仕事マンガは面白い。なぜなら、わたし自身がいまでも働いている一人の人間だからだ。しかも専門が組織変革なので、仕事やキャリアにかかわる内容であれば、なおさら面白く感じる。
だがなぜ、映画やドラマ、小説よりもマンガのほうが、こと仕事やキャリアというテーマでは面白く感じるのか?
映画やTVドラマは、どうしてもキャラの立った主人公とドラマチックな盛り上がりがなければ成り立たない。とくにTVドラマは初回で視聴率がとれないとそのままずるずると低迷し、最悪の場合は打ち切りという事態だってありうる。なによりも製作費が小説やマンガとはケタ違いに違うからだ。
もちろん、マンガや小説だって最初の「つかみ」は重要だ。この点は映画やドラマと変わりはない。
だが、マンガがその他のジャンルに対して優位性をもっているのは、登場人物たちの内面をさまざまな形で表現する技術が確立していることにあるのではないか。
五感ということにかんしては動画や音声の入る映画やTVドラマのほうがうえである。だが、映画やTVドラマは、どうしても演じる俳優という生身の人間に印象が左右されてしまう点がある。だから原作者や製作者の意図を100%再現できているかどうかはべつの問題だ。
小説の場合は、文字だけなので読む側にイマジネーションが要求される。マンガの場合は文字にくわえて絵で表情や内面まで表現できるから、媒体的には小説と映画やTVドラマの中間に位置するものだろう。
この本の著者は、こと仕事マンガにかんしては、一般的な理解とはべつのところに優位性があるのではないかとしている。
ビジネス映画やビジネス小説と比べると、仕事マンガでは普通の人の普通の日常が描かれることが多い。これはマンガという表現形式の結果というよりも、歴代のマンガ家たちが積み上げてきた蓄積なのである。マンガという表現を選んだ表現者たちの関心が日常に近いところにあるのだと思う。(P.169)
たしかに著者もいうように、マンガのほうがより日常生活に近い等身大の世界を描く傾向がつよい。少年漫画誌、青年漫画誌、レディースコミックといいうマーケティングのセグメンテーションにもとづく媒体の区分があるので、それぞれの年齢層や性差におうじた日常生活の描き分けも可能である。
マンガ家自身の体験も描きこみやすいだけでなく、TVドラマもそうだが、綿密な取材のうえで作品をつくっているので読んでいてリアリティがあることも無視できない。
わたし自身のことについて語ると、小説をほとんど読まないが、マンガは読む人間である。小説は読んでも歴史小説くらいしか読まない。活字で読むのはノンフィクションが中心だ。
かつてサラリーマンであった頃には企業小説というジャンルを読んだ時期もあったが、いまではまったく読まなくなってしまった。日本的で、昭和的で、うっとおしいというのがその理由かもしれない。
だがマンガはいまでも面白い。とくに仕事マンガは面白い。
■著者の着眼点は「キャリアデザイン」と「自律」
この本の著者は、労働経済学と人事労務管理論を専攻する経済学者である。
マンガ好きではあるのは当然として、マンガを素材にして働くということの意味やキャリアについてのヒントになることを見出したいという思いで読み込んでいるようだ。
著者は、仕事マンガをつうじて、登場人物たちの仕事経験を感じ取り、自分の仕事人生を自分でデザインするためのヒントをつかむべきだと言う。自律とは教え込まれるものではなく、自分でつかみとるものだからだ。教育ではなく、主体的な学びに属する領域なのである。
この本に取り上げられたマンガは2007年から2008年にかけて連載され出版されたものが中心だが、この時期は2000年初頭から「キャリア教育」が大学を中心に急速に拡まってきた時期にあたる。その功罪について著者が考えてきたことが作品のセレクトに反映している。
「キャリア構築は自分で行う」という価値観。働き方にかんするこの価値観が定着しはじめたのは、「就職氷河期世代」(1993~2005)、いわゆる「ロストジェネレーション」(ロスジェネ)たちの世代からである。この事情については、書評 『仕事漂流-就職氷河期世代の「働き方」-』(稲泉 連、文春文庫、2013 初版単行本 2010)-「キャリア構築は自分で行うという価値観」への転換期の若者たちを描いた中身の濃いノンフィクション を読まれたい。
日頃から大学生と接している著者は、 『キャリア教育のウソ』(児美川孝一郎、ちくまプリマー新書、2013)の著者と問題意識を共有しているように思われる。つまり、大学や高校における短期間の集合教育としての「キャリア教育」ではキャリアデザインも自律も身につかないということだ。これは企業におけるインターンシップも同様である。
キャリア教育やインターンシップよりもアルバイト体験のほうが意味があるという著者の意見にわたしも賛成だ。そのことは、アルバイトをちょっと長めの「インターンシップ期間」と捉えてみよう という記事に書いておる。
キャリアデザインとはキャリアを自分で構築するという思想であり、その思想にもとづいたマイドセットとスキルのことである。
そのためのヒントは、仕事マンガの等身大の主人公や登場人物たちの言動から感じ取るのがよいのではないかというのが著者の問題意識。
20歳代から30歳代にかけて、誰から言われるわけでもなく、じっさいにそうしてきたわたしもまったく同感だ。そういう人は多いのではないだろうか。
20歳代から30歳代にかけて、誰から言われるわけでもなく、じっさいにそうしてきたわたしもまったく同感だ。そういう人は多いのではないだろうか。
■取り上げられた作品について
仕事マンガを読む試みはすでに 『サラリーマン漫画の戦後史』(真実一郎、洋泉社新書y、2010)が行っている。この本は、サラリーマンというキーワードで歴史的推移をトレースしたもので、一貫性のあるたいへん面白い本である。
『仕事マンガ!』については、雑誌連載の文章をまとめたものなので、作品ごとの取り上げ方は5ページ程度でひじょうに短い。しかも全体の歴史的流れのなかに作品を位置づけるという描き方ではなく、テーマごとに作品を分類した描き方なので、人事管理をめぐる根本的な変化のなかに位置づけて読むには、上記の『サラリーマン漫画の戦後史』とあわせて読むべきだろう。
読んでない作品がたくさんあるが(・・というよりもマンガはあまりも出版点数が多すぎてとてもフォローしきれないし、個人的な好みではない作品も多々ある)、とくに女性を主人公にした仕事マンガは読む必要があるという著者の意見には大いに賛成だ。
というのも、女性にもキャリアデザインが必要とされている現在であるが、市場外労働とされる家事もふくめた、いっけんキャリアとは無縁のような仕事のなかにこそ、仕事のもつ本質的な意味があることに気がつかせてくれるからだ。営業アシスタントなど一般職の女性たちの仕事もまたそうである。
本書に取り上げられたマンガは52作品、TVドラマ化された原作などメジャーなものもあるが、レトロな名作も含めてマイナーな作品も多く取り上げられている。
作品のセレクトには著者の趣味も反映しているのだろうが、個人ガイドであるのだからそれは問題ない。読者は取捨選択して、このガイドから読んでみたい作品をさらにセレクトすればよい。
キャリア・デザインと自律的人材の意味について考えてみたい人は、考える素材がどこにあるかをしるうえで見ておいて損はない。
仕事マンガにこそキャリアについて学ぶべきものは多いのだ。自己啓発書を読みまくるヒマがあったら仕事マンガを読んでいるほうがよっぽど役に立つ。
だが、いままさにキャリアデザインの渦中にあってもがき苦しんでいる若者たちと、すでに俯瞰的にものを見ることのできる立場にいる著者とでは、見えている現実と意識にはギャップがあっても当然かもしれない・・・
目 次
はじめに
第1章 自律はどのように学ぶのか
1. 『たくなび』
2. 『バンビーノ!』
3. 『弁護士のくず』
4. 『闇金ウシジマくん』
5. 『ドラゴン桜』
6. 『エンゼルバンク』
7. 『最強伝説黒沢』
8. 『賭博黙示録カイジ』
9. 『まだ、生きてる…』
第2章 仕事の語りを聴く
1. 『風子のいる店』
2 『.ヘルプマン!』
3. 『コンシェルジュ』
4. 『どんまい!』
5. 『大使閣下の料理人』
6. 『あんどーなつ』
7. 『キングスウヰーツ』
8. 『営業の牧田です。』
9. 『土星マンション』
第3章 職場ルールと個人のスキル
1. 『編集王』
2. 『CAとお呼びっ!』
3. 『N's あおい』
4. 『バーテンダー』
5. 『リアル・クローズ、
6. 『グッジョブ(Good Job)、
7. 『現在官僚系もふ』
8. 『医龍』
9. 『ワーキングピュア』
第4章 ダメ、でもキャリア
1. 『THE3名様』
2. 『ギャンブルレーサー』
3. 『僕の小規模な失敗』
4. 『黄色い涙』
5. 『バイトくん』
6. 『ぼく、オタリーマン。』
7. 『劇画・オバQ』
8. 『お仕事しなさい !!』
9. 『フジ三太郎』
第5章 普通から学び、普通に働く
1. 『自虐の詩』
2. 『極道めし』
3. 『しんきらり』
4. 『見晴らしガ丘にて』
5. 『さんさん録』
6. 『すーちゃん』
7. 『OLはえらい』
8. 『トーキョー無職日記』
第6章 社会の中のキャリアデザイン
1. 『ボーイズ・オン・ザ・ラン』
2. 『俺はまだ本気出してないだけ』
3. 『三丁目の夕日』
4. 『団地ともお』
5. 『のたり松太郎』
6. 『上京アフロ田中』
7. 『るきさん』
8. 『へうげもの』
本書で紹介したマンガ一覧
あとがき
著者プロフィール
梅崎 修(うめざき・おさむ)
1970年生まれ。大阪大学大学院経済学研究科博士課程修了(経済学博士)。法政大学キャリアデザイン学部准教授。専攻は、労働経済学、人事労務管理論(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。
<関連サイト>
澤本嘉光の「偉人×異人」対談(日経ビジネスオンライン 2013年3月~4月)
作家と編集者の「相性」が、軽く見られすぎてきた 佐渡島庸平さん×澤本嘉光さん 第1回
『宇宙兄弟』の秘密~「講演会」にヒットの芽あり 佐渡島庸平さん×澤本嘉光さん 第2回
我々はなぜマンガの人物に「リアル」を感じるのか 佐渡島庸平さん×澤本嘉光さん 第3回
このキャラを「コンビニのおにぎり」で説明せよ! 佐渡島庸平さん×澤本嘉光さん 第4回
・・CMプランナーの澤本氏が元講談社で現在独立してマンガ編集を行っている佐渡島氏に聞く対談
<ブログ内関連記事>
■仕事マンガ
働くということは人生にとってどういう意味を もつのか?-『働きマン』 ①~④(安野モヨコ、講談社、2004~2007)
『重版出来!①』(松田奈緒子、小学館、2013)は、面白くて読めば元気になるマンガだ!
マンガ 『闇金 ウシジマくん ① 』(真鍋昌平、小学館、2004)
マンガ 『俺はまだ本気出してないだけ ①②③』(青野春秋、小学館 IKKI COMICS、2007~)
『シブすぎ技術に男泣き!-ものづくり日本の技術者を追ったコミックエッセイ-』(見ル野栄司、中経出版、2010)-いやあ、それにしても実にシブいマンガだ!
書評 『サラリーマン漫画の戦後史』(真実一郎、洋泉社新書y、2010)-その時代のマンガに自己投影して読める、読者一人一人にとっての「自分史」
京都国際マンガミュージアムに初めていってみた(2012年11月2日)- 「ガイナックス流アニメ作法」という特別展示も面白い
書評 『ゼロ年代の想像力』(宇野常寛、ハヤカワ文庫、2010 単行本初版 2008)-「アフター1995」の世界を知るために
・・マンガもふくめた、2000年代以降のさまざまなサブカルチャーについて論じた気鋭の評論家のデビュー作
■経験から学ぶキャリア論
書評 『キャリア教育のウソ』(児美川孝一郎、ちくまプリマー新書、2013)-キャリアは自分のアタマで考えて自分でデザインしていくもの
書評 『仕事漂流-就職氷河期世代の「働き方」-』(稲泉 連、文春文庫、2013 初版単行本 2010)-「キャリア構築は自分で行うという価値観」への転換期の若者たちを描いた中身の濃いノンフィクション
書評 『キャリアポルノは人生の無駄だ』(谷本真由美(@May_Roma)、朝日新書、2013)-ドラッグとしての「自己啓発書」への依存症から脱するために
アルバイトをちょっと長めの「インターンシップ期間」と捉えてみよう
Παθηματα, Μαθηματα (パテマータ・マテマータ)-人は手痛い失敗経験をつうじて初めて学ぶ
月刊誌「クーリエ・ジャポン COURRiER Japon」 (講談社)2010年5・6月合併号「ビジネスが激変する「労働の新世紀」 働き方が、変わる。」(SPECIAL FEATURE)を読む
(2014年2月12日 情報追加&項目整理)
(2022年12月23日発売の拙著です)
(2022年6月24日発売の拙著です)
(2021年11月19日発売の拙著です)
(2021年10月22日発売の拙著です)
(2020年12月18日発売の拙著です)
(2020年5月28日発売の拙著です)
(2019年4月27日発売の拙著です)
(2017年5月18日発売の拙著です)
(2020年5月28日発売の拙著です)
(2019年4月27日発売の拙著です)
(2017年5月18日発売の拙著です)
(2012年7月3日発売の拙著です)
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