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2019年1月3日木曜日

「ルーベンス展 ― バロックの誕生」(国立西洋美術館)に行ってきた(2019年1月3日)― 南部ネーデルラントが生んだバロックの巨人をイタリア美術史に位置づける試み

(「パエトンの墜落」(1604~1605))


 「ルーベンス展-バロックの誕生-」(国立西洋美術館)に行ってきた(2019年1月3日)。南部ネーデルラント(現在のベルギー)の都市アントウェルペンが生んだバロックの巨人をイタリア美術史に位置づける試みだ。

  
工房方式で量産していたので、ヨーロッパの美術館には腐るほどあるルーベンス(1577~1640)だが、まとまって日本で見る機会は意外と少ない。これぞバロックというべき、あふれんばかりの色彩感と質感は、たくさん見ていると飽きてくるのだが、それでもまさにバロックなのである。とはいえ、今回の美術展では、やや物足りない感もなくはない。飽きるほどの過剰さ、豊穣さというには、やや不足しているのだ。


(「エリクトニオスを発見するケクロプスの娘たち」(1615~1616) 筆者撮影)


ルーベンスといえば、個人的には豊満な女性たちや筋肉の塊のような男たちが所狭しとキャンバスのなかを乱舞する「肉のかたまり」といったイメージが強いのだが、そういう見方だけでは大事なことを見落としてしまう。


(旧約聖書に題材をとった「セザンナと長老たち」(1606~1607))


ルーベンスをルネサンス以降のイタリア美術史のなかに位置づけ(・・ルーベンスはイタリアで8年間にわたって絵画修行をしているだけでなく、イタリア的な人文的教養をふんだんに吸収している)、17世紀精神史のなかに位置づけることで、通俗的なイメージとはやや異なるものを見いだすことができるだろう。


17世紀の精神史というのは、カトリック世界のバロックだけではない。17世紀に大流行した「新ストア派」の影響も忘れてはならないのである。過剰なまでのバロック精神は、じつはストア派哲学の抑制によってバランスしていると見ることも可能だ。あふれでんばかりの躍動感をキャンバスのなかに抑制するという絵画技術は、その表れとみるべきではないだろうか。



(「セネカの死」(1615~1616))


今回の出展作品には「セネカの死」(1615年)がある。暴君となった皇帝ネロに使えたセネカは逆鱗に触れて引導を渡され、自宅で自死を選ぶ。それが画題となっている。


ルーベンスは顔だけ描いて、その他の肉体と背景は工房に属する職人が仕上げたものだが、それでも主題に後期ストア派哲学を代表するセネカを選んでいるのである。発注者もルーベンス自身もそういう教養を共有するサークルのなかにいたわけである。今回の出展作品にはないが、哲人皇帝マルクス・アウレリウスの胸像を描き込んだ作品もルーベンスにはある。

上野ではいま「フェルメール展」もやっているが、同時代の北部ネーデルランドとのテイストの違いを感じ取るべきだろう。カトリック世界の南部(現在のベルギー)とプロテスタント世界の北部(現在のオランダ)の違いでもある。同時代の日本は北部ネーデルランド(=オランダ)と通商関係があったことは、日本近世史の常識であろう。 


簡素で落ち着きのある日常世界を描いたフェルメール作品は、日本人好みでもあるようだが、聖書世界や神話世界をダイナミックに描いた同時代のルーベンスと比較してみることをすすめたい。


まあ、前者のフェルメールが「草食系」とすれば、後者のルーベンスはあきらかに「肉食系」だが、同時代であったことはまぎれもない事実なのであるから。


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PS 同時開催の企画展「ローマの景観」も見るべし

同時開催の企画展「ローマの景観」は、ピラネージのエッチング作品『ローマの景観』を中心に、17世紀以降に広まったローマにかんする視覚イメージの変遷を探ったもので、じつに興味深い。「ルーベンス展」と合わせてみるべき内容である。ともに会期は、2019年1月20日まで。







PS この投稿でブログ記事は2000本目


この投稿でブログ記事は2000本目となりました。ブログ開始から今年2019年で10年目。早いものです。蓄積されるとこんなことになります。われながら驚きです。まだまだ続けますよ!(2019年1月3日 記す)


<ブログ内関連記事>


■バロック美術


『カラヴァッジョ展』(国立西洋美術館)の初日にいってきた(2016年3月1日)-「これぞバロック!」という傑作の数々が東京・上野に集結!


エル・グレコ展(東京都美術館)にいってきた(2013年2月26日)-これほどの規模の回顧展は日本ではしばらく開催されることはないだろう


「グエルチーノ展 よみがえるバロックの画家」(国立西洋美術館)に行ってきた(2015年3月4日)-忘れられていた17世紀イタリアのバロック画家がいまここ日本でよみがえる!


ひさびさに倉敷の大原美術館でエル・グレコの「受胎告知」に対面(2012年10月31日)



■ルーベンスと同時代のフェルメール


上野公園でフェルメールの「はしご」-東京都立美術館と国立西洋美術館で開催中の美術展の目玉は「真珠の●飾りの少女」二点


「フェルメールからのラブレター展」にいってみた(東京・渋谷 Bunkamuraミュージアム)-17世紀オランダは世界経済の一つの中心となり文字を書くのが流行だった


■マニエリスム美術

「アルチンボルド展」(国立西洋美術館・上野)にいってきた(2017年7月7日)-16世紀「マニエリスム」の時代を知的探検する

『神聖ローマ帝国皇帝ルドルフ2世の驚異の世界展』(東京・渋谷 Bunkamura ザ・ミュージアム)にいってきた(2018年1月7日)-2017年に開催された『アルチンボルド展』(国立西洋美術館・上野)を補完する企画展


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2012年5月19日土曜日

「近代洋画の開拓者 高橋由一」(東京藝術大学大学美術館 上野)にいってきた ― アナログ写真よりも長い生命力をもつ明治の洋画を見るべきだ!



近代洋画の開拓者 高橋由一(東京藝術大学大学美術館 上野)にいってきた。

同じ上野の森で開催されている「特別展 ボストン美術館 日本美術の至宝」(東京国立博物館 平成館)にいったついでに、東京芸大まで足を伸ばしてみた。東京芸大の場所はしっているが、キャンパスのなかに入ったのは今回が初めてである。

明治の世に日本に洋画を確立しようという高い志を抱きながら、苦い人生を送らざるを得なかった高橋由一(たかはし・ゆいち)。明治の世に日本美術を再発見し、世界に向けて発信を行ったフェノロサや岡倉天心。

あまりにも対照的な人生行路が、そのまたゆかりの地である上野で、道を挟んではす向かいの場において対面(・・いやすれ違い?)しようとは、まさか当人たちも思いもしなかったことであろう。

高橋由一(1828~1894年)は、文政11年に生まれ 明治27年に亡くなった武士出身の洋画家。7歳違いで同じく武士であった福澤諭吉(1835年~1901年)と同様、まさに「一身にして二生を経た」人である。ゆいち と ゆきち、なんだか似たような名前である。


油絵で描かれたチョンマゲ姿の自画像が、まさにその「一身にして二生」を象徴している(上図のまんなか)。この自画像を描いたのち、高橋由一はチョンマゲを切って、上海に向かったようだ。チョンマゲとザンギリで二生がわかたれるのである。

しかし、高橋由一は、海外で洋画を勉強したことはなかったのである。日本にきていたワーグマンという英国人画家(・・というよりも政治マンガで著名)に師事したのち、イタリア人のお雇い外国人の美術教師フォンタネージに師事したのみである。

ボストン美術館の日本美術部門の基礎をつくったフェノロサとは高橋由一は同時代人であるだけでなく、直接の面識もあったらしい。最初は好意的な関係だったのが、のちには相反する立場となるのは、人生の苦さを感じさせるエピソードである。

美術展の概要は以下のとおり。

「近代洋画の開拓者 高橋由一」 <開催日>2012年4月28日~6月24日
<会場>東京都台東区・東京藝術大学大学美術館(山手線上野駅下車)
http://yuichi2012.jp/


洋画といっても映画のことではない。西洋画の略である。油絵である。

ポスターにもつかわれている「鮭」(さけ 1877年頃)は、やはりホンモノはすごい。この絵を実物を見るためにだけでも、ぜひ足を運ぶべきである。

ネットでみるデジタル画像はおろか、ポスターに印刷されたアナログ画像ともまったく違う。実物の質感、光の反射具合は、まさに新巻鮭そのものだ。



高橋由一は、洋画普及のプロモーションのため、写真よりも洋画のほうが保存性もあると主張していたそうだ。それは鮭の絵を見れば、だれもが納得せざるを得なくなるだろう。この「鮭」は、描かれてからずでに140年近く、古さをまったく感じさせない。

鮭の絵のリアルさは、まさに油絵の特性が活かされたものだ。鱗が光っているのだ。正面からだけではなく、さまざまな角度から見てみよう。鱗(うろこ)に反射する光の燦爛(さんらん)具合が、まさに実物の鮭としか言いようがない。

高橋由一は、新巻鮭を描くために、鮭の大きさにあわせて紙や板を用意している。

わたしは、展示されていた三点の鮭の絵のうち、板に油絵の具で描いたのがいちばん好きだ。板のうえに新巻鮭が載せてあるとしか見えない。

それに劣らず、鯛(たい)の絵もいい。鱗だけではない。目がホンモノの鯛である。



高橋由一は、武士出身で、きわめて志の高い人であったらしい。

西洋の石版画(リトグラフ)作品を見て以来、洋画を勉強したいという気持ちを固めたものの、家業である武術修行のため時間はとれず、洋画を学ぶことができたのは、なんと35歳になってから。本格的に学ぶことができたのは39歳。あまりの遅咲きであるが、意志の強さには驚かされる

しかし、高橋由一の努力も甲斐もなく、フェノロサや岡倉天心による日本画の革新運動によって洋画が隅に追いやられただけでなく、フランス帰りの黒田清輝の出現によって、高橋由一の存在は以後65年間も消されてしまったのだ、と。

今回の大規模な回顧展は、40年ぶりのものであるという。「近代洋画の開拓者」としての高橋由一の全貌を知るよい機会である。

日本に洋画を普及させるという使命をもち、道なき道を開いた先駆者は、生きている時代に礼賛されることがなかった。高橋由一を顕彰するのは、後の世に生きる者にとっての務めであろう。

それとともに、高橋由一という「一身にして二生を経た」日本人の志を振り返る機会にもしたい。まさに激動期を生きぬいた一人の日本人であったのだ。


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<関連記事>

日曜美術館「真に迫れり-近代洋画の開拓者・高橋由一-」(NHK・Eテレ)


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「特別展 ボストン美術館 日本美術の至宝」(東京国立博物館 平成館)にいってきた

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