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2015年6月8日月曜日

フィリピンのバロック教会建築は「世界遺産」-フィリピンはスペイン植民地ネットワークにおけるアジア拠点であった

(マニラの聖アグスティン教会正面 筆者撮影)

バロックというと初期近代の西欧キリスト教世界、とくに対抗宗教改革でパワー全開したカトリック諸国で花開いた芸術様式のことを指しているが、とくにスペインによる植民地支配の拡大にともなって西欧以外にも拡がったことが知られている。

とくに多いのが現在でもスペイン語圏である中南米であり、18世紀メキシコでは土着の文化と融合した独特のバロックが栄えたことも知られている。

だが、バロック様式が残っているのは西欧や中南米だけではない。アジアにもある。それはフィリピンである。16世紀以来、約300年にわたってスペイン、その後アメリカの植民地となっていたフィリピンは、人口の9割がキリスト教徒、人口の7割がカトリックである。

いわゆる「大航海時代」に世界一周航海をなしとげたの探検家のマゼランは、フィリピンのセブで殺されたことを想起しておきたい。その後スペインはフィリピンを領有し、当時の国王フェリペ二世にちなんで、その地をフィリピンと命名したのであった。

(マゼランの世界一周 右がフィリピン wikipediaより)

中南米と同様、植民地となったフィリピンもまたスペインによってキリスト教化された。スペインは、カトリックの対抗宗教改革の一大中心であった。フィリピンの植民地化が開始された16世紀は、バロック芸術が栄えた時代である。したがって、フィリピンにも、スペイン本国と同様にバロック様式のキリスト教会が建築されたわけである。

16世紀に建てられた4つの教会が「世界遺産」として1993年に登録されているが、とくに首都マニラにある聖アグスティン教会は、1571年に建築され、フィリピン最古の教会といわれている。現在でも現役の教会堂として使用されている(・・下の写真を参照)。

(聖アグスティン教会はいまでも現役 筆者撮影)

聖アグスティン(=サン・アグスティン San Agusutin)とは、『神の国』で有名な初期キリスト教を代表する教父アウグスティヌスのことである。

4世紀エジプトに生まれたアウグスティヌスは、自叙伝ともいうべき『告白』のなかで、"異教" であるマニ教からキリスト教に改宗したことを書いており、キリスト教への改宗を促進する拠点となった教会の名前としてふさわしいとされたのであろう。

ちなみに日本の戦国時代のキリシタン大名の小西行長(1558~1600)の洗礼名はアゴスティノ(=アウグスティヌス)であった。同じくキリシタン大名であった高山右近(1552~1615)の洗礼名はジュスト、徳川家康によるキリシタン国外追放令によって、追放先のマニラで病死している。葬儀は、スペインのフィリピン総督の指示によって聖アンナ教会(1578年建造)で執り行われた。ドン・ジュスト高山は、2015年には福者として列せられる予定である。

(スペイン植民地のバロック建築と文化の流れ 左下がフィリピン)

『ウルトラバロック』(小野一郎、小学館、1995)という本はメキシコのバロックをテーマにした写真集だが、同書に掲載されている「本書のスペイン植民地のバロック建築と文化の流れ」という地図をみると、メキシコが圧倒的にスペインのハプスブルク家をはじめとするヨーロッパの影響下にあっただけでなく一方では太平洋をはさんでフィリピンのマニラを中心としたスペイン植民地との接点もあったことがわかる。

フィリピンにおいても、ローカル文化とカトリックが融合して「フォーク・カトリシズム」(=民衆カトリック)ともいうべき形態が定着しているとされているが、聖アグスティン教会にもその端緒ともみるべきものが見られる。

たとえば、教会建築の側面にはキリスト教の聖者の石造が飾られているが、その下にはなんと獅子が鎮座している。ライオンというよりも、はるかに中国風の獅子である(・・下の写真を参照)。

(聖アグスティン教会の側面にある獅子のレリーフ 筆者撮影)

日本の戦国時代と同時代であった「大航海時代」というと、どうしても南蛮人はポルトガルでアジア拠点はマカオという連想が働きがちだろうが、アジア地域においては、マカオを拠点としたポルトガルに対し、フィリピンを拠点としたスペインという図式があった。

米西戦争の結果、フィリピンの領有権がキューバとともに、スペインから米国に譲渡されたのは1898年である。それ以降、日本人の認識から「アジアにおけるスペイン」が消えているが、聖アグスティン教会など世界遺産に登録された教会建築や、ビールの銘柄でもあるサン・ミゲール(=聖ミカエル)、そしてフィリピン人の姓名に、スペイン支配時代の痕跡を見ることができる。

江戸時代に入ってからだが、仙台藩から慶長遣欧使節団を率いて渡欧した支倉常長(はせくら・つねなが 1571~1622)は、地球を右回りで太平洋を横断し、スペイン領となっていたメキシコのアカプルコを経て欧州に渡航し、帰途にはスペイン領となっていたマニラを経由して帰国している。スペイン王国の援助があったためである。地球の半分が、ローマ教皇によって勝手にスペインとポルトガルに分割されていた(!)のだ。

(支倉常長の慶長遣欧使節団ルート wikipediaより)


日本でキリシタンが禁止されるに至った理由の一つに、ポルトガル王国の支持を受けていた先発組のイエズス会と、スペイン王国の支持を受けていた後発組のフランシスコ会の日本布教をめぐる対立があった。キリスト教内部の内輪もめのために両者共倒れになったのは皮肉なことだ。

日本にも、明治時代以降に建築されたバロック様式の建築物もあるが、初期近代のバロック時代のまっただなかに建築されたものがフィリピンに残されてることは、ぜひアタマのなかにいれておきたいことである。

いわゆる「鎖国体制」(・・じっさいは「鎖国」ともいうよりも管理貿易体制)をとるにいたった日本人の認識からは消えてしまったが、20世紀がはじまる時期まで、日本のすぐ近くにスペインの存在があったのである。

フィリピンというとアメリカという連想が強いが、アメリカ植民地時代以前のスペイン植民地時代の方が長かったのである。そしてそのフィリピンは、スペイン植民地ネットワークにおけるアジア拠点なのであった。








<関連サイト>


<ブログ内関連記事>

「大航海時代」と「戦国時代」

「500年単位」で歴史を考える-『クアトロ・ラガッツィ』(若桑みどり)を読む
・・日本の戦国時代は、西欧の大航海時代と同時代である

書評 『1492 西欧文明の世界支配 』(ジャック・アタリ、斎藤広信訳、ちくま学芸文庫、2009 原著1991)-「西欧主導のグローバリゼーション」の「最初の500年」を振り返り、未来を考察するために
・・中南米を植民地としたスペインとポルトガル、中米と北米を植民地とした英国とフランス

書評 『幻の帝国-南米イエズス会士の夢と挫折-』(伊藤滋子、同成社、2001)-日本人の認識の空白地帯となっている17世紀と18世紀のイエズス会の動きを知る
・・スペイン領の南米におけるイエズス会の栄光と挫折

オペラ 『ドン・カルロ』(ミラノ・スカラ座日本公演)に行ってきた(2009年9月12日)
・・フィリピンの名ももととなったスペイン・ハプスブルク家絶頂期のフェリペ二世の治世が時代背景

■非西欧世界のカトリック布教

『ウルトラバロック』(小野一郎、小学館、1995)で、18世紀メキシコで花開いた西欧のバロックと土着文化の融合を体感する
・・スペインの植民地メキシコで花開いたバロック

「聖週間 2013」(3月24日~30日)-キリスト教世界は「復活祭」までの一週間を盛大に祝う
・・カトリック国メキシコの「聖週間」について。フィリピンにおいても聖週間は盛大に祝われる

ベトナムのカトリック教会
・・アジアのカトリック国はフィリピンだけではない。韓国とベトナムもまたそうである

書評 『韓国とキリスト教-いかにして "国家的宗教" になりえたか-』(浅見雅一・安廷苑、中公新書、2012)- なぜ韓国はキリスト教国となったのか? なぜいま韓国でカトリックが増加中なのか?


フィリピンを多面的に見る

フィリピン(Philippines)とポーランド(Poland)、この「2つのP」には2つ以上の共通点がある! (2010年)
・・カトリック人口が7割を超えるフィリピンだが、「カトリックは経済成長の阻害要因」というマックス・ウェーバー以来の一般常識は疑ってかかるべきだろう

書評 『ギリシャ危機の真実-ルポ「破綻」国家を行く-』(藤原章生、毎日新聞社、2010)
・・多島国ギリシアとフィリピンの共通性について言及。現在はさらに相違点についても指摘すべきであろう

映画 『イメルダ』 をみる
・・フィリピン戦後史そのもののイメルダ・マルコス

(2015年6月14日 情報追加)





(2012年7月3日発売の拙著です)










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