(スワンナプーム国際空港とバンコク市内の途中にある巨大モスク)
ドンムアン空港時代のタイしか知らない人にはわからないだろうが、新しい国際空港であるスワンナプーム空港から高速道路を使って市内に入ると、いやが応でも高速道路沿いに建設されている立派なモスクを複数目にすることになる。
タイは仏教国ではなかったのか!? という観光客の固定観念にいきなり先制パンチを入れてくるのだ。
新空港のスワンナプームとは、サンスクリット語で "黄金の土地" という意味らしい。プーミポン国王の命名である。しかし、
この土地は湿地帯で、もともとムスリム農民が多数居住するエリアなのである。
■
タイの仏教は「国教」ではない
タイは、
人口は90数%以上が仏教徒で基本的に「仏教国」だが、仏教が憲法上の国教の地位を占めるわけではない。国王の要件が仏法の保護者でかつ仏教徒でなければならないと定められているのみである。
ムスリムは人口の4~5%で仏教についで人口が多いが、
マイノリティであることにはかわりない。統計数字については出典によって差異があるので、ざっくりしたものだと了承されたい。
よく気をつけてみていれば、バンコク市内でもスカーフをかぶった女性や、口ひげをそって、あごひげを伸ばした男性を見るはずだ。彼らはマレーシア人やインドネシア人ではない。タイのムスリムである。
The Muslims of Thailand(Michel Gilquin, Silkworm Books, 2002) という本によれば、タイのムスリムが、このような際だってムスリム的な外見を示すようになったのは、そんなに昔からのことではないらしい。国際的なムスリムとしての覚醒が促している行動のようである。
タイ全体で740万人超、バンコクだけでも少なく見積もって60万人超のムスリムが居住しているらしい。
■
タイのムスリムの出自は三系統
タイのムスリムには大きくわけて三系統ある。
一番目は
バンコクおよび古都アユタヤに在住する"タイ・ムスリム"、二番目は
タイ南部に集中して居住する"タイ・マレー"である。
『東方のイスラム』(風響社、1992)の著者である今永清二氏によれば、三番目として、タイではホーとよばれる、タイ北部のチェンラーイやチャンマイに居住する"
雲南系の華人ムスリム"を入れるべきである、という(P.107)。以下、今永氏の記述にしたがって簡単に整理しておこう。
一番目の
タイ・ムスリムとは、いまから200年ほど前にタイ南部やマレー半島から、戦争捕虜や奴隷として、当時の都であったアユタヤに連れてこられたムスリムの末裔で、現在はバンコクとアユタヤを中心に暮らしている。基本的に多数派のスンニー派ムスリムである。
二番目の
タイ・マレーは、タイではもっとも人口の多い、マレー系のムスリムである。下の写真は、バンコク中央駅のフアランポン駅でタイ最南部のナラティワート方面に向かう列車を待つ乗客である。
(バンコク中央駅 南部行き列車の発着ホーム)
タイ南部がもともとマレー系のパタニ王国であったことは比較的知られている事実で、現在もなお分離独立主義者によるテロ活動による犠牲者がでていることが、連日メディアで報道されている。もちろん、一部の過激な活動家を除けば、基本的には大半のムスリムは穏健派である。世界的な観光地プーケットの場合、島の人口の40%がなんとムスリムであることも、まず一般には知られていないだろう。スンニー派のなかのシャフィーイー派に属する。
三番目の
雲南系の華人ムスリム(ホー)とは、雲南省からビルマを経てインドに至るルートで交易活動に従事していた華人ムスリムが、タイの窓口であるチェンラーイやチェンマイに定住したものである。中国の動乱を避けてタイに逃れた人々も含まれるという。雲南系華人にはいろんなタイプが存在するのである。
■
「2006年クーデター」の首謀者のソンティ陸軍大将はムスリム
前回2006年9月のクーデターを首謀した、ソンティ陸軍大将(当時)がムスリムであったことは、日本ではあまり知られていないようである。
ソンティ大将はムスリムでは初めて、タイ王国陸軍の最高トップである陸軍総司令官になった。彼は、バンコクの初代イマームの末裔であるという記事を英文雑誌で読んだ記憶がある。彼は南部出身のタイ・マレーではない。また反タクシン派のメディア経営者ソンティとは別人物である(・・こちらは海南系華人)。
暫定政権下で新憲法が起草された際、
仏教団体が仏教を国教化せよという主張をかけげてデモをおこなったことがある。しかし、
クーデター後の軍事政権の実質的なトップが、ムスリムのソンティ議長だったためかわからないが、きわめて理性的な判断を下したのは、偶然とはいえ幸いなことだったといえよう。
タイには「仏教原理主義者」がいるので、これは実にやっかいな問題なのである。
また、現在
アセアンの事務総長を務めるスリン氏はタイ・マレーのムスリムで、タイ南部ナコンシータマラート出身の国会議員であり、タイ王国の外務大臣を歴任しているエリートである。彼はハーバード大学で博士号を取得している。
マイノリティであっても実力次第でトップに、あるいはトップに近いポジションまで上り詰めることができるというのは、アユタヤ朝以来の人材登用策を彷彿させ、タイという国の面白い点の一つだと私には映る。
タイは世界に開かれた貿易立国であったので、実力次第でさまざまな人材を受け入れており、タイのトップクラスにはアユタヤの宮廷に仕えたペルシア人シェイク・アフメドの子孫もいる。
先に紹介した今永氏の記述によれば(P.119)、
バンコクのチャオプラヤ川左岸のトンブリには、なんと17世紀にペルシア(現在のイラン)からきたシーア派(!)の末裔のコミュニティがあるということだ。アユタヤからバンコクに移り住んだらしい。現代イランで行われている祭儀よりも古風なものが保存されているという。シーア派はタイのムスリムの1%程度らしい。
それはアーシュラーとよばれるもので、第三代イマームのフセインの死を悼む、シーア派特有の自傷行為をともなう練り歩きである。トンブリのものは、イランのように自らを鞭打つのではなく、頭頂部の髪の毛を剃って、ナイフで傷をつけて血を流しながら練り歩くという。
このブログでも以前紹介した、
プーケットのベジタリアン・フェスティバル並のすごさのようだ。機会があればぜひ見てみたいものだ。
■
バンコクにも60万人超のムスリムが居住
冒頭でふれた新国際空港のスワンナプーム周辺だけでなく、
観光スポットとしても有名なジム・トンプソン・ハウス(Jim Thompson House)と運河を挟んで対岸はムスリム居住地域であり、耳を澄ますとアザーンの声が聞こえてくる。ジム・トンプソンはムスリムの絹織物職人を使っていたたらしい。
(バンコク市内ディンデーン地区のモスク)
写真はディンデーン地区にある日系のGMSジャスコの裏にあるモスクである。
市内にも観光スポットにはなっていないだけで、かなりの数のモスクがあることは、地図を丹念に眺めていればわかる。2000年度の統計によれば、バンコク市だけで165あるという。そんなモスクのひとつを、路地裏を歩いて撮影してきた。
ムスリムのタイ人は決して同化はしないが、すっかり日常のなかに溶け込んでおり、ムスリムのタイ人も仏教徒のタイ人も互いに問題なく共存共栄している。
なお、タイでは日本食のスシがすでに定着し、タイ人によるスシのチェーン店までできているほどだが、実は
スシは正式にハラール認定されており、安心して食べられる食事としてタイのムスリムにも受け入れられているのである。
ハラールについてはこのブログでもすでに書いているので参照されたい。
(日本のスシは「ハラール認証」取得済み)
タイのムスリムについて考えることは、固定観念や常識というものは疑ってみることが必要だ、といういい事例にもなるはずだ。
■
イスラーム世界への窓口としてのバンコク
日本にいると気がつきにくいが、バンコクはある意味で、国際的な中継地点として、貿易金融だけでなく人の行き来も含めた、
イスラーム世界への窓口としての機能も果たしているのである。
イスラーム金融にかんしてはマレーシアが覇権をとろうと国家戦略レベルで取り組んでいるが、バンコクもまたイスラーム世界への窓口であることは知っておいたほうがいい。
バンコクの繁華街ナーナー(Nana)には、イスラーム諸国の大使館やアラブ人街がある。
このエリアに立地するバンコクでもっとも有名な
バムルンラート病院(Bamrungrat Hospital)には、タイ政府も積極的にチカラを入れている
「メディカル・ツーリズム」(medical tourism)で長期間逗留するアラブ人たちが非常に多い。
メディカル・ツーリズムとは、観光と医療サービスをセットにしたパッケージツアーのことである。英語では health care vacation とも表現している。
(2025年1月24日発売の拙著です 画像をクリック!)
(2023年11月25日発売の拙著です 画像をクリック!)
(2022年12月23日発売の拙著です 画像をクリック!)
(2022年6月24日発売の拙著です 画像をクリック!)
(2021年11月19日発売の拙著です 画像をクリック!)
(2021年10月22日発売の拙著です 画像をクリック!)
(2020年12月18日発売の拙著です 画像をクリック!)
(2020年5月28日発売の拙著です 画像をクリック!)
(2019年4月27日発売の拙著です 画像をクリック!)
(2017年5月19日発売の拙著です 画像をクリック!)
(2012年7月3日発売の拙著です 画像をクリック!)
ケン・マネジメントのウェブサイトは
ご意見・ご感想・ご質問は ken@kensatoken.com にどうぞ。
お手数ですが、クリック&ペーストでお願いします。
禁無断転載!
end