(「パエトンの墜落」(1604~1605))
「ルーベンス展-バロックの誕生-」(国立西洋美術館)に行ってきた(2019年1月3日)。南部ネーデルラント(現在のベルギー)の都市アントウェルペンが生んだバロックの巨人をイタリア美術史に位置づける試みだ。
工房方式で量産していたので、ヨーロッパの美術館には腐るほどあるルーベンス(1577~1640)だが、まとまって日本で見る機会は意外と少ない。これぞバロックというべき、あふれんばかりの色彩感と質感は、たくさん見ていると飽きてくるのだが、それでもまさにバロックなのである。とはいえ、今回の美術展では、やや物足りない感もなくはない。飽きるほどの過剰さ、豊穣さというには、やや不足しているのだ。
(「エリクトニオスを発見するケクロプスの娘たち」(1615~1616) 筆者撮影)
ルーベンスといえば、個人的には豊満な女性たちや筋肉の塊のような男たちが所狭しとキャンバスのなかを乱舞する「肉のかたまり」といったイメージが強いのだが、そういう見方だけでは大事なことを見落としてしまう。
(旧約聖書に題材をとった「セザンナと長老たち」(1606~1607))
ルーベンスをルネサンス以降のイタリア美術史のなかに位置づけ(・・ルーベンスはイタリアで8年間にわたって絵画修行をしているだけでなく、イタリア的な人文的教養をふんだんに吸収している)、17世紀精神史のなかに位置づけることで、通俗的なイメージとはやや異なるものを見いだすことができるだろう。
17世紀の精神史というのは、カトリック世界のバロックだけではない。17世紀に大流行した「新ストア派」の影響も忘れてはならないのである。過剰なまでのバロック精神は、じつはストア派哲学の抑制によってバランスしていると見ることも可能だ。あふれでんばかりの躍動感をキャンバスのなかに抑制するという絵画技術は、その表れとみるべきではないだろうか。
(「セネカの死」(1615~1616))
今回の出展作品には「セネカの死」(1615年)がある。暴君となった皇帝ネロに使えたセネカは逆鱗に触れて引導を渡され、自宅で自死を選ぶ。それが画題となっている。
ルーベンスは顔だけ描いて、その他の肉体と背景は工房に属する職人が仕上げたものだが、それでも主題に後期ストア派哲学を代表するセネカを選んでいるのである。発注者もルーベンス自身もそういう教養を共有するサークルのなかにいたわけである。今回の出展作品にはないが、哲人皇帝マルクス・アウレリウスの胸像を描き込んだ作品もルーベンスにはある。
上野ではいま「フェルメール展」もやっているが、同時代の北部ネーデルランドとのテイストの違いを感じ取るべきだろう。カトリック世界の南部(現在のベルギー)とプロテスタント世界の北部(現在のオランダ)の違いでもある。同時代の日本は北部ネーデルランド(=オランダ)と通商関係があったことは、日本近世史の常識であろう。
簡素で落ち着きのある日常世界を描いたフェルメール作品は、日本人好みでもあるようだが、聖書世界や神話世界をダイナミックに描いた同時代のルーベンスと比較してみることをすすめたい。
まあ、前者のフェルメールが「草食系」とすれば、後者のルーベンスはあきらかに「肉食系」だが、同時代であったことはまぎれもない事実なのであるから。
PS 同時開催の企画展「ローマの景観」も見るべし
同時開催の企画展「ローマの景観」は、ピラネージのエッチング作品『ローマの景観』を中心に、17世紀以降に広まったローマにかんする視覚イメージの変遷を探ったもので、じつに興味深い。「ルーベンス展」と合わせてみるべき内容である。ともに会期は、2019年1月20日まで。
PS この投稿でブログ記事は2000本目
この投稿でブログ記事は2000本目となりました。ブログ開始から今年2019年で10年目。早いものです。蓄積されるとこんなことになります。われながら驚きです。まだまだ続けますよ!(2019年1月3日 記す)
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(2017年5月18日発売の拙著です)
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