどう読むか、それが投資判断に反映するのであり、その知見が本書で公開されているわけだ。 

テクノロジーをテクノロジーとしてだけ見るのではなく、経済という視点から、テクノロジーと経済の相関関係を見ているその観点から展開される本質的な議論が役に立つ

いま流行の DX(デジタル・トランスフォーメーション)についても、マーケットの観点から見ることが可能になる。すべての産業、すべての企業の「データ・テクノロジー」化は、いまだ道のりは遠い。だからこそ、そこにビジネスチャンスがあるわけだ。 

しかも、社会という観点からの見方も忘れていないのが著者の特徴だろう。 

先に、データと石油のアナロジーについて触れたが、20世紀の「石油の世紀」に石油産業が体験したのは「独占禁止法」(=反トラスト法)による企業分割であった。経営史ではおなじみのテーマである。 

いまこの2020年代に浮上してきたのが、データエコノミーの担い手である、GAFAに代表されるプラットフォーム企業への独占禁止法適用議論の高まりである。ここでもアナロジーが働いているのである。 

中国では中国共産党がアリババやテンセントの活動に制限を加え始めている。米国でも民主党政権下で独占禁止法議論が活発化している。そしてその米中両国のあいだでは、覇権をめぐって対立が激化している。 

こんな状況のなかで、データ・テクノロジーをめぐる政治経済社会がどう進展していくのかについて考えるためのヒントが、この本には書かれている。著者がいうように、まさに「現代の教養」というべきであろう。 


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目 次

序章 テクノロジー思考とは 
第1章 テクノロジー産業の現在 
第2章 イノベーション至上主義と、スタートアップ全盛時代 
第3章 次なるフロンティアはどこにあるのか 
第4章 データ資本主義社会 
第5章 欧州という現代のデータ十字軍 VS データ中央集権企業群 
第6章 インド- 復権するテクノロジー大国 
第7章 中国テクノロジーの正体 
第8章 米中テクノロジー冷戦とは結局のところ何か 
終章 テクノロジー思考の実践に向けて 
 
著者プロフィール
蛯原健(えびはら・たけし) 
1994年、横浜国立大学経済学部を卒業し、㈱ジャフコに入社。 以来20年以上にわたり一貫してスタートアップの投資及び経営に携わる。 2008年、独立系ベンチャーキャピタルとしてリブライトパートナーズ㈱を創業。 2010年、シンガポールに事業拠点を移し東南アジア投資を開始。 2014年、バンガロールに常設チームを設置しインド投資を本格開始。 現在シンガポールに家族と在住し、インドと東京の3拠点にて事業を行う。 日本証券アナリスト協会認定アナリスト(CMA )。本書が初の著書となる。




さて、ついでに話題になっていた関連書を読んでみた。『次のテクノロジーで世界はどう変わるのか』(山本康正、講談社現代新書、2020)である。 

内容的にはほとんどかぶっているので、あまり新鮮味は感じなかった。『テクノロジー思考』と比べると、やや考察が浅いという印象を抱いてしまう。

ただし、カバー帯にもある「2020年代のテクノロジーの構図」は、ビジュアとしてはよくできている。 

著者の半生と自分でつくりあげてきたキャリアについては興味深く読んだが、あえて1冊選べと言われれば、私としては『テクノロジー思考』を読めば十分なのではないかと思う。もちろん、この2冊ともに読んで比較してみるのもよいだろう。 

*** 


 21世紀の石油であるデータを取り巻く状況を網羅的に扱った新聞連載の書籍化だ。日経にしては、データエコノミー化を煽るだけの内容になっていないのは意外な感じがした。 



米中そして英国がリードしている状況のなか、周回遅れの日本企業と日本社会はどう取り組んでいくべきか、なかなか悩みはつきないものがある。 

いずれにせよ、21世紀は「データの世紀」という認識で、ものごとを捉えていかなくてはならないのが、いま現在の状況なのである。われわれは、そのまっただ中にいるのだ。 


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2015年3月2日月曜日

書評『無人暗殺機ドローンの誕生』(リチャード・ウィッテル、赤根洋子訳、文藝春秋、2015)ー 無人機ドローンもまた米軍の軍事技術の民間転用である


ネット販売のアマゾンが注文品の配送に無人機の使用を検討している、そしてその無人機のことをアメリカではドローンと呼んでいるらしいということを知ったのは2013年のことであった。

一方、オバマ大統領になってからアフガニスタンやイラクで無人機による攻撃や爆撃をエスカレートさせていることが報道されるようになったのも2013年のことだ。『秘密戦争の司令官オバマ』(菅原 出、並木書房、2013)という本も出版されている。

無人機は、正確には UAV(Unmanned aerial vehicle)という。無人航空ビーイクル。通称ドローン(drone)は、蜂がブンブンいう羽音のことらしい。ヘリコプターのローター回転音よりは小さいということか。

いまやドローン(drone)というコトバは、日本でもビジネス界を中心に認知されてきたようだ。法規制の問題は残るが、さまざまな用途での応用が活発に検討されるようになっている。とはいえ、ビジネスにおける民間用途と、軍事作戦における軍事用途が、かならずしもアタマのなかで一致しない人が多いのではないだろうか。

いまではあたり前の情報通信技術のインターネット、衛星をつかって位置を特定する GPS(=Global Positioning System)、これらはみな米軍の軍事技術として誕生し、その後に民間に開放されてきたものだ。無人機ドローンもまたそうであり、しかも先にあげたの2つの軍事技術なくしては誕生しなかったものである。まさに「戦争は発明の母」である。

無人機そのものはハードウェアだが、無人機の運用はインターネットとGPSを統合したシステムなのである。そんなことが可能となったのは、まさに米軍ならではあり、その点においてもアメリカの底力(?)を見るのはわたしだけではないだろう。

本質においてスナイパー(=狙撃手)である無人機による攻撃。地上からは目視できない高度から情報収集と偵察を行い、待ち伏せ攻撃を行う。しかも、地球の反対側にあるオペレーションルームからの遠隔操作が可能であり、無人機が撃墜されてもパイロットが戦死したり捕虜になることは絶対にない。まさに夢の技術であり、SFの夢が現実化したものである。

いまとなっては当たり前に見える技術も、そう簡単に普及したわけではない。「コロンブスの卵」という表現があるが、アイデアから技術が誕生し、それが採用され普及するためには、語られざるストーリーがあるものだ。ドローンにかんしてもそれは同様であった。


『無人暗殺機ドローンの誕生-』(リチャード・ウィッテル、赤根洋子訳、文藝春秋、2015)は、無人機ドローンが「プレデター」という無人暗殺機として完成した21世紀の軍事技術であることを詳細に説き起こした軍事ノンフィクションである。原題は Predator: The Secret Origins of the Drone Revolution、2013 である。直訳すれば、『プレデター-無人機革命の語られざる起源-』となろう。

「プレデター」(predator)はシュワルツネガー主演のSFアクション映画のタイトルにもなっているが、捕食者という意味だ。無人暗殺機のネーミングには、この映画との直接の関係はないというが、言い得て妙とはまさにこのことであろう。

カネに糸目をつけない傾向のある軍事技術開発においても一つの技術が確立して普及するのは、思ったよりも紆余曲折した複雑な展開があることを本書でつぶさに知ることができる。

無人機ドローンの最初の開発はイラクのバグダッド生まれのイスラエル人のアイデアから生まれたものだ。イスラエル軍での開発に限界を感じたエンジニアは、アメリカに移住してベンチャーを立ち上げて開発をつづけ、アメリカ市民権の取得後は米軍に食い込んでいく。

だが、すんなりと実用化して採用されたわけではない。無人機は時代に翻弄され、もみくちゃにされ、なかなか浮上できなかったのだ。エンジニアや陸海空軍だけでなく、ペンタゴン、情報機関CIA、予算を握る政治家もまた複雑にかかわってくるからだ。

軍においても陸海空軍でそれぞれの覇権をめぐる争いがあり、そもそも軍隊には官僚制の熱い壁がある。しかも、所管となった空軍においては、有人飛行の戦闘機パイロットが花形中の花形であり、無人機などオモチャ扱いだったからだ。人間の意識を変えるのはかくも難しい。

そうこうしているうちにベンチャーは破綻し、特許ごと別の起業家に買い取られて再生する。冷戦終結と軍事予算の大幅削減で、無人機開発はお蔵入りしてしまい、そのまま消えてしまうかに思われた。

無人機ドローンが実戦に投入されたのは冷戦後のボスニア紛争(1992~1995)からである。最終的にドローンが軍事技術として前面開花したのは、2011年9月11日のテロ事件への報復としてアフガニスタンで行われた軍事作戦においてであった。イスラエルでの最初の開発から40年近くもたっていた。

アフガン戦争を機会に潮目が一気に変わることになる。無人機ドローンは、「空軍の革命的大転換」をもたらし、2015年現在はもはや無人機なしの米軍とCIAなどあり得ないという状態になっていることは冒頭に記したとおりだ。まさに「技術革命」にとどまらない「革命」的変化といってよい。

本書はもっぱら軍事技術としてのドローンについて語っており、その後の民間における応用については、きわめて大きな可能性があるという指摘だけにとどまっている。その点に物足りなさを感じる人も少なくないだろう。

だが、軍事技術の民間転用という観点から、テクノロジーとイノベーションについて考えるうえで、またとないケーススタディを提供してくれているといえよう。米空軍、研究開発、ハイテクベンチャー、イノベーション、軍事技術、テクノロジーといったキーワードをあげることができる。

軍事にアレルギーを感じる人も少なくないだろうが、そもそも技術そのものは価値中立的な存在である。倫理的な問題が発生するのは運用面にかんしてである。

そしてまたアメリカという国家の底知れぬチカラもまた感じることができるはずだ。アメリカ衰退論などという与太話を一蹴する内容である。





目 次

プロローグ 無人暗殺機の創世記
第1章 天才エンジニアが夢見た無人機-模型好き少年の飛翔
第2章 無人機に革命をもたらした男-ブルー兄弟はGPSに目覚めた
第3章 麦わら帽子は必ず冬に買え-投資の黄金律で揺れた武器市場
第4章 ボスニア紛争で脚光-消えかけた「プレデター」の再生
第5章 陸・海・空軍が三つ巴で争奪-進化する無人機に疑念なし
第6章 殺傷兵器としての産声-ワイルド・プレデターの誕生
第7章 リモコン式殺人マシン-「見る」から「撃つ」への転換
第8章 アフガン上空を飛べるか-ヘルファイアの雨が降る
第9章 点滅しつづける赤ランプ-ドイツからは操縦できない
第10章 ならば地球の裏側から撃て-CIAは準備万端
第11章 殺せる位置にて待機せよ-9・11テロで一気に加速
第12章 世界初の大陸間・無人殺人機の成功-悪党どもを殺せ
第13章 醜いアヒルの子 空の王者となる-戦争は発明の母
エピローグ 世界を変えた無人暗殺機
謝辞
著者注記
ソースノート
参考文献
訳者あとがき
解説(佐藤優)


著者プロフィール
リチャード・ウィッテル(Richard Whittle)
ウッドロー・ウィルソン・センターの研究員、国立航空宇宙博物館の研究員(2013~14)を務める。「ダラスモーニングニューズ」のペンタゴン記者を二十二年間務めるなど、三十年にわたって軍事問題の取材を続けてきた。メリーランド州チェビーチェイス在住。本書以外の著作に『ドリーム・マシン-悪名高きV-22オスプレイの知られざる歴史』がある。(単行本より転載)


訳者プロフィール

赤根洋子(あかね。ようこ)
1958年生まれ。早稲田大学大学院修士課程(ドイツ文学)修了。ドイツ語・英語翻訳家。主な訳書に、モイゼス・ベラスケス=マノフの『帰省中なき病』(文藝春秋)、ハンス・ファラダーの『ベルリンに一人死す』(みすず書房)などがある。(単行本より転載)


<関連サイト>

<ブログ内関連記事>

「第1回 国際ドローン展」に行ってきた(2015年5月20日)-百聞は一見にしかず!


米軍と研究開発

書評 『ランド-世界を支配した研究所-』(アレックス・アペラ、牧野洋訳、文藝春秋、2008)-第二次大戦後の米国を設計したシンクタンクの実態を余すところなく描き切ったノンフィクション
・・1947年に米陸軍からスピンオフして独立した米空軍にとって、1950年代最大の課題は核戦争であった

レンセラー工科大学(RPI : Rensselaer Polytechnic Institute)を卒業して20年 ・・アメリカの工科大学は軍事と密接な関係をもつ。そもそも軍事は工学であり、宇宙開発はNASAだけではなく空軍と密接な関係にある


21世紀の軍事戦略

映画 『アメリカン・スナイパー』(アメリカ、2014年)を見てきた-「遠い国」で行われた「つい最近の過去」の戦争にアメリカの「いま」を見る
・・無人機ドローンによるソフトターゲットのピンポイント攻撃は、空爆よりも特定のターゲットを狙ったスナイパーによる射撃に近い

映画 『ローン・サバイバー』(2013年、アメリカ)を初日にみてきた(2014年3月21日)-戦争映画の歴史に、またあらたな名作が加わった
・・米海軍特殊部隊ネイビー・シールズが1962年に創設されて以来、最悪の惨事となった「レッド・ウィング作戦」(Operation Redwing)

映画 『ゼロ・ダーク・サーティ』をみてきた-アカデミー賞は残念ながら逃したが、実話に基づいたオリジナルなストーリーがすばらしい
・・パキスタン国土内に潜伏するウサーマ・ビン・ラディン殺害計画に動員されたのは米海軍特殊部隊SEALSであった。だが建物内に潜伏するビン・ラディンを無人機プレデターで暗殺することはできなかった


アメリカの研究開発

書評 『2045年問題-コンピュータが人間を超える日-』(松田卓也、廣済堂新書、2013)-「特異点」を超えるとコンピュータの行く末を人間が予測できなくなる? ・・人工知能開発が向かうところは? こちらは逆に民生技術の軍事展開もおおいに予想される分野

(2015年5月30日 情報追加)


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2014年9月13日土曜日

"Whole Earth Catalog" -「テクノロジーとリベラルアーツの交差点」を体現していたジョブズとの親和性


"Stay hungry, Stay foolish"(ハングリーであり続けろ、バカであり続けろ)というと、スティーブ・ジョブズのコトバだと思い込んでいる人が多いようだが、じつはそうではない。

ジョブズ自身がカリフォルニアの名門私立大学スタンフォードのの卒業式のゲストとして招かれておこなったスピーチのなかで述べているように、このフレーズはもともとは、"Whole Earth Caltalog" の創始者スチュアート・ブランドによるものだ。スピーチの最後の1分間はこの話にあてられている。

Whole Earth Caltalog (ホールアース・カタログ)の存在は、スティーブ・ジョブズの死によって、はじめて耳にした人がいるかもしれない。「全球カタログ」とでも訳すべきだろうか。1960年代から70年代にかけての伝説のライフスタイル・カタログのことだが、いかにもニューエージ的な、カリフォルニア的な内容である。

写真からはわからないだろうが、このミレニアム版(1994年発行)は、大判で383ページと分厚く、手で持つとじつに重量感がある。アメリカ滞在中にこのカタログの存在を知って1990年版を入手していたが、ミレニアム版は帰国後に注文して取り寄せたものだ。じっさいに手にしてページをめくった人は、そう多くはないのではないか。

(Millenium Whole Earth Catalog 1994) 

どんな内容については、1990年版の副題をみるとなんとなく想像がつくのではないだろうか。

The Best of Environmental Tools & Ideas とある。エコ(=環境)を意識したライフスタイルなのである。そのライフスタイルを実践するためのツール(=道具)とアイデアがカタログとして紹介されている。さまざまなガジェットや書籍などである。

(Whole Earth Ecolog 1990)

大陸国アメリカは通信販売の発祥の地で、同時代には流通業者シアーズのカタログという、電話帳のような商品カタログがあった。形態としては似たようなものがある。ライフスタイルのカタログは IKEA のものをはじめとして、いまでは珍しくもなんともないが、商品カタログという形でライフスタイルを「見える化」する発想はアメリカならではだろう。

ミレニアム版(1994年発行)の項目をみてみよう。どんな内容かなんとなく想像がつくのではないかと思う。

Front Matter (はじめに)
Whole Systems (全体システム)
Biodiversity (生物多様性)
Sustainability (サステイナビリティ:持続性)
Community (コミュニティ)
Household (世帯)
Health (健康)
Sex (性)
Family (家族)
Taming Technology (テクノロジーを飼い馴らす)
Communications (通信)
Political Tools (政治のツール)
Livelihood (生計)
Nomadics (ノマド)
Learning (ラーニング:学び)

それぞれの項目がさらに細分化され、小さな活字と図版で情報がぎっしりと詰まっている。そんなカタログである。

「テクノロジーとリベラルアーツの交差点」もまたジョブズの有名なフレーズだが、このカタログもまた創始者のスチュアート・ブランド自身がそうであったように、「テクノロジーとリベラルアーツの交差点」そのものといえるかもしれない。Taming Technology (テクノロジーを飼い馴らす)という発想にみられるように、反テクノロジーではなく、親テクノロジーあることがそれを示している。

わたし的には、AIKIDO が取り上げられていることが興味深い。アメリカの大学で学生に AIKIDO を指導したこともあるからだ。BUDO は ZEN などと同じく、ニューエージ的なスピリチュアリティとあわさってアメリカでは受容されていったのである。

(「学び」の「武道」の項目にある合気道) 

カタログといいうものは、そもそも情報の集積であるから、現在ではカタログはすっかりウェブ上に移行してしまったのが当然といえばあ当然だ。検索性のことを考えたら、それはウェルカムでもある。

だが、"Whole Earth Catalog" はカタログというミクロコスモス(=小宇宙)ともいうべき存在で、「部分」という情報を検索するよりも、「全体」をそのものとして受け取るべき存在である。

その意味でも、機会があれば実物を手に取って,、ズッシリとした重量を感じながら、中身を眺めてほしいと思う次第だ。



<関連サイト>

スティーブ・ジョブス スタンフォード大学卒業式辞 日本語字幕版 (YouTube)
・・12分56秒から "Whole Earth Catalog" の話になる


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