(フォルクスワーゲン社の本社工場 筆者撮影)
物事というものは、その発端や出発点において、あらかたその先の方向性が決定されるものだ。その点にかんしては、人間も会社も似たようなものがある。
2015年9月に、ディーゼル排ガス規制で消費者を欺いていたことがアメリカのNGOの調査によって明らかになり、世界中で大問題となっているドイツを代表する世界的自動車メーカーのフォルクスワーゲン社だが、そもそもの創業の出発点が「戦前ドイツ」のナチス時代の国策にあったことは、「常識」としてもっておいたほうがいい。
失業対策として実行された公共事業の一つが、現在でもドイツが誇る高速道路アウトバーンの建設。そしてヒトラーによる「大衆車」構想がフォルクスワーゲン。低価格で高性能の乗用車の提供によって国民による支持を確実なものとし、かつ需要創出を狙った政策だ。
フォルクスワーゲン(Volkswagen)は日本では「国民車」と訳されるが、「民衆車」とか「大衆車」といったほうが本来の意味に近い。ドイツ語の Volk(フォルク) は、英語の folk(フォーク)に該当するコトバだ。フランス革命以後の概念である Nation(=国民)とは似ているが「民族」というニュアンスが強い。Volkswagen であって Nationalwagen ではない。
そしてヒトラーからじきじきに要請があって、「大衆車」の開発に取り組んだのが天才エンジニアのフェルディナント・ポルシェ。実際には試作どまりで量産には至らなかったものの、スポーツカーの代名詞のようなポルシェの創業者一族が、なぜ現在でもフォルクスワーゲン社の大株主の一つであるのかは、そういうところに理由があるわけだ。
(シュトゥットガルトのポルシェ博物館のプレート 筆者撮影)
これらの重要な「事実」は、なぜか日本のマスコミ報道では言及されることがきわめて少ない。歴史にかんする不勉強によるものか、あるいはほかに理由があるのかもしれないが、じつに不思議なことだ。
日本を代表する製造業で、世界最大の自動車メーカーのトヨタもまた、国防上の理由から国産車開発を推進したい帝国陸軍の要請で軍用車の開発に着手したことが、自動車生産への取り組みの第一歩だったのである。フォルクスワーゲンは国策によって生まれたとはいえ、軍用車の開発は行っていない。
「戦前・戦中」と「戦後」では、いっけん歴史は「断絶」しているように見えながらも、じつは一貫して「連続」しているのは、日本でもドイツでも変わりないのである。
さらにいえば、「事実」にかんする事項については、その「事実」の評価が肯定であろうが否定であろうが関係ない。「事実」と「解釈」は区分することが重要だ。わたし自身、フォルクスワーゲンはコンパクトカーとしては好印象をもっている。
(アタマの引き出しはチカラになる!)
作家・武田知弘氏による『ヒトラーの経済政策-世界恐慌からの奇跡的な復興-』(祥伝社新書、2009)と『ナチスの発明』(彩図社、2011)は、上記のような「事実」が満載の本だ。
後者の第2章「ナチスが目指したユートピア」にフォルクスワーゲンの話があるが、それ以外にも日本人にとって「常識」となっていない話が多い。「事実」関係にかんする「雑学」な知識を「常識」にするためにはお奨めの本といえよう。
冒頭にアップした写真は、ドイツ北部のヴォルフスブルク(Wolfsburg)にあるフォルクスワーゲン(VW)の本社工場。ヴォルフスブルクはまさにフォルクスワーゲンの「企業城下町」である。
残念ながら工場内部に入ったことはないが、数年前にベルリンとハノーファーの中間にあるヴォルフスブルク駅に停車中の急行列車 ICE の社内から、運河をはさんで撮影したものだ。
心なし、VW のロゴが泣いているような気がしないでもない。
『ヒトラーの経済政策』 目次
序章 ケインズも絶賛したヒトラーの経済政策とは
第1章 600万人の失業問題を解消
第2章 労働者の英雄
第3章 ヒトラーは経済の本質を知っていた
第4章 天才財政家シャハトの錬金術
第5章 ヒトラーの誤算
『ナチスの発明』 目次
第1章 世界を変えたナチスの発明
第2章 ナチスがめざしたユートピア
第3章 だれがナチスを作ったのか?
第4章 夢の残骸
<関連サイト>
■『オサムイズム-"小さな巨人"スズキの経営-』(中西孝樹、日本経済新聞出版社、2015年)「第1章 岐路に立つスズキ」から
・・日本の自動車メーカーのスズキから見た提携先のフォルクスワーゲン社の実態が明らかにされる。2009年の提携開始後、信頼を裏切って敵対的買収によって乗っ取りを図ったフォルクスワーゲン社に対抗するための国際仲裁裁判におけるスズキの4年間の苦闘の記録。
スズキの大誤算、「VWとの提携」を求めた理由(日経BIZゲート、2015年12月17日)
スズキと提携後、手のひらを返したVW(日経BIZゲート、2016年1月7日)
スズキの恐怖「VWによる敵対買収」 (日経BIZゲート、2016年1月14日)
スズキの強運、宿敵の失脚を経てVWに逆転勝訴 (日経BIZゲート、2016年1月21日)
・・「ピエヒがVWのCEOに就任したのが1993年。任期を理由に監査役会会長に昇格したのが2002年。通して22年間にわたり、VWの独裁者ともいえるリーダーに君臨した、カリスマ経営者であった。 (・・中略・・) 任期2年を残し、ピエヒがVWの経営を突然去るという事態は、誰の想定にもなかった。 ピエヒが去ったことで、VWは合理主義に基づくヴィンターコルンが経営を主導し、透明性の高い監査役会会長が監視するという体制に変わっていこうとしたのである。 スズキにとって、この政変は非常に重要な意味を持つものだ。」
(2016年1月15日 項目新設)
(2016年1月24日 情報追加)
<ブログ内関連記事>
書評 『自動車と私-カール・ベンツ自伝-』(カール ベンツ、藤川芳朗訳、草思社文庫、2013 単行本初版 2005)-人類史に根本的な変革を引き起こしたイノベーターの自伝
「ポルシェのトラクター」 を見たことがありますか?
書評 『あっぱれ技術大国ドイツ』(熊谷徹=絵と文、新潮文庫、2011) -「技術大国」ドイツの秘密を解き明かす好著
書評 『ヒトラーの秘密図書館』(ティモシー・ライバック、赤根洋子訳、文藝春秋、2010)-「独学者」ヒトラーの「多読術」
ベルリンの壁崩壊から20年-ドイツにとってこの20年は何であったのか?
映画 『バーダー・マインホフ-理想の果てに-』(ドイツ、2008年)を見て考えたこと
書評 『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる-日本人への警告-』(エマニュエル・トッド、堀茂樹訳、文春新書、2015)-歴史人口学者が大胆な表現と切り口で欧州情勢を斬る
・・近年のドイツは、なにかおかしなことになっている
「ログブック」をつける-「事実」と「感想」を区分する努力が日本人には必要だ
・・「戦前・戦中」と「戦後」を区分して考えたいのは人の性(さが)。だが、事実と解釈は区分して考えないと道を誤る
「是々非々」(ぜぜひひ)という態度は是(ぜ)か非(ひ)か?-「それとこれとは別問題だ」という冷静な態度をもつ「勇気」が必要だ
『王道楽土の戦争』(吉田司、NHKブックス、2005)二部作で、「戦前・戦中」と「戦後」を連続したものと捉える
・・敗戦国は「断絶史観」で捉えたいという欲望があるが、それは正しいものの見方ではない
皇紀2670年の「紀元節」に、暦(カレンダー)について考えてみる
・・「「紀元」(=はじまり)という意識と発想である。それは正統性の根拠として言明されることが多い。元外交官の法学者・色摩力夫(しかま・りきを)がよく使っていた「出生の秘密」(status nascens)というライプニッツのコトバがあるように、その紀元に何をもってくるか、その紀元の本質が何であるか、によってその後の「歴史」はすべて決定されてくるのである。色摩力夫は自衛隊の「出生の秘密」が自衛隊という軍事組織の性格を規定している、という文脈でこのコトバを使用している。」
(2015年11月13日 情報追加)
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