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2019年1月6日日曜日

書評 『現代思想としてのギリシア哲学』(古東哲明、ちくま学芸文庫、2005)-目が開かれ、認識の地平が一気に拡がる思いがした



昨年のことだが、『現代思想としてのギリシア哲学』(古東哲明、ちくま学芸文庫、2005)を、電車での移動中に読んでいた。どんな内容のものであれ、文庫本は携帯サイズなので移動中に読むのは都合がいい。スマホ時代でも文庫本の良さは消えていない。

初版は1998年だから、すでに出版から20年も立っているのだが、読んだのは今回がはじめてだ。読んでいて、目が開かれ、認識の地平が一気に拡がる思いがした。 

「現代思想としてのギリシア哲学」というタイトルだが、ギリシア哲学を現代思想だと主張しているのではない。ギリシア哲学を現代思想をつかって解説するといった内容でもない。 

ギリシア哲学を、というよりも、哲学そのものを、その「発生」(=誕生)の瞬間から「完成」(=終焉)に至るまで振り返り、哲学の祖とされるタレスから、ヘラクレイトス、パルメニデスを経て、ソクラテス、プラトンに至り、最後はローマ皇帝でありながら『自省録』のストア派哲学者でもあったマルクス・アウレリウスで締めくくられる。 

著者は、この一冊の本を書くためだけに、関連書籍を千冊読み込んだのだという。濃厚なスープのような、しかし平明な内容の詩的な文章で全編が満たされている。 

出版社による書籍解説にはこうある。


近代ヨーロッパ文化の源泉であるギリシア哲学は、現代思想に類似した、「神の死」とも言うべき状況の中から発祥したものだった。人間にとって最も根源的な問題といえる「在ることの不思議」に覚醒し、無常や不条理といった否定性を含みこんだまま、二元論を超克しつつ存在驚愕(タウゼマイン)を直視した、タレス、ソクラテス、プラトンら西洋哲学の開祖たち。人類史上画期的な出来事としてのギリシア哲学を、新たな視座から精緻に検討し、現代思想を鍛えなおす。(太字ゴチックは引用者=さとう)


異邦人として、エイリアンとして地球上の事物を視るのが哲学者のものの見方であり、立ち位置である。一般人が当たり前だと見なして考えもしないことを、驚きの目でもって凝視し、考え抜くのが「哲学者」という存在であり、「哲学」という知の営みだ。

タレスをはじめとして、古代ギリシアの哲学者たちの多くがフェニキア出身のセム系の人びとであり、文字通りの異邦人であった。著者によるこの指摘は、じつに重要だ。ソクラテスとプラトンはギリシア人ではあったが、「内なる異邦人」といっていい。

20世紀後半に「ヒューマニズム」(=人間中心主義)という「近代」の行き詰まりが誰の目にも明らかになって以降、かつて隆盛を誇った19世紀以降の哲学者たちの言説が、あまりにも無意味なものに感じられる状況が続いている。それを超えようとしてきた現代思想も、私には同様に映る。 

そんな状況において、根源(アルケー)にさかのぼってギリシア哲学を再読する意味は大きい。それは非理性の領域に足を踏み込み、心身両面にわたる霊性修行を行い、常識を否定する思考をおこなうことを意味している。

書かれざる部分を読み取らなくてはならない。そういう読み方をしなくては、ギリシア哲学は見えてこないということなのだな、と痛感する。古代ギリシア哲学は、哲学史の教科書的な理解とはほど遠い世界なのだ。 

あらためてギリシア哲学に取り組んでみたいと思う今日この頃である。著者である古東哲明氏のその他の著書も本も読んでみたくなった。






目 次 
序章 月から落ちてきた眼 
第1章 哲学誕生の瞬間-タレス 
第2章 逆説の宇宙-ヘラクレイトス 
第3章 存在の永遠-パルメニデス 
第4章 非知の技法-ソクラテス 
第5章 ギリシアの霊性-プラトン 
第6章 あたかも最期の日のように-M.アウレリウス
エピローグ 空白の航海術 
解説(永井均)



著者プロフィール 
古東哲明(ことう・てつあき) 
1950年生まれ。京都大学文学部哲学科卒業後、同大学大学院博士課程修了。現在、広島大学名誉教授・同客員教授。専攻は、哲学、比較思想。著書に『〈在る〉ことの不思議』(勁草書房)、『ハイデガー-存在神秘の哲学』(講談社現代新書)、『他界からのまなざし』(講談社選書メチエ)、『瞬間を生きる哲学-<今ここ>に佇む技法』(筑摩選書)などがある。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものに加筆)








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